こんな無意味な魂に、意味を持てた。
ありがとう。そして、ごめんなさい。
「……呼符?」
俺の前で一枚の札を自慢げに見せつけるダヴィンチちゃん。
これ、確かアレか。配布かマナプリ交換の奴だったな。
「そっ。聖晶石を使わなくても、これ一枚あれば、英霊を呼べると言う優れモノさ! 使い捨てなのが欠点だけどね。
作れるのは一ヶ月に五枚が限度かなー。で、じっけ――モノは試しでアラン君に使ってもらおうと思ったんだよ!」
「今、実験って言おうとしましたよね」
「ほーら、ちゃっちゃとしよう」
「……いや、俺はいいです。貴方が作ったのなら、間違いは無いでしょう。
コイツは藤丸に渡してください」
俺の言葉に、ダヴィンチちゃんはふむ、と口をつぐんだ。
「……何て言うか、アラン君はドライだね。サーヴァントなんて魔術師からすれば、喉から手が出るほど欲しい使い魔だよ? 何せ、偉人達の――」
「だからですよ」
「ん?」
「2016年の問題、人理焼却――確かに、歴史の一大事。
けれど、それに貴方達偉人の手を借りるのは、何と言うか気が引けます」
「……」
「マスターだから。カルデアにいるサーヴァントの事は一通り把握してますよ。
――彼らはもう、休んでいい筈なんだ。人間一人が、幸せになれる程の対価はある筈。
それを、俺達は呼び出して。二度目の生を――増してや今を生きる俺達が解決しなきゃならない事まで押し付けてる。
――そんな事をしなきゃならない、今が。何の力も無いこの手が、ただ腹立たしくて、しょうがない」
「……」
アルトリアなど、その最もたる例だろう。年端も行かぬ少女が自身の全てを擲って、救いたいモノを救えず。自身を慕ってくれた命を見捨て。目の前で仲間達が殺し合う現実を見せつけられ。最期は報われる事無く、息を引き取った。
だから、だからせめて今だけは。カルデアのサーヴァントとして手を貸してくれる今だけは、生きて。そして笑っていてほしいのだ。
「俺よりも藤丸の方が、サーヴァントと幅広く関係作れてるし。なら、アイツが召喚した方がいい。
……俺は」
「うん、じゃあ行っちゃおうか」
「はい?」
そーれ、とダヴィンチちゃんが俺の手に呼符を手渡す。
――突如、術式が起動した。
「君なら断ると踏んでいたからね! 触っただけで起動するようにしたよ!」
「ちょっとぉー!?」
「大体、何だキミは。サーヴァントはね、それ以上もそれ以下も求めて無いんだよ。
ただ、彼らは召喚に応じる理由がある。だから参上するのさ。
決してキミの、キミ達の一方的な呼びつけで来ている訳じゃない。だから、気にするな。
思いっきりぶつかってみたまえ。それは、今を生きるキミ達にしか出来ない事だからね」
そんな言葉に、意見を言う暇も無く。
渦巻いた煙の中から、現れたのは金色の光。
これは――。
「うん、概念礼装だねコレは!」
「知ってた」
「まぁ、元気を出したまえよ。試行回数が全てだ。その中で起きるたった一つの奇跡。文明とはそうして進んでいくモノだよ?」
「……そうですねー」
ダヴィンチちゃんの工房で、俺は先ほど手に入れた概念礼装をマナプリズムへ変換した。
アレ、もう七枚ぐらい同じの持ってるんですよ。礼装に麻婆豆腐仕込んだやつ出て来い。俺の呼符は食券かこの野郎。
藤丸はいいなぁ。本編主人公は違うなぁ。
星五は一人しかいないもんなぁ。まぁ、充分すぎる戦力だけど。
「そういえば、預けていたナイフはどうなってます?」
「あぁ、それならほら。丁度返そうと思ってたんだ。術式の調整も終わったからね」
「どうも。苦労かけます」
子どもでも持てるような小ぶりのナイフ。銀色の輝きであっただろうそれは、もう鈍色の薄い光まで落ちている。
この体の持ち主であるアランと言う青年の魔術触媒。これがあって初めて魔術使いとなれるのだ。
簡単なエネミーくらいにしか、通用しないが。オルガマリー所長の魔術はさすがとしか言えなかった。シャドウサーヴァント倒してたし。
ただ、冷凍保存されているAチームのマスターの一人は、そんな所長を超えるほどの才能を持っていたという。確か……キリシュタリア・ヴォーダイムって言ったっけ。その名前を聞くと、どこか懐かしい感じがする。
いや、まぁ、Aチームの名前聞くと大体そうなんだけど。
「で、このナイフどんなもんでした」
「ごく平凡だよ。何か特化した能力がある訳じゃない。ただ単純に刺すためのナイフだ。
これを触媒にしようなんて、アラン君も変わり者だねぇ」
すいません、別人なんです今。
「おーい、ダヴィンチちゃん……。やぁ、アラン君もいたんだね」
「お疲れ様です、ドクター・ロマン。寝てます?」
「はは――まぁ、しっかりとした睡眠はとってるよ」
ふらりと現れた、優し気な男。現カルデアの最高司令官。
なりたくてなった訳じゃないのに、誰にも文句ひとつ溢す事無く、全てを追い詰めてまで人類史の復元に力を尽くす人。
何と言うか、人間の底力をこれでもか、と発揮している。
「丁度良かった、アラン君にも伝えておこうと思ってね。
第三特異点が観測された。近い内にオーダーを発令するよ」
「了解、サーヴァントと礼装の調整はしときます。藤丸には俺から伝えときますよ。
それぐらいの事はさせてください」
「……分かった、お言葉に甘えるよ。それと、どうして二人はこんな所でお茶してるの?
