太陽の種と白猫の誓い   作:赤いUFO

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詰め込み過ぎた。2話分割で良かったかもしれない。


89話:一歩踏み出して

「その後、一樹を家から出して運ばれた病院で目を覚ましたのを確認してまた旅に出たわ。その途中でアザゼルに拾われたの」

 

「ノウマンに関しては人間界で大きな事件を起こしたことで当時の駒王の管理者に捕らえられて牢獄行きになった」

 

 黒歌が説明をアザゼルが補足する。しかしそこで一誠が質問した。

 

「でもならなんで禍の団に?取っ捕まったんでしょう?」

 

「つい最近、奴は旧魔王派の手引きで牢を脱した。研究者としては優秀だからだろうな」

 

 嫌そうな顔をして組んでいた腕を解く。

 

「それで5年前に叔母に引き取られた一樹を見つけて後は知っての通りよ」

 

「……」

 

 黒歌の締めに一樹は顔を覆い隠して無言を貫いていたが小さく声を出した。

 

「……なんで、そんな大事なことを今まで黙ってた?」

 

「おい日ノ宮!?」

 

 一樹の言い分に白音の肩がビクンと跳ね上がり、一誠が小突いて窘めた。

 それに一樹は手の位置をずらして顔が半分見えるように動かすと息を吐く。

 

「わかってる。わかってるけど……」

 

 こんな話をそう簡単に出来る訳もない。だが、今まで話さなかったことに何も思わない程に一樹は大人ではなかった。

 

 舌打ちしてガシガシと頭を掻くと不意に立ち上がった。

 

「どこ行くんだい?」

 

「話はもう終わりだろ?ベランダで一服してくる」

 

「一服って……」

 

 止める間もなくその場を去る一樹にアザゼルが手を叩いた。

 

「なにはともあれ、今日は色々あって互いに疲れただろ。何か話をするにしても明日からにするぞ。今日は解散だ」

 

「そうね。そうしましょう」

 

 アザゼルの指示にリアスも同意する。

 しかしそこでアーシアが異を唱えた。

 

「あ、あの一樹さんは?」

 

「あの子にも考える時間は必要でしょうし。今私たちに出来ることはないと思うわ」

 

 リアスの言葉を理解しながらも何かしたいとアーシアは提案する。

 

「あ、あの!私、今日はこちらにお世話になってもよろしいでしょうか?」

 

 一樹もそうだが、目の前でひとり震えている白音を見れば、誰かが傍に居た方が良いのではないかと思った。余計なお世話かもしれないし、黒歌がいるのだから自分がそうする必要もないのだが、それでも何かしたかった。

 

 一瞬キョトンとした黒歌だったが、すぐに笑みを浮かべてうん、お願いと答えた。

 

 こうしてその場は本当に解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベランダで煙草を銜えると一樹は自分の力で火をつけた。

 煙草を吸って紫煙を吐き出すとおもむろに顔を顰める。

 

「マズ……」

 

 そのまま吸った煙草を指で挟んだまま吸うのを止めた。

 

「よう、不良少年。初めての煙草はどうだ?」

 

「最悪です。よくこんなの吸えますね」

 

 現れたアザゼルは一樹の答えに苦笑して横に並び、自分の煙草を吸い始める。

 

「つか、お前その煙草どうしたんだ?」

 

バラド(おっさん)を俺の部屋に運んだ時に落ちて、拾ってポッケに突っ込んで返すの忘れてたんです」

 

 それだけ説明して碌に減ってない煙草の火を消した。

 

「お前、これからどうするつもりだ」

 

 あの話を聞いて猫姉妹と一樹との関係に変化があるだろうとアザゼルは思った。しかし返ってきたは逆の答えだった。

 

「別に。とりあえず今日はもう寝て、明日学校に行く。それだけです」

 

「……いいのか?」

 

「はい。あの話を聞いたからって別に何か変わるわけじゃないですよ。あの2人は俺の家族で、今日も俺を助けてくれた恩人。それが全てですから」

 

「そうか」

 

 安堵の息を吐くアザゼルに一樹はそれより、と話題を変えた。

 

