【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
もうすぐこの回も終わります。良ければ引き続きよろしくお願いいたします。
何度目か分からない打撃で、ようやく扉は壊れてくれた。
バラバラと崩れ落ちる壁に、一瞬で修理費の単語が頭を過る。
そんな場合でないことは分かっているけど。……少し大きな穴を開けすぎたかもしれない。
人一人通れればそれで十分だったのに。この穴だと自家用車くらい通れる。
しかし考えていても仕方ない。時間が無いのは事実だ。
廊下に出たところで右左を確認。破裂音は聞こえるけれど、遠い。どちらからしてるのか分からない。
私は直ぐにタブレットを確認する。先程までは何故か使えなかったが、収容室の外に出たのだ。使えるようになってるかもしれない。
すると案の定溜まっていた通知が一気にくる。ポンポンと音を立てて流れていく作業指示。
何が起こっているかを把握したくて、メッセージを探す。アイは、アイはなにもされてないだろうか。
「……っ!」
〝中央通路にてアブノーマリティ同士が交戦中。〟
「アイっ……!!」
駆けだす。早く、早く行かなければ!!
ごめんね、ごめんね……!!私のせいで、貴方に何かあったら。私はどうすればいいんだろう。
あんなにも貴女は私を助けてくれて、私を好きと言ってくれて。
それなのに、こんな形で迷惑をかけて。
廊下を走るけれど、速度が足りない。もっと速く、速く走りたいのに。
気持ちだけが急ぐ。前見たアイの、顔の傷を思い出す。
この職場で怪我をすることは仕方ないとして。
できるだけして欲しくない。アイ、と。何度も心は叫んでいる。どうか、無事で。
世界に二人だけしかいなければ。
きっと正しいのは二人だけ。
〝王よ、いつから貴方は変わってしまったの。〟
世界に二人でいる為に。
見失ってはいけなかったのに。
強い、と憎しみの女王は思った。
彼女の白い頬に汗が流れる。しかし拭う暇は無い。集中しなければ。
目の前の絶望の騎士は、最早彼女の知る魔女ではなかった。
闇に呑まれた、という表現が良く似合う。彼女の周りだけ空気が重くて、黒い。
肺にそれが入ってくると、胸焼けがした。
その黒はすごく嫌なものに思える。怒りや、悲しみや、苦しみ、妬み。全てを混ぜて煮詰めたような、濃い、負の感情。
「っ、」
それに気を取られれば飛んでくる攻撃。間一髪のところで後ろに飛んで避ける。
ガツン、と音を立てて鉄板の廊下に刺さる漆黒の剣。
刃から柄まで真っ黒のそれもやはり黒い空気を纏っている。しかしその剣の存在よりも、憎しみの女王が驚いていたのは。
「また……はずれた、」
いつだって騎士道を貫いた目の前の魔女が。
命である剣を投げて攻撃してきたことだった。
しかし絶望の騎士が持つ剣はひとつでは無いようで。
空中に何本もの剣を出しては、まるでマシンガンのように飛ばしてくる。
廊下という狭い通路でこの攻撃は痛かった。避けるのが後ろにしか出来ない。どうしても押されてしまう。
近づけないから魔法を使いたい。けれど呪文を唱える時間すらも許されない。
どうする。
憎しみの女王は唇を噛んだ。絶望の騎士の攻撃はまだ一度も当たっていない。
だから威力がわからないけれど、本能が警告している。この攻撃は何となく当たったらまずいような気がする。
テレポートで場所を移動したところで、相手も同じことをして追っかけてくるだけ。時間は稼げても、持久力の勝負になる。
打開策が見つからない。
考えろ、と自身に命令する。憎しみの女王は負けるわけにいかなかった。
いや違う。厳密には〝勝たない訳にはいかなかった。〟
負けでも引き分けでもいけない。この勝負は、何があっても勝たなければいけないものだった。
彼女の頭に過ぎる、ユリの姿。
憎しみの女王の心を強くする、その存在。その愛が一番であることを、否定される訳にはいかない。
ユリ、と。小さく名前を呼んだ。それだけで強くなれた気がした。
だめ。
痛みなんか、恐れるな!
憎しみの女王は避けるのを止めた。
全身の力を一度抜いて、身体の中心。胸の辺りに意識を集める。
ドスッと嫌な音がした。とんでもない痛みが彼女を襲う。
倒れそうになる衝撃。だめだ。集中しなさい、と自分に言いきかせる。
「正義よりも碧き者よ、愛よりも紅き者よ。」
そこでふと思った。この呪文は、何回目だろう?
