インフィニット・ストラトス ~最強の妖精~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話は前半過去、後半現在と時間が切り替わります。視点はどちらもユウキです。

 割と頭を空っぽにして書いているので、酷評はやめてね……(汗)

 文字数は約九千。

 ではどうぞ。



~過去:篠ノ之道場へ/現在:合宿場所へ~

「……え? ボクも道場に?」

「ああ! ユウキって運動神経抜群だし、多分向いてると思うんだ。一緒に行ってみないか?」

 

 それは唐突だった。

 偶然と言うべきかどうも一夏と家が近いらしくて、時折姉ちゃんを交えながら帰り道を一緒にするのが日常となって来たとある日。小学校に入学してからおよそ二ヶ月が経ち、六月に入って少し蒸し暑く感じて来た日の帰り道の途中で、ボクは唐突に一夏から道場に行かないかと誘われた。

 その誘いを受ける前から一夏の剣道の話を――箒という子に全敗している事も含めて――聞いていたが、何がどうなったか、いきなりそう誘って来たのだ。

 流石にこれには面食らって素っ頓狂な反応をしてしまった。

 ちなみに姉ちゃんは学校に用事があると言って残っているので一緒では無い。

 

「うーん……でもボク、そういう型が決まってるのは向いてないんだけど……」

 

 剣を扱う事ならそれなりの腕があると自負はしている。健康体である事が嬉しくて嬉しくて、最近では何故転生などしてしまったかを完全に棚上げして体を鍛える目的で外で動き回っているため、同年代の子に較べればそれなりに体力がある方だとは思っている。少なくとも同い年の女子の中では一番だろう。

 実際体育の授業でもぶっちぎりで、走るのもバレーボールにドッジボールも全部一番になっているから、前世での知識を応用した事で文武両道と見られている節がある。

 まぁ、ボクの知識は学校に通っていた頃までしか無いから、どうせすぐに大変な思いをするのだろうけど。

 そんなボクは、剣道や柔道といった攻撃防御のやり方が定められたものは基本的に苦手としている。した事は無いからこれも勝手な先入観ではあるが、前世でプレイしていたフルダイブゲームでのデュエルは完全に戦闘方法が自由だったから、そのクセがあると思うのだ。なまじ対人戦を繰り返していただけにそのクセは今でも残っている筈だ。

 キリトと互角になっていた反応速度も、正直《メディキュボイド》と呼ばれる医療用フルダイブハードによるスペック差によるところがあると思うし、ボク自身のスペックは実際そこまで大したものではない。今は転生のアドバンテージがあるから凄いと思われているだけで、ボクは本来凡人の域を出ない。

 経験した事が無いから大したこと無いというのは当たり前だろうけど、剣道を率先してやりたいとは思っていなかったから、道場に行くのはあまり乗り気では無かった。

 

「やってみなくちゃ分からないだろ? 行ってみようぜ! 師範にはおれから説明するから!」

「う、うーん……」

 

 これは参ったな、と一夏の様子を見て胸中で呟く。

 こうなった一夏は梃でも意見を変えない。勿論こちらが本気で嫌がったり大事な用事があるからと断るならキチンと引いてくれるが、何となく嫌だからとか面倒だからとか、そういう理由なら何が何でも意見を貫こうとする。

 厄介なのは大体悪気が無く善意で言って来るところ。だからこちらも強く出られない事が多いのだ。

 

「はぁ……分かったよ。道場に行こうか」

 

 こうなったら軽く道場で竹刀を振って、一夏の気を済まさせるしかないなと、ボクは早々に諦めた。この二ヶ月もの間、殆どずっとこの少年とやり取りをしている間に学んだ事である。こちらに絶対的に拒否する理由が無ければ早めに折れた方が無難だ。

 

「よっし、じゃあ早速行こうぜ!」

「わわっ?! ちょっと一夏、コケるから急に手を引っ張って走らないでよ!」

 

 こちらの返答が余程嬉しかったのか、一夏は満面の笑みでボクの左手を取ったかと思えばいきなり走り出した。その進行方向には恐らく道場があり、早く行って少しでも長く剣道をしたい一心なのだろうけど、流石にコケそうだから急に手を引っ張らないでもらいたい。

 それに、女子の手をこうも強引に取るのは色々とマナー違反だ。

 ……まぁ、一夏にその気が無いなんて分かり切った事だけど。小学校低学年の時点でそちらに興味があったらボクは一夏から距離を取っていたに違いない。

 