「おっさんの遺体はどうなります」

 

「そこら辺はリアスたちと話してな。身元の割り出しをして、親類縁者を探してもらう。見つからなければ冥界のどっかの土地に埋葬ってことになるだろうな。お前、なにか聞いてねぇか?」

 

「家族は現魔王に殺されたとしか」

 

「そうか。なら、親類を探すのは難しいかもしれんな。まぁそこら辺はリアスたちに任せとけ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 室内に戻り、部屋に戻ろうとするとそこには黒歌が座って待っていた。

 

「休まないのか?姉さん」

 

 姉さん。まだそう呼ばれることの嬉しさと違和感に黒歌は問う。

 

「何も言わないの?」

 

「何を?」

 

「あの話を聞いて、私たちに対して言いたいこともあるでしょう?」

 

 黒歌の疑問に一樹は困ったように笑う。

 

「特にはないよ。父さんと母さんのことは俺が記憶を取り戻してないってこともあるだろうけど。それでもその件は姉さんと白音が悪かった訳じゃないだろ」

 

 一樹の言葉に黒歌は目を大きく見開く。

 

「原因の一端は有ったとしても姉さんたちが悪かった訳じゃない。恨むにしろ叩きのめすにしろ、あの気持ち悪い悪魔にぶつければいい。だから、難しいかも知れないけどさ。姉さんたちが強く負い目を持つ必要なんてないんだ」

 

 壁を背にして振り返るように顔を上げて目を瞑る。

 

「どう、なってたろうな……俺」

 

「?」

 

「5年前に姉さんたちが見つけてくれなかったらだよ。きっと色々な可能性があったんだ。例えば、俺が叔母さんに殺されたり、逆にキレて殺したり。耐えられなくて自殺ってこともあったかもしれない。もしくは英雄派みたいな組織に所属して今頃みんなと戦ってたりとかさ。ほら、俺も一応英雄(カルナ)の子孫らしいし?」

 

 指を折りながら考えられる可能性を上げていく。それは決して在り得ない可能性ではなかった。

 

「もしくはどこかで俺の能力が発現して転生悪魔化したり。その時は誰かに強制的に成らざる得ない場面に追いやられたと思うけど。そんな中でこうして曲がりなりにも人間として真っ当に生きられているのは姉さんたちがあの時俺を助けてくれたからだろ。充分感謝してる。俺にとっては、それが真実だよ」

 

 幾つもの可能性の中で積み上げられた1つ1つが今の日ノ宮一樹を形作っている。

 そうして積み上げられた5年間は決して簡単に今の関係が覆るほど軽い物ではない。

 

「そう5年だ。塞ぎがちだった俺を外へ連れ出して旅行に連れていってくれた。中学の時に馬鹿をやらかした俺を追い出さずに家族で居てくれた。誕生日を祝ったり祝われたりもした。他にも色んな大事な思い出がある。簡単に手の平返すなんて出来ないし。その感謝を忘れるなんてしたくない。だから、自分たちに関わったせいで俺が不幸になっただとか、そんな風に思わないでくれよ」

 

 一樹は少し照れたように頭を掻いたがすぐに穏やかな笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、()()さん。あの時、俺を見つけてくれて。そしてずっと守ってくれて」

 

 万感の想いを込めたその言葉こそが、日ノ宮一樹にとっての真実だった。

 そして黒歌は 目頭が熱くなるのを感じて顔を覆う。

 きっと真実を知れば拒絶され、憎まれると思っていた。しかし目の前の少年は全てを飲み干して感謝を言ったのだ。

 

「はは……なら、もっと早く、真実(ほんとう)のことを話してればよかったわね。勝手にこうなるって決めつけて。バカみたいだなぁ……」

 

「どうだろう。引き取ってくれたばかりの頃に聞いてたらきっと俺は姉さんたちを拒絶してたと思う。つい最近でもどうだったろうな。今回みたいに取っ捕まった俺を助けに来てくれたからこう思えるようになったのかも」

 

「そっか。なら、今日この話をしたのは間違ってなかったのね……」

 

