太陽の種と白猫の誓い   作:赤いUFO

90 / 122
86話:真実の手前

 その存在が現れたことでその場にいる全員の警戒が一気に高まった。

 ゆったりとした動作で少女は殺気も悪意もなく距離を縮める。

 

「太陽……こっちに戻る」

 

「……誰が戻るか!またテメェらに頭掻き回されろってか?冗談じゃねぇよ!」

 

 嫌悪感たっぷりに吐き捨てる一樹にオーフィスは僅かに眼を細めた。

 

「なら、我の言うことに従う。そうすれば、悪いようにはしない」

 

「ハッ!もう悪いようにしててよくそんなことが言えるな!」

 

 2人の言い合いにアザゼルが割って入る。

 

「オーフィス。何故お前が一樹を狙う?確かに希少価値はあるだろうがお前が狙うほどの価値がこいつにあるとは思えねぇんだが」

 

「我、グレートレッドを次元の狭間から追い出し、帰還する。その為に太陽の力が要る。グレートレッドを封印するために」

 

 オーフィスの言葉に誰もが驚きの表情に変わる。

 その中でアザゼルだけは鼻で笑った。

 

「人間の一樹に夢幻を封印するだけの力が有るってか?オーフィスお前、どこまで耄碌した?」

 

 アザゼルの反応も間違っていない。

 目の前にいる無限すら凌駕すると言われる赤龍神帝。それを多少特殊な力が有るとはいえ人間の子供が封印できるなどと誰が信じるだろう?

 それとも――――。

 

「もしくは狙いは一樹の鎧か」

 

 太陽と言った。ならば狙いは一樹の中にある鎧なのではないかという回答も自然だろう。しかしオーフィスは首を横に振った。

 

「それもいる。でも1番重要なのはその血と魂。それを押し上げることで門は開く」

 

「門、ねぇ……」

 

 オーフィスの言うことはどうにも要領を得ないがアレなりに理屈が通っているのだろう。

 だからと言って一樹をいまさら渡す気はないが。

 

「まぁ、なんにせよ一樹は返してもらうぜ。こいつが居ねぇとうちのモンが機嫌悪くなるし、お前のトコに置いても碌なことにならなそうだからな!」

 

 アザゼルは人工神器の槍を構える。

 殺すのは不可能だが逃げるだけなら手がないわけじゃない。その為の準備もしてきた。

 しかしそこからオーフィスからとんでもない発言が飛び出した。

 

「なら、我がそちらに行けば問題ない」

 

「どういうつもりだ?」

 

「我には太陽の力が必要。だからついて行く」

 

 シンプルな答えだった。

 禍の団より一樹個人のほうが目的を達せられそうだからこちらに付く。

 確かにそうなれば禍の団は大きく弱体化し、叩き潰しやすくなるだろう。そう考えれば一見メリットしかないように感じる。

 だが―――――。

 

「お生憎とな。お前を引き込んでも面倒が増えるだけだ。悪いがお前を受け入れることは俺個人として神の子を見張る者としても頷けねぇなぁ!」

 

「なぜ?我が居れば蛇、手に入る。そちらに悪いことはない筈」

 

「お前が自分のしたことが分かってねぇからさ。要するにな……お前は全く信じられねぇんだよ!」

 

 禍の団のトップであるオーフィスを無条件で受け入れるとあっては今まで被害に遭った者たちが納得しないだろう。

 そうなれば堕天使だけでなく三大勢力そのものが各勢力に袋叩き似合う可能性が高い。

 最早それだけの被害が出たのだ。

 それに、そんな簡単に陣営を変えようとする者をどうして信じられるだろう。

 今はオーフィスの中で日ノ宮一樹という得はあるかもしれないが、それ以上に自分に有益な組織が現れればあっさりとこっちを切る可能性が高い。それも一切の悪意なく。

 禍の団からこちらに来ようとしたように、何の後悔も後腐れもなく見捨てるのだ。

 そんな奴をどう信じればいい?

