一緒に、戦えたのかな。
第四特異点ロンドン。
人理焼却。その首謀者――魔術王ソロモン。
対峙して尚、誰一人も動けない。一瞬でも隙を見せれば、一撃でやられる。
既に現地で召喚された坂田金時、玉藻の前、アンデルセンは魔術王にて瞬殺された。
サーヴァント達が構える。相手はグランドを有する者。並の英霊とは格が違いすぎる。
だが魔術王はその力をふるうことなく、ただ呆れたように。ただ淡々とつぶやいた。
「それで、いつまでそうしているつもりだ。
我とて、限度がある。いい加減隠れるようなら、一切合財焼き払うが?」
「分かりましたよ、王様」
カルデアの誰もが予測出来なかった。魔術王に全ての注意を向けていたが故に、そこを突かれた。
肉を貫く、鈍い音が小さく響く。
「え……」
アランが手にしていたのは、魔術触媒であるナイフ。
その刃先が、藤丸立香の体を背後から抉っていた。
余りの出来事に、誰も反応できなかった。
「アラン……さん?」
『何を、しているんだ。アラン君』
「まぁ、そういう事だ。
――足掻くな、運命を受け入れろ」
抜かれたナイフには血液がこびりついていた。――藤丸立香が倒れ、それを中心として血だまりが少しずつ広がっていく。
「――随分出てくるのが遅かったですね。どうせ来るのならさっさと来てくれればいいものを」
「フン、その態度。ただの人間なら一指しで消し飛ばしていた所だ。
カルデアの間諜を果たした事。その仕事ぶりに免じて、一度は許す」
直後、アランの足元に魔法陣が展開。瞬時に彼の姿が消失し――魔術王の眼前に出現した。
その手には先ほどまで無かった得物――鞘に納められた刀が握られている。彼が、カルデアにいた時は一度たりとも見せなかったモノ。
――裏切り、その言葉がカルデアをよぎる。
『そんな。君も……君も裏切っていたのかい! アラン!』
「裏切る? ――違うよロマン。レフ教授と一緒にするな。俺は最初から味方じゃなかったよ。
一人目がいたんだ。なら二人目がいないとどうして言える? とっておきは最後に取る。そういうものだ」
カルデアは己の場所では無い。彼は浪漫を名乗る青年にそう言った。
「アラン……! 正気ですか! 人理を燃やせば、人類は!」
「あぁ、知っているさ、聖女。知っていたよ、そんな事。で、それがどうした?」
「それで終わる話では無い! 貴方は分かっていて、そちらに付くと言うのですか!」
「あぁ、そうだとも騎士王。貴方は人生を国に捧げた。小娘一人が幸せになれる程度の事は成し遂げた。……でも、人は変わらない。また誰かが命を捧げなければならない。
――貴方がた英霊が証明しているじゃないか」
「耳が痛いな、それは。だが……貴様が彼女を語るな」
「あぁ、語るとも贋作者。敬意は払おう。――どうせ、全部無意味になる」
「……蛮勇――ではないな。貴様のその目は、欲に駆られている。己が欲のために全てを踏み躙ろうとしている。見抜けないとは、私も劣ったか」
「貴方が衰えたのでない、影の女王。俺の願いが、貴方を超えた。ただそれだけの事」
「■■■――――!!!!」
「その声は怒りか、獅子の英雄。だが貴方の神話を輝かせるために失われた命がある。
――それと同じだ。俺の願いのために、全ての人類には踏み台になってもらうだけだ」
「悪鬼に堕ちましたか……。ならば言葉は要らず……!」
「そうとも、俺に対話は無用だ。誠の剣士。――その願いを、踏み躙ろう」
三騎。かつて契約していたサーヴァント。
温存していた令呪を使い、契約を白紙に戻す。
その動作に、一切の躊躇は無かった。
「情が移ったか。自害させればよいものを」
「人理を見届けて貰おうと思っただけです。既にカルデアのマスターは倒れ、その魂は貴方によって監獄へ囚われた。彼を殺すために、そこへサーヴァントを一人呼んでいます。
もう、彼らに勝ち目なんてありませんよ」
その瞳は濁っていた。濁っていながら理性を宿していた。
堕ちている――そうとしか言えなかった。
「……マスター」
「もう俺はマスターじゃないよ、黒の騎士王。――そこで見ているといい。
世界の終わりを。きっとそこに最果てが見える」
「……ふざけないでよ、何で。何でアンタが……!」
「それが現実だ、竜の魔女。貴方達はよく頑張った。後はゆっくり休んでくれ」
「――最早、語る言葉などありませぬ。我が主よ」
「過ぎた話だ、湖の騎士。剣を向けるのなら、容赦はいらん」
倒れたマスターを介抱しながら、マシュ・キリエライトは叫んでいた。
今まで知らなかった悲しみと怒りが、堰を切った。
「どうして……! どうしてこんな事をしたんですか!
