運動場の戦いはオカルト研究部が誇る最速のふたりが回避に専念する形だった。
ユーベルーナの放つ弾幕に白音も祐斗も迂闊に近づけないでいる。
白音に至っては高く飛ぶユーベルーナに近づく術すらなく、ただ落ちてくる空爆を動き回って回避するだけで精一杯だった。
祐斗は悪魔の翼を広げてどうにか近づこうと接近を試みるが、大小問わず放たれる攻撃に回避に専念せざる得ない。
「ふふ。やはり成す術がありませんわね。それで私たちを倒すとよく言えたものですわ」
「……浮いてるだけのくせに何を自慢げに!」
嘲笑するレイヴェルに白音は小さく悪態を吐いた。
「あら?そちらは行き止まりですわよ?」
ユーベルーナの爆撃に動きを操られ、建物の壁に追いやられた。これでひとり、とレイヴェルが勝ち誇った笑みをするがその予想は覆される。
白音は壁に足をかけるとそのまま水平に駆け上り、まるで下と横の重力が入れ替わったかのように平然と壁を地に移動している。
「な、なんですのアレ!?」
白音は気を足に集めて吸引力を作り、足の裏に壁をくっ付けて走っている。
気が少なすぎれば吸引力が生まれず多ければ弾かれてしまう。
しかし白音にとって体の一部位に気を集めて壁を走る程度は呼吸をするほどに簡単だった。
「ま、まぁいいですわ。少々驚きましたがアレではこちらに攻撃を届かせることは不可能。動く的でしかないことに違いありませんわ」
少しばかり驚かされたがレイヴェルの中で白音は既に脅威足りえなかった。
ならば優先して倒すのは——————。
「ハァッ!!」
僅かに動きを止めたユーベルーナに祐斗は聖魔剣を手に突撃した。
相手も即座にそれを察して障壁を展開する。
剣と盾が衝突し、光を放つ。
裕斗の聖魔剣はじりじりとユーベルーナが作り出した魔力の盾に進行していった。
(行けるっ!!)
確信し、そのまま刃を進ませるが、ユーベルーナは不敵に笑った。
「大したものだわ坊や。でもね貴方。爆薬反応装甲ってご存知かしら?」
瞬間、魔力の盾は裕斗に向かって爆発を起こした。
「がッ!?」
油断した!地に墜とされながら祐斗は自分の迂闊さに唇を噛む。
相手の女王は空が飛べる自分が倒さなければいけなかったのに。
(ごめん……みんな……)
約束が守れなかったことを心の内で謝罪する。
だが、自分の横を白い影が通過した。
堕ちる自分を横切ったのはいつの間に跳躍していた白音だ。
彼女は祐斗と目線が合うとその唇で動かした。
——————後は任せてください。
そう言ったのを理解すると白音は祐斗の体を足場にしてさらに跳躍し、ユーナベールに接近した。
落下物を足場にする白音の身体能力と自分を足場にしたことに唖然としながらも口元を吊り上げる。
——————うん。後はお願いね。
心の中で呟くと同時に裕斗の体は地に衝突した。
祐斗を足場にした白音はそのまま左手に持った苦無をユーベルーナの眉間を目掛けて投擲する。
魔力の盾を爆発させたことで次の障壁を張るのに時間がかかる。故に苦無を防ぐことは不可能。
「馬鹿にしないでくださる?」
ユーベルーナは単純に首を動かし、向かってきた苦無を避けた。
「これでも私はライザーさまの女王よ。この程度の投擲物が避けられないわけないでしょう」
心の内ではここまで喰らいついてきたリアスのゲストに称賛しながらもこれで終わりと確信する。
身動きが取れない空中なら一撃。念を押して3発も放てば倒せるだろう。
そう結論し、杖から爆撃の魔法を放とうとすると、自分をなにかが覆った。
「え?」
見上げるとそこには下から向かってきたはずの白い少女が先ほど避けた苦無を手にしてユーベルーナの頭上を取っている。
その事実が理解できず、呆然としてしまったのが仇となった。
下にいた時は気づかなかったが白音の右手には何かがある。
それはまるで、小さな台風。
「もらい、です!」
その右手を容赦なくユーベルーナの体に叩きつけた。
「ぐふっ!?」
攻撃を喰らった瞬間。ユーベルーナは瞬きの間すら許されないほどの速度で地面に叩きつけられた。
(成功した!)
