ダンジョンに胸に七つの傷を持つ男がいるのは間違っているだろうか   作:ホールデンマン

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神か悪魔か!?オラリオに現れた最強の男

「み、水……」

その言葉を呟くと同時に男は前のめりに倒れた。

「だ、大丈夫かいっ、君っ」

少年に駆け寄り、助け起こすヘスティア。

 

 

このままにしてはおけない。

そう思ったこの女神は、近くの民家から借りた荷車に男を乗せると、自分の拠点へと運んでいった。

ヘスティアがシーツの上に男を横たわらせ、水差しで水を飲ませてやる。

すると男はすぐに意識を取り戻した。

 

 

「どうやらあんたに助けられたようだな……礼を言う……」

男が上体を起こすと、ヘスティアに頭を下げた。

「あんまり無理はしないほうがいいよ、君、脱水症状で結構苦しそうだったし」

「いや、これ以上手間をかけさせるわけにはいかん……ん、あんた、気が人間とは違うな。もしや神か?」

 

 

「え、ど、どうしてわかったんだい?!」

男の言葉に面食らうヘスティア。

「気の流れが人間とは違っていた。それに気の量もな」

「な、なるほど」

 

 

男の言う気が何なのかは、ヘスティアには分からなかったが、とりあえず相づちを打っておくことにした。

「さて、ではここらで失礼させていただこう」

「あ、ちょっと待ってよっ、君はどこか行くあてはあるのかい?」

「いや、あてなどない。とりあえずは冒険者にでもなろうかと思っている」

 

「へえ、君はもしかして冒険者志願なのかい?だったら僕のファミリアに入ってくれよっ、君はすごく強そうだしさっ、それとも……やっぱりダメかい?」

「いや、その申し出、有り難く受けよう」

 

 

男の言葉に思わず顔を綻ばせるヘスティア、ようやく自分のファミリアに入ってくれる人間が現れたのだ。

これに嬉しくならないわけがない。

 

笑みを浮かべるなという方が無理であろう。

それも相手は子供ではなく、鍛え抜かれた屈強な肉体を持つ男だ。

 

「そういえば自己紹介がまだだったね、僕はヘスティア、女神さっ、君は?」

 

「俺の名はケンシロウ、ケンシロウ・クラネルだ」

「そっかっ、よろしく、ケンシロウっ」

「ああ、よろしく、ヘスティア」

革ジャンから覗く、ケンシロウの筋骨隆々とした厚い胸板に視線を走らせる女神、見れば見るほど強そうだ。

 

その時、ヘスティアは胸に穿かれた無残な傷跡に目を留めた。

「ところで君のその胸の傷はどうしたんだい、何だか凄く痛々しいけど……」

 

 

ヘスティアの問いに押し黙るケンシロウ、その瞳は哀しみの色に染まっていた。

「ごめん、不味い事聞いちゃったかな……」

 

「いや、構わない」

「ん……それじゃあ、今から君に恩恵を与えるよっ、さあ、その上着を脱いでくれっ」

「ああ」

言われた通りに革ジャンを脱ぐケンシロウ。

 

 

指を針で突き、血玉を作るとヘスティアがその逞しい背中に血を塗りつける。

その瞬間、ヘスティアは驚愕の表情を浮かべた。

 

 

 

ケンシロウ・クラネル

 

  Lv.測定不能

 

 力:測定不能

 

耐久:測定不能

 

器用:測定不能

 

敏捷:測定不能

 

魔力:測定不能

 

《魔法》

 

【不明】

 

《スキル》

 

北斗神拳伝承者(ホクトシンケンデンショウシャ)

 

・究極の暗殺拳。

 

・神すら超越する可能性有り。

 

・闘気。

 

 

 

 

 

(こ、これは一体何だ……そもそもこの男、人間なのか?)

 

ヘスティアの胸裡に浮かぶ様々な疑問、女神の心臓が早鐘を打った。

 

「もう、いいのか?」

「あ、ああ、もう恩恵は与えたよ」

「そうか」

上着を着なおすと、おもむろにケンシロウが立ち上がる。

 

「今からダンジョンに行ってくる。金を稼いでくるからヘスティアはここで待っていてくれ」

「……うん、気をつけて」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

ダンジョン内部に潜り込むと、ケンシロウは一瞬だけ闘気を解放した。

途端に近くにいたモンスター達が息絶え、灰になっていく。

ケンシロウは、その灰の中から黙々と魔石を拾い上げていった。

 

ヘスティアの拠点は廃教会であり、そのファミリアはとても裕福とは言えない状態だ。

助けられた恩に報いてやりたいと思ったケンシロウは、充分な金を稼いであの女神に渡してやろうと思った。

 

ただ、黙々と魔石を回収して回る。

そこには何の感情の起伏も見られない。

 

何故ならば、ケンシロウにとってのモンスター退治は、狩りではなく、単純な作業だからだ。

せめて苦しまぬようにとモンスター達を一瞬で絶命させ、魔石を淡々と拾う。

 

 

持ちきれるほどの魔石を回収し終えてから、ダンジョンを出るケンシロウ。

その背には、ある種の虚無感が漂っているかのように思えた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「二十万ヴァリス……っ、こんな大金どうやって稼いできたんだい!?」

「モンスターから回収した魔石を換金した」

 

「なるほど……」

「ああ」

 

ケンシロウの返事はいつも素っ気ない。

 

「……食事を作っておいたんだけど、一緒に食べようか」

「ああ、頂こう」

 

それから二人は食卓に乗せられた卵焼きとジャガイモを一緒に食べた。

 

「どう、おいしいかな?」

ヘスティアが恐る恐る尋ねる。

ケンシロウは常に無表情なので、うまいのか、まずいのかがわからないのだ。

 

「うまい」

「へへ」

照れ笑いを浮かべるヘスティア、それに釣られるかのようにケンシロウも微笑んだ。

「あ、君、初めて笑ったねっ、そんな表情も出来るんだっ」

 

「俺だって生きている人間だ。泣きもすれば笑いもする」

「はは、それは確かにそうだね」

 

食事を終えてから、二人は教会の壊れかけた屋根に上り、夜空を見上げた。

眩いばかりの星々が輝いている。

 

そして巨大な銀貨を思わせる煌々と光る満月の美しさよ。

 

ケンシロウはそのまま瞼を閉じた。


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