太陽の種と白猫の誓い   作:赤いUFO

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26話:それぞれの本音

 サーゼクスの宣言と共に開始された会談は先ず今回の事の発端となったコカビエルによる聖剣強奪事件の説明から始まった。

 その説明を行ったのがこの町の管理者たるリアスとソーナ。

 2人は現魔王の妹。そして名家の後継ぎに恥じない明瞭な説明をしていく。

 ただし、コカビエルより明かされた聖書の神の死の部分は予めサーゼクスの頼みにより省略されたが。

 

 一通り説明を終えた後、ミカエルがリアスたちに軽く頭を下げる。

 

「その件に関しては改めてお礼を申し上げます」

 

「悪かったな。うちのコカビエルが迷惑をかけた」

 

 ミカエルと違い、悪びれた様子もない軽い口調にリアスの眉がピクリと吊り上がるが、本人は気にした様子もなく発言を続ける。

 

「とりあえず逃亡したコカビエルの野郎は今も捜索中だ。大陸に渡ったのは調査で判明したが、そこから行方を完全に眩ませやがった」

 

 やれやれと言った感じにアザゼルは溜息を吐く。

 取り逃がしたヴァーリはこの会議が始まってからずっと目を瞑っており、黒歌は平然と座っている。

 

「それでは次に。コカビエルより明かされた聖書の神の不在について、この場にいる全員が認知しているものとして話を進めるが構わないか?」

 

 サーゼクスの言にトップがそれぞれ首を縦に振る。

 だがその言葉にゼノヴィアはイリナの方を見ると、彼女は驚いた様子はないものの沈痛な面持ちで視線を下に向けていた。

 恐らく、件の事に関して予めミカエルたちから聞き及んでいたのだろう。

 ただじっと耐えるようにその場に佇んでいるかつての相棒の姿にゼノヴィアの胸がズキリと鈍い痛みと共に後悔に襲われた。

 コカビエルとの一件で別れた時、自分の口から真実を話すべきだったのではないか?と。

 しかしそうなれば自分諸共イリナも教会から追い出されていた可能性が高い。それに彼女は耐えられただろうか?

 家族共々自分より敬虔な信徒である彼女が神の不在に対して何を思っているのか。それはゼノヴィア自身にもわからなかった。

 

 

 

 話は変わっていき、各勢力の現状やこれから三勢力はどうあるべきかなどがトップ陣の間で意見が交わされていく。

 それを偶にアザゼルが茶々を入れることもあったが概ね順調に会談は進んでいった。

 そんな中で一誠は話の理解が追い付かずに唸っていたところ、隣に座っていたリアスの胸に視線を向けて鼻を伸ばし、だらしない表情を浮かべていたがそれに気付いたリアスが一誠の手の甲を抓り、「ちゃんとしなさい」と小声でお叱りを受ける。

 それに一誠は肩身を狭くして委縮させた。

 

 

「それでアザゼル。先日のコカビエルの件で貴方からの意見を聞きたい」

 

 ミカエルの質問にアザゼル不敵な笑みを浮かべて答える。

 

「コカビエルと俺たちの間では前から溝があった。上層部で戦争続行を謡ってたのはコカビエルだけだ。ヴァーリたちが取り逃がしたからって俺たちが奴を匿ってるなんて思ってんならそりゃ間違いだぞ?もし捕まえたなら容赦なく刑を執行する気だし、場合によってはその場で殺害してもかまわねぇって下の奴らには指示してんだ。その辺りはこの前バルパー・ガリレイやフリード・セルゼンと一緒に送った資料に書いてあっただろ?それが全てだよ」

 

「説明としては最低の部類でしたがね。神の子を見張る者(グリゴリ)は我々と大きな事を起こしたくないというのは本当ですか?」

 

「あぁ。俺は今更戦争になんて興味はない。こっちを警戒すんのは勝手だが徒労に終わるぜ?もちろん仕掛けてくるなら応戦はするがな。今の俺は研究第一で戦争なんてゴメンだ。面倒臭ぇ」

 

「ここ数十年。神器使いだけでなくはぐれ悪魔なども陣営に取り込んでいると聞いているが……」

 

「そりゃ、お前らの落ち度だぜサーゼクス」

 

 サーゼクスの質問にアザゼルは鼻で笑う。

 

