カルデアに生き延びました。   作:ソン

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 この全てを、使い切るために。


この世全ての

 オレは呼符を使い、英霊召喚を行った。そうして呼ばれたのは彼女だったはず。

 ――だが、彼女はもういない。その霊基だけが譲り受けられただけ。

 それが何を意味するのかなんて、とっくに分かっていた。

 

「――」

 

 もう彼女は、この世界のどこにも存在しない。

 一人になるのが苦手だった、一人の少女。

 心のどこかに空白があるせいか、酷く体が冷えている。

 彼女を想って、首に巻いたマフラーをそっと握りしめた。

 

「……」

 

 千里眼を使ったのか、魔術王はオレを静かに一瞥した。

 その眼差しから感じるのは侮蔑ではなかった。

 今、魔術王はここだけを見ている。立香とマシュ、他のサーヴァント達から目をそらしている。

 あぁ、それでいい。今この場においては、それだけが活路だ。さすがの魔術王も、カルデアからの介入を妨害はできない筈。今のオレがいる限り。

 

「ドクター、皆の転送をお願いします。

 今ならオレ一人に目が向いているから、急げば出来る筈です。時間なら、稼ぎ続けますから。

 ここから先。どうか皆を、頼みます」

『……アラン君、ダメだよ許可できない。君も一緒に』

「相手はグランドキャスターなんです。下手すれば全滅だってありえる。

 人理を、修復するんでしょう。なら――なら、オレ一人ぐらいの犠牲は受け入れてください。カルデアの目的は果たされ、立香達は日常に戻れる。

 所詮、オレは死人です。生きている限り、結局死ぬ事には変わらない。

 なら、立香を、マシュを、サーヴァント達を選んでください。オレの今なんかより、彼らの明日を」

 

 歩き出す。一歩進むごとに、確かに死地に近づいていると感じていた。

 地面に蹲る皆の傍を通り抜けて、オレは魔術王に近づいていく。

 もう、後退りは許されない。進む事しか残されていない。

 不思議な事に恐怖は無かった。ただコレがきっと、やるべき事なのだと。

 魂がそう理解していた。

 

『……――スタッフ総員に通達。立香君とマシュを、第四特異点から離脱させる。

 そして二人の安全を確認次第、アラン君も離脱させる。急ごう!』

 

 ありがとう、ドクター。

 そしてごめんなさい。貴方に嘘まで吐かせてしまって。

 魔術王がこの場にいる限り、オレをここから離脱させるなんて事は叶いません。

 多分貴方はずっと後悔するでしょう。

 それが間違いでもいい。何一つ正しくなくたって。

 それでも貴方には生きて欲しかった。

 オレ達にとって貴方は、父親のような人ですから。

 

「アラン……っ!」

「ダメ、です、アランさんっ! 何とかする手段があるはずだからっ。今まで、一緒に歩いてきたじゃないですかっ!

 所長のように、いなくならないでっ……!」

 

 立香、マシュ。

 二人ならきっと大丈夫。どんな事があったって、切り抜けていける。

 だってお前達は、世界を救うから。いつか、必ず。

 死人でしかないオレだけど、二人の助けになれたのなら。オレがカルデアにいたのも、意味があったんだろう。

 ここは必ず守り抜くから。どうか、健やかに。そして強く。その道が少しでも長く続くことを祈っているよ。

 

「マスター……! 行かないでくださいっ……! 貴方の剣になると、誓った筈っ! だから……だから……!」

 

 アルトリア、ありがとう。貴方の剣には何度も助けられた。

 戦場にいる時の貴方は本当に頼もしくて、けどカルデアでは子供みたいにいつも何かを食べていて。

 英雄だろうと、確かに人の子だと胸を撫で下ろした事を覚えている。貴方を見て、オレは初めてサーヴァントを理解しようと思ったんだ。

 

「マスターっ! 約束、したじゃない! 私と一緒に、地獄の炎で焼かれるって……! お願い、お願いだから……! 行かないで……っ」

 

 ジャンヌ、貴方の振る舞いに何度安堵したか。

 貴方はオレと同じだった。元より何も無いオレ達。今ある事さえ不安定で。だからきっと、オレは貴方に居場所を求めていたんだ。

 貴方は自分の炎を怨念だというけれど。オレにとっては、温かい灯なんだよ。

 

「マスターっ、いけません……! どうか、お戻りを!」

 

 ランスロット――その心遣いはさすが騎士との賞賛ばかり送るしかなくて。

 何も返せないマスターに、ずっと気づかいをしてくれていた。マスターとしても、人としても余りにも未熟過ぎたオレを献身的に支えてくれた。

 

 

 皆、大切な人だから。オレに色彩をくれた人々。

 だから、守らなきゃ。命に替えても。

 オレの今を、皆の明日に繋げるために。

 それがきっと、今やるべき事。

 オレは死人だから。なら今を生きている皆を守らなきゃ。

 

 

「――ばいばい、皆」

 

 

 口から出たのはそんな言葉だった。

 もっと言いたい事はあったけど、それは全部まとめて墓場まで持っていくことにした。

 こんなオレには贅沢な場所だった。恵まれた環境と善き人々。

 死人が行き着く先にしては、とても温かかった。

 最期までこの感情を言葉にする事は出来なかったけど。

 でも、幕切れは名残惜しいくらいがいいのかもしれない。

 

 

 

 足が止まる。

 

 もうオレの前には魔術王しかいない。

 

 これでいい。これから先、オレは二度と後ろへは下がらない。

 

