カルデアに生き延びました。   作:ソン

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 旅の終わりが見える。


Grand Order

 カルデアが見届けたのは極光だった。

 コフィンから出てきた立香がすぐモニターを見る。彼のサーヴァントも。令呪で帰還した三人も。

 カルデアの全てが、彼を見届けようとして――ノイズが入る。これ以上観測すると、モニターが全て破壊されるが故に発動した防衛機能だった。

 

 あぁ、何て真っ直ぐな生き方だったんだろう。彼は。

 

「っ! モニタリングの再開を!」

「分かりました!」

 

 ロマニの指示に異を唱える者はいなかった。

 残った彼の行方を補足すべく探索が開始――だがすぐ終了した。

 そうだとも。アレは全てを焼き尽くす。

 手加減でもなければ、生き残れる筈がない。アレは人類史そのものなのだ。それに耐える道理などあってはならない。

 

「彼の存在……立証、出来ません」

「……ここも同じ結果が出ました」

 

 それが意味するのはたった一つ。

 彼は魔術王に敗れた。藤丸立香が生きるための時間を稼ぐために。

 ボクは今まで数々の英雄を見てきた。彼らの戦いを。彼らの生き様を。

 君は謙遜するだろうけれど、ボクは強く応えよう。

 誰かのために命を懸けて戦ったキミは、紛れもない英雄であり、ボクの好きな人間だと。

 

「……っ」

「……」

 

 ロマニはモニターの電源を落とした。

 これ以上、彼の生存を確かめる事に意味は無いと分かったからだ。彼の決断を尊重すべきと感じたからだ。

 あぁ、そうだろう。彼は捨て身だった。あの場で魔術王から彼らを救うためには、どうしても犠牲が必要だった。誰かが消えなくてはならなかっただろう。彼はそれを震えながら、だけど最後は笑って受け入れた。

 笑って最期を受け入れる――それは英雄すら難しい運命だ。

 

「……今一度、カルデアの皆に問う。僕達の敵ははっきりと見えた。

 魔術王ソロモン――それが打ち破るべき敵だ。その力、強大さは目に焼き付けたと思う。

 はっきり言って無謀だ。相手がやる気を起こせば、僕らなんて一溜まりも無い。

 既にこちらは二人、大事な仲間を失った。この先も皆が生きている保証は出来ない。このグランドオーダーから降りる者を僕は責めない。いずれ来るであろう終わりを受け入れる事を、非難しない」

 

 震える手で、ロマニは机を叩きつけた。

 

「だけどっ! もし、戦うというのならっ! 目を背けず、諦観せずっ! 背中を押してくれるのならっ! どうか、力を貸してほしい!

 もう、これ以上耐えられるか!? 昨日まで僕達の隣で笑っていた友が消えていく事に! 彼らの当たり前だった日常が奪われていく事に!」

「――」

「――」

 

 魔術王の力を見て、本来ならば適わない事を知ったはずだ。余りにも無謀だと。

 スタッフ達が立ち上がる。逃げ出したいと震える足を抑え込んで。恐怖に震えようとする声を振り絞って。

 小さな人間の尊厳を、強く叫んだ。

 

「ドクター、私達の命を預けます。――もうこれ以上、ここから。カルデアから。何も奪わせません!」

「戦います! 諦めるなんて事は、所長と彼への裏切りです!」

「――あぁ、承知した。キミ達カルデア職員の命は、僕が預かる」

 

 視線が一か所に集まる。

 最後の、カルデアのマスター。彼が命を懸けて守った存在。

 その重みを感じていないはずがない。元より全て背負わされた身にも関わらず、前に進み続けてきた。

 彼が逃げても、誰も言葉を挟まないだろう。だって、まだ彼は少年だ。大人達に導かれていくはずの年頃だ。

 ロマニがそれを感じていない筈がない。だって彼も一人の人間なのだから。

 