 

 そもそもの話としてグレートレッドを次元の狭間から押し退けて封印するという行為自体その後の世界がどうなるか不明なのだ。そんなことはオーフィス以外誰も望んでいない。

 

「解ってるのか?グレートレッドを次元の狭間から追いやれば、その後世界の在り方がどうなるのかすら誰も解ってねぇんだぞ!まさか、お前がグレートレッドの代わりに世界を支えてくれるってのか?」

 

「何故?我はグレートレッドとは違う。我の望みは次元の狭間への帰還と永遠の静寂。それが叶えば我はもうあらゆる世界に関与しない」

 

「つまりやることやったら全部知らんぷりってか。それで世界のバランスが崩れて崩壊しようが知らぬ存ぜぬか。良いご身分だよ。お前を討つ理由はそれだけで充分だ!」

 

 

 人口神器の鎧を纏い、アザゼルは殺気を迸らせる。

 これは危険だ。何の悪意もなく世界すら踏み潰す暴威。

 純粋、と言えば純粋だろう。だが知性のない強大な力は惨劇しか引き起こさない。

 これまではあらゆることに無関心だったからこそ無害でいたが、これからはそうではないのだ。

 

「悪いな、勝手に敵対しちまって……いざとなったらお前らだけでも逃げろ!責任取って殿くらいは務めてやる」

 

 アザゼルの指示に黒歌は巻物を広げて溜息を吐く。

 

「な~にカッコつけてるのよ!そんなの不可能だってわかってるでしょ?だから、大急ぎで対策も練ったんじゃない。ま、でもアレに一樹を差し出さない選択をしたのは褒めてあげる」

 

「そりゃどうも。つかお前、もし俺がビビって一樹を見捨てたら俺を後ろから殺す気満々だったろ」

 

「言ったでしょ?私にも優先順位があるって」

 

「頼もしい部下だぜチクショー……」

 

 軽口を叩きながら指示を出す。

 

「一応この場を切り抜ける手は用意してある。その為に黒歌を5分だけ防衛しろ。オーフィス相手じゃそれも蜘蛛の糸を渡る難易度だと思え。で?バラドつったか?お前さんもこっち側でいいんだよな」

 

 当てにして良いのかと問うアザゼルにバラドは肩を竦めた。

 

「仕方ねぇだろうよ。今更戻れねぇし、戻るつもりもねぇよ。ま、堕天使総督と肩を並べるってのも不思議なもんだがな。長生きはするもんだ」

 

 冷や汗を流しながら冗談交じりに話すバラドに少しだけ空気が弛緩する。

 一樹が前に出た。

 

「壁役はこっちでやるわ。どっちみちあの無脳ドラゴンは俺を狙ってるわけだしな!」

 

 修学旅行で増えた鎧を全て具現化しした。

 それを見た周りは驚きの表情をする。

 

「うわ!なんかすごい豪華になった……」

 

 イリナの呟きに一樹は顔を顰める。

 

「鎧が増えてなけりゃ修学旅行で消し飛ばされてたさ。もっとも手も足も出なかったことには変わりないがな」

 

「うーん。でもイッセーくんもすごくパワーアップしちゃったし、なんかどんどん離されてる気分」

 

 そんなことを言っている間に白音は自分の中に居る又旅から話しかけられた。

 

『白音。無限龍を相手に素のままの貴女では抗うことは難しい。私の力の一部をあなたに貸し与えます。ですが、短い間とはいえ今の貴女ではその負担は相当なモノになるでしょう。覚悟を決めてください』

 

(はい。ここで役に立てないなら意味がありません!出来る全てを出し尽くします!すみませんが、細かな調整はそちらでお願いします)

 

『その願い、承りました』

 

「白音……?」

 

 一樹が呼ぶが白音は答えない。

 ただ、小さく唸るような声を出していると体蒼白い闘気が膜のように覆われていく。

 

