猫上家のマンションに戻って来た一行は各自負った傷の応急処置をしていた。特に骨を折られたイリナはこっちへ向かっているアーシア待ちで腕を吊るしていた。
「だぁもう!!あのアホドラゴン!私の可愛い妹の顔に傷が残ったらどうしてくれんのよ!」
白音の頭に包帯を巻きながら愚痴る黒歌。
そんな黒歌にロスヴァイセが問う。
「その……一樹くんは放って置いても大丈夫なんですか?」
「怪我は完治してるし。幼児じゃないんだから大丈夫でしょ」
「いえ、そういうことではなく……」
バラド・バルルの遺体にロスヴァイセが魔術で防腐などの処置を施して助けに来てくれたことに礼を言って頭を下げると部屋に運び、出てきていない。
あの2人がどのような関係だったのかは詳しく知らないが、このまま放っておいていいのかと訊いているのだ。
「分かってるわよ。でも私より適任がいるでしょ?」
そう言って手当ての終えた妹の頭に手を置く。
「ほら、行ってきなさい。2人っきりで話せるチャンスよ」
背中を押して催促すると白音は頷いて一樹の部屋へと向かった。
バラドの遺体をベッドの上に乗せて床に座っている一樹は何をするでもなくその亡骸に視線を向けていた。
「勝手に借りを作って逝きやがってまぁ……アンタは、本当にそれで良かったのかよ。出会ったばかりのクソガキを守って死んで。それで満足だったのか……」
一樹自身、バラドのことはほとんど知らないに等しいし、向こうだって一樹について知ってることなど微々たるものだった筈だ。
なのにどうして、身を挺して助けてくれたのか。
「訳わかんねぇよ……」
顔を伏せていると部屋のドアから小さなノックが聞こえて、数秒の真を置いて開く。
「いっくん……」
入ってきた白音に一瞬だけ目を向けたがすぐに視線を戻した。
そんな一樹の態度に何も言わずに寄り添うように隣に座る。
2とも口を開かず僅かばかりの静寂が流れる。
その沈黙を破ったのは一樹だった。
「なんつーかさ。バカなことを考えてたんだ。部長に頼んでおっさんを生き返らせてもらえないかとかそんなこと。ほら、悪魔の駒を使ってさ」
直接見た訳ではないが、祐斗、一誠、アーシアは悪魔の駒で転生することで生き返ったと聞いたことがある。今からこっちに向かってきているのなら―――と考えてしまった。
転生による蘇生が純血の悪魔でも可能なのかは知らないが。
一樹自身、一度命を失えばそこまでだと思ってるし、悪魔の駒で生き返らせてもらおうとは思わない。
「それでもって考えちまった。生き返らせてほしいって。そんな身勝手なことを」
自分の都合で誰かを生き死にを勝手に弄ぶ。その考えに反吐が出る思いなのに、蘇生してほしいと思ったのだ。
それとも、蘇生させないと決めることが恩を仇で返しているのか。
馬鹿な悩みだと思う。
きっと死んだ者が生き返るのは嬉しいことの筈なのに最後の一線だけは越えられずにぐだぐだと悩んでいるのだ。
たが死人が簡単に蘇る。それが一樹の中で拭えない嫌悪感となっていた。
顔を伏せている一樹に白音は黙って立ち上がりにベッドで眠るバラドの遺体に手を合わせた。
一樹に背を向けたまま白音はポツリと話始めた。
「いっくんの葛藤はきっと間違ってないと思う。誰だって身近な人を失えば取り戻したいって思うのは当然。でも―――」
死者は蘇らない。過去も変えられない。それは誰にとっても平等なルールだ。それをあっさりと覆されたら何を信じて生きていけばいいのか。
そういう意味では白音もまた悪魔の駒に対して否定的な考えを持っていた
「どんなに惜しくても、いっくんの中に越えられない一線が有るんでしょう?」