「立香君。これがカルデアの意志だ。どうか、ついてきてほしい。この先も今まで以上の激戦が予想される。悔しいけど、そこに僕達が介入する事は出来ない。でも全力でサポートする。

 だから、最後まで戦ってほしい。君一人に押し付ける事になってしまうけど。こんな大人ばかりで、申し訳ないけど」

「……」

「……」

 

 その沈黙を破るように、彼は前を向いた。

 人理修復の旅が始まる、あの時のように。強い光を、瞳に込めて。

 

「――戦います。アイツが守ってくれた俺達の今を。無かった事になんて出来ません。

 ドクター、俺に出来る事だったら何でも言ってください。

 こんな平凡な、何の取柄もない子どもですけど。それでも、諦めずに何かが出来るのなら」

 

 その言葉にカルデアの人々は微笑んで。そして頷いた。

 瓦解しかけていた筈の彼らの繋がりは、さらに強くなったのだ。

 

「――あぁ、ありがとう。ならキミの命も僕が預かる。

 サーヴァントの皆も、何かあればボクに行ってくれ。叶えられる限りなら全力を尽くす」

 

 アルトリア・オルタ――彼が戦闘に信頼を置いていたサーヴァント。突き放した態度をとりながらも、彼を見守り続けていた常勝の王。

 

「……無論だ、我がマスターは貴様達に全てを託した。マスターとしての全てすら擲ってだ。

 ――藤丸立香」

「……はい」

「我らの剣を、貴方に預ける。それがあのマスターの望みだ」

 

 ジャンヌ・オルタ――彼が最も気にかけていたサーヴァント。彼と縁を結んだ、泡沫の存在。英霊達にどこか一歩引いた態度をとる彼にとっては、気兼ねなく話せる数少ないサーヴァント。

 

「――止まったら、意地でも立たせるわ。胸倉掴みあげて、無理やりでも前に進ませる。

 ……そうでなきゃ、アイツが報われないのよ」

「……止まらないよ。アランが繋げてくれた道だから」

 

 ランスロット――彼が全てにおいて全幅の信頼を置いたサーヴァント。彼にとっては父親のように頼れる存在。

 

「進みましょう、リツカ。それがマスターの願いです」

「……はい!」

 

 

 名も無き少年。キミは生き方を最後まで示した。

 その信念はカルデアに、そしてきっと裏切った彼に。確かな変化を生んだ。力で捻じ伏せる事ではなく、言葉で説き伏せる事ではなく。

 自分の生き方を貫く事で誰かの心を変えて見せた。

 それは勝てないかも知れないという、彼らの恐怖を勇気へ変えて。――理解者が欲しいと言う彼の願望を、決意に変えて。

 あぁ、何て美しい。

 誰かから誰かに託されていく想い。歪む事も捻じ曲がる事も無ければ、比較も嫉妬も意味が無い願い。

 この世界でただ美しい、純粋な感情。

 こんな獣に言われても迷惑だろうけど。

 どうか今度こそ、その祈りが幸せになりますように。

 

 

「あぁ、それなんだけどね、一つ付け加えさせてもらうよロマニ。

 魔術王の力は強大だけど、倒せない訳じゃない。あの場所、ロンドンの特異点が消滅する際、魔術王の霊基がかなり不安定になっていた。まるで崩れる何かを支えるようにね。

 ――天才であるこの私が断言する。最早魔術王は撃破可能な障害に過ぎない。

 だからもうこれからの目標は見えた。魔術王に体を癒す時間を与えちゃいけない。特異点の捜索と修正を急ぐ。

 あぁ、勿論。今までの私たちのやり方でね。いつか、あの子が帰ってきたときに、胸を張れるようにしておかなきゃ」

 

 

 さぁ、彼らの旅路を見届けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、ここ、は」

 

 手が動かさない。見れば鎖でつなぎ留められていた。

 監獄の底に閉じ込められているようだ。

 だが闇の底ではない。

 

