太陽の種と白猫の誓い   作:赤いUFO

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たぶん、14巻で1番面倒な話が終わった。


100話:吸血鬼との会談

 兵藤家の地下にある鍛練場。

 そこで白音は無手で、ゼノヴィアはデュランダルを模した木剣で模擬戦をしていた。

 

「ハァッ!!」

 

 渾身の力を込めて振るわれた木剣は白音は前髪を撫でるだけに終わり、床に叩きつけられる。

 そのまま木剣に乗り、ゼノヴィアの元まで駆けるとその髪を掴んで鼻っ面に膝蹴りをお見舞いする。

 しかし、闘気を乗せているとはいえ、元々体に小さい白音の一撃だ。戦車ののゼノヴィアには大したダメージになっていない。

 大きく後ろに跳んだ白音に追い、攻撃を繰り返す。だが当たらない。

 一撃を入れればゼノヴィアのペースに持って行ける筈だが、攻撃を読みきっている白音に当てるのは困難だった。

 

 その模擬戦闘を見ていた周りが口々に感想を言う。

 

「一発当てれば優位に立てるゼノヴィアが有利な筈なのに、動き全部白音に読まれて誘導されてるもんな」

 

「う~ん。でも、ゼノヴィアもなんか動きが鈍いっていうか、いつもよりキレがない気がするわ。どうしたのかしら?」

 

「そうだね。慣れない動きをしてる感じだ」

 

「しっかし、白音ちゃんもエグいな。いきなり顔に跳び膝蹴りとが」

 

「実戦だったらあそこで螺旋丸だろうけどな」

 

「うへぇ……」

 

 一樹の言葉を想像して顔をげんなりする一誠。

 もしそれが現実だったら今頃ゼノヴィアの顔は潰されていただろうことを想像して。

 一樹がベンニーアの方へと向いた。

 

「お前はどう思う? 初めてならではの視点ってのも在るかも知れねぇし」

 

「え? そうですねぇ。やっぱり所々ゼノヴィアの姉御の動きが硬いように見えます。組み立てが雑というか」

 

 乳龍帝の実家である兵藤家に来て浮かれていた様子のベンニーアも確りと模擬戦は見ており、意見を言う。これから一緒に戦うのだから当然だろう。

 そこで一誠が一樹に問いかけた。

 

「っていうか、さっきからその手の動きはなんだよ?」

 

 先程から一樹は同じ3段階の動作をひたすらに繰り返している。

 答えようとするとハッとなった一誠が事も何気に見当違いな発言する。

 

「まさか! 白音ちゃんにエロイことする練習か!?」

 

「…………ふぅ」

 

「せめて何か返せよ! ため息吐いて人を虫でも見るような視線向けんじゃねぇ!」

 

 一誠も本気で言った訳ではなく、ただの冗談だったのだが思った以上に不評だったらしい。

 まぁまぁ、と祐斗が落ち着かせて再度質問する。

 

「それで、結局その動きはなんなの」

 

「ん。俺たちってここ最近、結構強くなったと思って」

 

「そうだね。正直、とんでもない成長速度だと思うよ。でもそれが何か関係があるのかい?」

 

「旧魔王派に囚われて逃げた時も、上級悪魔と戦ったんだがそれほど強いようには感じなかった。これから格下相手とも戦う機会が増えるかもしれないからな。その時の為に敵を殺さずに無力化する手数を開発中ってところだ」

 

 一樹の言葉にイリナが感心したように言う。

 

「なるほど。やっぱり、敵だからって問答無用で殺害とかしたくないもんね!」

 

 以前ならともかく、今のイリナには狂信的な異形の殺害に固執していない。

 これも、この地で過ごしてきた変化だろう。

 

「兵藤も、何か考えた方がいいんじゃないか? 威力と攻撃範囲ばっか広げてたらその内、敵を討つのに町ごと撃って来いって言われかねないぞ」

 

「ぐっ! お、俺には洋服破壊(ドレス・ブレイク)が……」

 

「女にしか使えねぇし。裸で襲いかかってくる奴もいるだろ?」

 

「それはそれで美味しいだろ!」

 

「駄目だこいつ。もう手遅れだ」

 