「悪い悪い。でも早く行こうぜ!」

「はぁ……まったく」

 

 まったく反省の色が見られないが、それだけ嬉しかったという事なのだろうと今回は大目に見て上げる事にした。肉体年齢は同じだが中身の年齢で言えばこちらの方が年上でお姉さんなのだ。これくらいの余裕が無ければ前世の大親友のようにはなれない。

 仕方ないんだから、とこの二ヶ月間で幾度も思った事を胸中で呟きながら、ボクは一夏の後を追った。

 

 *

 

「あー……毎回毎回、この階段キッツイぜ……」

 

 一夏の案内の下で進む事およそ十分の後、ボク達は数十段という長大な階段を上り切って漸く道場の前に辿り着いたところだった。隣では夏の入りの蒸し暑さと日照り、階段を上る疲労から汗だくになって肩で息をしている一夏が、階段に対する文句を言う。

 それをボクは苦笑して見ていた。

 

「この階段、頻繁に上ってるんでしょ? それで何で初めて上るボクより疲れてるのさ」

 

 数十段という階段も確かに辛くはあったが子供の体から多少疲れた程度で呼吸が荒くなる程ではない。流石に気温の関係もあって多少汗は掻いたけど一夏ほど汗だくでは無いし、疲労もしていない。

 定期的に道場に通って剣道をしている上に家の家事の大半をしているらしい一夏より、何故遊んでいるだけのボクの方が体力があるか不思議だった。

 

「いや……それ、おれのセリフだからな……何でユウキはそんなに疲れてる風に見えないんだよ……」

「んー……まぁ、ボク多少鍛えてるしね」

 

 鍛えていると言っても、毎日腕立て伏せと腹筋背筋、腿上げ、膝の屈伸を二十回ずつ、朝と夜にしているだけだ。後は学校の休み時間外で走り回ったり、休みの日は外に出て遊び回っているからだろう。

 一応言っておくが、ちゃんと宿題や先の勉強もしているので勉学を疎かにして遊びほうけている訳では無い。

 

「くそぉ……おれは男なのに、悔しいぜ……」

「……」

 

 少し悔しげに、けれどいつか見返してやるぞと気合を入れている風な顔で一夏は笑いながら言った。

 それにボクは無言を貫く。ここで何を言っても皮肉にしか聞こえないだろうし、それが原因で仲が悪くなるのは避けたい事態だ。男女の差なんて関係ない、なんて事はボクの思考であって一夏は違うのだから、それを押し付ける訳にもいかない。

 まぁ、行き過ぎたら流石に注意するつもりではいるが……

 

「……それで、何処から入ればいいの? 流石に一見のボクが入るのは憚られるんだけど」

「はばから……? と、とにかく、おれに付いて来てくれ。この時間なら門下生は誰も居なくて、多分師範は準備してる頃合いだから」

 

 ボクが言った事を理解できなかったようだが、その疑問を一先ず横に置いて案内をしてくれるようだった。しかも少し急ぎ目に来たのは門下生が来て練習をしている時だと迷惑になるかもと思っていたからでもあるらしい。

 どうやら師範だけの時を狙っていたようだ。その辺の気配りが出来る辺り、一夏はこの歳にして世渡り上手なのだなぁと感心した。ボクだとそこまで気は利かないだろう。

 一夏に連れられて正面入り口の木製の扉を横に開け、石畳の上で靴を脱いだので倣ってボクも靴を脱いで木張りの床に上がった後、下駄箱に同じように靴を仕舞う。剣道は裸足でやるから多分後で脱ぐのだろうなぁと思いつつ、一夏が開いた玄関に入って正面にある木製の扉を潜る。

 

「師範、こんにちは」

「お、一夏君、今日は早かったな」

 

 道場の中には幾つもの子供用の胴着と鎧、それから子供用と分かる小さ目の竹刀が幾つも並べられていた。多分誰が使うかは既に決まっていて、準備の時間を短縮して少しでも長く練習できるように師範が並べて置いたのだろう。