「……シャトーディフ?」

 

「ご名答。ここは魔術王が貴様を捕えるために利用した廃棄所だ」

 

 眼前にいたのはマントを羽織った復讐鬼。

 その不敵な笑みは健在。

 

「なんで、ここに……」

「フン、あの女はともかく。オレは純粋な復讐者。我が恩讐に忘却など無い。例えそれがどのような存在であろうとな」

「……」

 

 そういえばサーヴァントは座から知識を見れると言う。

 まさか俺の事もそこで……? いや、でも彼女は時間を巻き戻しただけだ。世界を超えたわけではない。

 ――そうか、忘却補正。

 

「お前にはオレとアイツを引き合わせた礼がある。共犯者など中々に得られる者ではないしな」

 

 その炎が俺を捕えていた鎖を破壊する。

 立ち上がって、服装を見直した。刀はあるが、ナイフはロンドンの戦闘で喪失。魔術回路は既に焼き付いていて、使い物にならない。

 あぁ、そうだ。何せあの戦いで俺は全てを擲ったのだ。二度目何て出来る筈もない。

 けど、体はまだ動く。瀕死寸前だが、まだ何とか。

 

「意思はまだ生きているか。ならば、行くぞ。理不尽な運命に抗う者は、最後には救われなくてはならん」

 

 痛む体を無視して、巌窟王の後を追う。

 

 

 

 

 中は監獄そのものだが、他には何もない。

 皮だけを再現したのだろう。

 

「お前が魔術王に相応の手傷を与えたおかげで、監獄塔の形成は不十分なまま。

 あるべき筈だった七日間の悪夢は、僅か一日の走馬燈に成り果てた。

 ――コレでは我が恩讐の振るいようがない」

「……手傷?」

 

 そんなの、いつ与えたか。

 結局刃は届かなかったのに。

 

「その身体はまだカタチを保っている。苦痛に喘ぎながらも、息をしている。

 ならば、相応の意味があるのだろう。オレはそこへお前を連れていく」

「……」

 

 シャトーディフを進む。

 歩く都度、体が痛む。眩暈が酷い。

 けれど、足取りは強く。少しずつ前に。

 

「――ほう、最果ての化身がいるな。

 何用だ、女。ここは憎悪渦巻く怨嗟の檻。女神の加護など不要だが」

 

 顔を上げる。

 そこにいたのは金髪の女性。銀の鎧に身を纏い、金の王冠を頭に――彼女は。

 

「アルトリア……?」

「――それは私の可能性に過ぎない。

 私は、カルデアに敗れた者。ただ消える時を待ち受けていた」

「……ならば、そのまま消え去るがいい。死を求めるならば、ただ佇んでいればいいさ」

 

 彼女は戦闘態勢を取らない。

 その横を、俺とアヴェンジャーは通っていく。

 

「待ちなさい」

「……?」

「――あぁ、成程。貴方が彼か。

 カルデアから話を聞いていた。既に死んだと言ってはいたが、このような奇跡もあるか」

「……あの、一体何を」

「独り言だ。

 行きなさい、少年。私のような者に願われても迷惑でしょうが、どうか貴方に幸福を」

 

 小さく頭を下げて、身をひるがえす。

 アヴェンジャーの後を追った。

 

 

 

 

 彼女は目の前に無数に増える悪霊を一瞥した。

 憎悪に満ちた監獄塔とは言え、これは些か醜悪だ。

 

「なるほど、ここは憎悪が渦巻く場所。ならば彼を狙うのは嫉妬か。無粋な。

 人の価値は固有にして永遠。例え変わり続けようと、その秘めた輝きは不変のモノ。――お前達に彼の精神は理解できないだろう。

 仮に収めたとしても、色褪せ、ただ溶けていくだけの蝋となって終わるだけだ」

 

 女神は槍の輝きを増幅させる。彼の後を追っていた者達はそれにたじろいだ。

 

