今日は日曜日だが学園への登校日だ。
以前、生徒会からオカルト研究部で引き受けていたプール掃除。
その報酬として学校のプールの初使用権を約束されており、部長であるリアスはその条件で快諾した。
プールの水を抜いた槽の苔を取るのに汗だくになる毎日。
それもこの日のためだと思えば報われるというもの。
「白音、準備は良いか?」
「うん。問題なし」
前に魔王サーゼクス・ルシファーが訪れた次の日。
この件に関しては追及しないように言い含められていたらしく余計な追及はされなかった。
それでも少しの間ただでさえ僅かな溝がある白音とグレモリー眷属との間に言いようのないぎこちなさこそあったが、白音と仲の良いアーシアなどの行動もあり、以前と同じ程度には関係が落ち着いていた。
学園のプールに着くとまず聴いたのは兵藤一誠の叫び声だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?最っ高ぉおおおおおおおおっ!!?」
「うるせぇな……」
リアスと朱乃の水着を見て鼻血を垂らしながら声を張り上げる一誠に一樹は耳を塞いで顔をしかめる。
確かに2人の格好は色々と際どい。
大事なところをギリギリ隠す程度で布地の少ない赤と白の水着だ。
彼女たちが一級の美女であることも加味して一誠のような反応になるのもわからなくはない。
まぁ、一樹からすればよく学校のプールであんなの着れるなぁと感じるのだが。今日はオカルト研究部の貸切りだからだろう。
それと2人が自分の容姿に絶大な自信もあるのだろう。
そんな風に一誠がリアスと朱乃の姿に見惚れていると少し遅れて白音とアーシアがやって来た。
「お待たせしました」
「お待たせ、いっくん……」
「おう。あぁ、それ着てきたのか」
「あ、はい。せっかく選んでくれたので」
白音とアーシアが着ていた水着は以前デパートで桐生と一樹が選んだものだった。
桐生の案では布地の少ない水着を選んでいたがどうせそういうのはリアスとかが着るだろうという一樹の意見により、対照的に布地の多い水着を選んだ。
胸元と腰回りにフリルの付いたアーシアの神器に合わせた淡い翠色のワンピースタイプの水着。
もっとも一誠はリアスと朱乃の水着に釘付けになって鼻の下を伸ばしているのだが。
流石に気づきもしないのはなんなので一樹は一誠の尻に蹴りを入れた。
「ッテェ!なにすんだよ!」
「アーシアが来たぞ。なんか言ってやれよ」
クイッと親指で指差す。
そこには自分が来ても気づいてもらえなかったことに涙目で頬を膨らますアーシアが居た。
「ご、ゴメン!アーシア!!」
「いえ、いいんです。部長さんたちと比べたら私なんて……」
自虐的に笑うアーシアに一誠が冷や汗を流しながらフォローに入る。
「そ、そんなことはないぞ!その水着もすごく似合ってる!感動した!」
「本当ですか?」
「あぁ!アーシアらしい清楚な感じがして良いと思うぜ!」
「えへへ!ありがとうございます!」
そんな感じに機嫌が戻ったアーシア。それを見て嘆息する一樹。
白音はそんな一樹に話しかけた。
「どお、いっくん」
「似合ってるよ。暗い色もイケると思うけど。やっぱり白音は明るい色とかの方が合うよな」
黒とかそういう暗い色はどっちかというと黒歌の方が似合うだろう。
「ありがと、いっくん。選んでくれて」
「俺のセンスも悪くないだろ?」
「うん」
僅かに口元を上げて笑う白音。
「それよりゼノヴィアはどうした?一緒だったよな?」
「水着を着るのに慣れてなくてもう少しかかりそう。先に行っててくれって」
「そうか。じゃあ約束通り泳ぎ教えるか。さすがにに高校生にもなって泳げないのは恥ずかしいだろ」
「一言余計……」
その後、泳げない白音とアーシアを一樹と一誠が少し離れた位置で教えた。疲れた白音が休憩に入るとひとりで泳いでいた祐斗と競争を始めたりした。
負けた方があとで1本ジュースを奢る約束で。
「ハァッ!ハァッ!ハァッ!」
「僕の勝ちだね、一樹くん」
「クソっ!速ぇ!」
1往復で泳ぎの競争をした結果祐斗に白星が挙がった。
大きく息を吐いて顔の水を払うと少し遠くでアーシアと朱乃が口論していた。
しかしお互いに微妙に殺気立っている。
「珍しいな。どうしたんだ?」
「たぶん。イッセーくんのことじゃないかな。最近朱乃さんもイッセーくんが気になってるみたいだし」
「そうなのか?」
「うん」
言われてみれば最近朱乃が妙に一誠に優しかった気がすると思い返してみる。
しかし、一樹はどっちにも味方する気はなかった。
他人の恋路は所詮他人の恋路。多少気を遣う場面はあるだろうが積極的に関わりたい問題ではない。
