ペテルブルグのとまり木   作:長靴伯爵

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エイラーニャもニパイラもクルロスも大将夫婦も皆いいものだと思います


嫉妬とワインと速達便

 

 

 

 

 つい先日まで、オラーシャでも異常なほどに冷え込んだペテルブルグ。

いままでの冬を乗り越えた暖炉でも不安になるほどの寒さを何とか乗り越えた「とまり木」は、今日も休みにくる鳥達を待っていた。

 

 

 

 

 

誰にでも好き嫌いはあるだろう。

人間関係でも同様に好きな人がいれば、苦手な人、嫌いな人がいるものだ。

聖人君子でない限りそれは必然。

永田にも当然、苦手な人、嫌いな人はいる。

 

そう例えば・・・。

 

「やあ!店長!今日は僕1人だけみたいだね~!」

 

 いけ好かない、軽薄な笑顔を貼り付けた航空魔女(ウィッチ)。もっと個人的感情を含めるならば・・・。

 

「帰れ」

 

 憎っくき恋敵である。

 

 

 

 

 

 

 

 ある人からの連絡があり、ウキウキ気分でグラスを磨いていた矢先のことである。

 

「まぁまぁ。そんなことを言わずにさ~」

 

「おい、俺は帰れって言ったんだ」

 

「まぁまぁまぁまぁ」

 

「何座って・・・って、お前もう飲んできたな」

 

 ニコニコ、いやニタニタと笑ってカウンターに座った航空魔女(ウィッチ)

 ヴァルトルート・クルピンスキー。カールスラント帝国空軍中尉。

 通称「伯爵」

 ニパ、管野に続くブレイクウィッチーズが1人である。

 

「お前を相手にする暇はない」

 

「そんなこと言ってさ~。愛想も女の子にもてる要素の1つだよ?」

 

「少なくともお前への愛想は無い」

 

「でも、ちゃんと相手はしてくれるんだから~」

 

「お前、塩投げつけるぞ」

 

 何が面白いのか1人ゲラゲラと笑うクルピンスキーに白い目を向け、永田は磨いていたグラスを置いた。

 彼自身、彼女を邪険にするには間違っているとは思う。彼女も客。彼女も魔女(ウィッチ)。ならば「とまり木」の店主としてもてなすのが道理である。そして何より、彼女だけを邪険にするのは思いを寄せるあの人に格好がつかない。

 永田は理性を総動員して、引きつった笑顔を作って言った。

 

「で、何か飲むのかい?」

 

「何、その顔。気持ち悪いよ?」

 

「お前本当にいい加減にしろよ」

 

 折角の心意気を簡単に圧し折ってくるクルピンスキーに、永田の先程の気持ちは木っ端微塵に吹き飛んだ。折角注いだグラスの水を彼女の顔面にぶちまけそうになるのを、なんとかカウンターに叩きつけるのに止めた。

 

「ありがと~!いや~、美味しい水だね~!あ、ぶどうジュース頂戴!」

 

「お前は・・・いや、もういい」

 

 もはや苛立つことに疲れ、永田はカウンター裏からワインを取ってきた。下手なワインだとギャーギャー騒がしいことになるので、しっかりと上物を選んでいく。

 酒棚に飾ってあるワイングラスを取り、カウンターに置いてワインを注ぐ。永田は憤然とした表情のまま、しかし丁寧にクルピンスキーの目の前にグラスを置いた。

 

「やっぱりこの店はいいワインを揃えているね」

 

「いいから黙って飲め」

 

 頬杖を突き、店内の明かりにグラスを掲げてワインの煌きを眺める様など、どこからどう見ても美形のイケメンでしかない。男の自分がここまで格好がつくとは思えず、悔しさを滲ませて永田は自分用のグラスにワインを注ぐ。

 

「あれ~?店主自ら飲むのかい?」

 

「お前をもてなすつもりなぞ端からないね」

 

「本当は一緒に飲みたかったんでしょ?。素直じゃないんだから~」

 

「言っておくと手元に塩があるからな?いつでも投げつけられるんだぞ」

 

「でもごめん。君の思いは受け入れられない。なぜなら僕には沢山の子猫ちゃんたちが・・・」

 

「人の話聞けよ」

 

 芝居がかるクルピンスキーを放っておいて、グラスを傾ける永田。扶桑にいた頃に比べて随分とワインに親しむようになったが、最近になってようやく美味しさを理解することが出来始めた。そのお陰かワインに合うつまみを作ることができるようになった。

