リビングの床に掃除機をかけながら一樹はソファーで寝そべっている我が姉を見る。
下着の上にぶかぶかのTシャツ1枚というだらしない恰好。
暑さが辛くなってきた季節にクーラーの効いたリビングはさぞや心地いい空間だろう。
白音は別の自室で取り込んだ洗濯物にアイロンをかけている。
こうして家事に勤しむ弟妹だが姉がそれを手伝わないのは一家の大黒柱、だからではなく単純に二人の仕事が増えるからだ。
風呂掃除をすれば何故か浴室の外まで水浸しにし。窓拭きを頼むとガラスに傷が付くどころか罅が入り砕け。アイロンなどを任せれば7割の衣類をダメにする。
そんなわけで基本黒歌に家事はさせないということで猫上家では満場一致している。
まあ、これでも家族内のことで済めばまだマシで、以前洗濯機を買い替えた時など全裸で運送員の前に出てちょっとした騒ぎになった。
仕事ではしっかりしているらしいがそれ以外がダメな人の典型。それが黒歌である。
「うしっと!こんなもんか」
粗方掃除機をかけ終わり、伸びをする一樹。
その時、ポケット入っていた携帯が鳴った。
「あ?」
誰からかと思い携帯を取り出すと差出人は桐生藍華だった。
『やぁ、日ノ宮元気~』
「元気だよ。珍しいな、お前が電話くれるなんて」
『いやいや!アンタに言われたくないわ。そっちなんてまったく連絡してこないじゃん!』
一樹が連絡するときは本当に必要最低限。前にメールを送ったのも中学時代に風邪で学校を休んだ時に『ノート貸して』で終わるほど簡素なモノだった。
「そうだっけか?なんでもいいけどな。それよりどうした?」
『うん。ちょっとね。買い物、付きあってくれない?』
その日の予定が決定した。
「お!アーシアにはこういう白い水着が似合うんじゃない?ゼノヴィアっちはこっちの動き易そうなやつ!白音はこっちの水色のが———」
デパートの水着売り場でワイワイとはしゃぎながら少女たち。
藍華が似合っていそうなお勧めを紹介してそれをゼノヴィア、アーシア、白音が選んでいる。
日ノ宮一樹はというと。
両手に多くの衣料品やらなにやらが入った袋を大量に持って少し離れた位置から4人の少女を眺めている。
この買い物の趣旨はゼノヴィアの必需品の購入だった。
今日、朝からゼノヴィアが暮らすマンションに遊びに行った藍華とアーシアだったが中を見て愕然とした。
何にもないのだ。
衣服は必要最低限。テレビなどの娯楽品はもちろん、棚ひとつもないという殺風景。
一応、悪魔に転生してから家具を揃える資金は渡されていたらしいが、どう使っていいのかわからずに未だに最初から備え付けられていた物以外は使用していないらしい。
元々教会で質素倹約を旨に生活していたゼノヴィアだ。いざひとりで好きにしていいと言われてもどうすればいいのか首を傾げるばかりだったようだ。
そこで家具などに詳しい白音と荷物持ちの一樹に連絡がきたというわけだ。
ついでに時期的に水着も買おうという話になり、この場所まで移動したわけだが。
「まぁ、いいんだけどな……」
案山子のように立ちすくみながらため息を吐く。
買ってあるのはゼノヴィアの買い物ばかりではなく他の3人が購入した物も含まれる。
さっきから周りがこちらをチラチラ見ているのが気になるが、あの中に入っていく勇気は一樹にはない。
そう思っていたら向こうからお声がかかった。
「お~い日ノ宮ぁ~。ちょっとこっち来て~」
藍華に呼ばれて一樹は顔をしかめて足を進める。
「なんだよ……」
「そんなに嫌そうな顔しなくてもいいでしょ」
「女性の水着売り場なんて男にとっちゃ鬼門なんだよ!」
ぶっちゃけ居るだけでも恥ずかしい。
「うん。ま、そんなことはどうでもいいわ」
「はっ倒すぞテメェ……!」
引き攣った笑顔のままドスの効いた声で一樹は藍華の額にデコピンをお見舞いした。
「で?俺になんか用か?」
「男の日ノ宮から見てアーシアたちに似合う水着ってどれか意見を聞きたくて—————ほら、アーシアが兵藤を悩殺できそうなやつとか選んであげて」
最後は小声で一樹に耳打ちする藍華。
それについて一樹の答えは単純だった。
「知らねぇよ兵藤の嗜好なんて。なんか露出の多い水着でも選べばいいんじゃねぇか?」
「う~ん。やっぱりそう思う?でもそれだとアーシアの清楚さとかが損なわれる感じじゃない?」
「そうだな。てかさ、それなら最初から兵藤連れてくればよかったんじゃねぇか?アーシアと一緒に住んでんだろ?」
「わかってないわね。こういうのは内緒にして着る機会が来た時に見せた方がインパクトあるでしょ」
「そんなもんかね……」
「そういうもんよ。ほら、アンタは白音の水着でも選んであげなさい。あの子もどれ買うか悩んでるみたいだから」
