太陽の種と白猫の誓い   作:赤いUFO

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82話:感傷

 バラドはいつも仕事をさサボる際に使っている空き部屋に一樹を寝かせていた。

 術で頭を弄られた所為か、連れ出したあとに高熱を出してしまった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「ったく!手間のかけるガキだぜ」

 

 濡らした手ぬぐいを置く。思えば、ここに来てあまり食事を摂っていなかったのも原因かもしれない。

 この状態の一樹を連れて歩き回る訳にも行かず、こうしてサボり部屋に連れ込んでいるわけだ。

 旧魔王派は慢性的な人手不足で大きな施設では空き部屋など多く存在し、第二の私室として勝手に使われている部屋が幾つかある。これはその1つだった。

 だから必要な私物などある程度置かれている。

 

「……ろね…………」

 

「簡単におっ死ぬなよ。お前を帰してやるって決めたんだからな」

 

 誰かの名前を呼ぶ一樹にバラドは目を細めてかつてのことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 バラド・バルルはベルゼブブに仕える家系と言っても末端で、小さな領で穀物を扱う男爵地位の貴族だった。

 三大勢力との戦争もほとんど自領で防衛に徹していて大した戦果も挙げなかった貴族。

 小さな土地だったこともあり、天使や堕天使からも狙われることも少なく、戦争中も平和というわけではないが、他の土地に比べればそこそこに暮らしやすい地だったと思う。

 

 そんなバラドが長男を儲けたのは戦争が終わってすぐのことだった。

 元々出生率の低い悪魔において子を為すということはそれだけで目出度いことだった。

 ましてやその10年後に第二子の長女を儲けた時は奇跡だと子供がまだ出来ない友人や親族からもみくちゃにされた。

 それでも、バラドの世界ではみんなが笑っていた。

 三大勢力との戦争が終わって旧政権と新政権との間に溝ができ、内乱に突入したものの、数年は小競り合いで平和だった。

 少なくとも息子の成長をのんびり見ていられるくらいには。

 

 

 

 

「くたばれクソ親父!!」

 

「百年早ぇよ」

 

 豪快な飛び蹴りを止められて着地する息子に苦笑しながら体術の手解きを続ける。

 最近生意気になってきた息子に誰に似たのか訊くと、妻は「貴方に似たのよ」とあきれ顔で一蹴された。解せぬ。

 

 体力を使い切って大の字になって寝転がる息子は悔しそうに「がぁあああっ!?」と奇声を上げていた。

 

「今日こそ一発入れられると思ったのに!」

 

「その自信はどっから来んだよ」

 

 呆れながら煙草に火をつける。

 息子が足を伸ばしたまま上半身を起こす。

 

「なぁ、とうさん」

 

「あ?」

 

「あたらしい政府のやつら、こっちまでくんのかな。かあさんが近くまで来てるの心配してたけど」

 

「さあな。ただ、向こうもこんな小さな土地を攻撃するほど暇じゃねぇだろ」

 

「ま、もし来ても俺が全員ぶっ倒してやるけどな!」

 

「体力使い切ってバテてる奴がなに言ってんの?」

 

 鼻で笑ってやると予想通り顔を真っ赤にして噛み付いてきた。

 それを頭を押さえて防ぐ。

 

「見てろよ親父!すぐに強くなってそのツラに一発ぶち込んでやるからな!」

 

「はいはい。いつになるかね~それ」

 

 息子の中で新政府=悪者のイメージがあるらしいが陣営として敵対してるのは本当だし、10になったばかりの子供の価値観ならそんなものだろう。

 それより、日々強く成長する息子が楽しみで仕方がなかった。

 冥界は不安定な情勢だったが、この時間違いなくバラド・バルルは幸せだと感じていた。

 

 

 

 

 

 

 それから3年後、長男は13.長女が3になった時にそれは為された。

 

「ラァアアッ!」

 

「オッ!?」

 

 息子の拳がバラドの顔にヒットする。

 当てた本人も、え?と驚いた顔をしていた。

 手加減はしていたが油断していたつもりはなく、息子の力の向上がバラドの予想より上だったのだ。

 最初はわざと当てられたのかと訊いてきたが、違うと答えると大はしゃぎして妻と娘に自慢しに行った息子。

 その晩、目覚ましい息子の成長が嬉しくて泣き笑いを浮かべながら酒を煽っていた自分は周りから見てさぞや不気味だっただろう。自分は自分が思う以上に親バカだったらしい。

 

