それを時折、思い返す。
「ないわ、マジでないわ。こりゃ笑えないですわ」
「アラン、気持ちは分かるが現実を見たまえ」
レイシフトは極稀に失敗する事がある。その場合どこに飛ばされるかは不明だ。
で、それがたまたま俺にぶち当たってしまった。
傍にいるのは藤丸が召喚したサーヴァント、エミヤ一人。
通信は届かない。現在地も不明。とりあえず森の中にいる事だけ分かった。
「こういう時こそ冷静になるべきだ。星の位置から方角を」
「空が木に覆われて見えないんですが。鷹の瞳って便利だなぁ」
「……全く。仕方あるまい」
溜息を吐かれる。視力強化なんてできません。
上見ても全部緑だよコンチクショウ。お前らちょっとは間隔開けろよ。なんだよ、オルレアンの空気読まないワイバーンかよ。
「一時的には君の指示に従おう。別の側面とはいえ、彼女のマスターなのだろう君は」
「まるで知ってるみたいな言い方。……アルトリアと何かあったのか?」
「遠い昔の話だよ、かつて小僧だった時にな」
そう言って明後日を見るエミヤ。
いつも見慣れた白髪が一瞬だけ、赤髪に見えたような気がした。
「君のサーヴァントである彼女とは初対面だがね。
――いや、まぁ言葉にすると色々と複雑なんだが」
「過去って面倒臭いんだな」
「一言で纏めてくれて感謝する。
――オルタナティブとはいえ、彼女の本質に変わりはない。分かっているかもしれないが、彼女を誤解しないでくれ」
「ま、努力するよ。
とりあえず走るぞ。何か足音がする」
「ふむ、ならこっちだ。手助けはいるかね? 必要なら抱えていくが」
「抱かれるなら女性がいいですっ!」
「紛らわしい言い方をするな!」
「で、オレと合流したって事か」
逃げた先でクー・フーリンと遭遇。無論、藤丸のサーヴァントである。
エミヤさんが皮肉スタイルになってきました。
「……つうか、何であいつのサーヴァントが?
俺と契約したなら、アルトリアとかジャンヌとかランスだろ」
「さあな、何か私とこの男に共通点があるのではないか」
「んなモンあったら教えて欲しいね全く。おーやだやだ、気持ちわりィ」
「アラン、覚えておくといい。この男は挑発によく喰いつく。私のマスターに勝ちたいのなら、知っておきたまえ」
「はっ、言いやがる。いつぞやの夜の続きをしてもいいんだぜ、アーチャー」
この二人、会わせちゃいけないパターンだ……!
共通点なんて正直分かんねぇっす。……あっ、五次か。
とりあえずこのバチバチを何とかして欲しい、切実に。
藤丸のコミュ力が羨ましいわ。
『良かったっ! つながった!』
通信が起動。いつも見慣れたロマンの姿が映る。
その背後には藤丸とマシュの姿も。
「あ、ちょっと待て。何で二人がカルデアに!?」
『いやそれが、こっちも原因不明なんだ。アラン君のレイシフトの筈なんだが、君のサーヴァントはカルデアに全員戻ってきてる。
強制召喚なのか、引っ張られて来たのか分からないんだよ。けど、パスは立香君に繋がったままだ』
「……尚更分かんねェ。送還出来ます、ドクター?」
『今してる所なんだけど……。通信が精一杯なんだ。今アラン君達がいるところは何故かレイシフトが届かない』
「マジか……。この森を抜けろって事かよ」
まぁ、強い相手を倒せとかじゃなくてほっとした。
いやこの二人がいれば大丈夫って、知ってるけど。
見たところ、もう樹海と呼んだ方がいいだろう。どこもかしこも似たような風景だ。
野生動物程度なら、幸い簡単な魔術で何とかなる。
ドクター、と彼を呼んだ。
『ん、どうかした? 今、マギ・マリ見てたんだけど』
「最後は聞かなかった事にしときます。
……ドクター。人理が修復されれば、特異点での出来事は全て無かった事になるんですよね」
『あぁ、そうだよ。でなきゃ、大変な事になるからね。君達が救った世界に、生きている人がいないなんて笑い話にもならないし』
「……じゃあ、オルタ達は。彼女達はifの存在でしょう」
『仮説の域は出ないけれど。多分、現界し続けるよ。ifかもしれないけど、ここにいる。今のカルデアに、確かな人格として存在しているからね』
「……そっかぁ」
なら、よかった。
彼女達の道は、確かに続いている。それが分かっただけでも。
「……坊主、気ぃ入れろ。次来るのは獣じゃねぇぞ」
空が落ちる。
蒼穹は、宵闇へ。木々を揺らす微風は、背筋を冷やす寒気へと成り果てた。
『この反応は……ゴーストだ! 気を付けてアラン君! 反応が普通じゃない!』
現れたのは、足のない少女の幽霊。茶色の髪を後ろで一纏めにした、儚げな少女。
頭を掻いて、一節詠唱を口にする。
「ランサー、アーチャー。まぁ、好きに動いてくれ。俺がサポートする」
「おうよ、任せな!」
「あぁ、この剣には打って付けの相手だな」
やはりあの二人は別格の実力だ。
瞬く間にゴーストを殲滅して除けた。正直、俺何もしてないわ。
『反応が消失。……どうやら、そのゴーストが特異点になっていたみたいだね』
「……って事は俺を呼びこんだのはアイツらか」
「んだ、心当たりあんのか?」
「いや、全く。俺にあんなロマンチックな出来事は無い」
「なんだ、ちいとはからかえると思ったんだがな。まぁ、いいや。悪くない指揮だったぜ、ボウズ」
軽口を言い合って、ランサーとアーチャーが消滅する。カルデアに戻っていったのだろう。
元あるモノは元ある形に。つまりはそういう事だ。
もう、誰の反応も無い事を確認して、俺は小さく呟いた。
「……そっか。やっぱり、消えるのか」
その呟きは、誰の記録にも残る事無く消えた。
この手に残るモノは何もないけれど。
貴方達と生きた日々は確かに、此処にある。