 その師範と思しき人は、思っていた以上に壮年の男性だった。一夏と箒の話が本当ならその男性が箒の父親に当たる筈なのだが、少し白が混じった髭を蓄えた男性は、パッと見では六十歳代と言われても違和感がない。剣道をしている人と言われたらなるほど、威圧感や雰囲気は確かに武人や剣士に通ずるものがあるが、箒の父親と言われるとちょっと見た目とのギャップが大きい人だった。

 この二ヶ月間で聞いた限りでは、篠ノ之道場師範の名は篠ノ之龍韻。篠ノ之龍剣術を始めとして、多くの武道や武術で段や階級を会得しているスポーツ界の著名人らしい。この道場もその名声があって維持出来ているようなものだ、とこの二ヶ月でそれなりに親しくなった箒から教えてもらっている。

 師範本人が聞いたら憤慨するのではと言ったが、その当人が言っていた事だと返されて言葉を喪ったのは記憶に新しい。

 武道を重んずる人達は結構自尊心が高いというか、積み重ねて来た経験と努力そのものが自尊心であり、自信となっているから結構頑固な一面があると思っていたのだけど、箒の話を聞く限りでは結構お茶目な人という印象があった。

 

「……ん? 一夏君、後ろの子は誰かな? 見ない子だが……――――ほほう、ひょっとすると一夏君の彼女さんかな?」

「なっ?! ち、違いますって! 道場の体験に誘ったクラスの子ですよ!」

「はっはっは! 別に隠さなくても良いだろう? 私もなぁ、幼い頃はよく女の子に惚れていたものだよ。今では母さん一途だがな! いやぁ、一夏君に彼女が出来たとは実にめでたい事だ!」

「だから違いますって?!」

 

 わざとなのか、一夏をからかって楽しんでいる様子を見る限り、やはりお茶目という印象は正しかった。

 でもこの人、多分素がお茶目なだけであって、締めるときはキッチリ締める厳しい人なのだろうな、と予想が付いた。そうでなければ師範なんて出来ていない。人を律する事が出来ないからだ。この辺は前世のゲームで面識を持った一族の長達と対話した経験である。

 

「あのー……ボクは」

 

 取り敢えず本気で勘違いしている可能性も、限りなくゼロに近いだろうが皆無とは言えないので、それを訂正する為に自己紹介も兼ねて事実を言おうと口を開いた。

 

 

 

「な……な、ななな! 一夏に、彼女だとおおおおおおおおおおおおおおおおお?!」

 

 

 

「「「ッ?!」」」

 

 名前を言おうとしたところで、道場の入り口から聞き覚えのある女子の絶叫が響いて来て、それに気付かなかったボクは一夏と龍韻さんと共にびくぅっと肩を震わせた。

 声が聞こえて来た方に顔を向ければ、やはりこの二ヶ月間である程度親しくなった箒がいた。靴を下駄箱に入れて道場に上がろうとしたところで止まっていて、顔を俯け、肩をわななかせている。

 

「な、何だ、箒か。いきなり嚇かすなよ。びっくりしたぞ」

「そ、そんな事よりも一夏! お前、ユウキと付き合っているというのは本当か?!」

「お前まで言うのかよ?! 付き合ってねぇよ?!」

「本当か?! 本当の本当の本当だな?! 嘘だったら怒るぞ?! な、泣くぞ?! 本当に泣くからな?!」

「怒るのか泣くのかどっちなんだよ! てか、怒るならまだしも何で泣く?!」

「う、ううう、うるさいっ!」

 

 肩をわななかせていると思いきや、一夏の声に反応してか唐突に顔を上げて大股で距離を詰めた箒は、一夏の襟首を強く持って何度も何度も本当かと問い掛ける。大粒の涙を浮かべてその真偽を幾度も確かめるその姿を見て、ボクは箒が何故そうなったかを把握した。

 どうやら箒が一夏に対して冷たいのは恥ずかしいからなのだなと。

 そして箒は一夏に惚れているのだな、と。

 

「……いや、そりゃ女子は早熟って言うけどさぁ……?」

 

 記憶を保持したまま転生したボクは内面の年齢がアレだから除外にしても、流石に素の六、七歳となる箒は幾ら何でも早熟過ぎるだろう。この歳で恋心を知るとかどんだけ早熟なんだ。おませと言うにも度が過ぎている。

 

「……あの、箒って何で一夏に対してああなったんですか?」

 

 多分親なら知っているのではないかと思って、ボクは箒と一夏の事をボク以上に知っているだろう篠ノ之師範に訊く事にした。流石にこれは何をきっかけにして意識し始めたのか知っておきたい。