螺旋丸。
それが白音が5年以上かけて完成させた切り札だった。
気を乱回転させて球状に圧縮し、留める。理論としては単純だが精密な気のコントロール。特に圧縮し留めるのは全力の力を完璧にコントロールしなければならないため、完成には至ったのは先の合宿の時だった。
姉の黒歌のアドバイスをもらいながらもどうにか形にしたこの技はまさに必殺の一撃と言える。
合宿時になんとか発動時間を短縮させることに成功したが7秒かかり、維持も40秒と短い。何より両手が塞がる上に意識を集中するために動けないときた。
裕斗がユーベルーナに突撃して障壁を貫いている間に完成させてどうにか決めたのだ。
(せめて五秒以内にそれも片手で使えるようにならないと実戦じゃ使えないかな。術の構成中は完全な無防備になるし)
今回はチーム戦だったことと、レイヴェルが傍観に徹していたからこそだった。
そうでなかったら技が完成する前にやられていただろう。
落下の感覚が襲うと同時に白音はもう一本の苦無を取り出してレイヴェルの居る方角に投げる。
苦無の柄に巻かれているのは転移符の目印であり、自身の持っている転移符を発動させて空間跳躍を行っている。
難なのは、自作できず、姉の手製ということで自分の力とは言えないところで、一度使うと効果が消えてしまうところだが。
レイヴェルのすぐ近くに転移して蹴りを叩き込み、そのまま顔を鷲掴みにして地面へと降下させる。
ふたり分の落下音が響く。
「ゲホッ!?こ、っの!やってくれますわね!フェニックス家の息女たるこの私に……!」
「関係ない。あなたはここで確実に潰す」
白音は一度両の手をパシンと合わせた後に掌底で胸を突く。
「嘗めないでくださいましっ!?」
追い打ちをかけようとする白音にレイヴェルは炎を使い、距離を取った。
「へぇ。攻撃、出来たのね」
「私とてフェニックス家の女。炎と風の扱いでそこらの者に後れを取るつもりはありません!」
闘わないのはてっきり戦闘能力が皆無のお嬢さまだからだと思っていたがそれなりに心得があるらしい。
レイヴェルの方もまさか自分を除いた眷属全てが倒されるなどと思っておらず、自分が戦うことに苛立ちを感じていた。
「こうなっては仕方ありませんわね。貴女はここで私が討ち取りますわ!」
「やれるものなら……!」
「いきま———————イタッ!?」
レイヴェルは実戦で初めて自身の炎を奮おうとした。だがそこで腕に違和感を覚えた。
「なんです—————―ひぃっ!?」
自身の腕を見て普段では絶対出さないであろう声が出た。
見ると、レイヴェルの右腕は溶けて、骨が見えていた。
それを認識したと同時に言いようのない苦痛がレイヴェルを襲う。
(な、なんですのこれは!私の腕がどうして溶けて!それになぜ治らないんですの!?)