 などと話していると、白音がゼノヴィアを投げて関節を極めたことで模擬戦が終了する。

 悔しそうに戻ってくるゼノヴィアとは反対に余裕そうな白音。

 それでも汗を掻いている白音の顔をタオルで拭き取り始める一樹。

 

「……拭くくらい自分で出来る」

 

「俺が、こうしてやりたいんだよ」

 

 不満そうな顔をしながらも身を委ねる白音。

 

「ゼノヴィア。さっきの動き、なんかおかしくなかった? どうしたの?」

 

「うん。京都で戦ったあの鬼の動きを参考にしてみたんだが、やっぱり上手くいかないな」

 

「アイツの?」

 

 京都で戦った桜鬼のことを挙げられて微妙に顔を歪ませる。

 

「奴の剣筋は私に近い物を感じた。だが、自分のパワーを活かす為の技術を盛り込んでいた。1剣士として参考に出来るところも多かったと思う。だから真似てみたんだが……やはり、即興では難しいな。正直、ちゃんとした師が欲しいよ」

 

 自身の不甲斐なさに苦笑するゼノヴィア。

 そこで今まで黙っていたレイヴェルが口を開いた。

 

「しかし、皆さん。本当に訓練を怠りませんわね」

 

「普通じゃないのか、それ?」

 

 一樹の疑問にレイヴェルは首を横に振るう。

 

「基本、悪魔。特にレーティングゲームの上位プレイヤーは自身の才能と戦術。そして血の特色に誇りを持っていますから。自らを鍛える方は稀です。眷属に力不足を感じれば、トレードを行うことも頻繁ですし」

 

「トレード……眷属に対して愛がないなぁ。合理的っちゃあ合理的なのかもしれないけどさ」

 

「そりゃあ、合理的なんじゃなくて物臭ってんだ。時間はもて余してる癖に鍛えもせずにトレードとか。無責任過ぎんだろうに。そんなんだから20も生きてないガキにやられるんだよ」

 

 レイヴェルの説明に一誠が納得出来ないように難しい顔をして、一樹が吐き捨てるように続ける。

 そうして話していると別の場所で訓練していたリアスと朱乃がやって来た。

 

「あら? 貴方たちも終わり?」

 

「えぇ、まぁ。部長たちも切り上げですか?」

 

「ここのところ、実戦での力不足を痛感してるのよ。だから少し前から、レーティングゲームじゃ使えない技を開発してたの。ようやく形になったわ」

 

 それはつまり、問答無用で相手を消滅させる攻撃を考えたということか。

 しかし、リアスは多くをかたらず、すぐに難しい表情を作る。

 

「話は変わるのだけれど、吸血鬼との正式な話し合いが決まったわ。その会談の場所は駒王学園。アザゼルと教会からも人員を派遣されることになったの」

 

 どこか納得いかないような顔をするリアス。

 しかし、すぐに頭を振り払う。

 

「向こうにどんな思惑があるかはまだ分からないけど、あまり不用意な言動はしないでね。特に一樹! 貴方は!」

 

「え? 俺? しませんよ、興味もないのに」

 

「ディオドラの時のことを忘れたのかしら? あぁいうことは止めなさいってことよ」

 

 以前、ディオドラ・アスタロトがアーシアのトレードの交渉でこちらに来た時、彼は事もあろうにディオドラの手に聖水となった熱湯をぶっかけている。

 その時はディオドラ自身礼のなってない訪問で有耶無耶になったが、今度そんなことをすれば大問題である。

 

「……だったら俺、今回席を外しましょうか?」

 

「それも考えたけど、出来ることなら貴方にも知ってほしいのよ。吸血鬼という存在を。それに人間が居ることで向こうの出方がどうなるか見ておきたいの」

 

 駒王学園のオカルト関係者で一樹は数少ない人間であり、三大勢力の協力者だ。彼を見て吸血鬼側がどう反応するのか、見ておきたい。

 不安はあるが、出て貰った方がよい。

 

「とにかく、くれぐれも大人しくしててね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会談の日。オカルト研究部の面々とソーナと椿姫。堕天使からアザゼル。そして、教会から派遣されたシスターがやって来ていた。

