【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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本当に遅くなり申し訳ないです……。
もうすぐこの回も終わります。良ければ引き続きよろしくお願いいたします。









The Knight of Despair_8

何度目か分からない打撃で、ようやく扉は壊れてくれた。

バラバラと崩れ落ちる壁に、一瞬で修理費の単語が頭を過る。

そんな場合でないことは分かっているけど。……少し大きな穴を開けすぎたかもしれない。

人一人通れればそれで十分だったのに。この穴だと自家用車くらい通れる。

しかし考えていても仕方ない。時間が無いのは事実だ。

廊下に出たところで右左を確認。破裂音は聞こえるけれど、遠い。どちらからしてるのか分からない。

私は直ぐにタブレットを確認する。先程までは何故か使えなかったが、収容室の外に出たのだ。使えるようになってるかもしれない。

すると案の定溜まっていた通知が一気にくる。ポンポンと音を立てて流れていく作業指示。

何が起こっているかを把握したくて、メッセージを探す。アイは、アイはなにもされてないだろうか。

 

「……っ!」

 

〝中央通路にてアブノーマリティ同士が交戦中。〟

 

「アイっ……!!」

 

駆けだす。早く、早く行かなければ!!

ごめんね、ごめんね……!!私のせいで、貴方に何かあったら。私はどうすればいいんだろう。

あんなにも貴女は私を助けてくれて、私を好きと言ってくれて。

それなのに、こんな形で迷惑をかけて。

廊下を走るけれど、速度が足りない。もっと速く、速く走りたいのに。

気持ちだけが急ぐ。前見たアイの、顔の傷を思い出す。

この職場で怪我をすることは仕方ないとして。

できるだけして欲しくない。アイ、と。何度も心は叫んでいる。どうか、無事で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界に二人だけしかいなければ。

きっと正しいのは二人だけ。

 

〝王よ、いつから貴方は変わってしまったの。〟

 

世界に二人でいる為に。

見失ってはいけなかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強い、と憎しみの女王は思った。

彼女の白い頬に汗が流れる。しかし拭う暇は無い。集中しなければ。

目の前の絶望の騎士は、最早彼女の知る魔女ではなかった。

闇に呑まれた、という表現が良く似合う。彼女の周りだけ空気が重くて、黒い。

肺にそれが入ってくると、胸焼けがした。

その黒はすごく嫌なものに思える。怒りや、悲しみや、苦しみ、妬み。全てを混ぜて煮詰めたような、濃い、負の感情。

 

「っ、」

 

それに気を取られれば飛んでくる攻撃。間一髪のところで後ろに飛んで避ける。

ガツン、と音を立てて鉄板の廊下に刺さる漆黒の剣。

刃から柄まで真っ黒のそれもやはり黒い空気を纏っている。しかしその剣の存在よりも、憎しみの女王が驚いていたのは。

 

「また……はずれた、」

 

いつだって騎士道を貫いた目の前の魔女が。

命である剣を投げて攻撃してきたことだった。

 

しかし絶望の騎士が持つ剣はひとつでは無いようで。

空中に何本もの剣を出しては、まるでマシンガンのように飛ばしてくる。

廊下という狭い通路でこの攻撃は痛かった。避けるのが後ろにしか出来ない。どうしても押されてしまう。

近づけないから魔法を使いたい。けれど呪文を唱える時間すらも許されない。

 

どうする。

 

憎しみの女王は唇を噛んだ。絶望の騎士の攻撃はまだ一度も当たっていない。

だから威力がわからないけれど、本能が警告している。この攻撃は何となく当たったらまずいような気がする。

テレポートで場所を移動したところで、相手も同じことをして追っかけてくるだけ。時間は稼げても、持久力の勝負になる。

打開策が見つからない。

考えろ、と自身に命令する。憎しみの女王は負けるわけにいかなかった。

いや違う。厳密には〝勝たない訳にはいかなかった。〟

負けでも引き分けでもいけない。この勝負は、何があっても勝たなければいけないものだった。

彼女の頭に過ぎる、ユリの姿。

憎しみの女王の心を強くする、その存在。その愛が一番であることを、否定される訳にはいかない。

ユリ、と。小さく名前を呼んだ。それだけで強くなれた気がした。

 

だめ。

痛みなんか、恐れるな!

 

憎しみの女王は避けるのを止めた。

全身の力を一度抜いて、身体の中心。胸の辺りに意識を集める。

ドスッと嫌な音がした。とんでもない痛みが彼女を襲う。

倒れそうになる衝撃。だめだ。集中しなさい、と自分に言いきかせる。

 

「正義よりも碧き者よ、愛よりも紅き者よ。」

 

そこでふと思った。この呪文は、何回目だろう?