 黒歌の負い目が全て無くなった訳ではない。

 全部が全部、解決したのでもない。

 だけど大事なのはそんなことではなく、傍に居てくれるという選択をしてくれたこと。それがどれ程の素晴らしい奇跡なのか。

 

 黒歌は一樹の頬に触れる。

 憑き物の落ちたような笑顔で。

 

「ありがとう、一樹」

 

 飢えていた自分たちを見つけてくれたこと。今日までのこと。

 今日までの全てを感謝の言葉に込めた。

 

「うん……」

 

 手が離れると一樹は笑って頷いた

 

「じゃあ、俺、もう寝るよ。さすがにこれ以上はキツイ。おやすみ、()さん」

 

「うん。おやすみなさい一樹」

 

 明日起きれっかなぁ、とぼやきながら自分の部屋に入って行く一樹。

 それを見届けてから大きく息を吐いて天井を見つめた。

 

「白音に全部譲っちゃうの、ちょっと惜しかったかなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドに座って震える白音を抱きしめながらアーシアはその頭を撫でていた。

 

「一樹さんのご両親はどのような方だったのですか?」

 

 アーシアが訊くと白音は僅かに肩を跳ねるが小さく話始める。

 

「いっくんのお父さんは、とても穏やかで、お母さんのほうに頭が上がらない人だったけど、私たちも邪見にしない人でした。お母さんのほうは、ハキハキしてて怒ると、怖かったけど、とても温かな人でした。いっくんは、顔も、性格もお母さん似で……どこにでもある普通の家族だったんです……」

 

 本当に、どこにでもいる普通の家族だった。

 つまらないかもしれないけど、とても尊い。そんな家庭。

 そんな家族を自分たちの所為で壊してしまったのだと白音は震える。

 

「わたしは、あのとき、なにもしなくて……」

 

 ノウマンが襲撃してきたとき、当時の白音が動いても結果は大きく違わなかっただろう。

 だが理屈ではないのだ。

 助けることも守ることも何1つしなかったという負い目が白音を蝕んでいた。

 

「大丈夫ですよ。一樹さんはきっとそのことでお2人を責めたりしません。だってこんなにも素敵な家族なんですから」

 

 涙を流す白音をアーシアは眠るまでずっと頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢のような浮遊感がありながら一樹は意識をはっきりと保っていた。

 見渡す限りの平原。

 蒼天の空かと撫でるように吹かれる風。

 ここで昼寝すればきっと気持ちいいだろうな、と思いながらも自分の身体が今は就寝していることを自覚する。

 

「ほう。今回は意識があるのか。俺のことが分かるか?」

 

「アンタは……」

 

 後ろから現れたのは見覚えのある男だった。

 オーフィスとノウマンに頭を弄られていた時に幻視した男

 多少形は異なるが、一樹にとって見慣れた鎧が装着された圧倒的な存在感を持つ彼は――――。

 

「カル、ナ……?」

 

「正確に言うならばその一部だがな。俺の魂魄の大半は我が父、スーリヤと共にある。ここに居る俺は、説明がし難いのだが、お前の鎧に宿った残滓のようなモノだ」

 

 一樹の胸を指さして淡々と事実を告げるカルナ。

 自身の胸を擦りながらも疑問を口にした。

 

「なぁ、俺は本当に……」

 

「そうだ。俺の――――そして父、スーリヤの血に連なる者だ。もっともそれも数千年前の話だが」

 

「数千年……」

 

 あまりにも想像しがたい年月に疑問を覚える。

 いくら神とはいえ、そこまで血というのは残る物なのだろうか?