 その密度と膨大さにアザゼルは眼を細めた。

 

「話には聞いていたが、それが又旅を取り込んだ結果か?」

 

「はい……。と言ってもまだ全然使いこなせてなくて、今も最低限力を貸してもらってるだけですが」

 

 こうして又旅の力を自身に付与してその膨大な気に身体に痛みが走る。

 それでも研ぎ澄まされた感覚と底上げされた力は絶大だった。

 

「行くぞっ!!」

 

 アザゼルの合図に先ず動いたのは白音だった。

 地を蹴るだけで窪みができ、爆発的な加速で接近する。そして背後に回ると闘気で一回り巨大化された腕を振るう。

 しかしその攻撃を避けることもせずにまるで虫を払うような動作で闘気を掻き消した。

 

「っ!?」

 

「又旅……我も知ってる。アレを内に宿した猫又、初めて見た。おまえも我の所に来る?」

 

「誰がっ!?」

 

 反対の腕で攻撃をしようとするとその前に腕を掴まれて投げ飛ばされた。

 

「なら、消える。我には特に必要ない」

 

 ドラゴンのオーラが集められて行く中で別方向から無数の魔力の線が落ちる。

 ロスヴァイセが放った魔術は全てオーフィスに命中した。だがその攻撃を喰らっても身動ぎ一つさえしなかった。

 

「そんなっ!?」

 

 広さがあるとはいえ室内ということで派手さはないがかなりの威力のある魔術だった筈。それを受けて気にも留めない異常にロスヴァイセは戦慄した。

 

 次に左右からアザゼルとバラドが互いの獲物を持って襲いかかる。

 

「シッ!!」

 

 バラドの斧がオーフィスの首を捉え、アザゼルが胸を穿つ。

 しかしバラドの斧はその薄皮一枚通さずに首で動きが停止し、アザゼルの槍はその手の平で受け止めた。

 

「お前たちでは我を傷付けられない」

 

 そのままアザゼルへと放たれた砲撃で大きく吹き飛ばされ、斧を握力で破壊してバラドを殴り飛ばす。

 無様に地面に転がると倒れたままバラドはオーフィスを見た。

 

「さすが最強ってか?まるで赤子みてぇに……」

 

 

 バラドとて数百年単位で武を磨き、修羅場を潜ってきた猛者である。

 一時には悪鬼となり多くの屍を築いた彼が子供扱い。それも本当に子供の様な姿をしたドラゴンにだ。

 

 プライドが傷つかなかったと言えば嘘になる。

 だがそれ以上にたったこれだけの攻防でこの場をどうにかできるヴィジョンがまるで思い描けない。

 

 歩きながらバラドに近づき握られた拳が振るわれようとしている。

 

「させないったらっ!!」

 

 聖剣を鞭状に変化させてオーフィスの腕を巻き付け、反対の腕をロスヴァイセが魔術で拘束する。

 その小さな抵抗に首を傾げた。

 

「我に勝てないと何故理解できない?」

 

「この場で勝つ必要はありません!敗けなければいいのです!!」

 

「それにほら、油断してると怖いお兄さんに襲われるわよ!」

 

 オーフィスの体に影が差す。

 

「だぁああああああっ!!」

 

 上から押し潰すように一樹はオーフィスに圧し掛かった。

 その際に人差し指と中指をその小さく開いた口の中に捩じ込む。

 

「?」

 

「お前……修学旅行の時は目ん玉抉っても平然としてたよな。でさ。ここに捕まってる最中にどうしたらお前を倒せるか俺なりに考えてみたんだよ」

 

 生半可なダメージではうんともすんとも言わないのは理解した。ならば―――――。

 

「このまま口から胃と肺を焼いても平気なのか試してみるか!」

 

「!?」

 

 容赦などしない。元よりそんな余裕はない。

 

「焼け、(アグニ)よ……!」

 