 

「なんでゼノヴィアはびびってんの?」

 

「ハハハ! ナニヲイッテルンダ。ソンナコトハナイゾ、イツキ」

 

「なんだよそのロボットみてぇな喋りは!」

 

「シスター・グリゼルダはゼノヴィアのお姉さんみたいな人で、頭が上がらないのよ。ちなみに、隣街の教会に拠点を構えてるから、これからは頻繁に会いに来るでしょうね」

 

 そんな話をしているとシスター・グリゼルダがこちらに近づいて来た。

 

「初めまして、日ノ宮一樹さん。貴方のお噂は聞いておりますよ」

 

「はぁ……どうも……」

 

 握手を求められて応じる一樹。

 そこで握手をしたままゼノヴィアに視線を向ける。

 

「あの子には手を焼いているでしょう?」

 

「そんなことは……まぁ、友人付き合いしてりゃあ、互いに面倒をかけることもあるでしょ。それ以上に助けて貰ってますよ」

 

 一樹の言葉にグリゼルダは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「なるほど。あの子は良い友人を持ちましたね」

 

 手を離すとリアスやソーナ。アザゼルとの会話に入る。その間、イリナがシスター・グリゼルダについて説明する。

 

「あの人、今はガブリエルさまの(クイーン)で私の上司なの。女性エクソシストの中でも5指に入る実力者よ」

 

「へぇ」

 

 

 そんな風にそれぞれ今回のゲストを待っているとリアスが表情を引き締める。

 

「来たわね……」

 

 アイコンタクトで裕斗に指示を送ると彼は一礼して部室を出ていった。

 ギャスパーのようなハーフではない純粋な吸血鬼の来訪に緊張が走る。

 吸血鬼の知識に乏しい面々は今日までにそれなりの知識を叩き込まれた。

 最終確認をリアスが一樹にし始めた。

 

「今回の会談、本っ当に大人しくしてなさいね?」

 

「疑り深いですね。なんなら、話し合いが終わるまで、手を後ろに縛られてましょうか?」

 

「そんなことできるわけないでしょ。それに、視線だけで攻撃できる貴方にそれをする意味があるの?」

 

「攻撃すること前提かよ……」

 

 信用ないなと舌打ちする。

 そうしている間に裕斗が部室に戻ってきた。

 

 裕斗が案内してきたのは見た目は自分たちと同じ年頃の少女だった。

 薄い色の金髪にギャスパーより深い赤い瞳。彼女の足元を見ると影が写っていなかった。

 少女は上流階級の者らしい洗練された動作で礼をした。

 

「ごきげんよう。三大勢力の皆さま。徳に魔王の妹君であるお2人と堕天使総督さまにお会い出来て光栄ですわ」

 

 リアスたち代表者と視線を向け終えた後に一誠たち眷属の方にも一瞥をくれる。

 その視線を見て一樹はこう思った。

 

(あれ、完全にこっちを見下してんな)

 

 こちらを見た時に感じた視線の雰囲気。近いのはディオドラだろうか。この時点で一樹の中で相手の吸血鬼に対する印象はそれなりに悪くなった。

 勧められる席に座る前に自己紹介を始める。

 

「私は、エルメンヒルデ・カルンスタイン。エルメとお呼びください」

 

 その自己紹介にアザゼルが顎に指を添える。

 

「カルンスタイン。吸血鬼の二大派閥の1つ、カーミラ派の中でも最上位に位置する家名だ。久しぶりだよ、純血で高位の吸血鬼に会うのは」

 

 悪魔と吸血鬼は価値観の違いなどもあり、互いの縄張りを干渉しないように活動していたらしい。

 堕天使も、不用意に吸血鬼との接触を好んでいなかった。

 ある意味、ここで最も吸血鬼に縁があるのは明確に敵対していたシスター・グリゼルダと聖剣使いであるイリナとゼノヴィアだ。

 未だにテーブルの席に着こうとしない吸血鬼と教会は小競り合いが続いていると聞く。

 

 その吸血鬼も、男性の真祖を尊ぶか、女性の真祖を尊ぶかで何百年も対立しているのだとか。

 朱乃の淹れたお茶が置かれて一拍置くと早速リアスが質問した。

 