「悪魔の駒を造り、レーティングゲームが始まってからお前らどれだけの神器使いや他種族やら異能者を取り込んだ?見栄や戦力欲しさ。純粋に悪魔という種の存続のため。そいつは結構だが、全員が全員進んで眷属になったか?もしくは眷属になった後に契約を破った主や完全に道具として使い潰されかけた転生悪魔。そんな奴らがうろうろして徒党でも組まれたら厄介だろ?だからある程度統制の取れる奴の下に置いてなけりゃいけない。大きな火事になりかねないからな」

 

 まるでサーゼクスたち現魔王の未熟さを嗤うような態度を取る。

 

「何が言いたいのかな☆アザゼルくん☆」

 

 表情こそ笑顔だったがその眼光はまったく笑っていない。見る者からしたら凍り付くような表情をアザゼルは軽く流す。

 

「言葉通りさ。せっかくだ。若手悪魔もいるようだし、訊いておくが、お前らはぐれ悪魔の全員が力に溺れて主を殺害、もしくは逃亡したと本気で思ってんのか?」

 

 リアスとソーナに向けられた問いに2人は只々困惑するだけだった。

 それを見てアザゼルは再び鼻で嗤う。

 

「俺が拾ったはぐれ悪魔の大半は主に裏切られた、もしくは望まぬ転生をさせられた奴らばかりだぜ」

 

『!?』

 

 アザゼルの発言にリアスとソーナは驚きの表情を露にし、サーゼクスとセラフォルーは顔を顰める。

 

「神器やら異能やらで転生させたが思うように成果が出せなかった奴。もしくは死んだ後に無理矢理転生させられた奴。何らかの取引で転生悪魔となったが、後に契約が執行されなかった奴。ま、色々だがつまりは主の不誠実さが生み出した結果、はぐれに身を堕とさざる得なかった奴らだ。そういう意味ではこの猫姉妹だってそうさ」

 

 アザゼルは後ろにいる黒歌と白音を親指で差す。

 リアスたちはアザゼルの言葉を測りかねていた。

 

「こいつらは昔、転生悪魔の勧誘を受けたことがある。正確には黒歌は、だがな」

 

 教えられた衝撃の真実に若手悪魔全員が眼が見開かれる。

 話題の中心である黒歌は無表情を貫き、白音は僅かに視線を下へと移す。

 

「こいつらは猫又中でも上位種に当たる猫魈だ。少し目端が利くならこいつらを眷属にしたいという上級悪魔はごまんと居るだろうさ。だがその誘いを断った結果は黒歌への報復としてその悪魔は妹の白音を人質に取り、眷属に成れと迫った。結果は見ての通り2人は転生悪魔になることはなかったがな。似たような事例はいくらでもあると思うぜ?」

 

 視線が、猫上姉妹に集まる。一樹などはその拳を強く握り、今にも血を流さんばかりだった。

 だがそれは一樹だけではない。リアスとソーナも同様だ。彼女らにとって眷属とは仲間であり、家族に等しい存在。もちろん形式上の上下は存在するが、信頼関係の構築に余念がないため問題にならない。

 彼女たちは役に立たないからと言って自らの眷属を見捨てることはしない。ましてや家族を人質に取って転生を脅迫するなど言語同断。善く言えば誇り高く、情愛深い。悪く言えば理想主義で甘い彼女たちの意見だった。

 

 対してアーシアは僅かに下に俯いている白音のことを思う。そして以前彼女自身が言っていた言葉を思い出していた。

 

『大多数の悪魔は他種族を見下しています。彼らは特に人間は自分たちに奉仕するのが当たり前と思っている悪魔も少なくありません』

 

 白音は以前そう言っていた。リアスやソーナが特別なのだと。

 その言葉の意味に触れてアーシアは涙が流れそうになった。

 

「その事件については私も知っている。知ったのは偶然だったがね」

 

 視線が今度はサーゼクスに集まった。しかし本人は猫上姉妹にではなく、白音の隣に座る日ノ宮一樹に視線が注がれていた。もっともそれも一瞬ではあったが。

 

「嘆かわしいことに、現在そうした不義理に駒を使う上級悪魔は珍しくない。猫上姉妹に勧誘を行った悪魔は既に爵位を剥奪し、牢に繋がれているが、それも一例に過ぎない。そうした心無い対応が現代ではぐれを増加させる原因になっているのも事実だ」

 

