双主革新奇聞ディストリズム   作:マッキー&仮面兵

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『恩恵は、人々に長くそれを味わわせるためにも、小出しに施すべきである』
――ニッコロ・マキャヴェッリ

『今回の間章はさとりと男子学生の関係性についてから。アニメでもマスコは従っていたのでこういう関係は考えられるなぁと感じて書きました』
――仮面兵


間章:「ブローカー」は危機を抱いた

ワラビンピックは無事に閉幕した。

納村不道は天下五剣のうち、鬼瓦輪、亀鶴城メアリ、そして花酒蕨の三人を撃破、掌握した。

目的であった外出許可証の印鑑も、無事に三人分埋まったことで、残るは二人――眠目さとり、因幡月夜の印鑑及び学園長による判となった。

あと三つの印さえあれば――彼は、晴れて堂々と学園外へと外出することができるようになる。

 

だが、彼がその印鑑を得るたびに、五剣の価値は壊されていった。

鬼瓦輪は公衆の面前で、事故によるものではあるが彼に唇を奪われ、トレードマークの般若面をさらに欠く結果となった。

亀鶴城メアリは、可愛がっていた妹分をあっけなく撃退された挙句、あっさりと当の本人も輪とともに篭絡され――

 

――それらに危機感を抱き、五剣としての面目を保とうと、輪・メアリ共々矯正しようと試みた花酒蕨は、ワラビンピックを用いた策がことごとく空回り、挙句の果てには男子生徒を人質に取ったことで腰を上げた祈願とさとりに五剣会議決定内容の隙を突いた妨害を受け、ほぼ万全な納村たちと戦闘に臨むこととなり、結果敗北。

彼女に至っては、花酒三十四の幹部共々に中継カメラの前で褌をつけさせられるという屈辱も味あわされた。

 

納村が野望を果たしていくその傍らで、必然的に着々と天下五剣の崩壊が近づいていることを、まだ誰も指摘できていない。

その崩壊を悟るものが出るまで――

 

 

 

 

夜、守衛以外は基本各々が寮内で寝静まる中、一人の男子生徒がとある女子と逢瀬を広げていた。

 

「――はい、これがみんなから受け取った料金。確認して頂戴」

「は~~い――ひぃ~~ふぅ~~みぃ~~……うん、ちゃ~~んと全額あるよ~~!」

 

男子は言わずと知れた、大仏のような見た目のマスコ。

女子の方は天下五剣にて1、2を争う実力と言われているさとり。

なぜ二人がこんなことをしているのかというと――

 

「ノムラちゃんが来てからはぁ~~注文も頻繁でうれし~~ね~~!」

「そうね……あの子は雑誌に関しては詳しいから……」

 

――『調達屋』、それがさとりの今行っている行為。

さとりの調達してきた男子の嗜好品を、マスコが一手に取引しているのだ。

 

愛地共生学園では、男子生徒は原則最低限の生活品しか取り寄せることができない。

華やかで、自由で、伸びやかな女子たちの生活に反して、男子たちの扱いは獄囚と同様に束縛されている。いや、束縛されすぎている。

 

そこに目を付けたのがさとりだ。

彼女は、自身の姉である眠目ミソギを中心とした親衛隊『覆面女子』のスパイ活動などによる情報網を敷き、得た情報を利用したうえで、これまでほかの五剣が手を出さなかった『男子生徒の学園生活』に介入した。

厳しく制限されすぎた彼らの生活に『施し』を与えるべく、適当に見繕った人物を数人、自分と寮のパイプ役にと割り振った。

 

多少の利益を得るためにと少しだけ値段を釣ったり等と色々条件を付けただけあって、当初は男子全体から警戒をされていたものだが、それでもこれまで手に入れさせてすらもらえなかった嗜好品の数々を、また手に入れられるという本来『手に入れることが』当たり前であるはずの事実に男子たちは歓喜し、パイプ役の男子と施しをくれた女子――さとりにひどく感謝した。

彼女はパイプ役の男子たちに『自分に逆らうと元の寂しい生活に逆戻りだ』と言外に脅迫することで、あまり女子たちに漏れなかった細かな寮内事情を掌握。

五剣の中ではるかに有利な情報アドバンテージを獲得するに至ったのだ。

 

 

「あと、アナタが来てから、男子たちはこれまでより楽しく生活できてる。ありがとう」

「……突然だなんて変なマスコちゃ~~ん? いいよ~~さとりはぁ~~祈願ちゃんが喜んでくれるからマスコちゃんたちを助けてあげるんだしぃ~~?」

「……ええ、そうね。今日のことも感謝するわ。あの子に伝えといてほしいんだけど……」

「もっちろ~~ん。祈願ちゃんも感謝されたって聞いたら~~ますます喜んでくれるはずだよ~~!」

 

もっとも、今のさとりがこの『施し』を続けているのは、『祈願が喜ぶだろう』という確信があるから。

祈願が一言、本心から『彼らを助けないで』と言えば、簡単にさとりは彼らへの『施し』を辞めてしまうだろう。

マスコは祈願の優しい性格にあらためて感謝した。

もし彼が助けてくれなければ――いや、納村が自分たちを見捨てるとまでは思っていないが、それでも、不安は残っていた。

 