混乱が増す頭をどうにか動かしレイヴェルは懐からある小瓶を取り出す。
それは、フェニックスの涙と呼ばれる。フェニックス家のみが製造でき、高額で取引される貴重な治癒アイテムだった。
如何なる傷をも癒すフェニックスの涙はレーティングゲームが始まってからは特に重要なフェニックス家の特産品であり、フェニックス家はこれにより巨万の富と地位を得ていた。
それを嫉妬する他の家からは成り上がりなどと言われているのだが。
ゲームでは2つまで持ち込みが許可されており、今回ライザー陣営はレイヴェルとユーナベールがそれぞれこのアイテムを所持していた。
それを自身に振りかけ、傷を癒そうとする。だが。
「ど、どうしてフェニックスの涙が効かないんですの!?」
このゲームの切り札であったアイテムが全く効果を及ぼさず、レイヴェルの頭はさらに混乱を極める。
次第に痛みは腕だけでなく、腹部からも同様の痛みが走る。
混乱した頭でレイヴェルは自分のお腹を確認すると腹部の肉が溶け、自らの腸がだらりと垂れてくるのが見えた。
それを認識した瞬間、彼女の理性は決壊した。
「い、いやぁぁああああああああああああっ!!?」
絶叫を上げてレイヴェル・フェニックスは意識を手放した。
「メンタル弱すぎ……」
それを見ていた白音は呆れたように溜め息を吐く。
意識を失ったのは傷ひとつない少女。
彼女が認識していた傷は全て白音がかけた幻術だった。
幻術には主に2種類存在する。
魔力でなにもない場所に立体映像を作るタイプ。
もうひとつは相手に催眠をかけて術者の思い通りに世界を誤認させるタイプ。
前者は広範囲で効果があるが、見破りやすい。浅くて広い術。
後者は単体でしか発動が難しく、破るのが困難な狭く深いタイプ。
白音が使ったのは後者。
もっとも白音の催眠幻術は覚えたてで未熟なため、ある程度術に精通していれば容易く看破され、破られてしまうものだ。
レイヴェルに効いたのはただの経験不足だろう。
多少の訓練は受けていても実戦で幻術をかけられる経験など皆無だったからと白音は推測する。
ましてや頼りにしていた女王が倒されて本人が思っていた以上に動揺していたようだ。
「もっと色々試したかったんだけど……」
幻術が効かなければ仙術での攻撃がどれだけ効果があるか、とか。ライザーと戦う前に確かめたいことがあったのでもう少し頑張って欲しかったのが本音だ。
「上手くすれば精神攻撃だけでも有用と知れたのは収穫かな」
白音は既にレイヴェルのことを意識から外してライザーをどう狩るか思案している。
たかだか悪魔が自分の家族を飼うなどと表現したのだ。その喧嘩は何倍の値で買わなければならない。
強いて言うなら二度と戦いなどできないほどにトラウマを植えつけてやろう。
そう決意して校舎に入ろうとすると何かが降ってきた。
「お、らぁっ!?」
ライザーとの戦闘は一誠と一樹の2人がかりで相手をしていた。
リアスは目まぐるしく動く3人の動きに自慢の滅びの魔力では味方を攻撃してしまうと機を狙っていた。
槍ときどき聖火を操りライザーに向かう一樹。
女王に
普段の仲の悪さが嘘のように連携を取っている。
どちらかが片方だけなら多少苦戦してもライザーの敵ではなかっただろう。
しかし、2人がかりだと話は違ってくる。
「この、糞餓鬼どもがぁ!!」
ライザーがフェニックス自慢の炎を放つ。
「どけっ兵藤!!」
一樹が一誠を庇うように立ち塞がり、炎をその身に受ける。本来人間など焼き殺すことの容易い炎。しかし例外は存在する。
「効かねぇよ!!」
多少焼け焦げた跡はあるものの大したダメージも負わずにかまわず槍を振るう一樹。打撃でダメージを与えようとも槍という射程のアドバンテージが取られている一樹に炎を除けば肉体以上の射程がないライザーは思うように近付けないでいる。なぜなら—————。
「倒れろぉ!」
一誠が喰らいついて何度も拳を受けながらも倒れることなく戦っているからだ。
物理的な頑丈さで一誠が盾になり、炎の耐久力に優れた一樹が炎をやり過ごす。
しかしそれで一方的な戦いかと言われればそうではない。
「邪魔だ!」
ライザーの放った蹴りが一樹を飛ばし、拳で一誠を後退させる。
炎や再生能力の厄介さはもちろんだが、その格闘能力も相当な高さだった。
「チッ!頑丈な奴だ。それに生粋の炎使いは火炎に対し強い耐性を持つと言うが、この俺が人間の小僧ひとり下せないとはな……」
忌々し気に2人を睨みつけるライザー。
対して一誠は一誠は確かな手応えを感じていた。
(勝てる!このまま行けば勝てる!部長を勝たせられるぜ!)
