進んだ先にあった光景を目にして日ノ宮一樹は頭が沸騰しそうな程に怒りを覚えた。
倒れている白音とギャスパー。涙を流して呆然としているレイヴェル。
その光景だけでここに居るフードの男を排除するには充分な理由だった。
「ベンニーア」
「はい?」
「白音達を速攻で拾ってアーシアのところまで運べ。あの野郎は俺が潰す」
白音が倒れている意味を考えずに一樹は拳に炎を纏わせてフードの敵に最速で移動する。
放った炎の拳は敵の魔力の盾に防がれた。
「現れて早々、ですか。日ノ宮一樹くん。貴方はもっと冷静な方だと思っていたのですが」
「そりゃ誤情報だ! 自分の彼女がボコボコにされて黙り決められるほど大人じゃないんだよ、俺はっ!!」
「彼女たちを傷つけてしまったのはこちらの落ち度です。まさか、あそこまで抵抗されるとは」
魔力の盾から衝撃が生まれ、一樹は一誠たちのところまで飛ばされる。
「ちっ!」
「無茶すんじゃねぇよ!」
「あぁ……」
受け答えはするが、その眼光ははっきりと目の前の男を敵視して睨んでいた。
傷を負った白音とギャスパーはベンニーアに回収されてアーシアの治療を受けている。
今にも噛みつかんばかりの一樹の剣幕にフードの男は息を吐いて指をパチンと鳴らすとレイヴェルを捕らえていた光の檻が消え去る。
「彼女はお返ししましょう。元々、フェニックス家の御令嬢を捕らえていたのはついでのような物ですし」
「ついで、だと……!」
ここまでの騒ぎを起こしておいてそれをついでと言う男にゼノヴィアが手にしている聖剣を強く握りしめた。
「イッセーさま……」
顔を青くしてふらふらとこっちにくるレイヴェルの肩を一誠が優しく掴む。
「わ、私を守ろうとして白音さんとギャスパーさんが……」
ガタガタと小刻みに体を震わせて体を抱きしめているレイヴェル。
何も答えないレイヴェルの代わりに男が答える。
「此方ととしても、彼女たちに危害を加える気はなかったのですがね。そちらのお2人が予想以上に抵抗するので要らぬ傷を負わせてしまいました」
不本意だ、と言わんばかりの相手に全員が怒りを覚えながら、ロスヴァイセが代表して問い質す。
「貴方が今回の黒幕ですか?」
「……」
ロスヴァイセの問いにフードを僅かな沈黙で返したが、すぐに答える。
「今回の件のお膳立てをした、という意味ではそうですね。尤も、私は今回、貴方方に挑戦したがっていた魔法使いたちの行動に便乗した形でしたが」
顔を隠した男は話し始める。
「協会を追放された若手の魔法使いと禍の団の魔法使い。彼らは以前より交流があったようです。今回、協会が下した若手悪魔の評価に興味を持ち、最近、旧魔王派からぞんざいに扱われている禍の団に所属する魔法使いと手を組んで、行動を開始したようです。英雄派が禍の団を抜けたことで彼らも本格的に禍の団での居場所が無くなってきましたからね」
「曹操たちが禍の団を抜けた?」
「おや? ご存じなかったのですか? えぇ。彼らは、少し前か行方を眩ませています。今はどこで何をしているのか……」
困りましたね、とばかりに嘆息する。
怒りを圧し殺しながらロスヴァイセが質問する。
「それで、溢れた魔法使いたちを使ってこの町や学園を襲ったのですか?」
「はい。シャルバ・ベルゼブブは魔法使いたちの行動には無関心でして。代わりに私が取りまとめさせていただきましたが、これが中々に大変でして。今回の件は、上も好きにさせろ、ということでしたので彼らのわがままを叶える形で行動させました」
「そんな理由でかよ……!」
フードの男の言葉に匙が怒りを露にして睨み付ける。
しかしその視線は流され、男は小瓶を見せた。
「次の目的は、これです」
「フェニックスの涙……!?」
「はい。闇マーケットで流れている涙。しかし、これもまだ完璧ではありません。ですから、フェニックスの魔力や肉体の詳細なデータが欲しかったのですが、そこの2人に邪魔されてしまいました」
白音とギャスパーを見るが一樹が隠すように2人を視界から遮る位置に立つ。
その様子に肩をすくめてから、男は周りに置かれている機材を指した。
硝子の箱の中に容れられている人間たちが確認できる。
「フェニックスのクローンですよ。涙を生産するのに造られた」
その事実にレイヴェルの顔が蒼白になった。
先程からそのことを知っていて、改めて突き付けられて心が揺さぶられたらしい。
「どうして……フェニックスのクローンなん、て……こんなの……」
