ビーストハンター、ナックル=バインの念能力は【
自分の持つオーラを相手に貸し付けるという、念能力の中でも特に変わった部類と言えるだろう。
一度目の攻撃により、相手にオーラを貸し付けると同時に、そのオーラを数値化して記録するマスコット、ポットクリンを相手にとり憑かせる。以後相手が今借りているオーラは数値として、ポットクリンの額にあるカウンターに記録される。
このポットクリン自体は、ただ記録をするだけのマスコットであり、とり憑いた者には何もしない、無害故に、いかなる攻撃だろうとも消滅する事は無い。ただそこにいるだけ。
消滅する条件は、4つ。
①本体のナックル自身が念能力を解除する事。
②本体であるナックルが、気絶または死亡する事。
③貸し付けたオーラ量を相手がナックルに全て返済する。
④これはやや例外的だが、【除念】による除去。
そして特徴的なのが、貸し付けたオーラの量は10秒事に1割ずつ増えていくという点。
『300』から始まれば10秒後には『330』、さらに10秒後には『363』と際限なく増えていく。無論自身がオーラを込めた相手を直接攻撃すれば、その数値分だけ借金を上乗せできる。
この念能力の達成条件は、この貸し付けたオーラの量が、相手自身の現在残っているオーラ総量を超える事で、初めて効果を発揮する。
その効果は、相手を30日間強制的に【絶】の状態にすると言う強力な能力。
簡単な例を挙げるなら、オーラ総量『100』の相手にナックルが『200』オーラを貸し付ければ、相手の総合オーラ総量は『300』になる。しかし戦闘により相手が200のオーラを使用すれば、残りは『100』。借りた『200』のオーラを返す
そして借金の貸し借りがオーラで行われているので、この能力発動中は互いに攻撃を行ってもオーラの貸し借りがされるだけなのでダメージは無い。
一度目のナックルの攻撃に対して、ヒノが一切のダメージを追わなかったのもこの為である。逆にオーラを与え相手に有利な条件を整えるという性質上、達成した後のリターンは大きい。念能力者にとって【絶】を強制させられるのは、ほぼ無条件敗北を意味し、極限まで弱体化させられるという事、それが30日、1ヶ月も。
この能力を喰らい、説明なしに初見で看破するのは中々に複雑な仕組みであろう。鋭い者ならある程度把握できるかもしれないが、細かい条件等はどうしても知っている者しか知りえない。
故にヒノは、今自分の後ろを憑いてくる謎の生物に、疑問符を浮かべていた。
***
『時間です、利息が付きます』
カシャっという音と共に………そういばこの子の名前なんだろうね。数字が増えているから爆弾じゃないみたいだけど、とりあえずボム君(仮称)って事にしておこう。さっきの人がいたら後で聞いてみよう。
いやいや、そうじゃなくて。
『時間です、利息が付きます』
あ、数字がいつの間にか『868』に。一応走りながら考えていたけど、10秒事に1割感覚で増えていくみたい。でも最初らへんは少し間があったのは一体どうしてか。何かしらの制約とかそこらへんかもしれないけど。
このボム君殴ったらどうなるのかな?やってみようかな?でも可愛いしなぁ。むむぅ、悩む。
まあ今すぐ発動するタイプじゃなくて、なんらかの条件によって効果を発揮するタイプの念能力なら、別段今すぐどうにかする必要も無いしね。
「うおおぉ!待てやゴラァ!!」
「うわぉ!追いかけてきた!そりゃそーか!」
背後数十メートル向こうから、リーゼント頭の不良さんがダッシュで向かってきた。ああ、また犯人が路地の角を曲がった。この路地意外と入り組んでるから面倒くさい。直線距離にしたらそんなに距離無いはずなんだけど、ちょっと迷いそうだね。
「できれば大通りに出る前に捕まえたいけど………ん?」
走り続けていると、足元に違和感。何かぶつかったわけじゃないけど何か触れた感触。
感想としては矛盾していると思うけど、足元を見て見れば、煙がカーペットのように地面の上を這っていた。というか路地の地面を覆うようにして伸びていく。
厚さも50cmくらいあるし、膝辺りまで覆って白いから雪みたいだけど、煙の中を走るって中々に不思議な感覚だよね。不思議の国みたいな感じ?
