ペテルブルグのとまり木   作:長靴伯爵

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純文学系ファイター

 

 

 もうすぐ本格的な冬が始まろうとしているこの時期には珍しく、暖かい日差しが満たす穏やかな日だった。

 こんな日は、陽気な空気に誘われて意外な客が「とまり木」にやってくるものだ。

 

 果たして今日はどんな客がやってくるのか・・・。

 

 そんな思いを胸に店長、永田涼二はドアに掛けてある札を開店の文字に換えた。

 

 

 

 

 

 永田は今日流す店内の音楽をクラシックにしていた。

 酒を飲み、思う存分話し、笑う場所としては少々毛色が違う選曲ではあるが、今日の客にはクラシックを流してたほうが過ごしやすいだろう。

 窓から入ってくる柔らかな日差しに照らされる窓際のテーブル。

そこには、ゆったりと本を読む一人の魔女(ウィッチ)の姿があった。

 小柄な体と癖のある黒髪、釣り気味の力強い目元。

茶色のフライトジャケットに3色のマフラー。

頬に貼られた絆創膏が特徴的だった。

 

管野直枝中尉。

通称「デストロイヤー」

 

 以前迷い込んできた雁淵ひかりと同じく、502に所属する扶桑皇国海軍航空魔女(ウィッチ)の1人だ。

 インファイト戦術を好む彼女は敢闘精神旺盛で、銃が駄目なら刀、刀が駄目なら拳まで用いネウロイと戦いで確固たる戦果をあげてきた。

 

 そんな戦歴と、強気な性格とは裏腹に彼女には読書家という一面があった。

非番の日、特にこういう麗らかな昼には管野は本を携えてやってくる。

 管野の憩いの時間だった。

 

 

 

 

 

「はい。お茶だよ」

 

「おう」

 

 コトリと置かれた湯飲みを管野は一瞥し、すぐに視線を本に戻した。

 そんな態度はすでに慣れたもので永田は特に気にすることなくカウンターに戻り、自身の仕事に専念する。ちなみに彼女が店にいる間は他の客がくることはない。以前、酔っ払ったオラーシャ兵が管野に絡んでしまい、その兵士をボコボコにして店から叩き出してしまったのだ。

 それ以降、管野がいる時は誰も来なくなった。

 

 ・・・地味に営業妨害ではあるのだが、そもそもそこまで儲けに拘ってないので永田は気にしない方向でいた。

 

 

 

 店内に流れるクラシックと管野がページをめくる音だけが聞こえる店内。

 永田は大体の仕事を終えてしまったので、カウンターに肘を突いてボゥと読書中の管野を眺めていた。

 日頃ネウロイを睨んでいる目は、今は非常にリラックスして文字を追っている。時々、表情が変わるのは本の内容に感情移入しているからだろうか。窓から差す日差しと相まって、その姿は一枚の絵画と見間違えかねないほど様になっていた。

 

「いつもネウロイを殴り倒しているとは思えないな・・・」

 

「あ?何見てるんだよ」

 

 やわらかな陽気にあてられていつの間にかウトウトしてしまっていたのだろうか。気が付けば、本を閉じた管野が湯のみに口をつけながら永田を睨んでいた。睨んでくるのは今の呟きが聞こえていたからか、それとも読書している姿をずっと見られていたからか。

 

「いやね。何を読んでるのかな~ってね」

 

「んなこと別にいいだろうが」

 

「それはそうだ」

 

 けんもほろろな管野の態度に、永田はそうそうに撤退を決め込む。降参とばかりに両手を挙げると、管野はフンッと鼻を鳴らして再び読書に戻った。永田も再び絵画の鑑賞に戻ってもいいのだが、また機嫌を損なわれでもしたら面白くない。

 とりあえず、冷めてしまっただろう彼女のお茶を代えることにした。

 一度、裏に戻り淹れ直したお茶と簡単なお茶請け・・・扶桑海軍経由で手に入れた羊羹と沢庵である・・・を準備した。

 それらをお盆に載せて管野のテーブルに行けば、相も変わらず読書に没頭する彼女の姿があった。

 

「お茶とお菓子だよ」

 

「おう」

 

 声をかけて帰ってくるのはそっけない返事。

 よほど集中しているのか、悪戯心が生まれて後ろに回りこんだ永田が本を覗き込んでも全く気付かなかった。管野が読み進めていくページを永田も同じペースで読んでいく。

 永田は管野が何時気付くのかと少しワクワクしていたのだが、余りにも管野が気付かず読み続けているので、いつの間にか永田も本の内容に没頭してしまっていた。

 流れるクラシック。

 紙が擦れる音。

 テーブルで本をめくる管野。

 魔女(ウィッチ)の頭越しに本を覗く永田。

 

 控えめに言って相当おかしな空間が形成されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ふぅ」

 

 管野は今しがた読み終えた本をパタンと閉じて湯のみに手を伸ばした。

 久しぶりではあるが何度も読んだ本ではある。あまりにこの本が自分のイメージとかけ離れているので基地では読めなかったのだが・・・やはり何度読んでも感動と深い余韻が残るものだ。没頭するあまり喉が渇いているのも忘れてしまっていたほどだった。

 喉の渇きを潤すべく湯のみを口元に持って行き・・・そこでふと気付いた。

湯のみに入っているお茶。その水面に写る自分の顔とその上に写る永田の顔に。

 

 菅野がギギギギ・・・と壊れたブリキの人形のように上を見上げると、感心した様子の永田とばっちり目が合った。

 

「へぇ。案外面白いね。『小公女』」

 

 

 

 

 

 

 後日、永田は「あの時の絶叫はイイ感じに脳を震わしてくれた」としみじみと語るのだが・・・それはまた別の話である。

 なお、本を見られた管野が開き直って「とまり木」では堂々と「小公女」や自身のイメージとかけ離れた本を読み始めたのも、また別の話である。

 


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