 

 

 

 そんな日々も終わりが告げる。

 劣勢に陥った旧魔王派の上役からバラドを含めた周辺貴族に招集がかかった。

 近くに在る砦の防衛にバラドと領内の兵士を連れて来いという命令文。

 それを見た時、バラドは見るからに嫌そうな顔をしていたと妻が言っていた。

 

 

 

「父さん。明日行くんだよな?」

 

「あぁ。上からの命令でな。ちょいと戦ってくるわ」

 

 荷物の整理をしながら適当に答えるバラド。

 息子のほうは意を決したように言ってきた。

 

「お、俺も行く!!」

 

「はぁ?」

 

「俺だってちゃんと強くなってんだよ!今なら父さんたちの足手まといにならない!だから、連れて行ってくれよ!」

 

 父親を戦地に送ることが不安なのだろう。心配して言ってきたのは分かっている。

 それは嬉しく思うが、答えは否だった。

 

「馬鹿か。連れて行ける訳ねぇだろ」

 

「なんでだよ!足手まといになんてならねぇって!」

 

「そうじゃねぇよ!お前までこっち来たら母さんたちはどうすんだって言ってんだ!」

 

 ガシガシと自分の頭を掻く。

 

「お前は、ここで母さんと妹を守ってやれ。男だろ?俺がここを離れている間、お前が守るんだ。お前のことを信頼してるから任せんだぜ?俺が戻るまで、支えて、守ってやれ」

 

 不満そうな顔を浮かべていたが、納得したように頷く。

 

「ま、任せとけよ!誰が来ても母さんと妹には指一本触れさせねぇからさ!」

 

「言ったな?約束だぜ?」

 

「あぁ、約束だ!」

 

 そうして拳を打ち付け合う親子。

 その後にすぐに出立する父に娘が泣きながら駄々をこねられた。

 妻からは身体に気をつけるようにと不安そうな顔で見送られた。

 

 これが、最後に家族と過ごした記憶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦況はハッキリ言って最悪だった。

 敗戦に次ぐ敗戦。

 後退ばかりで自分と周りにいる僅か数人の身を守ることだけで精一杯。

 バラドは自分が生き残れたのはただ単にサイコロの出目が良かっただけだと思っている。

 特に後に魔王に選ばれる悪魔と鉢合わせた時は生きた心地なんてしない。

 アイツ等が無造作に腕を振るうだけで味方が減り、1日で数百単位の悪魔が殺されたこともある。

 仲が良かった奴も嫌っていた奴も差別なく消されていった。

 

 そんな疲れ切った日々で思うのは内乱なんて早く終わって家族に会いたい。それを大きな支えに。そして少なくなっていく仲間を死なせたくないという義務感から戦場に立ち続けた。結果的にそれは内乱を長引かせるだけだったが。

 

 そんなある日、あの映像を観た。

 

「おい!バルル男爵!!お前の領が!?」

 

 その時世話になっていた上司がバラドの領が新政府に襲われたことを告げて、モニターでその映像を観せられた。

 そこに映っていたのは、見覚えのある土地が氷漬けにされている映像だった。

 バラドの領地は元々小さく、それでも並の悪魔ならあんな風に氷の世界にすることなど不可能な筈だった。

 映像の空に浮かぶ人影。

 髪を左右に纏めた氷の魔法を使う女悪魔。後にレヴィアタンの名を継ぐ者。

 それを見たバラドはその場で絶叫し意識を失った。

 

 次に目覚めた時、上司から聞かされたのはバラドの領地に住んでいた領民は全て氷漬けにされて息絶えたという事実。その中には当然バラド自身の家族も含まれていた。

 

 

 この日、バラド・バルルは家族を失った。

 

 

 それからバラドは狂ったように戦場に立ち続けた。

 何度も死地に送られ、生還する。

 内乱が激化していく中で同じ時期に出兵した仲間は全員先に逝った。

 復讐心で武器を握り、魔術を駆使し、敵の血を求めた。

 時にはテロをし、無抵抗な悪魔の殺した。

 

 

 そんな狂戦士としての怒りはある日、ある出来事で鎮まる。

 

 

 

 その日に襲ったのは小さな村だった。

 そこを襲い、物資を奪い取る。

 もはや軍というより山賊と言った方が的確な状況だった。

 復讐という名の虐殺で満たされることもなく、一時の安定のために殺す。そんな生活。

 壊れたと理解していても止めようとは思わなかった。

 アレを、見るまでは。

 