貴女を想って唱えるのは。
「運命の飲み込まれし その名の下に」
ねぇ、ユリ。
私は思うの。世界に貴女と私だけになればいいのにって。
でもね、貴女がそれでその輝きを失うのなら、それは正しくないとも思う。
「我、ここで光に誓う。我が眼前に立ちはだかる、憎悪すべき存在達に。我と貴女の力をもって。」
全てはそう。貴女と私の為にある。
貴女が幸せになるために。
私の愛を示すために。
比較が必要ならば、それは在るべきものなのだろう。
貴女を喜ばせる私が在るために。
貴女を悲しませる世界が必要なのね。
なら私も、貴女と同じように。世界を愛するわ。
この呪文はきっと貴女の為に在る。
私と貴女の魔法。私達の、愛と正義の。
「いらないのよ、ユリの魔法少女は私だけでいいの。だからお前は、私達の愛の証明の為に負けなさい。」
その言葉に絶望の騎士は目を見開く。
彼女の中に、憎しみの女王への怒りがまた込み上げてきた。
絶望の騎士はかつての自分を恥じた。こんな、性根の腐った女を先輩と慕っていたのかと。
独りよがりで、なんて醜い。
絶望の騎士は気が付かない。溢れて止まらない怒りのせいで我を失っているから。
その気持ちが、考え方が。
自分の中にもある、酷似した感情であると言うこと。憎しみの女王も、絶望の騎士も。同じ願いがあること。
そしてそれはなんてことの無い。ただの恋慕であり。
在り来りな嫉妬と、独占欲と、執着であること。
これはただの、恋に狂った者たちの喧嘩であること。
「死になさい。かつて美しかった魔法騎士へ、偉大な愛の力を見せしめんこと。──アルカナスレイブ!!」
「私は貴女を殺す!!」
放ったビームと、投げられた剣。
爆発音と打撃音が大きく響く。それと同時に強い爆風。転がっていた瓦礫が一気に吹き飛ばされていく。
酷ち砂埃の中、一人が床に伏せている。
そうしてもう一人は冷たい目でそれを見ている。
「……私の全てをかけて、貴女を殺します。先輩。」
見下ろす絶望の騎士は、大きく腕を振り上げて。
床に伏せている憎しみの女王へ、剣を振り下ろした。
ぐしゃっ、
赤が、床に広がる。
勝敗は、あと少しで決まる。
王は言った。
〝……私は、正義でも人形でもない。一人の、醜い人間だ。〟
ドォンッ!
「うっわ……!?」
ユリが走っていると、突然の揺れが起こった。
急な出来事にバランスを崩して倒れそうになるが、なんとか耐える。
床が揺れたと言うよりは、施設が揺れたような。
ユリの中の嫌な予感が大きくなる。それに比例して早くなる鼓動。走る。早く、もっと早く!!
エレベーターなんて待っていられなくて、階段で上へいく。
登りきる頃には息が切れていたが、それでも走った。どんなに遅くても、息が辛くても走ることを止めなかった。
もう少し、もう少しだ。
床に転がっている瓦礫は、交戦を連想させる。
それに足を取られないように気をつけながら進んでいくと、ようやく見えてきた人影。
それを見て、ユリの喉がヒュッと音を立てた。
「嘘。」
倒れる、見慣れた姿。
水色の可愛らしい髪と、透き通った白い肌が、赤く濡れていて。
その前に立ちはだかる、見た事のある姿。
黒におおわれているが、それが絶望の騎士であることは分かった。
胸にこみあげる焦りと悲しみが、涙となって溢れてくる。
ユリは二人に駆け寄った。そうして。
「アイに何してるの!!離れてよ!!」
思い切り、杖を振る。放たれるビーム。
それに驚いたのは、絶望の騎士も、憎しみの女王もであった。
あまりに驚いたのか、絶望の騎士はユリの放った攻撃を無防備に受けて、後ろに吹き飛ばされる。
倒れる絶望の騎士。しかしユリはそれを一切気にせずに、憎しみの女王へ駆け寄った。
「アイ、アイ!しっかりして!!ごめんなさいっ……!ごめんなさい!私のせいで、」
憎しみの女王の顔に落ちる涙。なんて暖かな雨なのだろうと、憎しみの女王は幸せ胸がいっぱいになる。
それを見て、絶望の騎士は、名前通りの絶望を味わっていた。
どうして、と。言葉が零れる。
どうして。どうして私を攻撃したの、ユリ。
私は、貴女の。貴女の為に。
ユリ、と。絶望の騎士は手を伸ばす。
しかし指先が肩に触れると、ユリは勢いよく振り返り、思い切りその手を叩いた。
絶望の騎士の手に痛みが走る。それはどんな攻撃よりも彼女にダメージを与える。
「触らないで!!貴女なんてっ……、大っ嫌い!!」
その言葉で、この勝負に勝敗がついた。
憎しみの女王はユリの腕の中でほくそ笑む。
頬に降る雨、暖かい体温。自分の為の強い怒り。あぁ、全てが美しく、全てが甘く。全てが偉大な。憎しみの女王が、絶望の騎士が何よりも欲したもの。
そう、愛は証明された。
確かに存在することが。そして決してそれは平等に与えられるものでは無いことが。
この場で、証明されてしまったのである。