「非道、ですか。今の若い子たちには刺激が強かったようですね。三大勢力の戦争時は、このくらいのことは日常茶飯事だったのですが」
時代ですかね、と口にする男に、ロスヴァイセが前に出た。
「先程からの物言い。貴方は旧魔王派に所属している禍の団ではなさそうですね」
「えぇ。彼らとの親交はありますが、別の派閥ですよ。英雄派禍の団を抜けたことで、陰に隠れていた我々も表に出ざる得なくなりまして」
相手の言葉から、ロスヴァイセは目の前の男が悪魔ではあるが、しかし旧魔王派とは別の派閥の者だと考える。
男がそこで話題を変えた。
「フェニックスの者の身体を調べられなかったのは残念ですが、これでようやく今回の最も重要な目的を試すことができます。実は貴殿方にはある方と戦ってもらいたいのですよ。今回、魔法使いたちの要望を聞いたのは、そのついででしてね」
言うと、男が指を鳴らし、緑色の魔方陣が出現した。
「緑の
「いえ、アレは緑ではありません! もっと深い、深緑の────」
すると龍門から1体のドラゴンが現れようとする。
「さぁ、来なさい。深緑を司るドラゴン。【
咆哮と共に現れた浅黒い肌の太い手足。2本足で立つ、巨大な翼を持った存在。
鋭い爪と牙はあるが、ドラゴンというよりはドラゴンの特徴を持った巨人という方がしっくりくる。
グレンデルは現れて早々、バカデカい声を発した。
「グハハハハッ!! 龍門なんざ久しぶりに潜ったぞ! さーて、俺の相手は────」
「梵天よ、地を覆え!」
一樹が問答無用で眼から熱線放ち、グレンデルの頭部に撃ち込んだ。
「なにやってんの、お前っ!?」
「何って敵だろ? そっちこそ何ボーッとしてんだ。速攻で畳み掛けろよ」
「なんでお前最近俺らより判断がシビアなんだよ!」
問答無用で攻撃する樹に一誠が掴みかかるが、パンッと払って槍を構えた。
煙が晴れると、グレンデルは哄笑する。
「グハハハハッ! 出会い頭に1発喰らわせるとわなぁ! そういう思いっきりは嫌いじゃねぇぜ!」
「チッ。アレで仕留められるとは思ってなかったがダメージも大して無しか」
忌々しげに舌打ちする一樹。
グレンデルはこちらを見る。
「それにしても、ドライグに、ヴリドラァ! なんだそのミットもねぇ、姿はよぉ!!」
「彼らは既に倒され、神器に封印されていますよ」
「ハッ! なっさけねぇ! 二天龍だのなんだのと持て囃されたお前らが今じゃ、そんなちっぽけな器に収まるなんざ!」
侮蔑かそれとも神器に収まっている事で、ドライグ本体と戦えない事への無念か。
『相棒。奴はドラゴンの中でも取り分け戦うことしか頭にないネジの外れた奴だ! 手加減も容赦も一切するな、死ぬぞ』
ドライグの言葉に一誠が事態のヤバさに歯噛みする。
『グレンデル! 貴様は俺より大分前に滅ぼされた筈だ! どうやって現世に蘇った! 俺のように神器に封印されているようでもないようだし』
「グハハハハッ! 細けぇことは良いじゃねぇか! 強ぇ俺と、強ぇお前がいる! なら、殺し合うしかやることなんざねぇだろ!」
『この、単細胞めっ!!』
話を聞こうとしないグレンデルにドライグが吐き捨てた。
問答無用で襲いかかるグレンデル。その拳圧だけで吹き飛びそうだった。
「こいつ、ただの攻撃の癖にサイラオーグさんよりっ!?」
騎士形態になった一誠がグレンデルの頭に向かって直進する。
攻撃する直前に戦車の形態にチェンジし、最大の拳を叩き込んだ。
「なんだぁ? こんなもんかよ?」
「嘘だろっ!」
思った以上に硬く、重く、厚い肉の壁に一誠がたじろいだ。
しかしすぐに一誠の背中を掴んで一緒に向かっていた一樹が背中を蹴って跳ぶ。
「飛べ、
グレンデルの眼球を目掛けて炎の刃を飛ばすが、手で防がれて、そのまま払い除けられた。
地面へと叩きつけられる一樹。
「日ノ宮っ!」
「馬鹿が! 敵から目を離すな!」
既に黄金の鎧を纏った一樹には大したダメージもなく、ホッとする一誠。
グレンデルが次の行動に移る前に、聖剣コンビとロスヴァイセが攻勢に出た。
デュランダルとエクスカリバー。そしてロスヴァイセの魔法攻撃。
「硬い!?」
「こっちの攻撃が通らないわ!?」
『気を付けろ! 奴は滅んだドラゴンの中でも最硬の鱗を誇っていた』
「それ早く言ってっ!?」
ドライグの忠告にイリナが泣き言を叫ぶ。
匙やベンニーアも加勢するが、その硬い鱗とパワーで全て無意味になる。
「こいつは、ちぃっとばかしヤベェですな……!」