「エルメンヒルデ。いきなりで悪いのだけれど、質問させてもらうわ。今までこちらの接触を避けてきた貴女たち吸血鬼が今になって会談を求めたのは何故? それも、魔王さまたちにではなく、私を指名して」

 

 いくら堕天使の総督が駒王町に居るとはいえ、吸血鬼の種として三大勢力に接触を求めるのならこの場に筆頭魔王であるサーゼクスか外交担当であるセラフォルーとの接触を求めるのが普通だ。

 和睦を求めるのであれば、リアスにはそれを決定するどころか、意見する権限すら無いし、魔王へのパイプ繋ぎとしても今回の接触は不自然にリアスは感じていた。

 

「ギャスパー・ヴラディの力を借りたく存じます」

 

「!?」

 

 エルメンヒルデの言葉に指名されたギャスパー本人も含めて皆が驚きの表情を浮かべる。

 しかし、リアスはやはりと表情を険しくした。

 知っていたのではなく可能性の1つとしては考えていた。

 

 京都で見せたギャスパーの異質な力。

 今まで散々接触を避けてきた吸血鬼が手の平を返すように話し合いを持ち込む。

 いくらなんでもタイミングが合い過ぎている。外れて欲しいとも思ったが。

 そこでアザゼルが口を挟んだ。

 

「質問を重ねるようで悪いが、順を追って説明してくれ。吸血鬼たちに何が起こった? 何故今更になってギャスパーを必要とする?」

 

 勿論ですわとエルメンヒルデが説明を始めた。

 それは、ツェペシュ側のハーフ吸血鬼が神滅具を発現させたことで、吸血鬼の価値観を根底から崩れる事態なのだと。

 その神滅具が【幽世の聖杯(セフィロト・グラール)】と呼ばれる生命に関する神器。

 それを使い、ツェペシュ側の吸血鬼は死弱点を克服して死なない。滅ばない身体を手に入れようとしてるのだとか。

 ただ、未だに聖杯は不安定であり、そこまでの効果は受けてないそうだが。

 弱点を無くし、吸血鬼としての誇りを捨てる。それだけならまだしも、カーミラ派を襲撃していることもあり、ギャスパーの力を借りてその暴挙を止めたいとのこと。

 

「それは、ギャスパーが、ヴラディ家。ツェペシュ側の吸血鬼であることが関係しているのかしら?」

 

 捨てた筈のギャスパーを再び吸血鬼の世界に関わらせ、争いの道具にしようとするエルメンヒルデにリアスは怒りを覚えてが、それを隠して話を進める。

 

「それもありますが、私どもはギャスパー・ヴラディに眠る力を借りたいと思っています。つい先日、その力が解放されたと小耳に挟みましたので」

 

 京都での件がどこから漏れたのかは不明だが。あくまでも欲しているのはギャスパーの力らしい。

 

「ギャスパーのあの力。あれは、何?」

 

 それは、リアスたちが最も得たい情報。その情報を得るのがリアスたちにとってこの場での最重要と言っても良い。

 エルメンヒルデの口から知りうる情報が吐き出される。

 

 吸血鬼の中には稀に、逸脱した能力をもって生まれる者が現れることがあるらしい。特に今はハーフの者に顕著なようだが、カーミラ派の吸血鬼たちはそれに対する資料を有していないとのこと。

 だが、ツェペシュならば或いはと情報をチラつかせる。

 

 そしてその聖杯の神滅具を宿した者の名を出した途端にギャスパーの様子が一変した。

 

「う、嘘です! 彼女は! ヴァレリーは僕のような神器を宿して生まれてはいませんでした!」

 

「生まれた時にその兆候が見られずとも、何らかの切っ掛けで神器が目覚める事がある。早いか遅いかの違いで。彼女は後者だったということでしょう」

 

 一誠が半年と少し前に赤龍帝の籠手を発現させたように。

 おそらくは自分たちが観測する前に聖杯を隠されたことにアザゼルが苦い表情をした。

 

 エルメンヒルデがギャスパーに視線を向ける。

 