「もし永遠を望むなら、この槍に耐えて見せるがいい」

 

 霊基がさらに増幅する。

 暗闇が消えていく。浄化されていく。

 ふと彼女は彼の顔を思い出す。

 彼とは初対面だ。なのに、この根幹が、彼への感謝を抱いている。

 こんな感情を持つのは二度目だ。

 あぁ、そうだ。一度目を知ったからこそ彼女は踏み込んだのだ。

 正しき者が、正しく救われる世界であれと。

 

「――聖槍よ、相応しき舞台は整った」

 

 地に増え、都市を作り、海を渡り、空を割いた。

 

 既にその言葉に意味はないけれど。だからきっと、意味なんてなくていい。

 

 そんなモノは後からいくらでも詰め込める。けれど選んだ答えはもう覆せない。定めた運命は変わらない。

 

 だからこそ、今を。限りある命を燃やして生きるのだ。

 

 その生を、全うするために。

 

「――行くぞ、死に物狂いで耐えるがいい雑念」

 

 

 

 

「……どうした、足取りが遅いぞ。既に出口は近い。足を止めるか?」

「いや、まだ。行かなきゃ。この先に。……いるんだろう、立香達が」

「――」

「それにあなたも、体がボロボロだ。

 ――時間神殿で戦ってきたんだろ。アイツらの道を作るために。

 なら、進まないと」

 

 背後から聞こえてくる轟音。

 きっと、彼女が全力を放ったんだ。

 眩い光が俺の背中を押す。

 

「――クッ、クハハハ、クハハハハハハ!

 ならば進め! 

 ここから先、一度たりとも振り返るな! 足を止めれば、その身諸共巻き込むと思え!」

 

 巌窟王の体を紫電と黒炎が覆っていく。

 彼の全力――復讐者の全てが放たれる。

 

「進め、進んでお前の為すべき事を成せ。最早お前には誰の導きも要らぬ。

 最早今のお前の在り方は――あぁ、実にオレ好みの精神だ」

 

 進む。

 悲鳴を上げる全身を無視して、ただ突き進んだ。

 次から次に現れる謎の敵性反応。

 それらを焼き払っていく。消し飛ばしていく。あぁ、何て頼もしい。

 

「お前に待ち受ける結末は変わらぬ! だが、それでも、お前が!

 その奇跡を、その光景を、輝きを、ただ信じ続けるのならば!

 未来を――」

 

 出口の光に触れる。

 ふと体が軽くなった。

 それでも足を止めず、ただ駆け出すように。

 俺はそこから飛び出した。

 

 

「――待て、しかして希望せよ」

 

 

 

 

 

 光を抜けて、見えたのはまるで宇宙のような世界だった。

 そこに二人と一人が対峙している。

 カルデアの制服に身を包んだ少年と。血まみれで、それでも立ち続けようとする少女。

 そして、無機質な瞳で二人を見つめる青年。

 

「あの監獄から抜け出したと見た。英霊の一部はそちら側にあるようだ。

 全く、キミは……」

「――何だ、随分変わったなゲーティア。何かを求めたようにも見える」

「あぁ、生憎。キミが残してくれた手傷のおかげでな。第三宝具は放てず、魔神柱は英霊に倒され続ける事で自我を得て崩壊し――私は最期に運命を知った。

 だからこそ、私は私の価値を証明したい。この存在が確かなものであったと掴みたい。

 故に、キミ達の勝利を。今ここで焼却する」

 

 刀を抜く。

 あぁ、そうだ。あの場では魔術王とこの世全ての人々の戦いだった。

 今ここで、俺個人の決着をつけよう。

 

『アラン君……!?』

「あぁ、生きててくれたんですね。ドクターとダヴィンチちゃんも……。丁度良かった。

 なら、猶更負けられない」

 

 もうオレの手にナイフは無い。彼女から受け取った刀だけ。

 それと直死の魔眼。

 ロンドンでの力はあの時だけだ。もし二度目を使おうとすればオレは確実に崩壊する。

 