「これも誰かの能力なのか、てことは新手かな?あの人の………では無さそうだし」
「うおおぉ!」
ジグザグな路地をダッシュで追いかけてくる不良さんをちらりと見てみたけど、どう見てもこの煙とは無関係っぽい。隣で利息が付きました宣言をしてくるボム君の上に二重で能力を使ってたら器用だねって誉める所だけど。
『時間です、利息が付きます』
あ、また数字が増えた。この数字本当になんだろうね?
利息が付く、って事はこれは私に対する借金って事?でもあの人にお金借りたわけじゃないし、気になるのは不良さんの攻撃に対して防御したから大したダメージにならないと思ったけど、本当にダメージが無かった事かな。それに加えて、若干オーラが増えたような気がする。
………あれ?これって答え出たかな?おおよそだけど。
ちらっと、隣に付かず離れずついてくるボム君(仮)を見て見ると、またも数値が増えている。現在は『1049』だけど、数値の意味はイマイチあれなので、よし無視しよう!
それより気になるのは、下にあるこの煙。今の所ただ煙が漂ってるだけだしほっといても別にいいんだけど、これは一体………。
ガクン!
前へと進む、そう考えた瞬間に、足が止まった。急激に停止した足とは裏腹に、勢いがついていた体は前へと倒れていく。一体何が起こったのかと足元を気にしてみればすぐに理解した。
足元を埋めていた煙が、固まって足を固定している。
まるで流したてのコンクリートに足を突っ込み、そのまま固まったような状態。もしかしてこれって絶体絶命という奴では?
「しゃぁあ!ナイス師匠!チャアァンス!」
第三者がこの状況を見ればどう見ても悪漢に襲われている少女としか見えない状況だが、今はこの場に二人しかいない。
ヒノは今の時点では知りようの無い事だが、足元の煙はモラウの念能力により生み出された、オーラの籠められた煙。しかし煙でありながら個体のように物体に触れる事が可能であり、そしてその特性として驚異的なのが〝物理攻撃による破壊が不可能〟という、ある意味煙その物の特性を生かしたまま拘束具として無類の力を誇る。
路地中の足元を這う煙は通常の気体の状態から一瞬で固体化し、煙を踏んで歩いている者達を地面に縫い付けた。事前情報が無く、これを躱すことができる者はいないだろう。
これを躱す事が出来たのは、事前に知りえた、モラウよりタイミングを教えられてたナックルのみ。
タイミングよく跳び出す事で躱し、固まった煙の上を走るナックルは、拳を握りこみヒノに迫った。
絶妙なタイミング。
抜け出すことが不可能な煙の足枷をしたままで、避ける事は叶わない。
―――――普通なら。
暗い路地裏で、ゴッ!という鈍い音が響いた。
「ぐはぁ!?」
ナックルは、疑問符を浮かべながらその身を真上に打ち上げられた。
煙に両手を着き、逆立ちするような態勢で〝両足を〟跳ね上げる、ヒノによって。
(両足だけ―――【
ナックルでなくとも、この絡繰りを見破る事は叶わないだろう。あろうことか、相手の念を消す能力が、この世に存在するなど。
足元を拘束したと言っても、それは念による物。それならば、ヒノの【
一瞬で足元の拘束を脱出し、隙だらけだと思い攻撃を行う逆に隙だらけのナックルの腹に向かって、蹴りを叩き込んだ。
拘束を抜け出した事にも疑問を抱き、吹き飛ばされながらも、ナックルはさらにそれ以上に驚愕をその身に受ける。
『時間です、利息が付きます』
ポットクリンによる利息宣言。そしてその数値は―――『1269』。
(ぐぅ!?強いダメージ!?にもかかわらず、ポットクリンの数値に変化は
本来なら、相手にオーラを貸し付けている状態であれば、いかなる相手の攻撃だろうと、それは全て〝ナックルにオーラを返す行動〟に変換される為、ナックルがダメージを追う事は無い。これはナックルが攻撃する場合も〝相手にオーラを貸し付ける行動〟に変換される為同様である。
これはヒノの生み出したオーラの質が、万人の持つオーラとは全くの異質な物である事に起因する。見た目は普通のオーラと何ら変わらないが、その中身は別物。
言ってしまえば、借受けた金に対して〝見た目だけで中身が全く違う偽札〟では返済できない、といった所だろうか。やや比喩が悪いが、つまりはヒノの【
返済に回されない攻撃は、そのままただのダメージとしてナックルに通る。
無論ヒノ自身狙ったわけでは無く、ナックル本人でさえ予想していなかった異例の事態。
その為、今のヒノの攻撃に対してダメージを受けた事に衝撃を隠せない。
しかしナックルはその疑問を飲み込み、空中で態勢を立て直し、ヒノからやや距離を取るようにして地面―――煙の上に降り立つ。
ヒノがダメージ目的ではなく、吹き飛ばす目的で蹴ったのもあるが、油断していた所の一撃に加え、念の防御を無視した攻撃に、ナックルは表情には出さないが自身の腹をわずかに抑える。
そしてじっと睨むナックルと同様に、相対するようにして、ヒノも煙の上に立った。
もしもヒノが【
「はぁ………おめぇ、何者だ。今の蹴りは、効いたぜ」
「ヒノ=アマハラ。最近ハンターになったばかりだよ、先輩」
「………」
ヒノの言葉に、ナックルは頬に冷や汗の様な者が流れる。
自分の予感が的中、というか勘違いが現実だったのか?という疑問だが、疑問を持った脳裏とは裏腹に、内心勘違いである可能性はほぼ九分九厘と断定している自分がいる。
「さっき倒れていた血まみれの人いたでしょ。あの人切った人がいたから追いかけてたの。血まみれの刀持ってたから間違い無いよ。多分噂の辻斬り犯とかでしょ」
「………」
追い打ちをかけるヒノの状況説明攻撃!
