なんて、笑えない。
ずっと、いたかった。
最初から、気づけていればよかったのに。
荷物をまとめる。
とはいっても、俺の部屋に私物なんてほとんどない。どうやらアランという人物はよっぽど趣味が無かったらしい。
俺がした事と言えば、カルデアの文献で、英霊達の伝承を調べる程度の事だったから。
片付けは意外にもあっさりと終わった。それ程、自分が中身のない人間だったと言う事だろう。
「……よし」
誰もいない部屋。その扉の前で、俺はもう一度部屋を見渡した。
過ごした日々は僅かに過ぎないけれど、でも色々と思い出は残っている。
「今まで、お世話になりました」
第三特異点オケアノスまで、誰一人脱落する事無く修復出来ていた。ヘラクレスとの死闘はあったが、エクスカリバー連射で何とかなった。
その順風満帆は、カルデアにいくばくかの余裕を与えてくれている。
例えば、お月見を愉しんだり。ハロウィンを満喫したり。セイバーオルタがサンタとなって、プレゼント騒動が起きたり。張りつめた職員の気も程よい感じにほぐれている。
もう一つ後押しとなっているのは、カルデアのサーヴァントもまた質と量を増やしている事だ。戦力は日に日に増している。
ちなみに召喚するのは全て立香だ。俺は「俺がやると面倒な英霊になって出てくるから」と言って、何とか避けていた。まぁ、事情があってサーヴァントを次々に召喚する事は出来ないのだ。
そして現状のカルデアは、スカサハ、ヘラクレス、沖田総司、エミヤ、アルトリア・ペンドラゴン、ジャンヌ・ダルク――藤丸立香が召喚した中で最強を誇る戦力。それに加え、俺が契約しているアルトリア・ペンドラゴンオルタ、ジャンヌ・ダルクオルタ、ランスロットの三騎も、数こそ少ないが、一つの特異点を戦い抜ける程の実力を持っている。
カルデアにとっては、人理修復が見えたも同然だろう。
「……おや、珍しいなアラン。君が厨房まで来るとは。明日は槍でも降るのかね」
「ならそいつがお前の心臓にあたる事を祈るよエミヤ。
まぁ、アレだ。俺が契約してるサーヴァント達にさ、今まで世話になったから、礼代わりにメシでも作ってやろうと思ったんだ」
「……アラン、それを何て言うか知っているか」
「死亡フラグじゃない。まだ死んでたまるか。やりたい事も出来たってのに。
――ま、そういう事で、いくつか食材借りてもいいか? なるべく消費は抑えるけど」
「勿論だとも。それと……」
「ん?」
「振舞うのは英霊にだろう? ならば盛大に使ってしまえ。それぐらいでもなければ満足しないだろうさ」
「……だな」
冷蔵庫から食材を取り出す。
明日、カルデアは第四特異点へ赴くのだ。
近代のロンドン――産業が発達しはじめ、現代への土台が作られていく時代。
きっと、一筋縄では行かない戦いになるとドクターは踏んでいた。
「そういえば、エミヤはどうするんだ。スターティングメンバーには入ってなかったけど」
「私は守りを固めるさ。未だに敵が見えないからな。いざと言う時の守り手も必要だろう」
「……まぁ、そうだな。特異点直したところでカルデアが終わってたら意味が無いか」
視線を動かせば、食事をしているサーヴァントや職員達の姿。彼らは楽し気に語り合っている。――あまりにも見慣れた、普通の光景。
出来れば、もうちょっとだけ見ていたかったなぁ。
俺のそんな呟きは、誰の耳に届く事も無かった。
もういいの?
あぁ、もう充分だ。本当に良い夢だった。幸せだった。
まだ引き返せるわ。今なら、まだ。
――覚悟ならとっくに決めているよ。……それに一度死んだ身だ。もう何も怖くなんて無い。
……そう、なら。
もう夢を見る時間は終わりだ。俺は俺のやるべき事をやるさ。
彼らの運命は、全て俺が持っていこう。
分かったわ。なら、行きましょう。最後の、人の夢を。