 本当に嘆かわしいと言うようにサーゼクスは嘆息した。

 過去の三勢力の大戦で先代魔王と多くの72柱を含めた悪魔を失った。それだけに飽き足らず停戦に反発し、戦争続行を唱えた旧魔王の血を引く直系たちとの内乱に突入することになり、悪魔はさらに減少過程にあった。

 あの内乱がなければ悪魔陣営が三すくみで一番の危うい勢力とはならなかっただろう。

 

 だがそれを救ったのが悪魔の駒だった。

 出産率の低い悪魔が短い期間で急激に勢力を巻き返せる上に単純に人口を増やせる希望だった。

 

 だが、長い平和な時間が悪魔の駒の意義を歪めてしまう。

 ひたすらに強力な。もしくは有能な。あるいは希少な。そんな駒を集める娯楽に没頭するあまり、眷属悪魔を必要以上に軽視する風潮が広がっていた。

 それに比例するようにはぐれの出現率も増えてしまった。

 これは悪魔の駒が造られた当時と現代でははぐれになる理由が違うことも大きい。

 過去では今では信じられている通り、力に溺れ、主に反逆した者達が多かったが、現在ではむしろ、横暴な主に耐え兼ね、裏切らざる得ない状況に追い込まれる眷属悪魔も少なくない。

 

 そうした現状になった時には既に遅く。はぐれ悪魔に対する対応のマニュアルが出来上がっていたこともあり、必要な改定を行わないまま実行された結果が今日までのはぐれ悪魔の理不尽なまでの冷遇というわけだ。

 それにはぐれ悪魔自体に大なり小なり知性と力があるという事実もある。

 下手な同情や後手の対応が命の危険に曝されることを危惧してマニュアルの改訂が遅れているということも否めない。

 

 また、これは転生悪魔よりも純血を重んじる社会の風潮もある。

 サーゼクスやセラフォルーを含めた現魔王は少しずつ現状を変えていこうと苦心しているが、元々長命である悪魔には急激な変化を与えることは難しかった。

 

 はぐれ悪魔の中には情状酌量の余地がある者は少なくない。それでも一度出来上がったマニュアルの改訂やイメージの払拭は容易ではなかった。

 

 そこで話が途切れ、ミカエルがアザゼルに問う。

 

「ではコカビエルに付いたバルパーとフリードをこちらに輸送したのも?」

 

「アイツらはうちにじゃなくコカビエルと手を組んでたからだ。それなら元の所属に送り返すのは当然だろ?そういやアイツらどうなったんだ?」

 

「……バルパー・ガリレイに関しては既に死罪が決定し、刑も執行しています。フリード・セルゼンに関してはまだ確認しなければいけないことが幾つかあるため牢に繋がれていますが、遠からずバルパーと同じ結末を辿るでしょう」

 

 ミカエルの言葉に2人を知る者たちは安堵の息を吐く。

 人が死ぬことを喜ぶわけではないが、2人の人間性や罪状を知れば生きているだけで何かしでかすのではないかと不安になる。

 

「話を戻すがアザゼル。あくまで君が神器使いやはぐれ悪魔を集めているのは彼らに徒党を組まれ反逆を起こさせないためか?正直君が【白い龍】を手に入れたと聞いた時は覚悟を決めたものだが……」

 

「いつまで経っても攻めてこなかっただろ?まぁ神器使いの保護は研究に必要という理由もあるがな。もちろん相手の承諾を聞いた上でだぜ。研究を始めたばかりの頃ならいざ知らず、今は無理矢理神器を引っこ抜くなんてする必要もねぇからな」

 

 アザゼルの言葉に一誠の肩が若干跳ね上がり、眉が動いた。

 

「誠意として神器に関する研究の一部をお前らに送ってもいい。俺らのせいでそっちは神器に関する研究があまり進んでないと聞いたからな。何度も言うが俺は戦争に興味はねぇ。今の世界で十分に満足してる。部下たちにも人間の政治に手を出すなと言ってあるし、悪魔の業界にも干渉する気はねぇさ。ったく俺の信用は三すくみで最低かよ」

 

「それはそうだ」

 

「そうですね」

 

「その通りね☆」

 

 他の首脳陣に間髪入れずに意見の一致を見せられ、面白くなさそうにアザゼルは舌打ちをした。

 

「先代よりはマシかと思ったが、お前らもお前らでメンドくせぇな。まあいい。これ以上こそこそ研究すんのも性に合わねぇしな。あーわかったよ。それなら和平を結ぼうぜ。どうせお前らもそれが目的でこの会談に集まったんだろ?」