ナックルに精神的ダメージ!これは痛い!
だらだらと流れる冷や汗。
純然たる自分の勘違い。攻撃を行い、追いかけまわし、あまつさえ殺人犯と勘違い。見事なスリーアウト、申し開きのしようも無くナックルが悪い。それを理解したのか、ナックルはゆっくりと口を開きつつも身体を倒す。
両膝を地面、では無く煙の地面にぼふんとぶつけ、両手すらも煙につけて、あらん限りに叫んだ。
「ス、スマアアアアァン!!」
後にヒノは「ここまで綺麗な土下座は見た事無いよ」と今の状況を語ったのだった。
***
「で、お前は何者だ?ただの子供………というのは冗談にしては、きついな」
「ただの子供もただの子供。言わせてもらえれば、そちらさんも全然カタギには見えないけど。サングラスに巨大な煙管だし」
サングラス重要か?と思ったが、モラウはそんな事を突っ込む事なく、じっと自分の前にいる少年を睨む。
空に浮かぶ満月の光に照らされ、銀色の髪が光を反射し、海のような碧眼がじっとモラウを見ている。モラウは自分の能力で固めた煙の上に立ちながら、煙の中を
(ナックルに連絡を取りたい所だが、さてどうするか。そもそもこいつは、敵か、味方か。判断材料を探さねぇとな)
子供、と侮る事はしない。いや、できない。
目の前に立つ、自分よりも一回りも二回りを下であろう子供の姿を見れば、到底油断したまま勝てる相手では無い事は一目瞭然だった。「100%勝つ気概でやる」を信条としているが、それは敵を侮る事にはならない。そも、この子供はただの子供では無い。
(馬鹿みたいなオーラの量。ナックルみたいに総量をおおよそ数値化できるわけじゃ無いが、顕在オーラだけで並みのプロハンターを凌駕するような量を纏ってやがる。それも、徐々に増えている)
念能力者同士の戦いは何が起こるが分からない。念の多寡だけで実力は決まらない。
これらは念能力者としては当然の常識ではあるが、単純な有利不利ならある程度判断もできる。
どんな状況になろうとも対応できるだけの距離を取り、狭い路地に立つモラウの心情とは裏腹に、ミヅキはひどく無感情な表情でモラウを見つめていた。
(ああ、面倒だなぁっと)
ここら辺流石双子と言った所か、ヒノもミヅキも目の前に現れる障害に対して、同じような感想を心の中で愚痴ていた。しかしここで違うのが、やはり双子。ヒノは先に目的を果たそうと、後方から迫るナックルの問題を後回しにしていたが、ミヅキの場合は―――
「妹が路地に入っているから探しているだけだ。別に邪魔をするつもりは無いよ」
普通に事情を説明した。
が、それでもモラウは警戒をすぐに解く事はしない。しかし、表情の中に浮かんでいた緊張の糸は、いくらか霧散した様だった。
「その割に、お前のオーラは中々猛々しそうだな。ま、害意が無いのは見てれば分かるがな」
「ああ、癖みたいなものなんだ」
そう言うと、ミヅキは一歩煙の中から足を挙げて歩き、煙の上に立つ。その瞬間、ミヅキに纏われていたオーラは小さく萎み、一般部類サイズの【纏】へと落ち着いた。その光景に少々面食らったようなモラウだったが、ここでようやく肩に担いでいた巨大煙管を降ろし、警戒を解いた。
「俺はハンターのモラウってモンだ。色々と聞きたい事はあるが、話は後だ。今は取り込み中でな」
「僕はミヅキ。この煙は、モラウの能力?」
「まあな」
足元の煙を爪先でボフボフと突きながら尋ねるミヅキに、モラウは手短に肯定する。
モラウの念能力【
これだけ聞けば中々に強力な能力ではあるが、しかしこれにも操作系特有の条件があり、モラウの愛用品である巨大煙管を媒介にして生み出した煙しか操る事が出来ない。