「ギャスパー・ヴラディ。貴方は自分を追放したツェペシュに恨みはいないのかしら? 今の貴方のならそれを可能にする力があると私は思うのだけれど」

 

「ぼ、僕は……ここに居られるだけで充分です。部長たちと一緒に居られればそれだけで────」

 

「雑種」

 

 そう言われた瞬間、ギャスパーの肩が跳ね、表情がみるみる曇っていく。

 

「混じり者である貴方は、あらゆる蔑称で呼ばれ。ハーフたちを集めた城でその感情を共有出来たのはヴァレリーのみと聞いておりますわ。彼女を救いたいとは思いませんか?」

 

 そこで前に出たのはシスター・グリゼルダだった。

 

「貴女たちはハーフを忌み嫌いますが、元はと言えば、吸血鬼が人間を連れ去り、慰め物として子を宿させたのが原因ではないですか。人々が食い散らかされていく様を、悔しい思いをしながら憂いに対処してきたのは我々教会です。出来れば、趣味で人と交わらないでほしいのですが」

 

 物腰は柔らかくも毒を吐くシスター・グリゼルダ。

 しかし相手は罪悪感や自分たちの行いを恥じ入る様子もなくクスリと笑った。

 

「それは申し訳ございません。ですが、人間を狩るのが我々吸血鬼の本質。悪魔や天使も同じだと思っておりますが? 人の欲を叶え対価を得る得る。または人間の信仰を必要とする。我々異形の者は人間を糧とせねば生きられない弱者ではありませんか」

 

 その言葉にリアスが険しい表情をする。

 

「もう少し発言には気をつけてもらえないかしら? この場にはその人間から悪魔や天使に転生した者は多く、ましてや神の子を見張る者に所属している純粋な人間も居るのよ? その言葉がこちらへの敵対意思と認識されかねないと思わないのかしら?」

 

 一樹に視線を寄越す。

 

「あら失礼。まさか、魔王の妹君が人間に心を砕くとは思わなかったもので。今の悪魔社会は随分と優しくなりましたのね(※人間程度に気を使うなんて、悪魔はどこまでも腑抜けてしまったのですね)」

 

「えぇ。私たちも時代の流れに飲み込まれないように、色々な接し方を試行錯誤しているの(※いつまでも昔のやり方がこれまで通り行くと思っている吸血鬼と一緒にしないでほしいわ)」

 

「オホホホ」

 

「うふふふ」

 

 お互いに笑みを浮かべながら牽制し合う2人。

 何故か口に出した言葉とは違う台詞が聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。

 

 一息吐いた後にエルメンヒルデは書面を渡してくる。

 それは、カーミラ派からの和平協議を記した書面だった。

 

「我らが女王カーミラさまは長年の堕天使や教会との関係に憂い、休戦を提示したいと申しておりましたわ」

 

「なら、順序が逆だろうが。先ずはこの書面を渡してから神滅具の話をするのが先の筈だ」

 

 今、あらゆる勢力との和睦を訴えている三大勢力だ。

 相手がテーブルに着くと言っているのに突っぱねれば他の勢力にもどんな影響を与えるか。

 そうなれば、この場に居るアザゼルは勿論、サーゼクスやミカエルの信頼も失いかねない。

 

「ご安心を。吸血鬼の問題は吸血鬼だけで解決します。こちらはギャスパー・ヴラディを貸して頂くだけで結構です。そうすれば、和平のテーブルに着くお約束と共にヴラディ家への橋渡しを私どもがいたしましょう」

 

 そこで一誠が立ち上がる。

 

「おい待てよっ────!?」

 

 と、後ろにいた一樹が一誠の背中を肘を入れて黙らせる。

 座らせた一誠に小声で告げた。

 

「お前は黙ってろ。何を言っても部長たちの立場を悪くするだけだろ」

 

「だ、だからって、お前……つ~!」

 

 苦い表情で背中を押さえる一誠。

 一樹も散々リアスになにもするなと念を圧されたのだ。つまりここは、自分たちが口を開いて良い場ではない。

 ギャスパーのために発言しようとする気概は買うが。

 一誠の質問を代弁するようにアザゼルが発言する。

 