『いや、ダメだ相棒』
勝利を確信した一誠にドライグは無情の宣告をした。
『Reset』
倍加の終了を知らせる合図が籠手から告げられた。
「クソ!こんな時に!でもまた1から倍加すりゃっ…………!?」
再び倍加を開始しようとするが、一誠の体に急激な虚脱感が襲う。
「イッセー!?」
「イッセーさん!?」
突如膝をついたイッセーに後ろにいたリアスとアーシアが声を上げる。
『今日何度倍加の力を使った?もう相棒の体力は限界だ。これ以上は命に係わる。昇格の負担込みでな』
「そんな……!?」
ドライグの言葉に一誠は苦渋で顔をしかめた。
やっとここまで来たのに、と。
「いや、かまわねぇドライグ!このまま倍加を……!」
「させると思うか?」
膝をついた一誠にライザーは近づくと首を掴んで持ち上げる。
「拍子抜けする結果だがお前はよく頑張ったさ……。正直、お前たちがここまで辿り着けるとは思ってなかったからな」
首を掴まれながらも自分を睨みつけ戦意を衰えさせない一誠にライザーは鼻で笑う。
「ふん。ここに来てまだ折れないか。その諦めの悪さだけは大したもんだ」
「うるせぇ!誰がそんな世辞いるかよ!!」
「ライザー!イッセーから手を離しなさい!」
滅びの魔力を手に集めて叫ぶリアスにライザーは口元を吊り上げる。
「おぉ、怖い怖い。言われなくてもすぐに離してやるさ。こんな風になっ!!」
ライザーは大きく振りかぶって一誠を投げ飛ばす。
投げ飛ばされた一誠は屋上の貯水タンクに激突し、壊れたタンクから水を被っている。
「イッセーさん!?」
「まだ意識は失っていないようだがあの様子じゃもう動けまい。次は……」
ライザーは一樹に接近して蹴り入れるが、槍で防がれた。
「反応は悪くない。だがなっ!」
「っ!?」
そのまま力押しで一樹を蹴り飛ばした。
槍を手から落とした一樹がそれを拾う前にライザーは炎を噴出させる。
「さっきまでとは比べ物にならん熱量だ。これに耐えられるか試してやる!」
向かってくる炎に一樹は流石にマズイと感じ、自身も炎を放ち、防ごうとする。
炎と炎がぶつかる。
相性という点では聖火を使う一樹に軍配が上がるも単純な熱量と勢いにおいてライザーに圧倒的なアドバンテージがある。
一樹の炎はじりじりと押し込まれていった。
「ハッ!その程度で不死鳥の炎を防ごうとはなぁ!貧弱貧弱ゥ!」
じりじりと迫り来る炎に一樹は苦悶の表情で思案すると突如大きく息を吸って勢いよく吹いた。
「なにぃ!」
吹いた息は炎へと変わり僅かな拮抗を生んだ。
両手だけの炎では足りないと判断した一樹はとっさに息に気を乗せて炎と変化させたのだ。
息が切れたと同時にお互いの炎が終わる。
「はぁっはあっはあっ!クソッ!舌焼けた!」
口元を抑えながら呼吸を乱すも自身の炎をやり過ごして見せた一樹にライザーは苛立ちと僅かな称賛を覚えた。
一樹は落ちた槍を拾おうとせず握った拳に炎を纏わせる。
「槍を使わなくていいのか?」
「兵藤がいない以上、槍を使ってもどうせアンタには通じそうにねぇしな。一番慣れ親しんだ
槍が通じたのはあくまで2対1という状況だったからだ。俄仕込みの槍がこの男に通用するとは思えない。
覚悟を決めて一樹は構えを取る。
「いくぞ」
一樹は疾走し、ライザーに拳を放つ。
直接聖なる炎に触れるのは不味いため、ライザーは回避を選択。そしてカウンターで一樹の腹を突いた。
「アガッ!?」
腹部を貫かれた一樹は盛大に血を吐いた。
正直に言えば、リアスの兵士を倒した瞬間、ライザーは目の前の人間を嬲ると決めていた。
リアスが投了を決意するまで、リタイアを許さずに痛めつけ、リアスの
それを一撃で勝負を決めにかかったのはライザーなりの敬意だった。
自分の炎を防いだ時、一樹が限界だったことをライザーは察していた。
それでも戦意を衰えさせない目の前の人間を嬲る気にはなれず、こうして一撃で確実に倒す。
腹を貫き致命傷だが、すぐに医療室に運ばれれば死ぬことはないだろうと考えて。
しかしそこで一樹の最後の抵抗を見せた。
腹を貫かれたまま一樹はライザの胸に手を添えて炎を生み出した。
「なっ!?」