 

 手を差し出してとんでもないことを言うアザゼルに首脳陣は大きく目を開け、若手の悪魔であるリアスやソーナは開いた口が塞がらなかった。

 トップの側近であるグレイフィアやガブリエルですら体を硬直させている。

 

 その提案の中、最初に動いたのはミカエルだった。彼は小さく笑みを浮かべる。

 

「ええ。確かに我らはこの会談で悪魔と堕天使、両陣営に和平を申し出るつもりでした。まさかアザゼルから言って貰えるとは思いませんでしたが……これ以上三すくみの関係を続けてもいずれ世界の害となるでしょう。天使の長たる私が言うのもなんですが、戦争の原因だった神と魔王は既に亡いのですから」

 

 ミカエルの発言にアザゼルは噴き出した。

 

「あの堅物だったミカエルさまがそんなことを言うとはなぁ。随分頭が柔らかくなったみたいじゃねぇか」

 

「失ったモノを尊ぶのは必要なことですが、いつまでもそれに縛られている訳にはいかない。そう思えるようになるまで多くの時間を必要としました。そして我々にとって重要なのは神の子らを見守り、先導していくことです。その意見はセラフで一致しています」

 

「ハッ!今の台詞、堕ちるゼェ。もっとも神が残したシステムをお前が管理しているからこその発言かも知れねぇがな。俺らの時とは大分違う。良い世の中になったモンだ」

 

 皮肉を交えながら茶々を入れるアザゼル。次に発言したのはサーゼクスだった。

 

「我らも同じだ。魔王が居なくとも種は存続する。である以上、悪魔も先へと進まねばならない。次の戦争が起きれば悪魔は確実に滅ぶ」

 

 サーゼクスの言葉にアザゼルは頷いた。

 

「そうだ。ここで戦争を続行すれば三勢力はまず間違いなく終わる。そしてそれは他の神話体系や人間世界にも大きな影響を与えるだろう。その果ては世界の終わりだ」

 

 座っていた椅子の背に体を預けてアザゼルは小さく息を吐いた。

 

「三勢力の戦争が停止し、人間の世の中を眺めながら俺は思ったことがある。二度の世界大戦やらと色々あったが人間たちは自分たちで道を決め歩き出した。国々も段々と武力じゃなく話し合いで矛を収め、知識と技術を出し合い、研究することで既に地球から飛び立ち、月にその足を着けた。昔は流行り病や飢餓。災害に戦争。そんなもんが起こる度に人外()らが知恵や知識を与えてやらなけりゃ滅びちまいそうな奴らがそこまで成長したんだ。それを見て俺たちはもうこの世界で高尚な存在でもなんでもなく、この惑星に存在するひとつの種に過ぎねぇんだってな。人間たちがそうして進んでるってのにいつまでも俺たちが肩肘張って争ってるわけにもいかねぇ」

 

 どこか遠くを見るように語るその姿は自嘲と羨望。そして未来への憂いと期待があった。

 

「神はもういない。三すくみの現状も終わる。それを良しとするか不満に思うかは個々人の自由だ。だがひとつ言えることは神が居なくなっても世界は滅びず、こうして俺たちもこうして元気に生きている。そういう時代になったってことだ。————神がいなくても、世界は回るのさ」

 

 アザゼルの言葉が会談の場を包む。それは決して重苦しいものではなく、むしろ和やかな雰囲気のものだった。

 それから各陣営の戦力やら勢力図。他の神話体系への声明やらと話を進めていく。

 

「さて、こんなところだろうか?」

 

 サーゼクスの一言に各首脳のトップは息を吐いた。それは長かった争いにようやく区切りを打てたことへの安堵だった。

 重要な話を終えた後にミカエルが一誠に視線を向ける。

 

「和平の話し合いも大分良い方向に進みましたし、赤龍帝殿の話を聞いてもよろしいかな」

 

 ミカエルの発言にこの場にいる全員が一誠へと視線が集まる。

 少し前に天使陣営が一誠へと贈り物をした際にミカエルに訊きたいことがあった彼は話をしようとしたがその場ではやんわりと断られ、この会談で話を聞くと約束していた。

 

 一誠はアーシアに視線を向けると彼女はコクリと首を縦に動かす。

 それに一誠は意を決してミカエルへと質問を投げかけた。

 