「……そうだな」
死者を自分の都合で生き返るのは何処か歪さを感じる。
生きていて欲しかったという思いは消えないが、それでもこの事実をいつかキチンと受け止められるようになりたい。
一樹はバラドの手を握ってる。
「ありがとうな、おっさん。アンタのおかげで、白音たちのところに帰れた。本当にありがとうな」
バラドが死んだときは彼の子供のフリをして看取ったが、今は日ノ宮一樹として心から感謝を伝えた。
その目から、一筋だけ涙が頬を伝う。
そうしている内にインターホンが鳴った。
「部長たちだと思う。連絡を入れたらすぐに来るって言ってたし」
「あ、そっか。祐斗たちにも心配かけたみたいだしな。ちゃんと謝らないとな」
勝手な行動を取って勝手に捕まったなど、笑えない失態である。
自分の行動を思い返して恥ずかしさから嘆息した。
そこであることを思い返した。
「なぁ、白音、こっちに戻る寸前に会ったあの悪魔。2人とも知ってたみたいだけど、どういう―――」
間柄と訊こうとすると、すぐさまドンドンとドアを叩く音がした。
「つーかドアをドンドン叩くなよ、近所迷惑だろうが!」
苛ついた感じで部屋を出て行く一樹に、白音は先程の質問を最後まで聞かなかったことへの安堵ともう隠し通せないことへの恐怖で身を震わせた。
「よぉ……」
一樹が玄関から出迎えると一樹は軽く手を挙げる。
「お、お、お、お、お、おまえっ!?」
「まぁ、白音たちのおかげで何とか無事戻ってこれたよ。あ~悪い。そっちにも心配かけたな」
祐斗たちの姿を見て若干バツが悪そうに頬を掻く。
「とりあえず、上がってくれ。色々と話さなきゃいけないこともあんだろ」
リビングまで案内すると皆が大なり小なり怪我をしており、特に視線が集まったのはイリナの骨折だろう。
それを見たアーシアがすぐに慌てた様子で治療に入った。
リアスたちが揃うとアザゼルが口を開いた。
「サーゼクスから聞いたぜ。サイラオーグ・バアルとの試合、なんとか制したってな」
アザゼルが言うと、それを知らなかった面々はそれぞれ驚きの表情をする。
それを誇る様子もなく、リアスは肯定した。
「内容としては際どかったし、向こうはまだ余力を残していたわ。
サイラオーグが一誠との闘いに拘っていなければ敗けていた。胸を張って勝利を自慢する気にはなれなかった。
そう話していると祐斗が思い出したかのように一樹の肩を掴んだ。
「?なんだよ……」
「一樹くん。ちょっと歯を喰い縛ろうか」
「は?」
なんで?と訊く前に祐斗の拳が一樹の頬に突き刺さった。
一樹はバランスを崩し、一緒に来ていたレイヴェルから小さな悲鳴が上がった。
「なにすんだいきなり!?」
訴える一樹を無視して一誠にバトンタッチする。
「勝手な行動を取ってバカみたいに捕まってんじゃねぇよ!」
今度は一誠が一樹の頬に腹を殴る。
くの字に体を曲げるとゼノヴィアが入れ替わる。
「私たちがどれだけ気を揉んだと思ってる。少しは反省しろ!」
顎にゼノヴィアの掌底を食らわされた。
「もう少し行動を自重してくださいね?」
祐斗が殴ったのとは反対の頬を朱乃が平手打ちをし、最後にリアスが前に立った。
「ふっ!!」
一息と共に放たれた正拳が一樹の鼻っ面に直撃し、壁に顔から激突する。
周りがうわぁ、と口を引き攣らせているとリアスが髪を掻き上げた。
「壁の修理費は後日請求してちょうだい」
「だいじょーぶー。一樹くん」
「……」
心配するイリナの声に反応せずにゴロンと仰向けになる。
なんで仲間と再会して即座に手が出されたのか?
