楽しんで書きました。
皆さんも少しでも楽しんでいただけたら幸いです
1930年代。
欧州を中心に突如出現し、人類に対し攻撃を始めた怪異。
通称「ネウロイ」
既存の兵器が効かず強大な力を振るうネウロイは瞬く間に欧州の大半を占領。彼らに対抗できるのは、魔法力をという力を持つ者達だけだった。
月日が経ち、時は1944年。
各国から魔法力を持つ少女「
その部隊の名は、第501統合戦闘航空団「ストライクウィッチーズ」
彼女達の活躍に押されるように、人類はネウロイに対する反攻作戦を開始。欧州中央から東部にかけての大攻勢にもストライクウィッチーズと同じように、航空
その部隊は第502統合戦闘航空団。
またの名を「ブレイブウィッチーズ」
第502統合戦闘航空団「ブレイブウィッチーズ」は東欧オラーシャにある要塞を拠点としていた。星の角のような強固な城壁と、それに囲まれた古代の城を再利用した軍事施設である。
その要塞を中心にして広がっているのがオラーシャの大都市、ペテルブルグである。
レンガ造りの建物が並ぶクラシカルな街並みで、大聖堂や劇場といった文化的な建造物も数多く存在している。世界中の都市と比べても遜色の無い、美しい都市である。
だが最前線であるが故に住民は疎開し、そこにあるはずの人々の営みの灯りは消えてしまったのだが・・・。
ある日の夕方のことだった。
誰も居るはずの無いペテルブルグの大通りに1つの人影があった。
顔を俯かせてトボトボと足を進めるのは、深い紺色のセーラー服を着た茶髪のショートカットの少女・・・雁淵ひかり軍曹である。
「はぁ・・・。どうして上手くいかないんだろう・・・」
そう呟いて、大きな溜息を吐く彼女の表情はとても暗い。
つい先日、負傷した扶桑皇国海軍きってのエース
もともとカウハバで後方任務に就く予定だったこともあり、彼女の実力は最前線である502で通用するほど高くない。それでも持ち前のやる気と元気、そして姉譲りの「やってみなくちゃわからない」精神で頑張り配属を認められていた。
だが、そんな彼女でもへこたれることもある。
今日の訓練は散々な結果で、教育係のロスマン曹長からも厳しい言葉を貰っていた。更に加えて、訓練後にあった出撃でもやる気が空回りしてしまい足を引っ張ってしまい、同部隊の管野直枝少尉にひどく怒鳴られる始末。
さすがのひかりもこの1日の様にはひどく気落ちしてしまった。
無事に帰還したもののいたたまれなく感じ、ろくな手続きもしないまま基地から飛び出してしまったのだ。
飛び出したのはいいものの・・・。
「随分歩いたけど・・・ここ何処だろう?」
ひかりはキョロキョロと周りを見渡し、心細げに呟いた
ペテルブルグは200万人規模の大都市である。土地勘のないひかりが気もそぞろに歩き回っていれば、道に迷ってしまうのは当然の帰結だった。
「暗くなってきたし・・・街灯も燈ってない」
疎開により人がいなくなってしまった分、都市の公共施設も必要最低限を除き機能していない。当然、街灯が燈るはずも無く、辺りは視界が効かないほど暗くなっていた。
いつもの元気があれば暗闇でもずんずん歩けるひかりだが、気落ちした今の状態では流石に厳しかった。恐怖心が湧き、歩幅が段々と小さくなっていく。
「勝手に出なければよかった・・・。どうしよう・・・」
目に涙を溜め、道沿いの建物の壁に手を当てて一歩一歩進んでいくひかり。このまま夜を明かすことになれば、一気に気温が冷え込んだ影響で凍死もありえる。
どうにかしようにも走り出す勇気もなく、ひかりは及び腰で歩いたままでT字路を曲がった。
道の先に微かな灯りを見つけたのはこの時だった。
灯りに誘われるようにひかりの足は自然と早くなり、いつの間にか走り出し・・・一軒の店の前で停まった。
ペテルブルグでは標準的なレンガ造りの建物で窓から暖かな光が漏れており、大きな木製のドアの上には看板が貼られていた。オラーシャ語で書かれているようだが、ひかりには読めなかった。
「なんのお店だろう?・・・入っていいかな」
