ペテルブルグのとまり木   作:長靴伯爵

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悪運転じて・・・

 

 

 

 比較的過ごしやすかった気候に少しずつ冷気が混じり始めたペテルブルグ。

 通りには身を震わせる風が吹き荒ぶが、無人になってしまったこの街には関係の無い話。

 

 けれども、空を飛ぶ鳥達の『とまり木』には暖かな灯が燈り続けている。

 果たして、今日はどんな鳥が羽を休ませにやってくるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 ガチャンッという固い物が壊れる音が『止まり木』の店内に響き渡った。

 

「ああ・・・。やってしまった・・・」

 

 床に散らばる真っ白な陶磁器の欠片を眺め、食器洗いをしていた店主の永田涼二はポツリと呟いた。

 時間帯は昼前。

朝にシフト明けのカールスラント兵やオラーシャ兵たちへ酒と肴を振舞って一段落した後のことである。食器やグラスを洗い食器棚に片付けていた最中、持っていたコーヒーカップの柄がポキリと折れてしまったのだ。

 なんという不運。

 ・・・こういう日には彼女が来る。

 

「まずは片付けるか」

 

 箒とちり取りを取りに奥に戻りながら、永田は午後の予定を決めた。

 とりあえず、午後は店を閉めるとこにしよう。

 

 

 

 

 

 

 日が大分偏り、あたりが暗くなった時刻。

 ペテルブルグにたった1つの窓の灯りを燈し、永田はカウンターでグラスを磨いていた。今日の店内にはラジオではなくレコードの音楽を流している。来るであろう客に合わ

せた選曲だった。

 三つ目のカップを拭き終わった時、ドアの呼び鈴が軽快に鳴り響いた。

 

「ナガタさん、こんばんは~!!!」

 

 元気のよい挨拶と共にドアを潜ってきたのはスオムス空軍の水色セーターの制服を着る

魔女(ウィッチ)

 ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン曹長。

愛称「ニパ」

通称「ついてないカタヤイネン」

類を見ないバッドラックガール。

 

 そんな彼女を永田はいつものように気さくに笑い出迎えた。

 

「いらっしゃい。来ると思ってたよ」

 

「本当?嬉しいなぁ」

 

 ニコニコと笑うニパは慣れた動きでカウンターに座る。そしてすぐに店内の音楽に気付いた。

 

「この音楽ってカンテレ?」

 

「そうだよ。君が来ると思ったから、スオムスの音楽にしてみたんだ」

 

「懐かしいなぁ。カンテレ聞いたの何時振りだろ」

 

 一時期ホームシックに係り落ち込んだこともあるニパ。こうやって故郷の感触に触れることは多少なりとも日々の戦闘で蓄積されるストレスを解消してくれるものだ。

 ニパがカンテレの音色を楽しんでいる間に、永田は彼女への飲み物を用意することにした。酒瓶とは別の赤い液体で満たされた小さな瓶を取り出すと、それに気付いたニパの表情が明るくなった。

 

「ナガタさんが作ったベリージュース。これが飲みたかったんだ」

 

「それは嬉しい言葉だ。まぁ、駆けつけ一杯」

 

「ありがとう」

 

 ニパは目の前に置かれたベリージュースが入ったグラスを嬉しそうに手に取った。このジュースの元になったベリーは以前にスオムスの友人から軍を通じて送ってもらったものだった。砂糖に漬け込んだりした作業は素人の永田がしたが、素材が良いため恥ずかしくない味になっていた。

 

 ベリーの味を楽しんだ後、ニパは頬杖を付いて呟いた。

 

「なんで私って運がないのかな・・・」

 

「どうしたんだ?藪から棒に」

 

 ニパの運の無さは502だけでなくスオムス空軍内でも有名だと聞いていた。今更だとも言えるが、今回は少し毛色が違うようだ。永田は少しだけニパの表情に注視することにした。

 

「この前、新入りが来たんだ。雁淵ひかり」

 

「ああ。あの子か」

 

「そういえば、ひかりはもうここに来てたんだっけ?」

 

「迷い込んだようでね。帰りはラル少佐に迎えに来てもらった」

 

「その後、先生に怒られたけどね。でも、次の日から元気だったよ」

 

 ニパはその時の光景を思い出したのか、アハハと笑いながらグラスを傾ける。永田もグラスを傾けかけ・・・そのままテーブルに戻した。

 

「雁淵さん絡みで何かあったかい?」

 

「・・・ナガタさんって良く気付くね」

 

 ニパは恥ずかしいのか少しはにかんだ。だが、もともとそのつもりだったのだろう。半ば中身が残ったままのグラスをカウンターに戻し、ニパは徐に自身の心中を吐露した。

 

 ニパの運の悪さは、もはや彼女の代名詞とも言えるほど有名なものだ。

 空を飛べば、故障で、落雷で打たれて、はたまたストライカーユニットにイナゴが詰まって墜落してしまう。戦闘になれば、銃は弾詰りを起こし、味方が防いだビームが跳ね返りまた墜落。まさしく「ツイてないカタヤイネン」。

 だが、ニパはそんな不運に負けない程の戦歴を持つスオムスきってのエースでもある。そこの至るまでは数々の苦難があった。不運から自分を傷つけ、挙句の果てに仲間まで・・・。

 今、502にいる自分があの頃の自分と同じだとは決して思わない。

 しかし・・・。

 ひかりという新人が入ってきて、ふと思ってしまったのだ

 自分の不運がひかりを傷つけてしまうのではないのか・・・と。

 いままではいくら戦闘中に不運に見舞われても、周りにいるのは皆エース級でありすぐにフォローしてくれた。

 だが、ひかりは?

