それは鮮やかな真なる紅の鎧だった。
「なんですか、あの姿は……?」
「アレはサイラオーグとの闘いで目覚めた真・女王形態よ。驚いてるってことはあの形態をそっちのイッセーは会得してないのかしら?」
「はい。
平行世界から来たアーシアの言葉にリアスは誇らしげに笑った。
「そう。ならよく観ておきなさい。あの形態になったイッセーは絶対に敗けないわよ」
「俺たちの世界の兵藤にはない姿だな。さてどれ程のモンかね」
槍で肩をトントンと叩く一樹に一誠が誇らしげな声で啖呵を切る。
「そっちの俺にはこの形態まで取得してないってことか……なら目ぇ見開いてよく見とけ!こいつは今までとは一味も二味も違うぜ!!」
自信に満ちた一誠の発言に一樹は静かに槍を構えた。
「御託はいいからさっさとやろうな。かかって来いよ紅メッキ」
「メッキかどうかこいつを受けてから判断しやがれ!」
莫大なオーラとともにジェット噴射の如く一誠が一樹に接近した。
(思ったより速いっ!?)
「先ずは一撃ィ!!」
一瞬で真横に回られた一樹は一誠に拳を繰り出されるがギリギリのところで槍で防ぐもそのまま力任せに殴り飛ばされた。
それを見ていた白音が即座に動いて一誠に螺旋丸を叩き込もうとするがその腕が掴まれてしまう。
「女の子に手を挙げるのは気が引けるけど、小猫ちゃんの仇、取らせてもらうぜ!」
そのまま一樹とは反対方向に投げ飛ばした。
「つ――――っ!?」
「小猫ちゃん、大丈夫ですか!?」
目を覚ました小猫が辺りを見渡し、自分が敗けたことを認識する。
するとリアスが笑みを浮かべて一誠を指さした。
「今回は残念だったけど、小猫の無念は一誠が晴らすわ」
一誠の仲間たちは絶対の信頼を持って女王形態を発動させた彼を見る。
しかしそれに黒歌と子の世界とは別のアーシアは違う感想を持った。
「ここからですね……」
「えぇ。あの形態がこの世界の兵藤一誠の全力ならここからが互いに全力になるわね」
どうなるのかと黒歌は口元を歪めた。
「クソッ!ドンドン変身形態を増やしやがって。その内に十とか百形態とかになるんじゃねぇだろうなぁ。つうか槍落としたしな!」
「そんなに有っても使い切れないと思うけど……変なフラグ立てないほうが良いと思う」
粉塵から出て来た2人がそれぞれ悪態を吐く。
一誠は警戒心を維持しながら2人に警告する。
「今ので力の差は判った筈だぜ!大人しく降参したらどうだ!!」
一誠の警告に答えずに一樹と白音は同時に動き一誠へと向かい、互いに左右から拳を突き出した。
だがそれは一誠に余裕に防がれるが、一樹は仕方なさそうに息を吐いた。
「まったく。こんなデタラメなの相手に
「うん!」
宣告と同時に一樹の身体の幾つかの個所から炎が走り、黄金の鎧が姿を現し、白音の身体は蒼と白の仙気に包まれた。
その瞬間3人は一度それぞれ別方向へと距離を取り、再び衝突する。
先ず対峙したのは一樹と一誠だった。
迎え討つ形で一誠が拳打を繰り出すが全て鎧で防ぎ、受け流される。もしくは攻撃前に潰される形でクリティカルヒットを許さない。
3人の立ち位置が目まぐるしく入れ替わっていく。
「お前等も奥の手を隠してたのかよ!?」
「なぁなぁで済ませようかと思ってたんだがなぁ!もう知ったことか!提案したのはそっちなんだからな!どうなっても恨むなよ!!」
「言ってろ!!リアスたちの手前、敗けられねぇんだよ俺も!!」
一誠の拳がだんだんと防ぐことすらさせられずにギリギリのところで避けられる。
もう少しで当たりそうな拳が紙一重で避けられ続ける事態に一誠は焦れ始めた。
大振りの蹴りの姿勢を取ろうとする一誠だがそれを先読みされて足を踏み付けられる。
「どわっ!?」
僅かに体勢を崩した一誠だが一樹が腰を落とすと後ろに居た白音が一樹の背を飛び越えて又旅の力で強化された拳を一誠に叩きつけ、大きく吹き飛ばす。
「なんなの……アレは……?」
その闘いを観ていたリアスたちが口が塞がらなかった。
接戦だったとはいえ奥の手を使った若手最強のサイラオーグすら下した真・女王形態。それを2人がかりとはいえ同世代。それも片方は人間に押されるとは思わなかった。
一誠に対する信頼を揺るがす程に目の前の出来事が信じられない。
「やっぱり一樹と白音もレベルが近いから連携がとり易いわね」
眺めている黒歌に小猫が呟いた。
「……あの私の気はいったい……」
あまりにも膨大な蒼色に視覚化された気に仙術使いとしてその察知に敏感な小猫は身震いしながらも凝視する。
もしアレをさっき使われていたら闘いにすらならなかっただろう。
それに黒歌が茶化すように答える。
「なんて言うの?好きな子の力になるために手に入れた力ってとこかしら?負担が大きいからまだお勧めしないけど、一樹と一緒に戦えるのが嬉しいのかしらねぇ?お!状況が動きそうよ」
2人の連携に翻弄されながら一誠は悪態を吐く。
(パワーやスピードはこっちが上の筈なのにこっちの動きを上手く封じてきやがる!それに別世界の小猫ちゃんも予想以上に闘い辛いぜ!!こっちの動きが完全に読まれて――――ん?動きを読む?)