 目の前の女たらしさえ来なければいい事尽くめだったのだが。

 

「ねぇねぇ。何かつまみ作ってよ」

 

「うるせぇ。女たらし」

 

「急に褒めないでよ~。照れるな~」

 

「シュールストレミング食わすぞ」

 

 とは言うものの、実は試してみたいチーズがあるのも事実。知人に頼んでやっと届いたものをいきなり出すのは気が引けたので、永田はこのすけこましを実験台にすることに決めた。腹立たしいことだが、こいつの意見は参考になる。

 

 永田はもう1度カウンター裏に引っ込み、床下の貯蔵庫からとっておきにしていた幾つかのチーズを取り出した。

 青カビ系、白カビ系、ハード系のチーズを切り取り、それぞれに合うようにクラッカーやドライフルーツ、そしてこれまたとっておきのキャビアを皿に載せていく。味を確かめるだけなので本気で盛り付けはしないが、見苦しくない程度に配置してカウンターに持って行った。

 永田がいない間にどれだけ飲んだのか、すでに瓶の中が半分以上減っているのに白い目を向けつつも、クルピンスキーの前に皿を置いた。

 

「ほら」

 

「いや~さすが店長。チーズをいいものを・・・」

 

「何だよ」

 

 チーズの盛り合わせを目の前にして一瞬盛り上がるクルピンスキーだったが、何を思ったのか急に黙ってしまった。いつもなら喜色満面でかっ喰らっているはずだが、チーズを見て何やら考え込んでいる。永田は別に毒なぞ仕込んでないぞと心の中で呟きつつ、無視してグラスを傾けていると・・・。

 

「これ、ロスマン先生用に準備したんじゃないかい?」

 

「ッ!?」

 

 いきなりの核心を突く言葉に、永田は危うくワインを噴出しそうになるのを寸でのところで押し止めた。平静を装ってグラスを置き、クルピンスキーに目を向ける。彼女は先程までの酔っ払いの表情ではなく、無駄に妖艶な笑みを浮かべていた。

 

「まぁ確かに?僕なら先生の好みも分かるし、妥当な判断だよね」

 

「・・・腹立たしいがな」

 

 苦々しい表情でクルピンスキーの言葉を肯定する永田。彼女の言うとおり、これらのチーズは502に所属する航空魔女(ウィッチ)、そして永田が恋焦がれる女性である、エディータ・ロスマン曹長に振舞うために準備したものだった。以前ロスマンが訪れた際に偶然手に入れたワインをいたく気に入った為、次の機会にはと準備していたのだ。

 

「で、も」

 

 もったいつけて口を開くクルピンスキー。

 何を隠そう、この目の前の女たらしは、ロスマンとの只ならぬ関係であるのは殆ど周知の事実であった。永田が現役だった当時にはロスマン本人からは違うという言葉は聞いたものの、状況からしてそんな訳無く、永田はクルピンスキーに対して言いようのない嫉妬を抱いていた。

 

「店長が先生をちゃんともてなすことができるのかな~?僕が教えてあげるとは限らないよぉ?」

 

「・・・ほお?」

 

 見せつけるようにキャビアを載せたチーズを摘み上げて口に運ぶ姿は、相反するはずの格好良さと妖艶さが相まって、酒が回り始めたからか不覚にもドキリとさせられてしまう。   

 しかし、永田もやられるままは性に合わないので反撃することにした。

 

「じゃあお前はロスマンさんに不味い物を食べさせるつもりなんだな?」

 

「む」

 

「しょうがないな。俺はロスマンさんに美味しく食べて欲しいと思っていただけなのに。それをあろうことかお前が邪魔してくるなんて・・・」

 

「おいおい。その言い方はないんじゃないかな」

 

 形のいい眉を寄せて渋面を作るクルピンスキーに対して永田も負けずに睨み返す。バチバチと火花が散りそうなほどの睨み合いは、お互いに視線を外したことですぐに終わった。   

 こうやって喧嘩しても意味が無いのはお互いに身を持って知っている。

 

「はぁ。もういいから、黙って飲め」

 

「飲むのはいいけど黙りたくはないな。そうだな・・・君の先生への恋の話を肴にしたいな?」

 

「お前な?その減らず口をどうにかしないといい加減、愛想尽かされるぞ」

 