本来なら人が吹いた程度、大して作り出せない煙だが、モラウの誇る鯨並みと比喩される驚異的な肺活量は、ただ吐き出す煙の量だけで巨大煙幕を張れる程。それを自在に形を変えて操る能力は、単純な戦闘力だけでなく、幅広い応用力を秘めている。
足元を埋める煙の拘束もその一環。
物理的に破壊が不可能な為、抜け出すのはほぼ不可能だが、それを平然とやってのけたミヅキに、モラウは警戒を解きながらも、頭の隅で考察を続けている。
(悠然と俺の煙の中を歩く。言うのは簡単だが、やってる事はコンクリに足を埋めたまま普通に歩いているのに等しい行為だぜ。一体この小僧、どういう能力だか。自身の透過?簡易的な除念?………そういえば妹探しって言ってたな)
迷子の捜索という、この場に居合わせる人物にしては普通な事に違和感を感じつつも、嘘では無さそうという事で話を進める。
「お前の妹っていうのは、この路地にいるのか?」
「ああ。一応今いる位置はこの辺りかな」
そう言って携帯の画面に映し出された地図と、ヒノの形態のGPS情報をモラウに見せると、モラウは確認してすぐに、眉を潜めた。そして自分も同じように携帯を取り出し、カチカチと操作をしたかと思うと、何やら「あちゃ~」とでも言いたげに、煙管を持っていない方の手を額に当てた。
「どうしたモラウ。自分の仲間がちょっとした失敗をした事を今知ったような反応をして」
「まさにその通りだ。ミヅキって言ったな、お前の妹の位置情報と、俺の仲間の位置情報がほぼ同じだ。多分俺の仲間が現場にいたお前の妹を追ってるか戦ってる最中だ」
「現場?何か事件でもあったのか?と言っても、この町で起こる事件ならなんとなく予想がつくけど。例の辻斬り犯かもしくは―――海賊船を襲った犯人がいるのか?」
「おまえ、どこでそれを………」
ミヅキの言葉に、モラウは驚く。
事件の事を知っているのは別段不思議では無い。町に行けば誰でも知っているだろう。
しかしモラウが反応したのが、海賊船を襲った犯人と辻斬り犯が、別人だという事。
実はを言えば、モラウもその可能性に気づいていた。確認の為にミナーポートの警察へと連絡を取ってみた所、辻斬り事件が起こったのは昨日の夜――――――だけでは無く、一昨日の夜と2件あった。
そして海賊船がやってきたのは、昨日の夜の出来事。
最初は海賊船を襲った犯人が、同時に町に来てから辻斬りも行っていると思っていたが、一昨日の夜の事件の時はまだ海賊船が来てい無い。つまり、海賊船を襲った犯人には、物理的に不可能。2人いる、犯人は。
もう一つは、死因。
海賊船を襲った犯人による被害者は、全員全身が切り刻まれるように殺された。
そして辻斬り犯に関しては、たった一撃。それも心臓を貫く様にして、一撃で殺されている。
この事を結び付ければ、自ずと別人という線が浮上してくる。
ちなみにミヅキも同様の推察をした。
海賊船見学の時に隣にいた町の住人が言った言葉。「昨日の夜にまた〝辻斬り〟が出た」という言葉に含まれているのは、昨日の夜に辻斬り犯が出た事と、〝また〟という言葉にそれ以前にも起こったという意味合いがある。
その為、海賊船が流れ着いた昨日の夜以外の犯行があった辻斬り犯は、海賊船の事件とは無関係と考えた。
しかしこれはミヅキとモラウ、ついでに言えばナックルやヒノも含めて後手に回り過ぎたとしか言いようが無い。
最初から警察に辻斬り事件の話を聞いていれば、犯行日が違うので別人とすぐに分かった事。ミヅキは観光客としてきたばかりなのでしょうがないし、モラウに至っても海賊の方を調査していたので、辻斬り事件に関してはそういう事件が昨日あった程度にしか知らなかった。