 

「お前の疑問はもっともだ。確かに神の血といえど数千年という年月。人との交わりを続けていればその血は忘れられていくが必然。事実、同じ祖を持つお前の母は一樹のような力は持ち得ていなかった。まさに奇跡だったんだ。他に血の連なる者がいたとしても。並行世界で日ノ宮一樹という存在がいたとしても。お前のように力を発現できる程の血の濃さを持つ者は1割にも達しまい」

 

 そうかもしれない。そうであれば、一樹の母が死ぬこともなかったのかもしれない。また、親類で自分のような人間がいるとは聞いたことがない。

 

 

「如何な偶然か、お前は太陽神(スーリヤ)の血を色濃く宿しこの世に生を受けた。それを感じた父は歓喜し、お前の内側に自身の威光を宿した鎧を、俺という師事役を乗せた上で送った。お前が母の母体に宿った時にな」

 

「師事……」

 

 そこでようやく思い出す。

 何度も夢で目の前の男と対峙した。

 夢で見た回数の何倍も殺されたような気がするが。

 

「俺が出来ることはあくまでも夢界を通してお前に戦う術を教えることと、今回のようにお前の精神が破壊されようとする際に多少の防衛が出来る程度だが」

 

 そこで新たな疑問が生まれる。

 

「なら、なんで今まで俺はアンタを認識できなかったんだ?あ!兵藤も最初は力不足でドライグと話せなかったって言ってたし、そういうことかな?」

 

 地震で結論を出し、納得しようとした一樹をカルナはバッサリと否定する。

 

「それは一樹。お前自身が俺を拒絶していたからだ」

 

「はぁっ!?」

 

「お前は自身の中に居る俺という意識を疎ましく感じ、遠ざけたいと思っていた。いや、消してしまいたいと願っていた、という方が正確だろう。それが膜となり、俺の存在を知覚することを拒んだ。だがそれも致し方なくはある。自分の中に自身とは違う意識が存在するなど忌避感を抱くのは至極当然の感性だ」

 

 実は遠回しに非難しているのではないだろうかと疑ってしまうがその声はただ淡々と事実だけを述べているのだと実感する。

 

「よくもまぁ、自分を無視しようとしてる奴に師事しようなんて思ったな」

 

「当然だ。お前が俺を遠ざけようとすることと、俺がお前を鍛えることは全くの別問題だ。それにそうしたのもあくまでお前自身がこちらに関わり、戦う意思を持ってからだが」

 

 ならば戦う力は必要だろうと言う。まったく言っていることは間違ってないので言い返せないのだが。

 

「だが、今回の事でお前はようやく俺と向き合う意思が生まれたらしい。こうして俺と話せるようになったのがその証拠だ。ならば、お前の精神を守ったのも意味があったということだ」

 

 聞きようによっては皮肉を言っているように感じるだろうがこちらを貶める意図が感じられないから困る。もしかしたらカルナなりに称賛している節すらあるからどう反応すべきか迷うのだ。

 

 そこでカルナは空を見上げた。

 

「そろそろ眠りから覚めるようだ。さぁ、立つべき現実に戻るがいい。また、こうして話す機会もあるだろう」

 

 一方的に会話は打ち切られ、景色が一転して闇に変わる。

 

 落ちるような感覚を味わいながら、その夢から覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、アレだな。たまにはこうして両手に華も悪くないな」

 

「そんなイッセーさんみたいなことを……」

 

 一樹の言葉にアーシアは苦笑しながら答える。

 

 翌日、起きた一樹はアーシアが白音とともに朝食を作っているのに驚いたがま、いっかと特に何も訊かずに席に座った。

 

 それからアーシアも混じって登校を始める。

 少し違うのは白音がやや俯きがちだという点だが。

 

「そんなに長く休んでたわけじゃないと思うが、学校行くのも久しぶりな気がするな」

 

「はい!明日は学園祭ですし、今日の準備、頑張りましょう!」

 

「そっか。学園祭……ならがんばら――――――学園祭ッ!?」

 

 話をしながら学園祭とは何だったか?と頭で検索してヒットすると驚いたように声を上げる。

 

「え?明日学園祭?ホントに?うわ、俺発案者なのにほとんど手伝ってねぇ!当日丸1日店番か?」

 

「だ、大丈夫ですよ!事情は部長さんも知っておられますし。きっとそこら辺は考えてくれてるかと……」

 

「だといいけどな。あぁ、でもどっちみち今日の準備は頑張らねぇと」

 

「はい!頑張りましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あ、あ、アンタッ!?」

 