 ……でも、何故ボクはそれを知っておきたいのだろうか。

 龍韻さんに問い掛けつつ、何故かと胸中で自分の行動に対して疑問も浮かべてしまっていた。

 

「あー……箒は私の娘だから、物心ついた頃から剣道をやっていてな。うちの道場に通っている同い年の門下生の中ではダントツなんだ。で、その子達は一度やられたらもう挑まないんだが、一夏君だけは毎日最低一回は立ち会うから……」

「……もしかして、その直向きさに……?」

「恐らく」

「……」

 

 ……まぁ、予想出来た事ではあるが、今の年齢くらいならライバルとして切磋琢磨し合う関係になる方が確率高いような気もする。恐らく一夏はその意識になっているだろう。

 あるいは自分は男子なんだから、女子より強くなければと意識しているが故に箒を超えようと挑んでいるのかもしれない。

 この場合、箒の想いに気付けとは言えない。少なくともまだ。流石にこれで気付けと言うのは酷というものだ。

 『付き合って下さい』と真っ正直に言われて勘違いした時は責める気でいるけどね!

 

「……あ、ボク、紺野木綿季って言います。初めまして」

「ああ、私は篠ノ之龍韻という。箒や一夏君から話は聞いている。うちの娘が世話になっているようで……」

「いや、ボクも話していて楽しいので……」

 

 困惑する一夏と必死な箒のやり取りを傍目に、ボクは自己紹介も兼ねて今日来た理由を話していくのだった。

 

 *

 

「――――紺野さん、紺野さん」

「ふぇぅ?」

 

 一夏に連れられて初めて篠ノ之道場に訪れた時の情景を思い出していたら、何時の間にか強化合宿を行う場所へ向かうバスの中で眠ってしまっていたらしく、誰かに名前を呼ばれながら肩を揺らされた事で意識が覚醒した。

 変な声を出しながら瞼を開ければ、すぐ目の前には同い年くらいの蒼い髪に紅い瞳の女の子が苦笑を浮かべていた。眼鏡を掛け、蒼い髪は内側に少し跳ねていて、華奢な女子だ。

 

「もう着いたから、早く降りよう」

「ん……ふぁぁぁ…………うー……起こしてくれてありがと、簪」

「頼まれてたから別にいいよ」

 

 ボクを起こしてくれて蒼髪紅眼の眼鏡っ子の名前は更識簪。ボクと違って自分から志望して数々の難しい試験をパスし、実技試験もクリア点を大幅に超える高得点を収めた、現在の国家代表生候補一番の子だ。既に日本政府直轄の代表候補生になってから一年経っているらしく、バスで移動中の間だけだが色々と教えてもらった。

 ちなみに簪はバスでボクの隣の席だった子だ。

 

「それよりもほら、早く降りよう。もう皆降りちゃってるから」

「え?! うわ、ホントだ!」

 

 簪に言われてバスの中を見回してみれば、ボクが座った後ろ辺りの席の周囲はおろか最前列まで完全にもぬけの殻となっている。これはマズい。

 

「ご、ごめん、すぐ降りるから!」

 

 合宿は一ヶ月間あり、洗濯は無料で毎日行ってもらえるため日中の着替え三着と寝間着二着、あとは小物類が少々といったくらいの荷物しかない。

 勿論、それらは訓練で使う体操着――ちなみに体操着は各中学校指定のもので良いと言われた――と既に支給されたISを操縦する際に着るISスーツ他、簡単な治療キットや時間を潰せる小説、スマホなどを除いてだ。

 ISスーツとは、パッと見では競泳用水着に見えるものだ。エナメルのような質感をしているそのスーツは筋肉を動かす為に走る電気信号を、纏っているISの各部へ送りやすいよう設計されているらしく、これを着ているか否かで操縦効率が何割も違うという研究結果が出ているらしい。どのような技術で出来ているかは分からないが、このスーツは拳銃の弾くらいなら衝撃は来るものの皮膚を傷付けない強靭性を誇るようで、防具としてもそれなりに有用らしい。