昨日の今日の事件なので、準備不足は否めない。しかし、それでも犯人を確実に追い詰めているのは事実。モラウの煙によって、犯人は足を止めている。
「とりあえず俺も向かうからお前も来い。一先ず合流だ。所で確認するがお前の妹とやらは、強いか?」
「強いよ。僕とどっちがと言われたら困るけど、とりあえず強いよ」
即答するミヅキの言葉にモラウはにやりと笑う。
「オーケー、上等だ」
対峙しただけでも分かる、まだ子供にしてこのオーラの強さ。それが2人も。その事に対して恐ろしいとわずかに頬を汗が垂れるが、同時に味方なら頼もしいと感じて笑う。
だがそれをすぐに振り払い、前へと歩を進める。煙は一度固めたので、モラウ自身が解除しない限り、今の時点で捕らえられた者は抜け出す術が無い。ミヅキとヒノは例外中の例外である。
今なら、犯人を捕まえられる。
それが海賊船の襲撃犯か、辻斬り犯か。
***
『時間です、利息が付きます』
カシャリとポットクリン(ナックルさんに名前教えてもらった。うん、この子可愛い)の額のメーターが動き、数値が『1539』へと変動した。こうやってみるとやっぱりまだまだ余裕がありそうだよね。ナックルさんにとりあえず能力の詳細を聞いたけど、使いやすいか使いにくいかと言われたら微妙な能力だよね、ホント。いや、別に悪いとかそういうわけじゃないんだよ。
ただ細かい数字とか時間を考えながらやるってのが大変そうだった。そう考えるとナックルさんって結構頭いい人?人は見かけによらないね。
「ん?ヒノ、おめぇ、今不穏な事考えて無かったか?」
「別に何も。ポットクリンって可愛いって思ってたよ」
別に嘘はついて無いよ?
それにしても勘も鋭いし、意外と不良も侮れないね。いや、まだ不良と決まったわけじゃないけど。こういう不良スタイルってジャポン特有だと思うし、海外だと意外と普通なのかな?そんなわけないか!
「んで、犯人は今どっちだ?」
「ここからそこの路地曲がって真っすぐ、さらに右に曲がってから真っすぐ行って左の道の先にある広めの所かな」
「走りながら【円】をするたぁ、随分器用だな。初めて見たぜ。半径どれくらいあるんだ?」
「とりあえず今は100メートルくらい」
「………おぉう」
私の言葉にナックルさんは言葉を詰まらせる。
先ほどナックルさんの土下座宣言は終了して、とりあえず一緒に犯人捕まえに行く事になったよ。それでポットクリンに関しては、犯人捕まえたら外してくれるみたい。
ナックルさんがざっくりと私のオーラを見ながら、ポットクリンが変身(この場合借金が相手の総量を超えた時に発動する変化の事)するにはまだ5分以上も時間がかかるらしいから、一先ずこのままらしい。一応私に関しては完全なる無実と言う疑いが完璧に晴れたわけじゃないから。後ポットクリンついていたら大まかに居場所分かるから、途中で逃げた時の用心らしい。
そんな、こんなか弱い少女を捕まえて!
………自分で言っておきながらか弱い要素が見当たらない、むむぅ。
一応念の為後3分したら解除してくらしいよ。まあ強制【絶】になったらたまったもんじゃ無いしね!いざとなれば気絶させればいいし(笑)
まあ別に問題無いし、ナックルさんの念をわざともらって私を強化するという、味方に使うある意味諸刃の剣戦法があるしね!計算誤ったら私30日間【絶】状態になるけど。
で、とりあえずナックルさんの師匠さんが下の煙を固めたらしいから、犯人も捕まっているだろうと。それで【円】を伸ばしてみれば、見事に引っかかりましたよ。ちょうど路地が出る前に犯人見つけられたし、とりあえずもう【円】を解除して向かっている。刀も確認済みだしほぼ100%最初に見た犯人さ!