「オッス久しぶり。元気そうでなによりだ」

 

 駒王学園に着くとばったり会った藍華に指をさされて驚かれる。

 

「それはこっちの台詞!?アンタ大丈夫なの!?」

 

「見ての通りだ。ちょっと身体が痛ぇが、問題ねぇよ」

 

「問題ないって、アンタ……」

 

 藍華は目の前で抉られた首を見る。

 そこには傷跡1つ残っていない首がある。

 もしかしたら、アレは夢ではないかと思うほど。

 

 ただ、異性の友人が無事戻ってきたことが今は嬉しかった。

 

 肩を震わせてよかった、と口で繰り返す藍華の様子が珍しく、一樹は戸惑うことしか出来なかった訳だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか俺だけ仕事量がおかしくね?」

 

「仕方ないじゃない。貴方だけ今日まで準備が不参加だったんだから」

 

「ほら。僕たちも自分の所が終わったら手伝うから、頑張って!」

 

「おう、サンキュ!クソ!あの無脳ドラゴンの暴挙がこんなところにまで影響を……」

 

 学園祭での準備に追われながらもどこか楽しそうに作業する一樹。

 そんな中でリアスが近づいてくる。

 

「貴方は、何も言わないのね?」

 

「何がです?」

 

「昨日の話を聞いて、悪魔(私たち)に言いたいこともあるんじゃない?」

 

「やめてくださいよ、めんどくさい」

 

 昨日姉さんとも似たやり取りをしたなと思いながら苦笑して返す。

 

「ひとりが勝手にやったことで全体を恨むとか、苦手です。まぁ、あの話で悪魔に対する印象が多少悪くなったのは否定しませんが。それでも俺は悪魔を滅ぼしたいだとかは別に。まぁ、悪魔の駒はやっぱり反りが合わねぇ、と思いましたが」

 

「……いいのね?」

 

「俺も別に祐斗たちを悪魔だからってそれだけで敵視するような人間にはなりたくないんで。それより、おっさんの遺体は……?」

 

「バラド・バルルね。実は彼の遺体はレヴィアタンさまが引き取ったわ」

 

 思いもよらなかった名前に一樹は驚く。

 

「なんでも、ちょっと縁があるらしくて。故郷に埋葬するそうよ。お墓参りがしたいなら、ソーナを通して言ってくれれば大丈夫だと思うわ」

 

「そう、ですか……」

 

 縁、というのがどういうモノなのかは知らないが、故郷に埋葬するという話にホッと胸を撫で下ろす。

 

「一樹、ありがとう……」

 

 安心して作業に戻るとリアスが安堵したようにそう告げるとただ、ウッス、とだけ答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園祭の準備も終わって帰宅した後に一樹は白音の部屋に訪れた。

 

「白音、いいか?」

 

 しばしの沈黙の後にゆっくりとドアが開かれる。

 

「えっと……なに……?」

 

「少しな。いいか?」

 

 ドアを大きく開ける。入れという事だろう。

 昨日のアレから白音の態度が余所余所しい。黒歌みたいに突っ込んでくれれば対応しやすいのだが、怯えるような態度でこちらの顔色を窺われるのは居心地が悪い。

 

「明日、朝にオカ研の方のシフトが終われば暇だろ?一緒に回らねぇか?」

 

 一樹と白音は午前オカ研の出し物をやって昼から自由行動という事になっている。クラスの方も当日は人手が足りているため手伝いはお互いに必要ない。

 

「それは……いいの?」

 

「去年あんまり案内できなかったし。今年はちゃんとな。白音が嫌じゃなきゃ」

 

 ふるふると首を横に振る白音に一樹は安堵を覚える。

 それだけ話を済ませて一樹は白音の部屋から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園祭の開始して一樹は販売コーナーで会計をしていた。

 手作りの化粧水と焼き菓子の販売の他に占いとお祓いコーナー。そしてオカルト関係の資料閲覧が設けられている。我ながら節操のない店だなと全員で苦笑した。

 

 どちらもオカルト研究部のメンバーの手作りと銘打っているため、それなりに盛況だ。

 