「心配してくれるの?やっぱり、店長はいい人だな~」

 

「はぁ。大体お前は初めて会った時からいつも・・・」

 

 いつの間にか口が進み、グラスが進み、適当に出していたツマミも食いつくし、それでも更に追加のワインを投入して。

 相手に気を使わない会話に永田もクルピンスキーも言葉を紡いでいく。友情でも恋愛でも喧嘩でもない不可思議な関係は今夜もゆっくりと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・クシュッ!!・・・ん?」

 

 

 刺すような冷気を体を震わせて永田は微睡みの中から目を覚ました。へばり着くような頭痛は間違いなく飲み過ぎによる二日酔いである。どうやら、深酒しすぎてカウンターに突っ伏して寝落ちしてしまったようだった。

 重い頭を上げると、目の前には同じように寝落ちしているクルピンスキーが。ワインボトル抱いて小さくイビキをかく姿はどこか幸せそうだった。

 だが、こんなちゃらんぽらんな姿を見せていても一度ストライカーユニットを履けば、航空魔女(ウィッチ)としてネウロイと果敢に戦う。そんな魔女(ウィッチ)達を永田は尊敬しているし、それはクルピンスキーにも同様だった。

 本人には絶対に言うつもりはないが。

 

「全く・・・。眠りこけやがって。無防備にも程があるだろう」

 

 カウンターに放置されていたクルピンスキーの略帽を取り上げ、未だに眠りこける彼女の頭に乗せる。

 それでも起きないクルピンスキーに苦笑を漏らした永田はふと壁の時計を見て、顔を青くした。

 

 午前5時30分。

 確か、記憶が正しければ彼女達の任務開始時間は6時からである。

 

「おい!クルピンスキー!お前、今日非番か!?」

 

「ん~?もう、なに~?頭痛いな~」

 

 乱暴に肩を揺すって起こしたせいか、クルピンスキーは不満げな声をあげる。しかし、永田は労りなどを気にしている余裕は無かった。

 

「お前、今日は非番なのかって聞いてんだよ!!」

 

「非番?毎日毎日出撃があるのに、そんなのあるはずないだろう?」

 

 まだ夢の中にでもいるつもりなのか、クルピンスキーはホワホワと答える。その答えに、永田は顔を更に青くした。急いで立ち上がり、クルピンスキーをカウンターから立たせる。

 

「ちょっと、乱暴にしないでよ~。やるならもっと優しく・・・」

 

「後30分でお前の首が飛ぶんだよ!!」

 

 最悪、脱走扱い。

 この店で飲ませたせいなんて言われたら溜まったもんじゃない。

 

 この店から502基地まではそんなに距離はないが、車は解凍していないから使えない。走っていけば十分間に合うはずだが、ふらふらしているクルピンスキーが走れるとは思えない。

 つまり・・・。

 

 

 

「ちょ・・・ちょっと、余り揺らさないで・・・。き、気持ち、悪・・・」

 

「走らないと間に合わないんだよ!というか、酒臭すぎるからしゃべんな!!」

 

「それはひど・・・ッゥプ。吐きそう・・・」

 

「背中に吐きでもしたら許さねぇからな!?」

 

 グロッキー状態のクルピンスキーを背負い、無人のペテルブルグの街を全力で走る永田。

 こんな見るも無惨な魔女(ウィッチ)の姿を一般市民が見ることがなくて、永田は初めてペテルブルグが無人なことに感謝した。

 何が悲しくて恋敵を背負って全力疾走してるのだか。

 

「・・・そんな君だから、先生も・・・」

 

「ゼェ・・・ゼェ・・・。ロスマンさんが・・・何だってぇ・・・!?」

 

「先生も・・・あ、吐きそう」

 

「耐えろ!全力で耐えろ!!」

 

 

 

 

 

 

 その後、永田はなんとか5時55分に基地の門に送り届けることができた。しかし、その日一日は急激な運動によって残っていたアルコールが一気に回って二日酔いが更に酷くなり、店を閉める羽目になってしまった。

 クルピンスキーはというと、何とか間に合ったものの一日酷い有り様で使い物にならず、1週間の外出禁止令を食らったらしいが・・・それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 





でも、魔女達には普通に男性と結ばれて欲しいと思うのは異端だとしてもいいと思う

異論は認める
でも、ミハイルとフレデリカの例もあるし多少はね?

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