 スーツからして完全に戦争前提となっている辺り色々と裏を読み取れてしまって恐い。

 それらを纏めて入れて、トランクケースとリュックサック一つずつと、他の子を見た限りとても少なく済んでいる。

 なお、訓練にあたって持ち運びしやすいようリュックは必ず持ってくるようにと厳重注意されていたので、大小の差はあれ誰もがリュックを持っていた。荷物の差はトランクの数や持って来たバッグの数で出ている。

 財布やスマホなどの貴重品類が入っているリュックは抱えていたが、トランクはバスの席の下にある――外から出し入れする――収納スペースに入れてもらっている。ボクが降りるのが遅れるだけで運転手さんも大変な思いをするから、急いでシートベルトを外した後、リュックを背負って先に降りた簪の後を追った。

 バスの前部から急いで段差を降りたところで、実はそこまで急ぐ必要は無かった事を知った。トランクを入れている収納スペースの前に沢山の人だかりが出来ていたからである。

 

「別にそこまで急ぐ必要は無かったんだけど……」

「そ、それを先に言ってよ、簪ぃ……」

 

 慌てて出て来たボクを見て、トランクを取る人だかりから少し離れた場所にいた簪に苦笑されてしまい、ボクは項垂れた。窓から見れば一目瞭然ではあったのだろうけど、そんな余裕なかったから仕方ないだろう。というか自分以外誰も居なかったら普通焦る。

 とは言え、起こしてくれただけ有難いのだから文句は言えない。別に簪に非は無いのだからと思い直して引き摺るのはここまでにした。

 それから、ボクはこれから一ヶ月間お世話になる施設へと目を向けた。

 その施設はとても巨大だった。中学校と市民会館、そしてISアリーナが合体したような巨大な敷地内に立てられたIS操縦者育成施設。そこがボクを含めた《国家代表候補生育成強化合宿プロジェクト》が行われる場所だ。

 ISアリーナもあるため敷地の広さは二平方キロメートルにも及ぶとガイダンスで聞いたが、実際に見てみると予想していたよりもやはり広く感じた。

 物凄く広い運動場を見て遠い眼になってしまう。

 

「これから此処で一ヶ月間訓練かぁ……」

「……木綿季、目が遠くなってるよ」

「こればかりは見逃して欲しい……」

 

 陸上競技部のエースとして大会に出場し続けて来たボクだが、自衛隊の訓練をランクダウンさせたものに耐えられる自信は正直無い。バスの中で聞いたが、簪の話ではまず初日から暫くは毎日食事が碌に喉を通らず、無理に食べれば吐くのが普通らしいし。

 流石のボクも吐くまではした事ない。精々少し休んだら食欲が戻るくらいまでならやった事あるけど、そんな人間の限界を確かめるレベルの訓練はしていない。

 まぁ、人権の問題とか、そもそも体を壊したら意味無いからその辺の調節はしてくれるのだろうけど、これは本気でぶっ倒れる苦しみを受ける事を覚悟しておいた方が良さそうだ。そもそも訓練メニューの大本が自衛隊という時点でお察しである。

 

「簪って、去年もこの合宿に参加したんだよね……」

「うん……本気で、死ぬかと思った。食事が喉を通らない状態になったのは生まれて初めてだったよ……一応、合格はもらったけど」

「そっか……――――って、ん?」

 

 改めて聞くと本気で地獄だなぁと思いつつ相槌を打ったところで、最後に聞いた言葉に首を傾げる。

 

「簪、今合格したって言った?」

「うん」

「……なら何で今年も来たのさ」

「代表候補生は全員参加義務があるから……と言っても、二年目からは任意参加。今年も来たのは、あなたの事があるから」

「え、ボクが原因?」

「正確には遠因。日本政府から家に連絡が来て依頼された、同じ代表候補生として指導してあげて欲しいって。聞けばユウキ、まず此処に来るまでに受ける代表候補生資格受任試験を受けてないっていう話だから、先輩になる私から教えるようにって」

「……待って。何、その資格受任試験って」

 

 ここに来て何やら重大なものをスルーしてしまっている事を知って、内心バクバクだ。知りたくないが、知っておかなければ後々面倒な事になりそうだから、意を決して問いを投げた。

 それに、ああ、やっぱり知らなかったんだ、と生暖かい笑みを浮かべた簪は、懇切丁寧に教えてくれた。

 代表候補生資格受任試験。

 それは国家代表候補生の地位を得てその訓練を受ける為に必ず通らなければならない、所謂高校受験のようなもの。ISの基礎知識、操縦に関する注意事項他、禁則事項、技術体系などのあらゆる項目の筆記試験をパスした者だけがなれるのが、代表候補生。簪もそれらをずっと勉強してきた事で漸く通ったというくらい狭き門らしい。