「あ!木場くんのお菓子と化粧水をお願いします!」

 

「わ、私はリアスお姉さまのを……!」

 

「はい毎度ー」

 

 焼き菓子と化粧水にはオカルト研究部メンバーのブロマイドが付属されている。いらない場合は拒否できるが。それを目当てに何度も訪れる客もいるがおひとり様1つまで決められているので退散してもらっている。

 

「しっかしお前の商品売れねぇな。ブロマイドも受け取り拒否られたぞ」

 

「うっせぇよ!お前だって言うほど売れてねぇじゃねぇか!!」

 

「俺はお前に勝てるんなら下から2番目でいい」

 

「ぐぬぬ!」

 

 一誠の焼き菓子と化粧水はあまり売れていない。

 精々来た子供が菓子を買っていく程度で、ブロマイドもいらないと拒否された。

 一応、一樹も薦めてみたが、兵藤が作ったお菓子を食べたら妊娠しそう。化粧水を使ったら魅了とかされそうで使えないという意見が女子の間で囁かれており、男子からは言わずもがなである。乳龍帝の威光は人間界では通じないのだ。

 

 一樹のもそれほど売れていないが、学園に転入したばかりで知名度の低いレイヴェルとどっこいどっこいと言った感じだ。最下位になることはないだろう。

 

 後日、人気投票の結果発表もあるということで積極的に自分が好きな相手の品を購入してくる。

 まぁ、中には―――――。

 

 

「イッセーぇええええええっ!朱乃お姉さまの菓子をぉおおおおおっ!!」

 

「白音ちゃんの手作り焼き菓子!白音ちゃんのブロマイドォオオオオッ!!」

 

「お前の友達、気持ち悪いなぁ……」

 

「……否定できない」

 

 一部熱狂的な、というより松田と元浜に関してはブロマイドを渡して良いのだろうか、と思う。

 ちなみに一誠に金は倍払うから女子全員分のブロマイドをくれないかと交渉してくる変態2匹は丁重にお帰りいただいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行くか」

 

「……う、うん」

 

 パンフレットを見ながらどこへ行くか決める。

 

「先ず、兵藤のクラス行くか。藍華の奴がこの時間シフト入ってる筈だし。冷やかしにいこうな」

 

「冷やかしって……」

 

 一樹の言い方に僅かに笑顔が戻る。

 

「途中で屋台とかもあるから、何か買いたいもんとか有ったら言えな。今日は俺がおごってやっから」

 

「別に、いいよ」

 

「いいからいいから」

 

 強引に手を引いて白音は引き連れる。

 ちなみに、最初の目的地に着く前に6品もの食べ物を買うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

「つーわけで、冷やかしに来たぞ」

 

「追い出すわよ?」

 

 目的地にやって来た一樹は制服の上にエプロンを着て給仕をしている藍華に話しかける。

 特に切迫するほど忙しいわけではないようだが、暇するほど客がいない訳ではないらしい。

 

「冗談だ。見ての通り2名な」

 

「はいはい。あ、そうだ。割り勘なんてセコイこと言わないわよね?」

 

「分かってるよ!今日は俺のおごりだっての!」

 

「そう。良かったじゃない、白音」

 

「……はい」

 

 藍華は若干余所余所しい態度に違和感を覚えたが追及するのを止めた。

 注文をしてケーキと飲み物が置かれたトレイを持ってきてもらう。

 そこで気になったことを訊いた。

 

「そういえば、松田と元浜。あいつら朝は旧校舎(オカルト研究部)に来てさっきこっち来るときに見かけたけど仕事ないのか?」

 

「あいつらがここに居て客が寄り着くと思う?まぁ、昨日は馬車馬の如く働かせたけどね。外で問題を起こしても取り締まるのは生徒会と文化祭実行委員の仕事だし?」

 

「なるほど……」

 

 ようするにここに居ても邪魔になる可能性が高いから追い出したのか。そして後は巡回してる連中に押し付けようと。

 悪い笑みを浮かべる藍華に一樹は肩を竦めた。

 