貴方も死ぬんですよ! なのに、どうして……!」
「お前達は勘違いしている。だからさ、俺は苦しかったんだよ。
とっくに、俺は終わっていたのにさ」
その声は冷めていた。罅割れていた。
冷たい刃のように。ただ紡がれるだけだった。
「俺は人理が焼却された世界だからこそ、こうして生き延びている。特異点と同じような存在なんだよ。
本来の歴史に戻れば、あるべき運命に戻るだけだ」
つまり、それは。
人理修復は彼にとって――。
「人理修復が為された時、俺は――。そんなの、たまるかよ。一度死んで、また生き延びて。そうしてまた繰り返せってか。もう、うんざりだ。
俺はもう死にたくない。無意味に、孤独に、何も残せず死にたくない」
『……』
「なら、俺は戦ってやるよ。世界も、
どいつもこいつも俺に死ねって言うんなら、俺が先に殺してやる。それで俺の望みが果たされるのなら! 何にだって手を染めてやる!
だからさ、死んでくれよ――俺が生きるために」
「は、ハハハハハハ! いいぞ、いいぞ! 素晴らしい嬌声だ! 素晴らしい苦悶だ!
何と意地汚い! 何と下らない! 人の唾棄すべきモノ全てが今の貴様だ! 人々の汚点を、これでもかと言わんばかりに見せつけてくれる!
いいだろう、我らの同胞になる歓びを与えよう」
アランの体を刻印が蝕んでいく。魔力が、彼の体を蝕んでいく。
それは彼を変質させる。彼を変貌させる。
ソロモン王はそれを見届ける事無く、姿を消した。
『何だ、この反応は……!』
瞳は蒼く染まり、全身には赤い刻印が走っている。
彼が右手に刀を抜いた。左手にはナイフを握りしめて。サーヴァント達を睨んだ。
「生きる事が人類にとって悪であるのなら、俺はそれでいい。
ただ殺すだけだ。――俺に死を望む、全てを……!」
本来の歴史なら存在しない者。運命のいたずらで命を吹き返し、またもう一度己が人生をやり直し、確かな意味を取り戻す。例え、どんな代償を払う事になろうとも。
それが彼の誓い。例えその先に、孤独な破滅が、待ち受けていようと。
――消えるべき運命を、繋ぎ止める。
以上の覚悟を以て、彼のクラスは決定された。
人理修復など偽りの所業。
其は個人が決意した成れの果て。
その名も――
『ビーストだって……!?』
ビーストⅦ/R。『■■』の理を持つ獣である。
死にたくない、死にたくない。
消えなくない、消えたくない。
どうすればいい、どうしたらいい。何をすればこの苦しみから俺は解放される。
助けて、助けて、助けて。
“――その願い、確かに聞き届けた”
……誰だ?
“我が名は魔術王。
貴様に仕事を授ける。その褒美に貴様の願い、手助けくらいはしてやろう”
……生きれるのか、俺は。
“我が事が済めばな。貴様一人が生きる世界くらいは容易かろう。
無論、断れば今のまま。貴様は生きる事すら出来なかった人間の紛い物のままだ”
――やる。やるよ、そのためなら何だって。
“……まぁ、当然か。
貴様に望む事は一つだ。――我が成就に手を貸せ”
……カルデアを壊せ、と?
“否。ヤツらに絶望を下せ。立ち上がる事すら出来ない程に”
――分かった。
でも、本当に。これで、よかったんだろうか。