 つまりこの合宿に来ている人達はボクを除いて全員、その狭き登竜門を潜り抜けて来た猛者であり、エリート中のエリートという訳だ。その極致が代表生。

 ただし、その試験には一つだけ抜け道が用意されている。

 既に関係者には周知の事実となっているが、ISは軍事目的を前提とした開発・研究を禁じられているものの、スポーツエンタテインメントを目的として開発されたISを、国防の為に引き下げて流用する事は禁じられていない。つまり操縦者はそのまま国防の力になり得る。

 ISの性能もそうだが、何よりもそれを扱う人材育成の方がより重要だ。何しろ育成には時間が掛かるし必ずしも成功するとは限らない。

 そのため、代表候補生資格を得る方法は二つ用意されているという。

 一つはさっき教えてもらった資格受任試験を実力でパスする事。これは基本的にオーソドックスであり、九割九分九厘方がこのルートで代表候補生になるという。と言っても、ISが世に送り出されてからまだ八年目だからそんなにデータは揃っていないけど。

 そしてもう一つが、IS適正によるもの。

 技術とはまた別ではあるが、ISとのシンクロ率や独自の成長樹形を描いて進化するというコアの成長速度にIS適正は大いに関与しているらしい。コアが進化する事で機体の性能も大きく変わるので、適正が高いのはつまり進化する時期も速いという事になる。

 更に統計的に適正値が高い操縦者ほど習熟も速い傾向にあるらしい。

 先に述べた筆記試験を受けずに速攻で代表候補生資格を得られる適正ランクは、最高のS。つまりボクのランクだ。

 簪はAランクだったから筆記試験を受ける事になった。他の子もBが殆ど、高くて簪のAだから、今回はボクが異例中の異例であった訳だ。

 将来有望な人材に英才教育を施して実戦力になるよう指導する事が、今回の合宿に於いて簪に依頼された内容であるという。つまり簪はボクの専属コーチという事らしかった。聞けば合宿中に使用する二人部屋も簪で、さっきバスで隣の席だった事も含め、互いの意思疎通を図りやすくする為に大抵はペアで動けるよう意図してスケジューリングされているという。

 

「……はは。逃げ場ないじゃん」

 

 もう何が何でも逃がさないという意思が読み取れて、乾いた笑いが出てしまった。当たり障りの無いよう適当にやって合宿を終えて、不要と判断されるのを待とうと思っていたのに、その隙がまるで無いとは予想外だった。勝負を始める前から既に詰んでいた。

 戦いとは始まる前から終わっているとはよく言ったものだ。

 

「……木綿季、私だから良いけど、他の人にはそういう事聞かれない方が良い。皆、血も滲むような努力をして此処まで来たから……多分、大半の人が反感を持つ」

「……そうだね。忠告、ありがとう」

 

 簪の忠告を受けて、確かに不謹慎だったなと思った。

 簪のように頑張って必死に勉強して試験を通った人達からすれば、ボクは生まれついての適正ランクで楽々パスしてしまった人間だ、その人がやる気の無い様を見せては不快に思うのが普通である。

 これはこの合宿中、思ったよりも気を抜けないなと胸中で呟いて、溜息を呑み込んでから、漸く人が少なくなったトランクを置かれた場所へと簪と共に向かった。

 

 




 はい、如何だったでしょうか。

 原作では出番が一番遅かった簪が二番手なんだ……誰が予想しただろうか。合宿の時点で出る可能性あったけど。

 という訳で、ユウキの専属コーチは簪。既に日本政府、Sランク適正者を逃がさない気満々です。簪はその気になったら凄く出来る子だと思う、そもそも家の訓練からして鈴やセシリア達より絶対強いし。

 ちなみに代表候補生になる為の条件とか訓練は分からないので、捏造してます。この辺は普通にあってもおかしくないと思う。国防の為なら自衛隊の訓練もランクを下げてでもしてそう。実際ラウラは軍属だし。

 ……そもそも軍事利用を禁止しているのに軍属でIS部隊があるって、二巻の時点で既に設定が矛盾……

 まぁ、原作が神なので、利用させてもらいますが。

 では。

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