 

 襲った村で自分に刃を向ける者がいた。

 それは敵兵でもなんでもない、ひとりの子供だった。

 崩れた建物に身体を潰された母親とそれに泣きながら縋りついている幼子。

 2人を守ろうとでもしているのか、ガチガチと震える手で包丁を向けてくる少年。

 その光景が失った家族と重なった。

 

 それを見た瞬間に急激に何かが醒めていく感覚がした。

 自分は、一体何をやっているのか。

 慣れ親しんだ得物が急に重くなったように感じた。

 

 無抵抗な者を襲って、血を求めて。

 こんな姿をいったい誰に見せられるのか。

 武器を落とし、子供に近づく。ここから逃がそうとしたのかもしれない。

 だが、それも無意味に終わった。

 仲間が放った魔術がその一家を消し飛ばした。

 

「なにを呆けている!?ここに政府軍が来る!撤収だ!!」

 

 肩を掴んで撤退を促す同僚。

 バラドは、その後にどう味方の陣地に戻ったのか覚えていない。

 

 

 それからも旧魔王派の陣営に居続けた。

 今更投降することも出来ず、惰性のままここまで来た。

 そうして何百年も後に出会ってしまった。

 息子の面影に重なる子供を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~頭がガンガンする……」

 

 一樹は頭を抑えながら体を起こした。

 額に置いてあった手ぬぐいが落ちたが、それは気にならない。

 

「目ぇ覚めたか」

 

 横から声をかけてきたバラドは容器に入った水を投げてきた。

 

「一晩中魘されてたんだ。水分くらい摂れよ」

 

 言われて身体が水分を欲していることに気付き、何も考えずに喉に通す。冷たい水が心地よかった。

 

「ここは……?」

 

「俺がサボるのに使ってる部屋だよ。お前がノウマンの奴に何かされたあと、俺がここに連れ込んだ。着替えもこの部屋で取り替えた」

 

 見てみると制服ではなく紺色のズボンと赤いYシャツを着せられていた。

 

「動けるようならついて来い。ここから出してやる」

 

「いいのかよ、俺を逃がして。それになんでそんなことを……」

 

 一樹の質問にバラドは鼻で笑う。

 

「別に。俺はただ、外の空気が吸いたくなっただけだ。お前はついでに出してやるってんだよ。来るなら来い。悩んでる時間はねぇと思うぞ」

 

「わかった……」

 

 飲み終わった容器を捨てて立ち上がる一樹。

 あっさり決めた一樹にバラドは目を細めて笑う。

 

「簡単に決めるじゃねぇか。罠だって疑ってねぇのか?」

 

「わざわざ拘束してた奴にどんな罠嵌めんだよ。どっちにしろ選択肢なんてねぇんだ。だったら乗るだけだ」

 

 一樹からすれば1番の難関だった拘束具さえ外れればどうにかなる思っている。あとオーフィス。

 頭痛も大分緩和して痛みがないわけではないが動けないというわけではない。

 

「で、どうすんの?」

 

「とりあえず、転送できる部屋まで行って人間界に出るぞ。確かあ~フランス?いや、イギリスだったか?まぁとにかくどっかの国に出られるはずだ」

 

「アバウトだな」

 

「うっせ!とにかく見つからないように動くぞ。ついて来い」

 

 ジャスチャーを送るバラド。

 そこで一樹はあ、と漏らす。

 

「どうした?」

 

「いや、言い忘れてたなって。ありがとな、おっさん」

 

「ハッ!よせよせ!礼なんてちゃんとここから逃げ出せてから言えよ!」

 

「頭押さえんじゃねぇよ!」

 

 バラドの腕をどかす一樹。

 そんなやり取りでバラドは嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったより人が少ねぇんだな」

 

「こっちは研究員と最低限の警備とその他だけだからな。まぁ、ここがちょいと近づき難い地形にあることもあるが。オーフィスの奴はモニターからレーティングゲームの観戦するんだとよ」

 

 だから、今がチャンスだ、というバラドに一樹は相槌を打つ。

 施設内を見ても誰かを見かけることはほとんどなかった。見かけたら問答無用に速攻で気絶させたが。

 

「意外と良い動きすんだな」

 