「でも、そっちはさっき行ってみたけど思ったより地味っていうか。もっと派手なモノやるかと思ったけどね。オカルト研究部」

 

「それな。旧校舎って別館だろ?下手に向こうに客が集まると、色々と客の流れが悪くなるからって今回はあまり人が長居する類の催しは生徒会から控えるように言われたらしい。それと予算的な問題とか」

 

 オカルト研究部自体、表向き学校に大きく何かを貢献しているとは言い難く、多くの予算は割けないでいた。

 リアスが出資すれば資金面での問題は解決するだろうが去年のことがあり、支取会長から厳重にやめろと言われている。

 

「ごちそうさん」

 

「ごちそうさまでした」

 

 食べ終わると他の客の邪魔にならないように教室を出る。

 その際に藍華に耳打ちされた。

 

「なんか白音が元気ないみたいだけど、しっかりしなさいね」

 

「あぁ、そのためにな」

 

「なら良し」

 

 頑張んなさいと背中を押された。

 

 

 まだ顔を僅かに俯かせている白音の手を握る。

 

「次、行こう。てかそろそろ食いもん以外を見ような。さすがに腹膨れた」

 

「……うん」

 

 視線を合わせようとしない白音。

 

「姉さんにも言ったけどさ。あんまり自分を責めんなよな。俺も両親のことでとやかく言う気はねぇんだから」

 

「それは……」

 

「何度でも言うぞ。2人は悪くないんだ。だからそんな風に縮こまってる必要なんてないだろ」

 

 一樹の言葉に視線を上げると白音はあることに気付く。

 

「ねぇ、いっくん……」

 

「なんだ?」

 

「もしかして、背、伸びた?」

 

「そうか?頻繁に測ってるわけじゃねぇからわかんねぇけどそう感じるのか?」

 

「うん。前より少しだけ高くなってる気がする」

 

 白音の言葉に一樹は笑う。

 

「そっか。ついに姉さんの身長越えたかな?」

 

「どうだろう?でも、このまま伸びたらきっと」

 

 一樹はこれまで身長が黒歌より若干低いくらいだった。黒歌の身長を越すのがひとつの目標にもなっていたのだ。

 よーしよし!と嬉しそうにする一樹に、白音も釣られて笑った。

 

 

 

 

 それから、硬さが取れたように白音も調子を取り戻す。

 食べて、遊んで、はしゃいで。

 

 手作りのアクセサリーで猫を模った髪留めをプレゼントすると本当に嬉しそうに微笑んだ。

 ちゃんと、平和な日常を歩いていけるのだ。

 

 

 

 学園祭も終わりに差し掛かり屋上からキャンプファイヤーを見下ろしていた。

 

「こっちの世界に関わってからさ」

 

 一樹が話始める。

 

「色々とヤバいのと戦ったり強くなったり。それを楽しいとか嬉しいとか少し思うようになったけど。やっぱりこういう時間が1番落ち着くんだなって思う」

 

 学園で仲間と行動してバカやって笑って。そういう時間を一樹は尊く感じていた。それは、あの研究所から生きて脱出できたからこそ余計に。

 

「捕まってたときは周りに虚勢を張るので精一杯でさ。白音たちが助けに来てくれて嬉しかったんだ。助かったという安堵よりも、助けに来てくれたことこそが」

 

 自分にはそういう人たちがいるんだと、そのことが大きく救いになった。

 そして、自分を叱ってくれる仲間が居ることも。

 

「なぁ、白音。俺さ……捕まってた時に無性に白音に会いたいなって思ったんだ。誰よりも……」

 

 きっとこの気持ちは突然生まれたモノじゃなかった。

 日々用意される食事とか。

 ほつれた服が直ってたりとか。

 そういう自分のためにしてくれた日々の行為が積み重なっていつの間にか大切な存在になってた。

 それをようやく認めて、胸を張って言える。

 

「俺は、白音が好きだよ」

 

「…………」

 

 一樹の告白に何も言わず、ただ口を結んで一樹を見ている。

 

「答えは、今じゃなくていいから。白音はさ……俺の両親のこととか色々と整理が付いたら答えてくれればいい」

 