我関せずでいるとリアスが手を叩いて両者の矛を収めさせた。
「そういやゼノヴィアは遅くねぇか?」
「僕が泳ぎ終わった時にイッセーくんとどこか行ってたよ?」
「兵藤と?」
何故か嫌な予感がする。
「ちょっと休憩がてらに様子見てくるわ」
プールから上がって2人を探す。
なんかここで探し出さないと後々面倒になると勘が告げていた。
結果だけ言うと2人の捜索は至極あっさりと終わった。
何故か二人は用具室にいて、抱き合っていた。ゼノヴィアが裸で。
「ひ、日ノ宮!?」
こっちに気付いた一誠が冷や汗を流しながら焦っていたが。それを見た瞬間に一樹はあらゆることがどうでもよくなってしまった。
「お邪魔しました」
そう言って用具室の扉を閉めようとすると隙間に一誠の指が割って入る。
「ちょっと待て!話を聞けぇ!!」
「すいません。勘弁してくださいよ。俺、なんにも見てませんから……」
「なんで敬語!いいから話を聞け!いえ聞いてください!つか、その犯罪者を見るような眼ぇ、止めろぉおおおおお!!?」
余りにも必死な様子の一誠に一樹は溜息を漏らしながら扉を閉める力を緩める。
「で、なんの騒ぎだよこれは?」
「イッセーと子作りしようとしていたんだ」
「…………」
冷たい視線を送る一樹に一誠は事情を説明する。
今まで禁欲的な生活を送っていたゼノヴィアは悪魔に転生したことでリアスから自分のしたいことをしなさいと教えられた。
しかし今まで戦闘一辺倒に過ごしてきた彼女に急にやりたいことなど見つかるわけもなく悶々と悩む日々が続く。
これは教会の禁欲的な教えや生活もあるがそれ以上にゼノヴィア自身がそうしたことに興味が持てなかったことも大きい。
そんな中でまず思いついたのが己の剣技を極めること。
幼い頃から剣と共に育ってきた彼女にとって剣とは切っても切り離せない存在だった。
だがこれでは以前と何ら変わりない。出来ればもうひとつくらいやりたいことはないかと探ってみたところ。どうせなら女でしかできないことをしてみたいと。そこで思いついたのが。
「子作りだったと……」
「うん。私も機会があって数回ほど出産に立ち会ったことがあってね。命が産まれる瞬間というのは私から見ても素晴らしいことだと思う。そして出産は女にしか出来ない」
ゼノヴィアの言い分を聞いて一樹は頭を抱えた。
リアスからしたらあくまで学生という身分で可能な範囲でやりたいことをやれと教えたのだろうが本人が曲解しすぎている。
まぁ、やりたいことと言われて真っ先に出産を思いつくなんて誰も想像できないだろう。
だがさすがに妊娠はマズイと思って一樹は噛み砕いて説明する。
「もし仮に妊娠したとしても、運がかなり良くて出産まで停学。ほとんどの場合は退学は逃れられないぞ。そもそも子供が出来て学生身分のお前にどうやって面倒見るんだよ?授業受けられないだろ」
「うむ。しかし純血はもちろんのこと転生悪魔の出産率も人間に比べて低い。そう簡単には受精しないんじゃないかな?順調にいっても5年から10年くらいは大丈夫だと思う」
「そうだとしても、万が一があるだろ。そうなったらお前ひとりの問題じゃなくなるぞ。兵藤やその親御さんにだって迷惑がかかるだろうし。別に今すぐ子供がいるわけじゃないんだ。面倒が見れない奴が親になったって被害を被るのは子供の方だと思うぞ」
話しながら一樹はかつて自分を引き取った叔母を思い出していた。
あれは元々引き取った
その結果として一樹は多くの痣や怪我。心と体に大小問わず傷を負うことになった。
ゼノヴィアがアレと同じだとは思っていないが学生生活と兼ね合うのはどう考えても無理だ。
責任を負えない人間が子供など作るべきではない。少なくとも一樹はそう思う。
第一そうなれば学生生活を楽しんでほしいと彼女の生活を支援しているリアスに不義理を働くことになるだろう。
そうなればだれも望まない結果になることは想像に難くない。
アーシアや朱乃のこともある。
珍しく険しい表情で自分を説得する一樹にゼノヴィアは居心地が悪そうに視線を逸らした。
「む、すまない。どうやら私の考えは浅はかだったようだ」
「いや、俺も少しキツく言い過ぎた。まぁわかってくれたんならいい」
「うん。だから今後私がちゃんと責任を終える立場になったら改めて私と子作りしよう、イッセー!」
「うぉおおおおおおおおおおおい!微妙に話が蒸し返されてるんですけどぉ!」
「付き合いきれねぇ」
まぁ、自分で責任が取れると思うのならいいだろうと一樹はその場を後にした。後ろで一誠が助けを求めてたがハーレム王を目指すならそれくらい自分でどうにかしろと心の中で毒づく。
あの後、戻って来た一誠とゼノヴィアを交えて遊びあっという間に陽が落ち始めた。