少し躊躇するも再び暗闇の中に戻る気はさらさら無く、思い切ってドアを押した。
カランカランとドアの呼び鈴が固めの音色を鳴す中、ひかりは恐る恐る店の中に入った。
ラジオから流れる音楽が満ちる店内には木目調のテーブルが置かれ、壁には色々な調度品が掛けられた。壁に設置された暖炉が赤々と燃えている中、殊更目立つのは同じく木目調のカウンターとその奥にある多くの瓶と1つの写真立てが並べられた大きな棚だった。
「ここって・・・」
『いらっしゃい。今日は誰も来ないと思ったけど・・・おや?』
興味深げに店内を見渡していたひかりに、店員らしき人物がオラーシャ語で話しかけながらカウンター奥の入り口から出てきた。思わずひかりは背中をドアにつけて警戒してしまうが、出てきた店員に目を丸くしてしまった。
出てきたのが、扶桑人の男性だったからだ。
「扶桑の
呆気にとられるひかりに、厚手の服に簡素なエプロンを着けた男は気さくに笑いかけた。
ひかりはよく分からぬままカウンターに座っていた。目の前にはお酒が飲めないと知って出してくれたお冷。
男性はお冷を出すと、ちょっと持っててと言い残し奥に下がってしまった。
少しだけお冷に口をつけ、それでも余り落ち着けることができずソワソワと辺りを見渡し、正面の棚に目が止まった。正確に言うと、棚の酒瓶に並んで置いてある写真立てだった。
距離があってよく見えないが、何か集合写真のような・・・。
「やぁ、おまたせ。外は寒かっただろう」
コーヒーカップを2つ載せたお盆を持って男性が奥から出て来た。緊張した面持ちでついピンと背筋を伸ばしてしまうひかりに、男性は優しげに微笑むとカウンターに湯気の立つコーヒーカップを置いた。
「ほら、ココアだ。これで温まるといい」
「あ、ありがとうございます。でも私、お金が・・・」
「ああ。お金はいいよ。そのココアは商品じゃないからね」
そう言うと男性はひかりの向かい側に座り、自分の分であるココアに口をつける。
それを見たひかりもおずおずと自分のココアに口をつけた。ココアの蕩けるような甘さと温かさがひかりの緊張を解きほぐし、自然とほぅ・・・と溜息を吐いていた。男性に見られているのに気付くと、恥ずかしげに顔を伏せてしまったが・・・。
男性はひかりの様子を見て微笑むと、軽い口調で話しかけた。
「502の扶桑海軍の
「は、はい!ついこの間、ここに配属されました!」
「ハハッ。そんな緊張しなくていいよ。ここは軍じゃない。しがない飲み屋だからね」
ココアは特別だよ?と冗談めかして言う男性に、ひかりも段々と緊張が解れるのを感じた。そうすると、段々と気になることが出てくる。
「あの、ペテルブルグに住んでた人達って疎開したんじゃないんですか?それに、お兄さんは扶桑人・・・」
「やっぱり気になるよね」
腕を組みうんうんとひかりの質問に同意する男性。同じような質問を何度も受けていたのか、すぐに答えを教えてくれた。
「最前線になって確かに皆疎開したよ。けど強制じゃあなかったからね。502が近くにいるなら逆に安全だと思って残ったんだ」
「なるほど・・・」
「それに・・・」
男性はいきなり声を潜めて真剣な表情になると、ひかりも思わず体勢を低くして聞き漏らさないように顔を近づけた。そして男性は重々しく言葉を続けた。
「兵隊相手の飲み屋は儲かるからね」
「え、えぇ~」
重々しい割には生々しい台詞に、ひかりはなんとも言えない表情になってしまう。男性はそんな彼女の表情を見て軽く笑った。
「僕は元軍人でね。退役した後、軍人の時の知り合いの伝手でペテルブルグに移り住んでいたんだ。タイミング的には502が設立するすぐ前だね。これが答えだよ」
「軍人だったんですか!?」
「そうだよ。扶桑海軍軍人さ。階級は・・・内緒かな」
突然のカミングアウトに唖然としてしまうひかりのコーヒーカップに、男性はどこからか取り出したポットで追加のココアを注いだ。。
「じゃあ、僕からも質問していいかな?」
「な、なんですか?」