 今の白音に答えを出せというのは酷だろうと思い、そう締めた。

 じゃ、下に戻るか、と屋上から校舎に戻ろうとすると白音が一樹の手を掴む。

 

「……本当に、私でいいの?」

 

「白音が良いんだよ。言っとくけど、こんなこと嘘や冗談で言えねぇんだからな!」

 

 さっきの自分の言葉に一樹の顔が赤くなって顔を逸らした。

 白音は、一樹の手を握り、下を向いたまま話始める。

 

「わたし、ずっといっくんのためになにかしなきゃって思ってた。私たちの、私が何もしなかったせいでいっくんがずっと酷い目に遭ってて」

 

「そういう風には考えて欲しくねぇんだけどな」

 

「うん、でも……一緒に暮らして。私が作ったご飯を美味しいって言ってくれて。ほかにも、たくさん喜んで、笑ってくれて……」

 

 最初は確かに贖罪の意識だった。でもいつの間にか純粋に目の前の少年に喜んでほしいと思うようになった。

 それも家族としての情だと思っていた。

 でも一樹が修学旅行以降帰って来なくて、それが別種のモノだとアーシアたちの助けを借りて自覚した。

 1番、傍に居て欲しい人なのだと。

 

 本当に、もう赦されて良いのだろうか?

 素直になって良いのだろうか?

 

 透明な雫が屋上の床を濡らした。

 

「いっくん。私も、いっくんが、好き、です……貴方が……貴方を……」

 

 か細い声。

 本当に良いのかと不安な声。

 一樹はそんな心配は必要ないんだと言うように抱き寄せる。

 胸に埋まり心を落ち着かせた。

 

 どちらからだったのか。互いに顔を近づける。

 

 唇が、重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いわよ!片付けの少し前には戻りなさいって言ったでしょう!?」

 

「すんません……すぐに片付け始めます」

 

 白音の手を放して片付け作業に入る。

 その名残惜しそうな白音の表情に朱乃はからかうように言う。

 

「あらあら。そう言えば随分と仲良さ気に帰ってきましたが、告白でもしましたのかしら?」

 

 朱乃の言葉に全員が2人に注目する。顔を赤くする白音と少し考える素振りをして一樹が答えた。

 

「えぇ。俺ら、今日から付き合うことにしたんで」

 

 そうあっさりと。

 

 

『………………………はいぃいいっ!?』

 

 一樹の答えに全員の声がひとつになった。

 最初に回復したのはアザゼルだった。

 

「おいおいおい!いったい何時そんなことになった!!」

 

「ついさっきです。告白してOK貰いました」

 

「わーわー!!白音ちゃんおめでとうございます!!」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

「今更といえば今更な気がするがおめでとう」

 

「そ、そうね!一樹くんがあっさりしてるから理解するのに時間がかかったわ」

 

「こういうイベントごとではカップルの成立は多いと聞きましたが……」

 

「教え子が……教え子が恋人同士に……うう……私なんて……私なんて……」

 

「おめでとう、一樹くん、白音ちゃん」

 

「ビックリですよぉおおおおっ!?」

 

「あらあら。先を越されてしまいましたわね」

 

「クッ。そんなおいしい場面を見逃すだなんて……不覚だわ!」

 

「なんでだ!なんで日ノ宮ばっかり進展すんだよぉおおおおっ!?」

 

 それぞれが好き勝手言う中、アザゼルが手を叩く。

 

「お前ら!片付けは明日に回しだ!どうせ本格的な方付けは明日だからな、かまわん!今はこいつらに訊きたいことを訊け!質問しろ!イジリ倒せェエエエッ!!」

 

『おぉおおおおおおおおおっ!?』

 

 

 訳の分からないテンションで咆哮を上げる部員たち。

 この後、いつの間にか来ていた藍華、松田、元浜も加わり、宴会騒ぎを夜中まで続けることなった。

 

 

 こうして、駒王学園の学園祭は終わりを迎えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次話からはしばらくこの作品は1話か2話で終わる日常編を投稿します。

ようやく学園祭も終わり。長かったです。

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