もしかしてそういうかんけ――」
ないです、と。俺とダヴィンチちゃんの言葉が一致する。
ドクターはからかおうと思ったんだろうけど。
「……マジかー。僕のときめき返してほしいわー」
「ちょっとドクター、夢見過ぎじゃないですかね。いい年して割と子供っぽいというか……」
「うーん……でも、浪漫を見るのは人の特権だろう。せっかくの人生だし、自由に楽しんでもいいと思うよ僕は。
それにね、何て言うか響きもいいし。ロマンって」
「まぁ、ロマンティックとか言いますもんね。ドクター・ロマンティック……いや、長いっすわ。やっぱドクターの方が言いやすい」
「まぁ、苦労してとった資格だしね。ところで僕の分の紅茶とかは?」
「とっておきなんで、最後にとってあります。と言う訳で、人理修復したら、その時に」
「ちょっと、酷くないかい!?」
ロマニとダヴィンチちゃん。二人と交えるそんな他愛も無い会話。
俺が俺でいられる、数少ない時間。
「そういえばアラン君。呼符はもう一枚あるけどいるかい? もしかしたら役に立つかもよ?」
「あー……お守りとしてもらっておきます」
「それにしても呼ばないね、アラン君。君ならまだまだ英霊と契約出来ると思うんだけど。何せ三人の内の二人は元々戦った相手だったし」
「いやぁ、ほら令呪って三画しかないでしょ? 万遍なくブースト出来るようじゃないと。それにまだ立香に勝った事ありませんし」
こんな他愛もない会話が、ただただ楽しかった。
「にしても、アラン君や立香君がいてくれて助かったよ。君達二人ならAチームにいても、十分力を振るえるさ」
「……Aチームか。いてくれたらもっと楽だったんでしょうね」
「それは間違いないよ。ただ――それでも残ったのは僕たちだけだ。僕たちでやるしかないんだ」
「……わかってますよ、ドクター。ちょっと気になっただけです」
顔も思い出せないAチームの面々に思いを馳せた。
いつか、どこかで会えるんだろうか。
もし、小さな奇跡が起きれば。聖杯戦争なんてない、日常のどこかで。
「……」
でも、立香とその七人が一緒に歩く姿を、見てみたかったな。
傷む。体はどこも無くしていない。
なのに、どこかが。肉体では無い何かが、酷く疼く。
まるで体に亀裂が入っているようだ。
荒れる呼吸を抑え付ける。大丈夫、俺は今ここにいると
そう何度も、強く呼びかける。
傷みが消えることは、未だに無い。
「あっ、そうそう。そういえばアラン君、車の運転って得意?」
「まぁ、苦手ではないですけど……」
「ふむふむ、なら良かった。今、新しい作品を設計中でね。
完成すれば、人理修復にも役立つ事間違いなしの傑作さ」
「組み立てとかは?」
「それは素材が足りないからお生憎様って感じ。それも山盛りと言えるくらい。
どこかの王様が太っ腹にわけてくれたらいいんだけどねー」
「……夢のまた夢ってヤツですか」
「そー。でも、まぁこんな状況だ。未来があるかも見えない暗闇の中。
明るい想像を語り合うぐらいの自由はあっていいものだと思うよ」
「……まぁ、確かに。
そういえば設計と運転と何の関係が?」
「あぁ、それはね。
全ての特異点修復が終わって、事が落ち着いたら皆で旅行にでも行こうかと思ってね。しばらくカルデアの事はスタッフ達に任せてね。
設計上、六人乗りさ。楽しい旅は長い方がいい。けれど、休む時も必要だろう?
ロマンは運転するには抜けてるし、立香君やマシュは無免許、彼女は名家のお嬢様。誰もかれも運転には程遠い」
「えっと、ダヴィンチちゃんは……」
「無論、私は万能の天才だ。ましてや設計者本人。使い方が分からないなんて愚行は犯さないとも」
「あー……でもまぁ、天才にも休息は必要ですもんね」
「うんうん、アラン君は分かってるねー。じゃあプランでも立ててみようか」
どうだい、アラン君。
何がです?
誰かと一緒に未来の事を考えるってのは、天才であれば普通の人であれ、一概に楽しいものだろ?
…………はい、とっても。