 前言通り自身の指から発せられる炎をオーフィスの口から体の中に流し込む。

 見た目幼い少女の体内に火炎放射器をぶちまける鬼畜外道の所業。

 それを躊躇うことなく一樹は実行した。

 自分の力を通してオーフィスの内部が焼いているのを感じる。

 だがそれも数秒オーフィスはバタバタと手足を動かしていたが一樹の腕を払うと脇腹に拳を叩き込んで遠くに殴り飛ばした。

 

 壁に激突する瞬間にバラドがクッションになり、代わりに壁に激突する。

 

「おっさん!?」

 

「クソが。男を上に乗せる趣味はねぇってのに!」

 

 ペッと血の混じった唾液を飛ばした。

 

「それにしても口から体の内側を焼くとか結構エゲツないこと考えんなお前。ドン引きだよ.ドSにも程があんぞ」

 

「うっせ!他の奴ならやるか!それぐらいやんねぇとどうにもならねぇだろうが!!」

 

 見てみるとオーフィスはその場に座り込んでケホケホと口元を手で覆って小さく咳をしている。

 少しの間なら動けなくなるのではないかと期待したが想像以上にデタラメな生き物らしい。

 

 オーフィスはこちらに視線を向けて綺麗な形の眉を歪めている。もしかしたら睨んでいるのかもしれない。

 

「少し、痛かった」

 

「そうかよ。ならこのまま縁でも切れてしまえ」

 

 関われば関わるほど傍に居て欲しくない相手だなと殴られた脇腹の折れた骨を押さえている。

 いつもの如く自然治癒するだろうがそれでも数分かかるだろう。

 

「だから、我も少し本気になる」

 

 瞬間、オーフィスが消えた。

 修学旅行の時と同じ、こちらが視認できない速度で動いている。

 一樹と顔の位置が同じになる高さで目の前に現れたオーフィスが拳を振るう。両の腕を交差させて防ぐがボールのように飛ばされる。

 

 反応できたのは動きは早いが行動が単調でわかりやすいからだ。

 だがそれも長くは続かない。

 頭を押さえられてそのまま地面に叩きつけられる。

 

「太陽、このまま大人しくさせる」

 

 右手に集められたオーラ。しかしそれは一樹に向けられることは無かった。

 巨大な蒼白い腕がオーフィスを包む。

 白音が巨大化させた闘気の腕でオーフィスの体を握る。

 

「邪魔」

 

 やはり軽々と闘気の腕を力技で消すとデコピンで指を弾く。

 それで発射された小さなオーラの弾が白音の額に当たって倒れる。

 

「白音!?テッメェ!!」

 

 反対の手から撃たれようとしている砲撃を一樹は自分の手を被せる。

 行き場を失ったエネルギー暴発した。

 一樹の左腕が大量の血が飛び散る。

 

 そして背後からアザゼルが槍を振り下ろしたが、オーフィスはそれを受け止めて人工神器の鎧ごとアザゼルの体を手刀で切った。

 

「つっ!?」

 

 そのままアザゼルが蹴り飛ばされるとギリギリまで透明の聖剣で姿を隠していたイリナが破壊の聖剣の能力で斬りかかる。しかしそれはバラドの斧と同じように薄皮一枚傷つけることができなかった。

 

「うそ!?」

 

「それで我を傷付けるのは無理」

 

 そのままイリナの腕を掴むと力任せに折った。

 声にならない悲鳴を上げるとそのまま地面へと叩き落とされる。

 

 次にオーフィスの体が魔力で作られた鎖で幾重にも絡まり拘束される。

 

「今です!白音さん!!」

 

 ロスヴァイセが叫ぶと白音がオーフィスの頭上に跳んでいた。

 その右手にはオーフィス全体を上回る大きさを誇る螺旋丸が翳されている。

 

「大玉……螺旋丸っ!!」

 

 極大の螺旋がオーフィスに落とされようとしている。

 

「無駄。なぜ理解しない?」

 