「立香、指揮を。大丈夫……。必ず、カルデアに帰ろう」

「アラン……。

 分かった、マシュももう少し頑張れる?」

「はい……! 後、少しですから……っ!」

 

 オレが前に出る。マシュにこれ以上手傷を負わせるわけにはいかない。

 

 今度こそ本当に最後の戦い。

 

 この体は、この時のために。

 

 

 

 

 

 それは永遠に続く戦いのようにも思えた。

 

 二対一をゲーティアは物ともせず。手放した運命を二度と放さないと言わんばかりの執念を見せて。

 

 それは実に人間じみた表情で、意味と価値を求める者だった。

 

 崩壊していく時間神殿の中で、激闘が続く。

 

 刃が肉を裂き、雪花の盾は一撃を受け止め、魔術が体を抉る。

 

 

「――実に良い、運命だった」

 

 

 ゲーティアが手を掲げた。何度もオレ達を苦しめてきた指輪。

 最後の指輪――アレを放たれれば負ける。

 だが、それと同時に、オレの目は確実に捉えた。

 思えばずっと戦い続けて、走り続けてきた。その過程に何度も戦ってきた。

 けれど、結局やった事と言えば直死の魔眼に頼っただけで、俺個人の技量は遥かに劣っている。

 だが、今は違う。三流サーヴァントには変わりないけれど。

 今ならきっと――

 

 

「空が明ける――夢の終わりだ、ゲーティア」

 

 

 視えた。確実に放てる一閃。

 

 

 この一刀は雲耀に至る。

 

 

「直死――両儀の狭間に消えるがいい」

 

 

 振るった後、刃が砕けていく。まるで役目を終えたかのように。

 

 

 夢の名残が消えていく。彼女の証が消えていく。

 

 

 でも、これで。ようやく、キミに届いたよ――。

 

 

 

 

「……あぁ、名残惜しいな。だが良い運命だった。

 さぁ、行くがいい。お前たちの掴み取った未来へ」

 

 そうしてゲーティアが消えていく。

 瀕死のマシュを、立香と抱えて頭上にある光に急ぐ。

 そこを抜ければ、カルデアに帰還出来る。

 

「後、少しっ……!」

 

 立香が食いしばるように、その光を睨んだ。

 あぁ、そうだ。例え絶望の淵に立たされても。

 まだ終わっていないと空を睨み続けるその瞳。

 それにオレは確かな光を感じたから。

 

 

「皆っ!」

 

「さぁ、手を!」

 

 

 ドクターとダヴィンチちゃんが手を伸ばした。

 けど、一人には一人しか救えない。それ以上だと零れ落ちてしまう。

 オレはその運命を、ロンドンで、あの戦いで視てしまったから。

 

 

「――ごめん、皆」

 

 

 立香とマシュの腕をつかんで、光めがけて放り投げた。

 立香の手をドクターが、マシュの手をダヴィンチちゃんが。それを皆が掴んでいく。カルデアのスタッフ達がもう離さないと言わんばかりに。

 あぁ、ようやくこの目で見れた。あのロンドン以降の皆を。ようやく。

 

「やっぱり、俺は。そっちに、いけません。だって、悲しませたくないですから」

 

 震える喉を、絞り出す。

 本当は怖くて。あの手を取りたくて。

 でも、それだと誰かが落ちてしまうから。

 結局、俺は、自分の在り方を曲げられなかった。誰かのために生きるというこの想いを変える事は出来なかった。

 

 

「――!!!!」

 

 

 落ちていく。崩壊していく神殿。

 皆が、マシュが、立香が、ダヴィンチちゃんが、ドクターが手を伸ばす。

 あぁ、良かった。やっぱり間違ってなかった。

 俺はカルデアにいて、幸せだった。だって、こんなに誰かの事を大事に思えて。誰かに大事に思われて。

 それを幸福と言わずして、何というのだろうか。

 ささやかな幸せを守れたのなら。

 