「教会は、ミカエルさまたちはどうしてアーシアは追放したんですか?」

 

 これは一誠がアーシアに出会ってからずっと思っていたことだった。

 信心深く悪魔になって、神の不在を知っても祈りを欠かさないアーシア。たとえそれで頭痛が伴うとしてもだ。

 ただ悪魔を癒す力を有していたというだけで。

 そのことにある意味一誠はアーシアが悪魔に転生する原因になったレイナーレよりも怒りを感じていた。

 勿論その件がなければ一誠とアーシアの人生が交わることはなかったと理解していてもだ。

 

「それに関しては本当に申し訳ないと思っております。神の消滅の後、我々に残されたのは加護と慈悲と奇跡を司る【システム】だけでした。神は【システム】を創り、それを用いることで様々な奇跡をこの地上にもたらしていました。悪魔祓いや十字架などの聖具の効果もその【システム】によるものです」

 

「神がいなくなって、そのシステムに不具合が起こったんですか?」

 

「本来【システム】は神のみにしか扱えない代物です。現在はセラフ全員で運用し、最低限の機能は発揮していますが、神が存在していた頃のように十全とは言えません。そのせいで加護も慈悲も十分と言えず、救える者は限られています。そのため、【システム】に悪影響を与える存在を教会から遠ざける必要があったのです。我々はそうした【システム】に悪影響を及ぼす可能性のある神器―――――アーシア・アルジェントの【聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)】や二天龍を封じた神滅具もこれに当たります。その他の例とするなら—————」

 

「私のように神の不在を知った信徒ですか?」

 

 ミカエルの言葉を遮ってゼノヴィアが発言する。

 

「そうです。ゼノヴィア。天性の聖剣使いである貴女を追放することは我々にとっても大きな痛手でしたが、それでも【システム】の影響を考慮するならば貴女たち2人を追放するほかなかった」

 

 そう言って頭を下げるミカエル。

 天然の聖剣使いや希少な神器保有者を手放さざる得なかったことから天使たちがどれだけシステムに過敏になってるか理解できるだろう。

 彼らにとって【システム】は文字通り命綱なのだ。

 

「謝らないでくださいミカエルさま。一方的に教会を追い出されたときは僅かばかりの恨みも抱きましたが理由を知ればどうということはありません」

 

「しかし貴女が悪魔に転生したのは私たちに非があります」

 

「この歳まで教会に育てられた身です。それに教会を出てからこの学園での生活は私の人生を華やかに彩ってくれています。こんなことを言うと他の信徒に怒られてしまうかもしれませんが、私は今の生活に満足しているのです」

 

 続いて発言をしたのはアーシアだ。

 

「私は、今を幸せに感じています。友達が出来ました。家族が出来ました。聖女として生きて来た頃よりも大切だと思える人達に出会えたんです。哀しいことはありましたが、私は皆さんに出会えたことを感謝しています。だからミカエルさまがそれに負い目を感じる必要なんてないんです」

 

 2人の言葉にミカエルは安堵の表情を浮かべる。

 

「そうですか。2人の寛大な御心に感謝します」

 

「まぁ、アーシア・アルジェントの件に関してはうちにも責任があるがな」

 

「そ、そうだ!アーシアは一度堕天使に殺された!俺もそうだけど……それよりもアーシアだ!アンタの知らないところで起きたことかもしれないけどアンタに憧れてた堕天使の女性がアンタのために神器を奪ってアーシアも殺したんだ!」

 

 声を上げる一誠にアザゼルは少しだけバツが悪そうに頬を掻く。

 

「アイツらをアーシア・アルジェントに接触させたのはさっき言ったように神器使いの保護のためだ。それを【聖母の微笑み】に眼が眩んだか、それとも最初からそのつもりだったのか。もしアーシア・アルジェントから神器を奪って俺の前に現れても俺はレイナーレたちを処分してたさ。敵対しているならともかく、無作為に神器使いを殺すより、味方に引き込む方がいいしな」

 

 言い訳に聞こえるかもしれんがな、と締めくくる。

 

 研究に関して言うなら後天的な神器使いは禁手に至れる可能性が低く、相性が悪ければ能力自体発動しないことも在り得る。

 それなら奪うより陣営に取り込んだ方が利が大きいのだ。

 もっとも下の者たちがそれを理解しているとは言い難く、独断で行動を起こす事態が少なからずあった。

 アーシアと一誠の件はまさにそれだった。

 