すぐに一樹から体を離すライザー聖なる炎を浴びたことで顔を苦痛に歪ませる。そして倒れる一樹の顔を見るとそこには一矢報いたぞと言わんばかりに笑う人間の顔があった。
舌打ちしてこの場から消える一樹を見届ける。しかし、ライザーの危機はまだ去っていなかった。
殺気を感じたライザーが振り向くとそこにはいつの間にか近づいたリアスが集めた滅びの魔力で同時に牙を向く。
「消えなさい、ライザー!!」
解放された黒い魔力。それを反射で躱すも左腕が消し飛ばされた。
聖火を受けていたライザーは消された腕の再生にしばらくかかることを察したがその前に残った右腕でリアスの腕を掴む。
「少しお転婆が過ぎるなリアス!まさかここに来て君が動くとはっ!」
「イッセーも一樹もこの戦いに勝つために限界以上の力を振り絞ってくれたわ!私はあの子たちのためにもこの勝負を投げることだけは許されない!」
「その心構えは立派だがなリアス。既に君を守る者はいない。まさか下で戦ってる下僕が助けに来るなどと期待してるわけではないだろう?君は本当の意味で詰んだんだよ!これ以上の悪あがきは自分だけでなく家にも泥を塗ることになるぞ!」
ライザーの勧告をリアスは鼻で笑った。
「貴方こそ何を勘違いしているの?私の可愛い
「なにを?」
言っていると続けようとしたが、その時、ライザーの耳に声が届いた。
「部、ちょぉおおおおおおおおを!はなせぇええええええええええええっ!!!」
悪魔の翼を広げた一誠が一直線にライザーへと体当たりをしてリアスから離させると敵の体にしがみついた。
「赤龍帝!貴様、どうして!?」
「日ノ宮が時間を稼いでくれた!アーシアが治してくれた!!だから俺はまだ戦えるっ!!」
屋上から飛んだ瞬間、ライザーはリアスの僧侶が既に解放されていることに気付いた。
ライザーが一樹と炎を衝突させている最中、アーシアは魔力の檻から解放されており、彼女はすぐに一誠の治療に取り掛かっていた。
炎のぶつかり合いにより、自身の女王と僧侶。そしてリアスの騎士がリタイアしていることに聞き逃していた。
さらにアーシアとリアスが後ろにいたことで彼女の存在を意識から外していたこともある。
しかし、一誠のほうも負った怪我はアーシアに最低限治療してもらったが完治には程遠く失った体力も戻っていない
それでも僅かな休息で取り戻した体力を倍加に費やし、こうしてライザーに突撃をかましている。
「この!離せ!」
「はなすかぁ!?」
これが本当に最後のチャンスだ。これで仕留めなければ敗北は確定する。
だから一誠はライザーに顔面を幾度殴られながらもその体を離そうとしなかった。
「屋上からのダイブだ!墜ちろ焼き鳥ヤロォオオオオオオオオオオッ!!」
最後の攻撃手段として選んだのは特攻と屋上からの身投げ。これ以外の方法が一誠には思いつかなかった。
倍加によって上げられた加速力でそのまま校庭へと激突する。
隕石が落ちたかのような音と衝撃が響く。
舞い上がった砂埃から一誠は体をボールのようにバウンドさせて出てきた。
「ははっ!もうほんとに動けねぇ……でもこれならあの鳥野郎も……」
『今の奴は再生能力が遅延しているからな。これほどのダメージだ。只では済まんだろうさ』
地に這い蹲って笑う一誠。
どうしようもなくみっともない姿だが、今の彼を嗤う者はいないだろう。
限界まで力を振り絞った彼を。
「……嘘、だろ」
砂埃が晴れると一誠は視界に入ったそれに絶句した。
見ると、そこには高そうなスーツは見る影もないほどボロボロで素肌を晒し。それでも不敵に勝ち誇った笑みを浮かべて立っているライザーの姿だった。
仕留められなかったのか。
アレだけ周りの力を借りて、自分は倒しきることが出来なかったのだ。
立ち上がろうと体に力を込めるが、僅かに身じろぎするだけで碌に動けない。
それどころか、一誠の意志に反してゆっくりと瞼が落ちていく。
「ち、くしょう……っ!?」
部長の笑顔を守れなかった。仲間の想いにも応えられなかった。
それが情けなくて一誠は一筋の涙を流す。
「わりぃ……みんな……ぶちょう…………」
喉からそれだけを絞り出し、一誠の意識は闇に落ちた。