高速移動でグレンデルの攻撃を避けながらベンニーアがぼやく。
最大火力での攻撃をここで使えば地下が崩れ、町が崩壊する危険があるため、どうするべきか悩む。
一樹がアーシアの治療を受けている2人を見る。
向こうも状況を理解している為、既に次の手の準備に入っていた。
(となると、出来るのは時間稼ぎだな)
一樹は敵との戦いを致命傷を与えるよりも小技で意識の分散を狙った攻撃に切り替える。
「ハッ! なんだ、そのチマチマした攻撃はよぉ! 男ならデカいの1発来いやぁ!!」
「わりぃな。お前の趣向に付き合うつもりはねぇんだよ……!」
円を描くようにグレンデルを中心に回り、攻撃を繰り返す。
何か考えがあるのかと、その他の面々も一樹と同様に細かな攻撃を繰り返した。
その様子に苛々を募らせる。
「テメェら! この! ちっとは気持ちよく戦わせろ!」
そんな文句を言ってくるグレンデルに一樹は懐から苦無を取り出して投げつけた。
投げた苦無は、丁度グレンデルの顔の部分に向かっていた。
すると────。
「なっ!」
苦無を目印に転移した白音が現れた。
「風遁・螺旋手裏剣っ!!」
そのまま巨大な手裏剣状の螺旋丸をグレンデルの頭部に叩きつける。
物理攻撃では、細胞そのものにダメージを与える毒に近い攻撃。
球状にグレンデルの頭部を飲み込んだ。
「どうだっ!」
匙が叫ぶ。
しかし、攻撃が止んだ出てきたグレンデルは多少のダメージを与えられたようだが、尚も健在だった。
「中々の攻撃じゃねぇか! 今のはちったぁ効いたぜ!」
嬉しそうに声を上げるグレンデルに、一樹が、「このドM野郎がっ」と悪態吐く。
今度はこちらの番だと動こうとした時、フードの男から制止がかかった。
「そこまでです。もうデータは充分ですので」
「あぁ? これからだろうが! ふざけんなよ!」
「あなたの調整はまだ不十分です、また骸に戻りたいのですか?」
「チッ! それを言われちゃ、敵わねぇな」
一誠たちには理解できない会話をする。2人。
グレンデルはこちらを見て笑う。
「少しは楽しめたぜ。次やりあうときはもう少し力を付けとけよ! あっさりと殺されたくなけりゃあなぁ!!」
そう告げると魔法陣でこの場から去っていく。
グレンデルが去ると、男は被っていたフードを取る。
姿を表した銀髪の青年。その姿は誰かを幻視させた。
「私はルキフグス。ユークリッド。ルキフグスです」
「グレイフィアさんと同じ姓?」
一誠が疑問を口にすると、ユークリッドは尚も続ける。
「姉に。グレモリーの従僕に成り下がったグレイフィア・ルキフグスにお伝えください。貴女がルキフグスの名を捨て、好きに生きるのなら、私にもその権利があると」
グレイフィアを姉と呼ぶ青年がその場からカプセルと共に消えようとする。その際にレイヴェルが何かしら細工をしていたようだが。
状況が飲み込めない中で、それでも事件が一段落したのだと皆が息を吐く。
すると、一樹が白根に近づいた。
「よっ、と」
「わっ!?」
一樹がお姫様抱っこで白音を持ち上げた。
「あの男にやられたダメージが残ってんだろ? 大人しくしてろ」
「いい。歩ける」
「いいから」
白音を下ろす気はないようで、身動ぎする白音だが、次第に諦めて目を閉じた。
「無事で、良かった」
心のそこから安堵した声に、顔を逸らす。
そこで周りの視線を感じた。
「なんだよ」
「お前、猫上の前だとキャラ変わりすぎだろ!」
「知るか。俺はこんなんだ」
白音を抱き上げる一樹に匙がツッコミを入れる。
その姿を羨ましそうに見る他のオカルト研究部の面々。
「イ、イッセーさん……その……」
なんとかアーシアが切り出そうとするが、やはり羞恥から言葉を止めてしまう。
それを察したゼノヴィアが意を唱えた。
「アーシアもイッセーに抱き上げてほしいのか? だが、私もあぁして運んで貰うのに、ちょっと憧れる。イッセー頼む」
「あ。なら私もお願い!」
「み、みなさん! ここは捕らえられた私に譲ってください!」
等と、切り替える女性陣が逞しいのか。
そんな彼女たちに一誠はえ? え? と戸惑っている。
「いいじゃねぇか。全員抱えてやれよ。あ、ついでにまだ目を覚まさないギャスパーも頼むな」
「抱えられるかっ!?」
一誠の叫びに皆が笑った。
謎は多く残ったが、それでも彼らは生き残ったのだ。
次から16巻に入ります。
14巻はこう、書きたい目玉的な場面がないから書くのが遅かったな。次からは少しは早くなるといいな。