 先達として自分がフォローしなければならないのに、不運で足を引っ張ってしまうのか。それどころか、彼女の命を脅かしてしまうのではないか。

 

 

 

 

 

「ひかりはイイ奴だよ。だからこそ私の不運にひかりを巻き込みたくない」

 

 カウンターの上で腕を組み顔を伏せるニパ。グラスのベリージュースは空になっており、話している間に全て飲み干してしまったようだ。永田も自分のものを飲み干してしまっていたので、それぞれのグラスにベリージュースを注いだ。

 

「まぁ、君の不運は冗談みたい発生するからね」

 

「そうだよ。さっきここに来るときだって・・・」

 

「本当に君はネタに尽きないね」

 

「ナガタさん、ひどいよぉ。私が痛い思いしているのに、それをネタなんて・・・」

 

 ニパは顔だけを上げて唇を尖らせているが、永田はそれを横目に午後店を閉めた成果を披露することにした。

 ブーブー文句を垂れるニパの額に軽くデコピンし、立ち上がった永田。何するんだよー!という抗議の声を背中に受け、奥に引っ込む。

 数分後、再びカウンターに戻ってきた永田はニパの前に1つの皿を置いた。途端に不満げだったニパの表情が喜色満面に切り替わった。

 

「シチューだ!しかもこれって・・・」

 

「午後にシュバロフスキー公園で採ってきた茸のシチューだよ。シチューぐらいなら俺でも旨い物を作れるさ」

 

「やった!もしかして私が前に教えたとこに行った?」

 

「そうだよ。行った甲斐があった」

 

「へへへ。良かった~」

 

 ニパはニコニコとスプーンを手に取り、美味しい美味しいと言いながら舌鼓を打つ。その様子を見守り、彼女のスプーンを動かす手が一段落ついたところで永田はポツリと言った。

 

「君は今の自分は昔の自分と変わったと思えるかい?」

 

「え?うん。そう思うけど・・・」

 

「なら大丈夫だよ」

 

「え?」

 

 よく分からないと首を傾げるニパは、永田は笑いながら言った。

 

「昔とは違うと思うことができるのはそう簡単じゃない。でも君は、不運だけどそれに対する受け取り方は変わったんじゃないかな?話を聞いていると、君の不運は最悪の状況ではどうやら悪運に変わるみたいだしね」

 

 何度墜落しても生きて帰ってくるニパが「とてもツイてるカタヤイネン」と言われているのは実は割りと有名な話だ。本人の耳には届いていないのが悲しいことだが・・・。

 

「雁淵さんはイイ奴なんだろう?君がそんなことで不安になっていたら、逆に心配させてしまうよ」

 

「・・・そっか。そうだね」

 

 永田の話をじっと聞いていたニパはニッと笑みを浮かべた。そこには先程までの悩みで暗くなっていた表情は綺麗になくなっていた。

 

「ナガタさん、ありがと!そうだね。不運なんてドンとこいって勢いじゃないとね!」

 

「それは違う気がするけど・・・。ま、いいか」

 

 すっかり元気を取り戻したニパは、その後存分にベリージュースとシチュー、更には付け合せのパンまで要求して楽しみ、永田とのくだらない世間話で盛り上がった。そうしていれば、時間があっという間に過ぎるのも道理で・・・。

 

「そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」

 

「あ、もうこんな時間だ」

 

 いつの間にか壁にかかっている時計は随分と遅い時刻を指している。ニパはグラスに残っていたベリージュースを飲み干すと紙幣を2枚カウンターに置いてドアに向かった。流石に何度もここに足を運んでいる彼女は帰り道が分からないとはならないだろう。

 

「ごちそうさま!今日も楽しかったよ!」

 

「こちらこそ。気をつけて帰りなよ」

 

「大丈夫、大丈夫!来る時にあったんだから、帰りは・・・アイタッ」

 

 そうやってニパがドアを元気よく開けた途端・・・落ちてきた氷の塊が彼女の脳天に直撃した。どうやら、勢いよくドアを開けた衝撃で、建物の屋根に張り付いていた氷の一部が崩れてしまったらしい。

 

「・・・ほんと、ネタに困らないカタヤイネンだな」

 

「イタタ・・・。もう!なんでこんなのばっかなのさ!」

 

「頑張れ。バッドラックガール」

 

 ウガーと涙目で吼えるニパを、永田は微笑みながら応援するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『とまり木』

 誰もいないペテルブルグにひっそりと建つこの店で、羽を休めた鳥がまた再び舞い上がってく。次はどんな鳥が羽を安めにくるのか・・・。それを楽しみにしつつ、永田は今日も営業を続けるのだった。

 


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