「よし、ここを曲がった先だよ!」
「よっしゃ!ヒノは下がってな。俺の仕事だしよぉ、迷惑掛けちまったから無理はさせられねーしな」
中々に義理堅いナックルさん。もう一つは私が戦闘をしてポットクリンの変身時間の短縮を警戒しての事だと思うけど。
そして私とナックルさんは角を曲がった瞬間――――――刀を持った犯人を見つけた。
己の心臓から、黒い刃の切っ先を突き出して。
「「――――――!!」」
ありえない光景に、私もナックルさんも思わず立ち止まってしまう。
足元は煙の絨毯が惹かれ、犯人の足は煙に埋まって身動きが取れないみたい。そして背後には、路地の出口と思わしき場所にそびえる真っ白な壁。おそらく、あれも煙でできている。
ナックルさんの話だと、師匠さんは煙で色々な形も作れるらしいから、路地の床全面と、出入口全てを煙の壁で覆ったみたい。中々とんでもない人。
で、犯人が出ようとしたら壁があり、攻撃しても無意味。別の出口を探そうと振り向いた瞬間、壁を背にした状態で犯人の足元は固定されてしまったと。
なら、あの刃はどこから出ている?
「ナックルさん、師匠さんの煙って、刃とかにも変身できるの?」
「形だけならできるが、殺傷力はほぼねーよ。それにいくら
確かに足元の煙に触れても分かるけど、この煙は固形化と言っても、触れるようになるだけで割と柔らかいまま。このまま殴ったとしても大してダメージにはならないし、鋭さを出して刃にするっていうのも無理っぽい。とすると、あの刃は煙とは全く別。
「な……んだ、これ?ああ………あれあれ」
壊れたように瞳をぎょろりと動かし、刀を持つ手を背後に振るうが、煙の壁に当たるだけで全く意味をなさない。足元は煙で固められ動けず、口元は大量の吐血で真っ赤に染まっている。
「正直今の状態で攻撃するのは後味が悪いが、あれはもうだめだ。せめて―――」
その言葉を残したナックルさんは、十数メートルあった距離を一足で詰め、刀を振り回す手を蹴り上げて、手放さした。
くるくると宙を飛ぶ刀は建物の壁面に突き刺さり、その瞬間犯人に纏われていた狂気の様な念は霧散した。それを確認すると同時にナックルさんはその場を跳び上がり、再び私の隣に降り立ち距離を取る。刀を失った犯人はもう動かない。しかしその心臓を背後から貫いた刃は、今だそこにある。
が、ズズっと動いたかと思うと、刃が消えた。正確に言えば、背後から突き立てていた刃が引き抜かれ、こちらから見えなくなった、と言った方が正しい。
ずるりと崩れる男の人。そしてその背後にある煙の壁を見た瞬間、ナックルさんは驚きに瞳を見開いた。
「な!?
路地の出入りを封鎖する、物理攻撃不可能な煙の壁に、小さく刺し傷。つまりは、煙の壁を貫通させ、その前にいた男の後ろから心臓を貫いた、という事になる。あの煙の効力を知ってる私から見ても異常な攻撃。
いや、私が言うのもなんだけどね?けど………この感覚ってもしかして………。
「ナックルさん、ちょぉっと下がってもらってもいい?」
「あ?急にどうした。あの壁の後ろに誰かいるなら、一度
「いや、多分それしなくてもいいと思うよ………」
「ん?」
ビシイィ!
次の瞬間、煙の壁に無数の罅が入り、次の瞬間砕け散った。
ガラス細工でも壊れるかのような砕け具合には驚いたけど、その後ろ、路地の入口にいた人物を見た時、隣のナックルさんは再び驚愕する。
撫でる様な甘い声が、静に路地に響いた。
「知った気配やと思ぅたけどぉ~、久しぃな~。ヒ~ノ~ちゃん♥」
この場に居合わせるにはまるで場違い、しかし溶け込んでいる。そう思わせるような異様な雰囲気を身に纏って、彼女は現れた。
全体的に和装の様な出で立ち、ちょっとざっくり言えば和風と中華を足したようなボレロを着て、下は黒いワンピース。ブーツを履いた足で煙の上に登り、だらりと下げられた両手には、黒と白の2本の剣。
そしてその子自身は、見た目の年齢は私と同じくらい。色素の抜け落ちた様な真っ白いセミロングの髪を揺らし、口元は楽し気に歪められている。そしてまっすぐに見据える、
見た目だけなら華憐な少女とも言えるけど、彼女の両手に握られている2本の剣。その片方、最初に振るったであろう黒い剣には、まだぽたぽたと、刃を伝い、切っ先から赤い血が滴り落ちていた。
にぃっと、三日月のように笑う彼女を見た私の最初の感想としては―――、
「げっ、エリーちゃん!?」
ちょっとした苦手意識のある、ちょっとした知り合いだった。
新キャラのエリーちゃん(仮)です。
唐突に、出してみたくなりました。