 

「あとさ~~この雑誌って誰が頼んだの~~?」

 

 

さとりが取り出したのは一冊の雑誌。

要望リストの中に入っていたのだが、誰が要望したのかわからないまま用意した代物。

さとりの疑問に、マスコは静かに答えた。

 

 

「――アタシ。あの子が前に、この雑誌を読んでいたって話を聞いたから」

「へ~~ふぅ~~ん、ほぉ~~? 一丁前に祈願ちゃんにおせっかいとか~~マスコちゃん生意気だね~~?」

「ごめんなさい……」

 

 

マスコも優しい男だった。

学園に入った経緯は他と大概変わらず、荒くれ物の問題児だったからというのではあったが。

この学園に入り、男子寮で生活していくうちに、自然と彼は男子の代表的な存在となっていた。

『みんなも不安なんだから』と、自分が盾となってさとりと交渉していたりするほどに、確かに彼は優しい男だった。

彼は少し前に祈願と話す時間が偶然あり、その時に漫画の話に聞き、ちょっとした親切心で雑誌を彼にプレゼントするつもりで、購入をさとりに頼んだのだ。

 

 

「ま~~いっかな~~? 祈願ちゃんがこういうの読んでたって初めて知ったし~~」

「……あなたとはそういう話をしないの?」

「ん~~祈願ちゃんって変なところでヘタレちゃんだから~~何を読みたいかさとりに教えてくれないんだ~~」

 

 

――それは『買ってきてって催促してるように聞こえてしまうだろうから』っていう彼のやさしさなんじゃないの……?

とは、マスコは言えなかった。

実際、当のさとりは『あれを見たい』と祈願からわがままを言われればすぐにそれを取り寄せようとするので、マスコの予想は全く現実に反していない。

 

 

「それにしても~~マスコちゃんのオススメの漫画は~~いつも面白いね~~!」

「気に入ってくれてるようで何よりだわ。少しだけ古いけど……ね」

「いいえ~~最近の雑誌の漫画より~~さとりは好きかな~~?」

 

 

――一瞬、無言の空間ができる。

さとりの表情を見たマスコは震えた。

――あれは、何かをしでかそうとする顔だ――

祈願と常に一緒にいるようになってからはあまりなくなったのだが、さとりは時たまに自分たちに対してかなりの無茶ぶりを要求してくる。

久々に来るか――マスコは腹を決めることとした。

 

 

「今日はマスコちゃんを助けてあげたしぃ~~、こうしてこっそり色んなもの買ってあげてるしぃ~~? ちょぉ~~っと、さとりのお願いを聞いてほしいんだよね~~?」

「ええ……もちろんよ。でも――しばらくはアタシだけでできることをお願いしたいの。まだ今日のことで男子たちのほとんどは傷ついてて……」

「マスコちゃんやっさしぃ~~!」

 

 

――男子の大半は今日のワラビンピックの際に、蕨たちによって力づくで懲罰房に叩き込まれ、その際にけがをした生徒も多くいる。

そんな彼らをかばうのが、納村と同じ部屋であるという理由で最もキツイ仕打ちを受けたマスコだ。

パチパチとゆったりとした動きでマスコの情に拍手を送りながら、さとりは彼にグッと近づく。

 

 

「だぁ~~いじょうぶだよぉ~~? さとりはぁ~~、そぉ~~んな悲しいこといわないもの~~。マスコちゃんさえお願いを引き受けてくれるならぁ~~……明日にはお薬少し多めにサービスしてあげるよぉ~~?」

「……ほんとうなのね? 分かった、何をすればいいの?」

「ふふふ~~マスコちゃんすてきぃ~~! ……さとりねぇ~~? 一番祈願ちゃんが大事なんだ~~。五剣の立場が奪われちゃったらぁ~~……祈願ちゃんに酷いことするひとがふえるかもしれないんだよ~~」

 

 

祈願に対する思いを吐露しながら、さとりはぐるぐるとその場で回転をする。

 

――さとりの警戒はある意味もっともだともいえる。

天下五剣はこれまで互いに対して警戒を行い、互いを疑うことが大変多い組織だった。

五剣の中では最もマキャヴェリズム――目的のためには手段を択ばないという精神性が顕著だと評されるさとりも、ほかの五剣のことを信用はすれど、信頼することなくずっと君臨してきた。

相手を疑うからこそ、さとりは覆面女子を用いてあらゆる情報を求めるようにもなったのだ。

 

 

「あ~~、今『考えすぎ』って思ったでしょ~~?」

「えっ……ええ」

「甘いよ~~? 祈願ちゃんのこと~~蕨ちゃんも、鬼ちゃんも、亀ちゃんも矯正しようと狙ってるんだよ~~?」

 

 