「何か不安なことや、悩みがあるのかな?」
「え!?」
顔になんで!?と書いてあるような驚きの表情を浮かべるひかり。男性はやっぱりね・・・と呟き、頭をかく。
「どうして分かるんですか!?」
「こんな時間に1人で、しかも店に入った時から浮かない表情だったからね。この商売は人付き合いだから自然と分かってくるんだよ」
そういうと男性は自分のコーヒーカップを脇にずらし、しっかりとひかりと向き合った。優しげな表情に真剣な色を含ませて、落ち着いた口調で問いかけた。
「ここは飲み屋だ。お酒に任せて憂さを晴らす場所だよ。君はお酒を飲んだ訳ではないけど、それでもよかったら君の中にあるものを吐き出してみないかい?」
「・・・」
男性の静かな言葉を貰いひかりは再び俯く。そして、ポツポツとではあるが小さい声で己が心のうちを話してくれた。
上達しない技量。
気持ちだけ先行し空回りしてしまう行動。
見せつけられる周囲と自分との実力差。
一瞬で命を奪われる死への恐怖・・・。
同じ事を何度も口にした。
小さかった声も感情がこもり、時には怒鳴るようにもなった。
いつもは絶対に言うことのないひどい弱音さえも口にした。
それこそ酒に酔ったように。
いつしかひかりは、心の中にある膿を全て吐き出していた。
「すっきりしただろう?」
ひかりが感情を曝け出したのを、男性は最初と変わらない優しげな表情で受け止めていた。自分がどんなことを口走ってしまったのか気付いたのか顔を赤くしたり青くしたりと
慌てるひかりに、男性は言った。
「ここで話したことは酔いと一緒で消えてしまうよ。気にせず、また明日から頑張ればいいさ。大丈夫。君なら出来るよ」
君は空を飛んでいる。それだけでも十分に凄いことなんだから。
励ましの中にあったこの言葉は、ストンッと落ちるようにして、ひかりの心に残った。
けれど。
理由は分からないが、ほんの少しだけ悲しくも思えたのだった。
「さて。どうやら迎えが来たようだ」
「え?」
幾ばくかの時間が経ち、ココア片手に世間話をしていると男性は唐突にそう言った。
ひかりがキョトンと不思議がっていると、いきなり先程自分が鳴らしたドアの呼び鈴が鳴った。男性の視線がひかりを追い越し、そこに現れた人物のそれと重なる。
「うちの新入りが世話になった」
「楽しい時間でしたよ」
「え!?その声って・・・!?」
まさかここで聞くとは思わなかった声にひかりは思わず振り返り、次いで目を丸くした。
「雁淵。外出するのは構わんが、迷子は勘弁願いたいな。生憎、ペテルブルグの警察機関は機能していないのでな」
「ラ、ラル隊長!?」
ドアに背中を預け腕を組んだラルは、余り動かない表情のままフンッと鼻を鳴らした。ひかりの反応は予想通りだったようで、すぐに視線を男性の方に向ける。ひかりも釣られるように向き直ると、男性は肩をすくめた。
「1人じゃ帰れそうになかったから連絡しておいたんだ。まさかラル少佐が来るとは思わなかったけどね。ロスマンさんが来て欲しかったかな」
「随分な言い草だな。仕事を放り出してまで着てやったというのに」
「
そう言って男性がカウンターに出した酒瓶をラルは掻っ攫うように掴んだ。ジロリと男性に視線を投げ、言う。
「これ
「さすが502の隊長だ」
参ったと男性が両手をあげるのを見届け、ラルはやっと状況を飲み込めていないひかりに視線を向けた。
「帰るぞ。早くしないと仕事を押し付けたサーシャにどやされる」
「は、はい!」
先に1人で出て行ったラルの後を、ひかりは慌てて席を立ち追いかけた。だが店のドアを潜る直前に、思い出したかのように振り返り大きな声で言った。
「きょ、今日はありがとうございました!私、雁淵ひかりって言います!あの、お兄さんは・・・!?」
男性はいきなりの感謝と自己紹介にびっくりしたようだが、先程と変わらない表情で答えた。
「
「はい!!」
ひかりは晴れ晴れとした笑顔で『とまり木』から飛び立っていく。
『とまり木』
誰もいないペテルブルグにひっそりと建つこの店は、