 

 

 

 落ちていく。

 

 もう、何も見えなくなった。

 

 あれからどれくらい時間がたったのか。まだ体は崩壊していないから、そんなに経ってはいないだろうけれど。

 

 ふと眼前に何かが下りてくるのが見える。

 

「……聖杯?」

 

 万能の願望機。

 特異点を作り出すそれは、本物に比べるとあまり強い力を抱いていないけど。それでも願いを叶える力を持っている。

 周りには誰もいない。つまり使えるのは俺一人。このままだと崩壊に巻き込まれて、聖杯も消滅するだろう。

 そうだな、せっかくだし。どうせ消えるのなら。

 

 

「――我、聖杯に願う」

 

 

 掲げ続けたこの想いを、口にしよう。

 

 

「どうか、俺の友達と家族がもう苦しまなくていい世界になりますように」

 

 聖杯が光を灯した。

 それは空へと一直線に伸びて、その途中で様々な方向へ広がっていく。

 

「笑いあって、色んな人と出会えて」

 

 大地に芽を出した一つの命が、一つの木となり林となり森へと広がっていくように。

 それは何て、綺麗な光景なのだろう。

 

「あたたかでささやかな、幸福がありますように」

 

 聖杯はその光を宿したまま、空へと消えていく。

 やがて全ての光は霞のように消えていった。

 これでもう、オレは消えるのを待つだけでいい。

 まるで寝転がりながら青空を眺める様に、他愛もない事を考えて。

 うん、今頃カルデアでは人理が修復された後かなぁ。

 

 祝勝会とか、パーティーとか考えてるんだろうなぁ。

 

 エミヤやブーディカの料理おいしいし、サーヴァント達も皆顔を出すだろうし。

 

 アルトリアやジャンヌは一杯食べて、ランスロットは誰かを口説いて、マシュに怒られて。

 

 オレは……まぁ、どうしようか。端っこで眺めてようかな。

 

 ……だんだん、眠たくなってきた。

 

 ――来世でもまた、皆と……。

 

「……?」

 

 薄れていく視界の中で、何かが見える。

 

 刃を無くした、刀の柄。

 

 俺がゲーティアとの一戦で使ったソレは、彼女から受け継いだモノ。

 

「……」

 

 それを手に取って、胸に抱えた。

 

 やはり、一人になるのは。怖いから。

 

 胸に抱いた小さな温もりに安堵して、目を閉じた。

 

 

“――おやすみなさい”

 

 

 最期にそんな声が、聞こえた。

 

 




 それは本当に御伽話のよう。

 名も無き少年が少女と出会い、力を手にし、誰かのために命を賭けて戦った。

 言葉にすれば、たったそれだけの事。

 ボクもそんな誰かと出会った事があるのだから。そう、確か彼は、正義の味方に憧れたのか、それとも誰かのための味方になったのか。はっきりは覚えてないけれど。

 キミの生き方はそんな彼とよく似ている。

 どのような結末であろうと、彼は最後に救い(答え)を得た。

 ただ一つ違うとすれば、今のキミではその救いは訪れない。

 でも、どうせ出来るのなら。最後にあるのはハッピーエンドがいい。

 美しい物語は最後に希望に繋がる明日を以て、ようやく筆をおけるのだから。

 キミが聖杯に願ったおかげで。願いの方向が確かに定まった。

 これなら、ボクの全ての魔力を注ぎ込めば魔法を超えた奇跡を成せる。

 それは死者蘇生なんてものじゃない。

 誰もが幸せになる事。あぁ、そうだ。それこそ誰にも起こしえなかった奇跡。

 これは、ボクに出来るたった一つのお祝いだ。


 キミの運命は、これで夜明けを迎える。


 さぁ、ボクの意識がある内に。

 最後の物語(ラストエピソード)を、見届けよう。


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