「今年に入って色々と揉め事が多かったからな。自衛手段だよ」

 

「頼もしいこった」

 

 警備をしていた悪魔をあっさりと気絶させる一樹にバラドは肩を竦める。

 そこで思い出したかのようにバラドが質問する。

 

「そういや、シロネってお前のなんだ?」

 

「なんだよ急に。つか前に家族とか言わなかったか?」

 

「いや別に。ただ、魘されながら何度も名前呼ぶからな。ただ世話になってる人の妹にしちゃ随分と、なぁ?」

 

「なにがなぁ?だ。大体、世話になってる人の妹に手なんて出せる訳ねぇだろ」

 

 鬱陶し気に躱す一樹にバラドは肩を竦め、一樹の肩に腕を回す。

 

「ま、お前より長く生きている身として忠告してやるが、本気なら早いほうが良いぜ。手遅れになって後悔すんのはカッコ悪いだろ?」

 

「余計なお世話だ。それより道、こっちで良いのか?」

 

 腕を払って道を確認する。

 

「あぁ、この先にデカい空間があるからそこを抜ければデカい広場がある。そこを抜けないと転移装置まで行けねぇんだ」

 

 バラドの言葉に頷く一樹。

 警戒し、無言で歩きながら頭の中であることを考えていた。

 

(白音のことを、どう思ってるか?そんなの―――――)

 

 ずっと前から答えなんて出てた。

 そこら前に踏み出す勇気なんて無くて。ずっと有耶無耶にしてた。

 

「会いたいな、白音に……」

 

 ポツリとそんなことを漏らす。

 会って自分が無事だと安心させてやりたい。

 話したいことがたくさんある。

 

 日ノ宮一樹が1番に会いたいのは―――――。

 

 

 

 出た場所は広い空間だった。

 円形に広げられた空間で床には破損した跡があり、瓦礫なども転がっている。

 

「なんか、昔の決闘場(コロシアム)みたいだな」

 

「間違っちゃいねぇよ。ここは、研究で造った合成獣(キメラ)なんかを闘わせるための場所らしいからな。もっとも、内乱が終わってほぼ放置状態だが」

 

「へぇ……」

 

 辺りを見回していると突如火の玉が飛んできた。

 それを一樹は腕で払う。

 

「チッ!やっぱ誰にも気づかれずに逃げるって訳にはいかねぇか!」

 

 バラドが舌打ちすると一樹たちが入った反対側の入り口から多数の悪魔が現れた。

 集団の真ん中に立っている眼鏡をかけた男が薄らとした笑みで前に出た。

 

「バルル男爵。その人間の小僧を連れ出してどうするつもりだ。まさか、ここから逃がそうという訳でもあるまいな?」

 

「そういうことは攻撃する前に訊けよ。で、もしそうならどうするってんだ?」

 

「決まっているだろう。個々の警備を任されている身として、即刻処分するほかあるまい!」

 

 悪魔たちが戦闘態勢に入る。

 

「まったく君は、内乱の時からこちらの命令を背く、悪い狗だよ」

 

「なに、知り合い?」

 

「イーダ・ビジョン。ここの警備責任者だ。内戦中に何度か指揮下に入ったことがある。一兵士としてはそこそこだったが、指揮能力が壊滅的でな。階級と爵位だけで命令してきたが、あいつの無謀な特攻指示で何人も仲間を失ったか」

 

 バルドは肩を竦めた。

 そして馬鹿にするように敵に話しかける。

 

「いや、お前らマジ同情するぜ?そんな無能の指揮下に入らなきゃなんねぇことによ」

 

 せせら笑う顔で言い放つバルドにイーダは鼻を鳴らす。

 

「やはり蛮族たる君には言葉が通用しないらしい。ここで大人しくしていれば今回の件は不問にしてやったものを」

 

「そりゃお気遣いどうも。だが生憎と俺はやらかしたことを無かったことにすんのは嫌いでね。それに、アンタのそのムカつく面を二度と見なくて済むなら、ここから出て行くだけの価値もあるさ」

 

 そう言うバラドの左右の手にはハンドアックスが握られていた。

 一樹が使っていた槍と同じ、使用時に武器に変化する仕様の武器なのだろう。

 

「態度はともかく君個人の戦闘力は認めていたのだかがね。まぁ仕方ない。品のない狗は早々に――――」

 

 と話している間にイーダの顔面に投げられた瓦礫が直撃する。

 