言われて一樹は白音に話しかけた。
「あぁ、どれか悩んでるって?」
「うん。やっぱり私の身長だとね」
自分の体格に僅かなコンプレックスを抱く白音は子供用の水着を見て自嘲気味に笑う。
こういうのを選ぶとき白音はいつもどうして姉さまみたいに、と呟いている。
悩んでいる白音に一樹は目に留まった水着を指さす。
「白音、コレとかどうだ?」
一樹は1着の水着を指さす。
それは濃い青色を基本に白い水玉模様の入ったフリル付きの水着だった。
「これ、似合うと思う?」
「そう思うから選んだ。白音の好みに合わないと思うなら無理して—————」
「じゃあこれにする」
あっさりと決めて水着を手に取る白音。
「いいのかよ?」
「うん。いっくんが選んでくれたから……」
そう言ってはにかみながら笑みを浮かべた。
それを少し離れで見ていた3人は眺めていた。
「うう。やっぱり私もイッセーさんに選んでもらいましょうか」
「それは次の機会にとっときなさいアーシア。まずは不意打ちで勝負よ!」
「不意打ちですか!?」
「そう不意打ち!水着選びって親しさっていうか、ある程度遠慮がいらない関係じゃないと上手く行かないらしいし。今回はそれらを縮めるためのステップなのよ!」
「よくわからないがそういうものなのか?」
「そーゆーもんよ」
その後、アーシアやゼノヴィアの分も候補を上げて一樹が選ぶことになった。
買い物が終わった後はまだ時間が余っていたためゲームセンターに行くことになった。
最初は慣れないゲームセンターの騒音に戸惑っているアーシアとゼノヴィアだったが桐生や一樹の勧めで幾つかプレイしていってゼノヴィアはリズム系のゲームやレーシング系で素人とは思えない成績を出し、アーシアはUFOキャッチャーに興じたが一向に取れず、白音に取ってもらっていた。
一通り遊んだゼノヴィアに一樹は缶ジュースを手渡して話しかける。ゼノヴィアも礼を言って受け取った。
「楽しんだか?」
「うん。教会ではこうした施設に触れる機会がないからね。新鮮だった」
「そっか」
缶ジュースに一口つけると溜め込んでいたものを吐き出すように話し始めた。
「正直、もっと上手くやれると思ったんだ」
「ん?」
「レーティングゲームの時さ。聖剣使いである自分なら簡単に部長を勝たせられる。そう慢心していたんだ。だが私は武器の力を自分の強さと過信していた。私はデュランダルをちっとも使いこなせていないということが先のゲームで痛感させられた」
デュランダルの力は確かに強力だ。あの剣なら大抵の相手は一蹴できる。
だがそれはゼノヴィア自身の力ではない。
聖剣に頼っていてはすぐに限界が訪れる。
あのゲームでゼノヴィアはそれを痛感させられた。
「色々考えて煮詰まっていた時に今日の誘いを受けてな。いい気分転換になった」
別段答えが出たわけではないが、、ひとりで悶々と考えても答えは出ないと分かった。
「悪魔に転生して一か月足らず。本当に気づかされることが多い」
最後にそう呟いたゼノヴィアはとても嬉しそうな表情をしていた。
「ありがとうございます、白音ちゃん!大事にしますね!」
「いえ、これくらいは……」
大事そうに白音が取った犬だかネズミだかよくわからないつぶらな瞳をしたずんぐり体形の人形を抱きしめている。
「白音ちゃんはこういった場所にはよく来るんですか?」
「たまに気分転換で」
「そうですか」
余りおしゃべるとは言えない白音の返答にアーシアは特に気分を害した様子はない。
そんな2人にいつの間にか桐生が近づいてきた。
「お!取れたんだ」
「あ、はい。白音ちゃんが取ってくれました」
「ほうほう。優しいわね白音」
ニヤニヤと白音の方を見る藍華に本人は少しだけ眉をしかめる。
「そろそろ一樹とゼノヴィアと合流してなんか食べましょ」
休日はあっという間に過ぎ、アーシアやゼノヴィアと別れた。
「今日はありがとね」
「荷物持ちくらいいいけどな」
言って藍華の荷物を手渡す。
「それもあるけどね。ゼノヴィアっちと話してくれたでしょ」
「話を聞いただけだ。俺から何か言ったわけじゃねぇ」
「あっそ。それはいいのよ。最近ゼノヴィアっちなんか元気なさそうだったからね。ちょっとは元気出てくれて安心したわ」
「そっか」
藍華なりに友人であるゼノヴィアを気遣ったのだろう。それで今日の買い出しは都合が良かったというところか。
それじゃまたねとお互い別れた。
「今日は楽しかったね」
「そうだな」
なんでもない当たり前の1日。
それがどれほど尊いのか。
それを本当に自覚するのはもう少し先の話。
桐生は初期案だとサブヒロインで白音との三角関係とか展開される筈でした。
話の大本と関係ない上に纏めきれる自信がないのでボツにしましたが。