考えようとしたが面倒になって即座に止めた。嘆息して上半身を起こす。
座ったまま仁王立ちしているリアスを見上げると怒ってますと言った感じでリアスが口を開く。
「一応事情はある程度聞いてるわ。貴方には貴方の考えがあったのだろうし、お友達が
リアスたちが怒っているのは一樹の説明不足についてだ。
修学旅行での話しぶりを聞くに、京都の妖怪が気に入らないから九尾奪還にも行きたくないと駄々をこねているような言い草。
知人に会いに行くという話も嘘ではないが大事な部分は全く説明していない。
結果的に一樹が単独行動を取ったことでオーフィスというイレギュラーを引き付ける結果となったがそんなものは結果論だ。
つまりリアスたちが1番怒っているのは一樹が周りを全く信用していないという事実。
話し辛いのは分かるが、それでも話してほしかった。
相談もせずに勝手に決めて死ぬかもしれない状況へと追いつめられて。
日ノ宮一樹は確かにリアス・グレモリーの眷属ではないが仲間である。
しかしこれではそう思っていたのがこちらだけではないか。
「話したら、私がそれを何かに利用するかと思った?それとも、諦めてさっさと殺せとでも指示するとでも思ったのかしら?」
話しているうちに苛立ちが募る。
少なくとも大事な後輩の友人をテロリストだから殺せなどと言うつもりはない。
修学旅行の時も喧嘩腰で対応する必要はどこにも無い。
こちらを一方的に信用せずに勝手に暴走した。あの時点で話したからと言って劇的に事態が好転したとも考えにくいがそれはそれ。これはこれだ。
捲し立てるリアスに唖然としている一樹。
言われたことが上手く理解出来ていない様子の一樹に祐斗が前に出た。
「そんな風になにも言ってくれないと、こっちも君を頼ることが出来ないじゃないか」
友達として力になりたい。
だから話してほしい。
一方的に問題解決に力を貸してもらうのは友達と言えるのか。
全て、でなくとも一緒に考えることくらいは出来るのだから。
「あ……」
以前、下級のはぐれ悪魔の討伐を行った時にもしどちらかが間違えたらもう片方がそれを止めようと約束した。
信じず、拒絶し、暴走した。
止められなかったが釘は刺して置く。
今回のこれはつまりそういうことで。
リアスが尻もちをついている一樹の肩に手を置いて安堵の笑みを浮かべた。
「なにはともあれ。無事で良かったわ……」
「―――――」
目頭が熱くなった。
修学旅行の時はとにかくアムリタのことで頭がいっぱいだった。
ただ自分で解決しなければいけないと思い込んでいた。
その苛立ちを無意識に周りにぶつけて、独りで背負い込んでいる気になって。
その所為で仲間を危険な目に遭わせて。
情けなくて。
恥ずかしくて。
不信が申し訳なくて。
何より、こうしてまたここに戻ってこれたのが堪らなく嬉しいと感じた。
いつの間にか涙が零れ落ちている。
一樹はゆっくりと頭を下げた。
今までの自分の間違いを1つ1つやり直すように。
「グレートレッドの封印。オーフィスがそれを画策している。その鍵を握るのが一樹、ね。俄かに信じがたい話だわ」
これまでのことを説明を聞いたリアスが顎に触れて考える。そしてもっとも無限の龍神に近い存在であるドライグに問うた。
「ドライグ。貴方の意見は?」
『何とも言えんな。グレートレッドと同等の存在であるオーフィスだからこそ何らかの確信を持ったのかもしれんが。俺個人としては人間に限らず一個の存在が夢幻を封じる可能性があるとは思えん』
「そうよね。私も同意見だわ」
以前と同じ回答をするドライグの話を聞いてリアスも納得し、息を吐いた。
「カルナにアルジュナの子孫にオーフィスに狙われるとか。貴方ひとりで随分と問題が山盛りね」
「……アムリタの件はともかくとして。あの無脳ドラゴンは俺の所為じゃないでしょうが」
ヤサぐれたようにそっぽを向く一樹に肩を竦めてロスヴァイセたちに質問した。
「オーフィスと対峙した貴女たちには無限の龍神はどう見えたのかしら」
「そうですね。私の意見としては見た目相応か、それ以上に幼い精神を感じました」