貴女を想って唱えるのは。

 

「運命の飲み込まれし その名の下に」

 

ねぇ、ユリ。

私は思うの。世界に貴女と私だけになればいいのにって。

でもね、貴女がそれでその輝きを失うのなら、それは正しくないとも思う。

 

「我、ここで光に誓う。我が眼前に立ちはだかる、憎悪すべき存在達に。我と貴女の力をもって。」

 

全てはそう。貴女と私の為にある。

貴女が幸せになるために。

私の愛を示すために。

比較が必要ならば、それは在るべきものなのだろう。

 

貴女を喜ばせる私が在るために。

貴女を悲しませる世界が必要なのね。

なら私も、貴女と同じように。世界を愛するわ。

 

この呪文はきっと貴女の為に在る。

私と貴女の魔法。私達の、愛と正義の。

 

「いらないのよ、ユリの魔法少女は私だけでいいの。だからお前は、私達の愛の証明の為に負けなさい。」

 

その言葉に絶望の騎士は目を見開く。

彼女の中に、憎しみの女王への怒りがまた込み上げてきた。

絶望の騎士はかつての自分を恥じた。こんな、性根の腐った女を先輩と慕っていたのかと。

独りよがりで、なんて醜い。

絶望の騎士は気が付かない。溢れて止まらない怒りのせいで我を失っているから。

 

その気持ちが、考え方が。

自分の中にもある、酷似した感情であると言うこと。憎しみの女王も、絶望の騎士も。同じ願いがあること。

そしてそれはなんてことの無い。ただの恋慕であり。

在り来りな嫉妬と、独占欲と、執着であること。

 

これはただの、恋に狂った者たちの喧嘩であること。

 

「死になさい。かつて美しかった魔法騎士へ、偉大な愛の力を見せしめんこと。──アルカナスレイブ!!」

「私は貴女を殺す!!」

 

放ったビームと、投げられた剣。

爆発音と打撃音が大きく響く。それと同時に強い爆風。転がっていた瓦礫が一気に吹き飛ばされていく。

酷ち砂埃の中、一人が床に伏せている。

そうしてもう一人は冷たい目でそれを見ている。

 

「……私の全てをかけて、貴女を殺します。先輩。」

 

見下ろす絶望の騎士は、大きく腕を振り上げて。

床に伏せている憎しみの女王へ、剣を振り下ろした。

 

ぐしゃっ、

 

赤が、床に広がる。

勝敗は、あと少しで決まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王は言った。

 

〝……私は、正義でも人形でもない。一人の、醜い人間だ。〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドォンッ!

 

「うっわ……!?」

 

ユリが走っていると、突然の揺れが起こった。

急な出来事にバランスを崩して倒れそうになるが、なんとか耐える。

床が揺れたと言うよりは、施設が揺れたような。

ユリの中の嫌な予感が大きくなる。それに比例して早くなる鼓動。走る。早く、もっと早く!!

エレベーターなんて待っていられなくて、階段で上へいく。

登りきる頃には息が切れていたが、それでも走った。どんなに遅くても、息が辛くても走ることを止めなかった。

もう少し、もう少しだ。

床に転がっている瓦礫は、交戦を連想させる。

それに足を取られないように気をつけながら進んでいくと、ようやく見えてきた人影。

それを見て、ユリの喉がヒュッと音を立てた。

 

「嘘。」

 

倒れる、見慣れた姿。

水色の可愛らしい髪と、透き通った白い肌が、赤く濡れていて。

その前に立ちはだかる、見た事のある姿。

黒におおわれているが、それが絶望の騎士であることは分かった。

胸にこみあげる焦りと悲しみが、涙となって溢れてくる。

ユリは二人に駆け寄った。そうして。

 

「アイに何してるの!!離れてよ!!」

 

思い切り、杖を振る。放たれるビーム。

それに驚いたのは、絶望の騎士も、憎しみの女王もであった。

あまりに驚いたのか、絶望の騎士はユリの放った攻撃を無防備に受けて、後ろに吹き飛ばされる。

倒れる絶望の騎士。しかしユリはそれを一切気にせずに、憎しみの女王へ駆け寄った。

 

「アイ、アイ!しっかりして!!ごめんなさいっ……!ごめんなさい!私のせいで、」

 

憎しみの女王の顔に落ちる涙。なんて暖かな雨なのだろうと、憎しみの女王は幸せ胸がいっぱいになる。

それを見て、絶望の騎士は、名前通りの絶望を味わっていた。

どうして、と。言葉が零れる。

 

どうして。どうして私を攻撃したの、ユリ。

私は、貴女の。貴女の為に。

 

ユリ、と。絶望の騎士は手を伸ばす。

しかし指先が肩に触れると、ユリは勢いよく振り返り、思い切りその手を叩いた。

絶望の騎士の手に痛みが走る。それはどんな攻撃よりも彼女にダメージを与える。

 

「触らないで!!貴女なんてっ……、大っ嫌い!!」

 

その言葉で、この勝負に勝敗がついた。

憎しみの女王はユリの腕の中でほくそ笑む。

頬に降る雨、暖かい体温。自分の為の強い怒り。あぁ、全てが美しく、全てが甘く。全てが偉大な。憎しみの女王が、絶望の騎士が何よりも欲したもの。

 

そう、愛は証明された。

確かに存在することが。そして決してそれは平等に与えられるものでは無いことが。

この場で、証明されてしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









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