想い想いに羽を伸ばした一行は校門の前でひとりの少年を見かける。
白音が白に近い銀髪ならその少年は灰色に近い銀髪をした見目麗しい少年だった。
「やぁ、良い学校だね」
「えっと……まぁね」
その少年はこちらに視線を送ると話しかけてきた少年に一誠が笑顔で答える。この学校には外国人も多いため、もしかしたら留学生かもしれない思っての対応だ。
しかしその少年と視線を交わした瞬間にオカルト研究部のほとんどが言いようのない圧迫感を覚える。
それは確信的なまでの死の予感だった。
「無防備だな……」
「あ?」
先程笑顔を浮かべていた少年は失望したかのように嘆息した。
「俺はヴァーリ。白龍皇――――――【
相手がそう名乗った瞬間、兵藤一誠の左手に宿る【
「ここで会うのは二度目か。俺の宿敵くん」
以前助けられたとはいえ、相手は明確な味方ではない。
それも白龍皇はあのコカビエルを圧倒した程の実力者だ。あの合宿で多少鍛えられたとはいえ一誠は勿論、オカルト研究部総出で戦っても勝ち目のある相手ではない。
警戒心が高まる中でヴァーリは一誠に指を近付ける。
「本当に無防備だな。俺が名乗った瞬間に神器を出現させるくらいの対応力が欲しかったがまさか棒立ちになるとは思わなかったよ。もし俺がこのまま君に魔術のひとつでもかけたりすれば—————」
その言葉が終わる前に二刀の刃がヴァーリに向けられる。
「少し、お遊びが過ぎるんじゃないかな?」
「ここで二天龍の戦闘を認めるわけにはいかない」
グレモリー眷属が誇る2人の剣士がそれぞれ剣を手にヴァーリの首にかける。しかし、その状況でも白龍皇は余裕の表情を崩さなかった。
「やめておくといい。今の君たちじゃ俺に傷ひとつ負わせることはできないよ。それも恐怖で怯えているその剣ではね」
見ると2人が持つその刀身がカタカタと震えていた。
「相手との力の差が判るのは強い証拠だよ。誇っていい。だがらこそ理解しているだろう。君たちと俺とでは決定的なまでに力の差がある」
「それで、貴方は当学園になんの用かしら?」
未だに目的が見えないヴァーリにリアスが問いかけた。
「俺の宿敵。今代の赤龍帝を間近で見ておきたかった。というのもあったが、今はそれ以上の興味の対象が君の傍にいたのでね」
「一誠以上の、興味の対象?」
赤い龍と白い龍は戦う運命にある。いくつかの例外を除いて歴代の主たちはいつもそうしてきた。ならば、ヴァーリの言うそれ以上の興味とは一体?
「君だよ。あのコカビエルに手傷を負わせた聖火使い。名前は日ノ宮一樹だったか」
「は?俺?」
指差された一樹は一瞬唖然とするが白音は2人の間に割って入った。
「目覚めたばかりの力であのコカビエルに一矢報いた炎。今はまだ俺の脅威には足りえないが鍛えればそれなりに楽しめそうだ。少なくとも今代の赤龍帝よりは期待が持てる」
まるで品定めするような視線に一樹はとっさに炎を出しそうになるがそうなる前にヴァーリが話題を変えた。
「君たちはこの世で自分がどれくらい強いと思う?」
突然話が変わり、全員が戸惑いの表情を浮かべた。
「この世界には強い者が多い。あの【
「どういうことだ?自分が一番強いとでも言いたいのかよ?」
「それはいずれ判る。だが俺じゃない。リアス・グレモリー。早く赤龍帝と聖火使いに自分の力を飼い慣らさせることだ。こちらの世界に関わった以上、弱いままではいつかは潰されてしまう。特異の能力があるならなおのことだ。もう彼らを見過ごせる段階ではなくなった」
だから彼らを導くのは君の義務だと言わんばかりにヴァーリはリアスを見据えた。
それにリアスは何か言い返そうとするが言えなかった。
彼女自身、2人をどう道を指し示すべきか悩んでいたこともある。
私に、2人の上に立てるほどの器があるのかと。
その返答を聞くことなく白龍皇ヴァーリはその場を去って行った。
消灯した自室のベッドで白音はひとり天井を睨めつけていた。
思い起こすのは白龍皇が言った言葉。
――――――こちらの世界に関わった以上、弱いままでは潰されてしまう。特異の能力があるならなおのことだ。
「……関係、ない」
小さな。しかしその声には確かな決意と怒りを込めて呟かれた。
「傷つけさせない。殺させない。いっくんを害する全ては私が排除する」
力の有る無しなど関係ない。
日ノ宮一樹を傷つける全ての存在が猫上白音の敵だ。
たとえそれが白龍皇であろうと例外ではない。
「そのためには、私ももっともっと強くならなきゃ……」
握った拳に誓うように、白音は鋭くその手を睨めつけた。
しかしプールの時、ホントに子作りして子供が出来たらどうするつもりだったんだろう、ゼノヴィア。