「純粋、と言えるのかもしれませんが。それ故に善悪の判断が無く、危険性があります。目的に対して一途だからこそ話し合いは難しいでしょう」
イリナとロスヴァイセの意見を聞いてリアスはそう、とだけ呟いた。
「アザゼル。オーフィスはしばらく動けないのよね?」
「たぶんな。うちの施設を1つ潰して作った奴専用の監獄だ。少なくとも年明けまでは出てこれない筈だ、と思う」
最後の方が自信無さげなのはそれだけオーフィスの力が未知数であるためだ。そんなアザゼルに黒歌が呆れたように呟く。
「施設1つ潰してドラゴン1匹を数カ月の監禁が精々。なんとも割に合わないわねー」
「仕方ねぇだろ。それだけあのバケモンが規格外ってこった」
アザゼルも疲れたように言う。
施設を1つ潰したことへの損害で頭が痛いらしい。
そこでアーシアが独り言を呟く。
「でも、あのオーフィスって子。どうにかして禍の団を辞めさせられないでしょうか」
「どういう意味だ?」
「その……あの子が居なければ禍の団も大きなことは出来ないと思いますし。それに故郷に帰りたいというだけのドラゴンならどうにかして話せそうかなって思――――」
「ざけんな……っ!!」
アーシアの発言に一樹は持っていたコップを握力で壊し、中が床にぶちまける。
発せられた声音には隠しようもない怒りが込められていた。
「俺は、あんな奴と仲良しこよしだなんて反吐が出る。アイツの所為で藍華たちだって殺されそうになった。それにおっさんだってアイツに……」
苛立ちを隠そうともしない一樹に一誠が声を上げる。
「おい!アーシアに当たることないだろ!!」
しかしそれにアーシアが手で制して一樹に頭を下げた。
「その、ごめんなさい。無神経でした……」
「……いや、俺も言い方がきつかったな。悪い。だけど、俺はオーフィスと和解なんて御免だ」
バラドの死因は一樹にも責任はあるが、それでも殺したのはオーフィスだ。既に彼の中ではオーフィスは絶対に許すことのできない相手だった。敵う敵わないは置いておいて。
一樹に続いてアザゼルも言う。
「前にも言ったように各勢力でオーフィス憎しの風潮は高まっている。それにオーフィスと何らかの取引を持ちかけるなら間違いなく一樹の身柄を要求されるだろう。それを破ろうものなら力づくで、だろうな。長く生きているくせにどうにも奴は頭を使う気はないらしい。つまり、あいつと仲良くなりたいなら一樹を差し出すってことだ。お前だってそんなことを望んでいるわけじゃないだろ?最低でもあいつがグレートレッドを諦めない限りはな」
アーシアからすれば出来る限り争いを回避したいという意味での発言だったのだが予想以上に反対されて落ち込んでいる。
そんな中でイリナがおずおずと発言した。
「あの……無限のこともそうですけど、最後に現れたあの男の人は……」
「誰のことかしら?」
「はい。その……ギニア・ノウマン。一樹くんのご両親を殺した悪魔だって……」
躊躇いがちにいうイリナに皆が驚いた様子を見せる。そしてロスヴァイセが話を続けた。
「そして、彼は黒歌さんたちとも関わりの有る悪魔のようです」
「どういうことかしら?」
「それは―――――」
アザゼルが何か言おうとしたが黒歌が肩を掴んで制した。
「……いいのか?」
「ここまで来たらね。それにもう隠し通せる段階じゃないでしょ。特に、一樹には」
「姉さま……」
咎めるように。縋るように自分を見る妹に黒歌は首を小さく横に振った。
リアスが口を挟む。
「気にはなるのだけれど、それは私たちが聞いていい話かしら?」
「アイツがちょっかいをかけてくるなら情報は共有しておくべきでしょ。私たちがいる以上、遅かれ早かれ動いていたと思うし。一樹。アンタに話さなきゃいけないことよ。7年前のあの火事の真相。私たちが本当に出会った時のことを」
「なにを言って―――――」
辛そうな表情。しかし決意した瞳で黒歌は真っ直ぐと血の繋がらない弟を見据えた。
「私たちはあくまで私たちの視点でしか話せないのだけれど……」
そう前置きして黒歌は自身の過去を語り始めた。
その結果、今の家族がバラバラになる可能性を察していながら。