 魔力の鎖を難なく破壊し、拳を螺旋丸にぶつけた。

 自分の体より大きな螺旋の渦はそれだけで呆気なく破壊される。

 

 言葉にもならないままオーフィスの攻撃が再び白音に行われようとしている。

 それに一樹が割って入り、白音を突き飛ばすと代わりに手刀が一樹の腹を穿った。

 

「がぁ……っ!?」

 

 大量の血を流し、膝をつく一樹。

 オーフィスが一樹の腹から手を抜いたと同時に炎を生み出したが怯ませることすらできない。

 

「その太陽の力をもっと研ぎ澄まさせ、我のために使う。嫌ならノウマンが言うことを聞くようにする」

 

 引き抜いた手刀に再び力が入る。

 まるでこちら言うこと聞かないことへの罰だと言うように。

 その手はもう一度一樹を貫こうと動く。

 

「おぉおおおおおおおおっ!!」

 

 その間を割って入る者がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーフィスに胸を貫かれて意識が飛んだ一樹は頭にかかった重い液体で目を覚ます。

 顔を上げると大柄の漢が一樹とオーフィスの間に入っていた。

 その胸に子供の腕による孔が開けられて。

 

「おっさん……?」

 

 一樹が呼ぶとバラドは残された斧でオーフィスの頭に落とそうとした。

 しかし、オーフィスはそのまま除けるように貫いた男の体を投げ飛ばした。

 壁に叩きつけられたバラドを見た一樹が激昂した。

 

「オーフィスゥウウウッ!!」

 

 拳に纏った炎が当たる前にオーフィスの体が巻物に包まれた。

 その先で黒歌が声を出す。

 

「ゴメン。時間稼ぎありがと」

 

 印を結んでいる黒歌は冷や汗を流しながら余裕を保った笑みを浮かべている。

 

「どうかしら?対ドラゴン用の拘束術式は?」

 

「……これで我を抑え込んだつもり?」

 

 黒歌がオーフィスに巻き付けた巻物は本人の言葉通りドラゴンを拘束する巻物だ。

 一度拘束されれば邪龍や龍王たちですら簡単には解けない筈の。

 しかしオーフィスは問題ないとばかりにつまらなそうな眼を黒歌に向けている。

 

「確かにそれだけじゃ少しの時間稼ぎにもならないでしょうけどね。でもその僅かな時間で充分なのよ!!」

 

 黒歌が手の印を変えるとオーフィスの足元から魔法陣が描かれる。

 

「これは……」

 

「ただの転移陣だよ」

 

 頭と腹から血を流したアザゼルがイタズラに成功した子供のような笑みをする。

 

「俺たちが用意したお前専用の留置所に跳んでもらう。冥界に在る神の子を見張る者(グリゴリ)の施設を1つ潰して用意した特別製の牢獄さ。中には対ドラゴン用の封印術式やらドラゴン殺しの瘴気を充満させた場所だ。その他にもうちの技術をふんだんに盛り込んだ特殊装甲の壁。地下90メートルまで掘られてるからな。突貫工事だが、お前さんにはしばらくそこで大人しくしてもらう」

 

 長い間留められるとは思ってないが、時間稼ぎぐらいは出来る筈だ。

 

「アザゼル、何故我の邪魔をする?」

 

「勘違いすんな。お前が俺たちの邪魔になってるんだよ。やれ、黒歌!」

 

「了解ボス!!」

 

 両手を手につくとオーフィスの足元の魔法陣が一瞬だけ強烈な光を放つ。その光が収まるとその場にオーフィスは消えていた。

 それを確認して皆が安堵の息を吐く中で一樹が声を張り上げていた。

 

 

「おっさん!おい!!寝てんじゃねぇ!返事しろ!!」

 

 オーフィスに胸を穿たれたバラドの体を大きく揺すっていた。

 それにバラドの指が僅かに動き、顔を一樹に向ける。それを見て一樹は安堵した

 