「リアス・グレモリーの眷属1人と引き換えに休戦協定。お前らの言いたいことはそんなとこか。で? 借りた戦力を返す、ある程度の保証はあるのか?」

 

「犠牲になると決まった訳ではありません。争いの早々に終結するに越したことはありませんから」

 

 つまり、ギャスパーを必要なら犠牲にするとも言っている。

 それからアザゼルは両者の仲介などを提示したが、向こうは吸血鬼の問題は吸血鬼で解決すると断る。アドバイザーくらいならとも譲ったが。

 

 それからエルメンヒルデが従者を1人置き、リアスと互いに皮肉を言い合って旧校舎を去って行った。

 

 それから数分経ち、口を開いたのはゼノヴィアだった。

 

「やはり、吸血鬼とはウマが合わないな……!」

 

「昔の貴女なら問答無用で斬りかかっていたでしょうね。成長しましたね、ゼノヴィア」

 

「……あれが、純血の吸血鬼」

 

 白音も疲れたように息を吐くのを見て、一樹が頭を撫でる。

 初対面の相手。それも、見た目は自分たちと変わらない年頃の少女に見下されるのはそれなりにストレスが溜まった。

 

「今度からは吸血鬼を見かけたら見敵必殺するか」

 

「……物騒なことを言うのは止めて」

 

 苛立たしげにリアスが頭を掻く。

 彼女も、この話し合いで鬱憤が溜まったらしい。

 

「それで、リアス。これからどう動くつもりですか?」

 

 ソーナの質問にリアスは瞑目した後に述べた。

 

「取り敢えず、大人数で押し掛ける訳にもいかないから、裕斗を連れて彼女たちのテリトリーに行くわ。先ずは向こうの様子を見てからギャスパーを送るか決めても遅くはない筈」

 

「なら。俺も黒歌を連れて行くぜ。神器に関する知識は聖杯を利用してるツェペシュ側への交渉材料になるだろ向こうで気になることもあるしな」

 

「姉さん、寒そうって文句言いそうですね」

 

 だろうなと、アザゼルが苦笑した。

 そこでリアスはギャスパーに視線を向ける。

 

「ギャスパー。貴方はどうしたい?」

 

「え?」

 

「私は出来ることなら貴方を向こうに送りたくないと思ってる。向こうの状況を確認してからになるけど、最終的な決定は貴方に委ねようと思うの」

 

 甘い、あまりにも甘い。

 悪魔側はおそらく、ギャスパーを送れと言うだろう。そうしなければリアスはグレモリー家の家名と共に大きな傷を負うことになる。

 それでも、本気で嫌がる眷属を送るなんて選択は出来そうになかった。

 真っ直ぐ見つめるリアスにギャスパーも真っ直ぐと返した。

 

「行きます。僕、行きたいです」

 

 強い意思を宿してギャスパーは言う。

 

「僕の今の居場所はここだと思ってます。吸血鬼の世界にも、ヴラディ家には帰るつもりはありません。でも、ヴァレリーは助けたい。彼女は僕の恩人なんです。彼女がいたから僕はここに辿り着けた。だから、今も彼女が辛い目に遇っているなら、僕の手で助け出したい」

 

 宣言するように皆に言う。

 

「そして、必ずここに帰ってきます。ヴァレリーと一緒に!」

 

 ギャスパーの言葉にリアスは分かったわ、と頷く。

 

「本当にいざというときは、皆にも向こうに来てもらうわ。でも、学園や町にも何らかの事件が起こるかもしれないから、その時は気をつけて」

 

「部長は、何かが起こると思ってるんですか?」

 

「ここ最近の事件の遭遇率からね。何事もなければそれが1番なのだけれど……」

 

 憂いの表情で呟く。

 それからシスター・グリゼルダもいざというときはジョーカーを向かわせると約束する。

 

「聖杯と吸血鬼。聖と魔。どうにもキナ臭すぎる。全く、面倒事ってのは知らない内に積み上がっていきやがる」

 

 出来れば、これ以上大きな問題が増えんなよとアザゼルがぼやくが、きっとそうはならないだろう予感が胸に居座っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次からはこの作品の投稿ペースが上がるといいな。

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