――それは、あなたたちがあまりにも不純異性交遊に該当することばかりしているからじゃないかしら……

マスコは言葉を紡がなかった。雉も鳴かずば撃たれまい。余計なことを言わないことが、生き残るという処世術なのだ。

 

話を戻そう。

ワラビンピックの際には、その『矯正する以外の共通する目的がなく、目的のための手段が異なることで日々いがみ合う』ような集団から、急に同じ男を軸として手を組み事に当たる者が二人も出てきた。

納村は五剣二人を懐柔し、手ごまとしていると認識されていても何らおかしい話ではない。

その二人――輪・メアリに敗北した蕨だって、もしかすると納村に従う可能性だってある。

そうなると残りとして狙うのは何か――それはおそらく、残った五剣である自分たち。またはそれを上回る地位。

彼女が仕入れた情報からすると、納村だけではなく『女帝』天羽までもが虎視眈々と五剣の地位などを狙っていることも間違いない。

 

 

「五剣はもぉ~~、鬼ちゃんも亀ちゃんも蕨ちゃんも負けちゃったよね~~」

「それが……どうしたの?」

「鈍いなぁ~~……ノムラちゃんがぁ~~邪魔なんだよね~~!」

 

 

納村や天羽が五剣の立場を壊すことで、さとりは今一番優先している『祈願の保護』に努めることができなくなってしまうかもしれない。

そうすると、さとりは祈願のことを喪ってしまう。そう彼女は連想した。

だからこそ、さとりにとって納村という存在は激しく邪魔なのだ。

それほどまでに、彼女にとって祈願という少年は、何よりも大事な存在なのだ。

 

 

「だからぁ~~……マスコちゃんは~~ノムラちゃんを~~祈願ちゃんに近づけないように見張っててね?」

「――なぜ? いえ、頼まれたことはするけれども……理由は、聞いてもいいかしら?」

「祈願ちゃんって~~ぶっちゃけた話しちゃうと弱いんだよね~~」

 

 

――それはあなたが過保護だからじゃないかしら。

マスコは幾度目かの声にできないツッコミを抱いた。

この愛地共生学園に通う男子は、ほぼ全員が元荒くれ問題児としてここに更迭されたのだから、矯正された今も大体の生徒には腕力などがそれなりに自慢できるほどである。

 

しかし祈願は転校事情からしてほかの男子たちと一線を画しているので、筋力やその他諸々がほかの男子たちと比べて弱い。

そのうえでさとりが彼を管理し、保護し、蝶よ花よと言わんばかりの愛で方をするので、一切そこらへんが成長できないのだ。

 

 

「祈願ちゃん自身も気にしてるんだけどね~~? もしノムラちゃんが祈願ちゃんを利用して~~ボクに接触してきちゃったら~~――ノムラちゃんのこと、殺しちゃうかも」

「――ッ!?」

 

 

彼は恐怖した。

――殺しちゃうかも。という言葉を発するときだけ、さとりの表情が全くの≪無≫になったのを見てしまったのだ。

普段から何を考えているかわからない、感情があるのかわからないといわれるような表情だが、今のはそれとは全く違う。

彼は恐怖した。さとりの愛情の重さに、祈願の縛られた環境に。

 

 

「そんなにおびえなくてもいいよ~~? マスコちゃんもさ~~、ルームメイトがいなくなったら寂しいよね~~?」

「わかったわ……! わかった……ちゃんと……アタシが見張っておくわ……!」

 

 

――マスコは恐怖を必死に押さえつけて許諾した。

 

だが、マスコは知らない。

祈願の他にもう一人いる男子(貫井川)が納村に興味を激しく抱いていて、彼との接触を積極的に望んでいるということに。

マスコがどのように努めたところで、四六時中納村を見張ることができないのだから、いずれそれは破綻することだった。

 

同じように、さとりも失念していた。

――祈願へと接触してくるのは、必ずしもさとり(五剣)目当ての人間しかいない。というわけではないのだということを。

純粋に祈願との交流を目当てに近づく人物だって存在する。そしてそれを、『行かないと言い張っていた祈願を五剣会議まで引きずっていく』貫井川のような人物が、手助けしないはずもない。と考えるべきだった。

 

 

「物分かりがいいマスコちゃんには~~お菓子をボーナスだよ~~!」

「あっ……ええ、ありがとう……」

 

 

――夜は更ける。

失念だらけの密会は何事もなく、お互いに気付くことなく終わってしまう。

互いに気づくことなく、指摘する者もいないので当然ながら、さとりの予定道理に物事がうまくいくはずがない。

貫井川にしろ、納村にしろ、彼らはあまりにも自由すぎた。

 

結論から申し上げると――番狂わせが、いつの世もいつの世界でも、面白いのだ。




左近衛祈願の由来
さとりのモチーフである数珠丸恒次の制作者が備前左近衛将監恒次という人物であることから。
さとり、ミソギと言った宗教的用語が並んだため、祈るから派生しイノリ。字はある意味素直に『祈願』とした。


次回
第三節:開け「男子」の会、恋は踊る
7/30、21:00より順次公開

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