「気が付いたか!先生っ!早くおっさんを……っ!?」

 

 叫ぶ一樹の傍に集まる。バラドの傷を見る。

 穿たれた胸。心臓が、潰されていた。

 それでもまだ生きているのは悪魔としての生命力の高さゆえだろう。

 皆が沈痛な表情を浮かべていると一樹が思いついたように訊く。

 

「そうだ!フェニックスの涙!持ってないのか!!」

 

「すまねぇ。フェニックスの涙は修学旅行で話した通り、以前にも増して価値が高揚してる。今回は持って来れなかった」

 

 アザゼルの言葉に表情を歪めて今度は黒歌とロスヴァイセに視線を向けた。

 

「仙術とか、魔術とか!それで何とかならないのか!!頼むよ!」

 

 一樹の懇願に黒歌は首を横に振り、ロスヴァイセは瞠目した。

 彼女らとて多少の治癒術は使えるがアーシアほど強力ではない。

 潰された臓器を治すほどの治癒力はないのだ。

 

「―――――じゃあどうすれば!!」

 

 癇癪を起しかけた一樹の腕を死にかけのバラドが握った。

 

「良かったじゃねぇか坊主。おまえ、やっと帰れるな……これで俺もお役御免ってわけだ……」

 

「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!なんで俺を庇ったんだよ!!俺だったら多少やられても問題なかったんだ!見ろよ!腹の傷だってもう治りかけてんだ!!それでこんなとこで死ぬなんて。借り作ったまま勝手に死ぬなんざ許さねぇからなっ!!」

 

 叫ぶ一樹にバラドはただ苦笑する。

 バラド自身、なぜあんな無謀なことをしたのか理解していなかった。

 ただ一樹がオーフィスにやられるのを見て頭が真っ白になり無謀な特攻をかましていた。

 我ながら馬鹿なことをしたと笑うしかない。

 それに不思議と気持ちは晴れやかだった。

 

「とにかく、助かるまで絶対死ぬなよなっ!」

 

「あぁ、そこにいたのか、アベル……」

 

 一樹がバラドを担ごうとするとバラドの口から短い付き合いの中で聞いたことないほど優しげな声が出された。

 顔は一樹を向いているのにもう光が無く、懐かしそうに話し始める。

 

「アベルたちが死んだ後にな。父さん、すっげぇダセェ生き方しちまってよ。周りに当たり散らして暴れて。飽きたらただ生きてるだけで……」

 

「お……」

 

「でもな。ずっとカッコ悪かった俺にお前は怒るかもしんねぇが、最後の最後にちょっとだけカッコいいことが出来たつもりなんだぜ?」

 

 だから許してくれるか?そう呟くバラドに一樹は目頭が熱くなるのを堪えてその答えを言う筈の者の代わりに答えた。

 

「なに言ってんだよ。()()()はずっとカッコ良かっただろ。胸張れよ。アンタは俺の憧れなんだから」

 

 これで良かったのか。それは一樹には分からない。

 しかしバラドは照れくさそうに笑う。

 

「そうか。ハハ……またお前に稽古をつけてやるのが、たの……」

 

 重かった体重が急に軽くなったかと思った。

 このまま頬でも張れば起きるんじゃないかと思うくらい安らかな顔をしてバラド・バルルはそのまま動かなくなった。

 その最後についさっき会ったばかりの面々も沈痛な面持ちになる。

 一樹の目から流れた雫が地面に落ちると不快になる声が耳に届く。

 

「いや~。名高い戦士であるバルル男爵に相応しい最後と評するべきでしょうか?」

 

 耳に届く男の声。

 その声を聴いて猫上姉妹は身体を強張らせた。

 

 顔の半分に火傷のある細身の男。

 研究者と思しき人物はただひとりその場に立っていた。

 

 イリナなどが誰、という表情をしていると一樹が答える。

 