「お前、大胆ね」

 

 いきなり小さな瓦礫を投げる一樹にバラドが呆れて笑う。

 

「なんだかよく分かんねぇが、要するに俺たちが出てくのを邪魔するってんだろ。口上が長ぇんだよ。さっさと来い。すぐに終わらせてやるよ」

 

 一樹の宣言にイーダはギリッと歯を鳴らした。

 

「まったく蛮族に品のない下級種族。お似合いな組み合わせだよ。バラドは殺していい。だが、あの人間は殺すな。後でオーフィス様に何を言われるかわからん!さぁ、蛇を呑んだ我々の力を無知な猿に思い知らせてやれ!!」

 

 号令を上げるイーダに一樹は首と指を鳴らす。

 

「凡そ30人。半分ずつでいいよな。俺が全部片づけてもいいけど」

 

「馬鹿言ってんなガキが。そっちこそ病み上がりできついんなら見学してても良いんだぜ?」

 

「身体が動くんなら自分の面倒くらい自分で見る。問題ないな」

 

「ハッ!上等!」

 

 こうして、2対30の乱戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イーダ・ビジョンは目の前の光景に棒立ちになっていた。

 内戦時代。数多くの新政権の悪魔を屠ったことから悪鬼とまで呼ばれたバラド・バルル。豪快に振るわれる斧が次々とこちらの兵を斬り殺してくいく。

 その力は内乱時代から微塵も衰えていない。

 それはいい。蛇の力を得たとはいえ、これだけならまだ予想範囲内だ。

 問題は奴が逃がそうとしている人間だった。

 

「ぐわっ!?」

 

「指が付いてるかくらい、ちゃんと確認しろよ」

 

 真正面から突っ込んだと思えば、あの子供が通り過ぎる度に悪魔たちの指が落とされ、腱が切られ、眼球を潰され、骨を折られ、次々と行動不能にされる。

 情報はあった。

 我々の天敵である聖なる炎を使う人間。

 だがそれだけ。それだけだった筈。

 オーフィスの蛇を呑み、偽りの魔王の眷属たちとも十二分に戦える力を得た我らを。

 こうも易々と、踏み潰してくるのか。

 

「人間のガキ相手にビビってんじゃねぇよ。動きが止まってんぞ!」

 

 人間の子供が最後の兵を地面に叩きつけて地べたを舐めさせると背中を踏み抜いて背骨を砕く。

 生命力の高い悪魔ではアレで死ぬことさえできないだろう。

 30居た兵は瞬く間に無力化され、人間がイーダに向かう。

 

「くるなぁっ!?」

 

 放たれた魔力の攻撃は同じタイミングで放たれた炎に容易く相殺された。

 2つのエネルギーの衝突で生まれた煙幕を突き抜け、人間はイーダに向けて左右の腕を連続で振るった。

 右の腕が眼球を切り裂き、左の掌底が顎に突き刺さると顎骨を砕き、歯をへし折り、無力化させた。

 

 

 

 

 

 

 

「やるな。あいつ、頭はアレだが力は上級悪魔クラスだった筈だが。それにしてもお前が動くたびにあいつらが戦闘不能になったのはどんな手品だ?」

 

「大したことはしてない」

 

 一樹は人差し指と中指の2本を伸ばす。そして、そこから10cm程の小さな炎で作られた刃が生まれた。

 

「こいつで敵の指や手足の腱を切ってやっただけ」

 

「エゲツねぇな。いっそ殺した方が楽になれただろうに」

 

「冥界の医療技術はかなりのもんだしな。治療さえすりゃ何とかなんだろ。下手に殺す気も必要もねぇよ。俺は殺人鬼の類じゃねぇんだからな」

 

 言いながら一樹は自分の手の平をジッと眺めた。

 

(鎧を使わずに上級悪魔レベルに対して圧勝。修学旅行前とは明らかに俺の力が上がってる。アムリタとの戦いの時に増えた鎧の所為か?)

 

 自分の中で何かが解放される感覚。

 急激に上がる自分の力にどこか薄ら寒いものを感じる。

 自分が、どんどん別のモノに変質しているような。

 

「おい!ボケッとすんな!さっさと行くぞ!」

 

「あぁ、悪い……」

 

 しかし今考えることではなく、その疑問を一樹は蓋をし、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




魔王の眷属と十二分に戦えるという個所がありますが、ただの妄想です。

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