 さぁ、行こう。

 

 最後の一仕事だ。

 

 

 

「……解せんな。人間如きがこの体に敵うと。

 本気でそう思っているのか」

 

 心底分からないと、そう言いたげに魔術王は吐き捨てた。

 その問いが、今のオレにはあまりにも滑稽だ。

 視える、魔術王の体。その周囲を取り巻く薄い魔力の壁。おそらくアレを突破しなければ魔術王にこの刃は届かない。

 だが届かない距離じゃない。

 この全霊を懸け、死力を絞りつくせば相手も本気を出さざるを得ない筈。命を賭ければ、その身に届く。

 その手に魔力を込める。この体に備わった魔術回路は未熟だ。質も低ければ量も無い。へっぽこもいいところだ。

 だが、彼女がいる。彼女との繋がりが、オレに戦う術を与えてくれる。一度きりの奇跡を、ここに為す。

 

“接続開始――”

 

 魔術回路を起動。全身を駆け巡る回路の悉くを酷使する。

 

「確かにそうだろうさ。その体はあらゆる魔術の祖でもあり、奇跡を果たした王の器だ。

 ――だが、その眼は飾りか? 魔術王」

「……」

「オレは無意味で無価値だ。肉体が死んでもこの魂は死にきる事を拒んだ。

 そうまでして生き続けて。オレはここにいる。いくつもの出会いと別れを経て!」 

 

「過酷な時代を生き抜いた人々に支えられて!」

 

 過るのは特異点で出会った人々。

 フランスの兵士と町の住民。

 ローマの兵士達と国民。

 水面に眠る財宝に明日を賭ける名もなき海賊達。

 

「未来へ語り継がれていく英雄達に導かれて!」

 

 胸の奥には英霊達の言葉がよぎる。

 彼らの言葉が、勇気を与えてくれる。

 

「オレは、此処にいる!

 ――お前に挑むのは、生きる事すら出来なかった人間の紛い物だ!」

 

 根源接続完了。

 

 探索開始。

 

 検索終了。

 

 魔力探知開始。

 

「目障りだ、消えろ」

 

 魔術王が一工程で魔術を放つ。

 いくつもの光弾が展開。ほぼ同時に射出される。それも全て背後の立香と彼らを狙って。

 触れればサーヴァントですら致命傷となりうる濃度の魔力を秘めている。それが複数。

 まるで爆撃のよう。これに対応できるのはキャスターのサーヴァントでもほんの一握りだろう。

 だが、この体は別だ。

 今、この場においてオレの全てが。魔術王にとって脅威となり得る。

 

「――させるかよ」

 

 魔力探知。

 

 術式解析開始。

 

 解析終了。

 

 魔術検索開始。

 

 検索終了。

 

 術式起動。

 

「何……?」

 

 全く同じ光弾が突如、周囲から現れて射出。

 魔術を、相殺した。

 立香達を狙っていた全てを、叩き落したのだ。

 

「……ハハッ、ハハハハハハ!!! 貴様、繋げたな!? 何だ、何の英霊だ!」 

 

 ――彼女の顔がよぎる。

 オレが消してしまった一人の少女。

 そんな彼女が、遺してくれた最期の力。

 

「別に。英霊でも何でもない。独りになるのが苦手だった、ただの――」

 

 根源接続――。疑似的にそれを再現した。言葉にすればただそれだけだ。

 魔術王の放った魔術を解析し、それを相殺できる魔術を放った。

 奴はあらゆる魔術の祖。すなわち全知全能が宿っている。――だが、それだけだ。今、オレの中は、根源を通してこの世全ての人々がいる。その中にいる彼ら。この時代まで生きていた魔術師達の積み上げてきたモノならば、魔術王の術式に対して充分相殺し得る。

 これなら相手もオレ一人に注視し続けるしかない。オレを殺さない限り、魔術王はカルデアに手が出せないのだから。

 ドクター達の手で、立香がこの場を離脱するまで。彼らの全てを借りて、時間を稼ぎ続ける。

 その代償が何であるかなど、もうとっくに分かっているけれど。

 それでもオレはこの道を選ぶ。この選択に悔いは無い。

 

 

「覚悟はいいか。終わりまで付き合ってもらうぞ、魔術王」

 

 

 ――オレの命が、尽きるまで。

 

 

 

 






 閉ざされた楽園。塔の中で、青年は言葉を紡いだ。

「白紙化した地球。生きていた人々は燃えつくされ名前すらも全て焼失した。
 魔術王にとっては驚きだろう。
 例え今の状況では、いかなる手段を用いたとしても魔術は意味をなさない。繋がりが途絶えているのだから」

 それが根源に接続したとしても変わらない。繋げた先すらも、全てが燃え尽きる。
 人理焼却は文字通り全てを焼き尽くすのだから。

「――それでこそ、私の出番と言う訳だ。観る事なら、私の専門だからね。物語なら全て覚えているとも」

 彼がしたのは単純だ。少年と根源の繋がりにただ介入しただけの事。
 手がかりがあれば、見つけるのは容易い。

「少年、あの嵐に立ち向かう準備はいいかい? ――なんて、聞くまでも無かったね」
 
 彼の周囲に花が咲き誇る。
 杖を片手に、彼方へと呼びかけた。

「これは死と断絶の物語ではない。限られた生の中で、終わりを知りながら出会いと別れを繰り返す者達。
 輝かしい、星の瞬きのような刹那の物語。――即ち、この世に生きた人々の話(愛と希望の物語)をするとしよう」


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