「ギニア・ノウマン……俺の両親を殺したとかヌカしてる元上級悪魔だそうだ」

 

 睨みつける一樹にノウマンは飄々とした態度で肯定した。

 

「はい!確かに貴方の両親は私が殺しました。ですが今の私に用があるのは貴方ではないのですよ」

 

 言うと、ノウマンは黒歌と白音に視線を向ける。

 

「お久しぶりと言いましょうか。黒歌。それに白音。随分と大きくなられましたね」

 

 2人の名前を呼ばれてアザゼルを除く全員が姉妹を見た。

 しかし黒歌はノウマンを静かに睨みつけ、白音は今にも爆発しそうなほどに殺意を宿している。

 

「姉さん……白音?」

 

 一樹が呟くと一瞬ノウマンが目を見開いたが次にその口を歪めて嗤い出した。

 

「姉さん!まさか貴女はその少年の姉を名乗っているのですか!なんとも恥知らずで滑稽な!」

 

「な、何が可笑しいの!?」

 

 嗤うノウマンにイリナが喰ってかかる。

 

「嗤わずにはいられませんよ!彼女たちがその少年の家族をしているなど笑い話にも程がある。日ノ宮一樹。私は確かに貴方の両親を殺した!その理由。原因を教えてさしあげましょう!」

 

 まるで暗い愉しみ酔うようにノウマンは口を動かす。

 それは処刑の日を罪人に教える裁判官のようだった。

 

「いいですか、貴方の両親はその2人の―――――」

 

「黙りなさい!」

 

 言い終わる前にノウマンに向かって苦無が投げられる。

 それと同時に白音と黒歌が動いた。

 

 苦無に巻かれた転移符でノウマンの傍まで移動した白音が螺旋丸を向け、黒歌は宝剣を地面に突き刺して黒い炎を放つ。

 

「それ以上、口を開くな……!」

 

「甘いですね」

 

 ノウマンに当たる寸前に白音の螺旋丸が弾かれ、黒歌の黒い炎が割れる。

 

「戦闘職でもない私が丸腰で前に出てくるわけないでしょう?抜かりはありませんよ。こんな風にね」

 

 ノウマンが手にしたスイッチを押すと。合成獣たちが入った檻が開かれる。

 全員の緊張が走った。

 

 しかしそれを無視してもう一度大玉螺旋丸を作ろうとする白音を黒歌が術で引き寄せた。

 

「姉さま!?」

 

「ここは撤退するわよ。家に置いてある符を辿って……」

 

 一樹は奪還した。もうここに用はないのだ。

 黒歌とて目の前の男を八つ裂きにしてやりたい。しかしこちらも消耗しているし、他にも策がないとも限らない。

 そんな黒歌にアザゼルが問う。

 

「いいんだな?」

 

「優先順位があるって言ってるでしょ?」

 

 ここで1番に優先することは全員で帰還することだ。決して私怨で戦うことではない。

 みんな掴まって!と全員が黒歌に触れる。

 解き放たれた合成獣が届く前にその場で転移して黒歌たちはその場から消えた。

 

「あの一瞬で転移しますか。昔とは別物ですね。あぁ、やはりあの時手に入れておけばよかった」

 

 本当に惜しそうにノウマンは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一種の空白の次に目にしたのは懐かしく感じる我が家だった。

 

「帰って、きたのか……?」

 

 旧魔王領は侵入は難しいが出る難易度は圧倒的に下がる。それでも相応の術者でなければ不可能だが。

 そうでなければオーフィスも堕天使の施設に送れない。

 

 助かった。帰ってきたのだ。

 

 しかし―――――。

 

「姉さん……白音……」

 

 2人を見ると白音と黒歌は気まずそうに一樹から視線を逸らす。

 

 重たい沈黙が住み慣れた筈の部屋を支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




残り3話で学園祭まで終わる筈です。そこまで書いたら投稿します。

それが終わったらしばらくは日常編を書きます。1話完結型の話を。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。