「……堕天使のせいで俺は悪魔だ」

 

「悪魔になったことが不服か?だが、悪魔になったお前でも神器を持て余してるのに人間のままで赤龍帝の籠手が目覚めてたら耐えきれず自滅してたかもしれないぜ?そういう意味じゃ、結果オーライだろ」

 

「そ、それはそうかもしれないけど……」

 

「ま、納得できないなら俺は俺なりの方法でお前たちを満足させようと思う。さてと。そろそろ俺たち以外に世界への影響を与えそうな奴らの話を訊くか。無敵のドラゴンさまの話をなぁ。ヴァーリ、お前は世界をどうしたい?」

 

 アザゼルの問いにヴァーリの出した答えは単純明快だった。

 

「俺は強い奴と戦えればそれでいいさ」

 

 強者との戦い。白い龍が望むのはそれだけだった。

 その答えにアザゼルはやれやれと苦笑し、次に一誠へと視線を向けた。

 

「で、赤龍帝。お前は世界をどうしたい?」

 

 訊かれたが一誠には明確なビジョンなど無かった。

 正直に言えばこの会談でアーシアのことが聞ければ満足であり、和平の件については彼個人からとしてはついでのようなものだ。

 そもそもついこの間まで一介の高校生に過ぎなかった兵藤一誠に世界云々などと訊かれても困るというのが本音だ。

 煮え切らない態度の一誠にアザゼルが明確な指針を与えた。

 

「ならお前にもわかりやすいように説明してやる。もし戦争になったらリアス・グレモリーとその眷属を含めて戦争に駆り出されるだろう。もちろんお前もな。そうなったらお前、最悪童貞のまま死ぬことになるぜ?」

 

 アザゼルから言われた一言に一誠の表情がピキッと固まる。

 

「戦争でいつ死ぬかもわからねぇし、戦ってばっかで女を抱いてる暇なんてねぇだろうよ。だが和平が成立すれば後は種の存続と繁栄だ。子を産めや産めやってな。それならリアス・グレモリーでもアーシア・アルジェントでも好きなだけ抱けばいい。それともヴァーリみたいに年がら年中戦いで青春を浪費してみるか?」

 

「和平で!?和平でお願いします!?平和になって部長とエッチがしたいです!!」

 

 にべもなくされた宣言にリアスは顔を赤くして盛大に眉をしかめた。

 あんまりな例を出したアザゼルは腹を抱えて笑っている。

 

「そんじゃ最後に、一樹、お前は俺らの和平をどう思う?」

 

「あ?」

 

 急に話を振られて一樹は呆けた表情を返す。

 

「難しく考えることはないぞ。お前はこの場にいる唯一所属が曖昧な人間だ。そうした奴の意見も聞いてみたいのさ。ま、軽い雑談だ。思ったことを言えばいい」

 

 内心一樹はこの場でこんなことを訊かれるなんて聞いてねぇぞ!と叫びたくなったが多くの視線が集まっていることで自制する。

 見れば魔王や天使勢もこちらに視線を向けていたからだ。

 

「俺はそっちの事情に関しては無知ですので。ただ、一般論で言えば戦争より平和の方がいいのでは?」

 

「つまんねぇな。そんなお題目じゃなくて本音話せよ。つーかそれお前の意見じゃねぇだろうが」

 

「……なら言いますが、俺個人としてはそちらが争おうと仲良くしようと知ったことじゃありません。ただどちらにせよこちらに。俺と俺の家族に危険が及ぶなら払うだけです」

 

 一樹にとってもっとも重要なのは家族だ。

 二度も家族を失うつもりはない。

 それは一樹が絶対に譲れないことだった。

 

「和平が為されることで姉さんや白音、延いては俺自身の安全が高まるなら言うこと無しです」

 

 世界の裏側に関わってしまった以上、弱いままでは喰われる。だから力を欲するがあくまでも自衛目的だ。これから何が遇っても死なない為の準備期間だと思っている。

 

 そんな一樹にサーゼクスはひとつの問いを発した。

 

「ならばもし何処かの勢力が君や君の家族に手を出したらどうする?そして君が抗った結果、我々の関係が悪化したら?」

 

「俺は―――――」

 

 

 サーゼクスの問いに答えようとした瞬間、世界が静止した。

 

 

 

 


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