2人の連携が途切れず徐々に追い詰められて行く中である迷案が閃いた。
一旦距離を取った一誠は兜の下で笑みを浮かべた。
「そうだよなぁ!これはレーティングゲームじゃないんだ!なら、俺にだって相手の行動を読む術がある!!沸き上がれ俺の煩悩っ!
急に高笑いしだす一誠に一樹と白音はこう肌寒いものを感じながら警戒を強めた。
「え?パイ……なに……」
「その様子じゃあそっちの俺はこの技も使えないみたいだなぁ!この乳翻訳は女の子の胸の内を俺だけに教えてくれるんだ!!これでそっちの小猫ちゃんの考えていることは君のおっぱいが教えてくれるのさ!」
などということを誇らしげに語る一誠に離れて聞いていた黒歌と別世界のアーシアはそれぞれ引いていた。
「うわぁ……流石の私もドン引きだわー」
「私たちのイッセーさんも相当エッチな人でしたけど上には上がいるんですね……」
「胸の内を聞くってそんなこと……」
「嘘だと思うなら今から証明してやるぜ!HEY向こうの小猫ちゃんのおっぱい!そこの男と初めてキスしたのはいつかな?その時どんな気持ちだった?」
兜を被ったまま耳を澄ませるポーズを取る。
「ふむふむ。そうかー、文化祭の時で泣くほど嬉しかった?チックショー、見せつけやがって!!」
やたらテンションの高い一誠に反比例するように白音が無言で身体をプルプルと震わせている。
その表情を見た一樹があーあと遠くを見る。
(本気でキレたな、アレは)
「……殺す」
ぼそりと呟いた後に白音が今までの最高速で突っ走っていった。
「確かに速いけどおっぱいが心の内を教えてくれる今なら躱せるぜ!」
白音の攻撃を躱し続ける一誠は戦いながら思考する。
(ここで隙を見て触って
などと思案する中で白音の心の内を聞いて固まる。
――――眼球を抉る。
「え?」
――――鼓膜を潰す。鼻を削ぐ。指を切り落とす。足に杭を打つ。去勢してやる。体内の内臓を全てボロボロにする。
などと言う言葉が淡々と語られるのに一誠の血の気が引いた。
「怖ッ!?なに考えてんの!?」
「変態は死すべし慈悲はない……」
「ちょ!?怖いよこの子!?」
今までは乳翻訳を使った相手はシトリー戦眷属。そして禍の団のテロリストたちだった。
シトリー戦では使用に制限をかけることで後でとやかく言われることもなく、その他は相手が犯罪者だったために大目に見てもらっている感はあった。
だから兵藤一誠は気付かない。
心の中を暴かれることを心の底から嫌悪し、怒りを覚える者も居るのだということを。
しかも心の内を聞くよりも速く白音が動いているためにドンドン追いつめられていた。
それもそうだろう。聞く→理解する→自分の行動を決めるというプロセスが必要なのだからどうしても行動にタイムラグが出る。敵との距離が開いている相手か作戦を読むのには有効だろうが、ここまで近接戦を演じる相手だとむしろ足枷になるのだ。
――――しかも。
「ハァッ!!」
槍を拾った一樹が割って入る。
「大人しくやられとけな!」
「ざっけんな!?殺されそうじゃねぇか!!」
「自業自得だろうが!」
乳翻訳を止めて普通に対応する。
胸の内を聞くのを止めたからか。白音に血が上っているからか。それとも2人の動きに一誠自身が慣れてきたからなのか。先程より上手く対処できている。それでも押されていることには変わりないが。
「ふっ!」
一樹が腕を大きく振るって一誠を遮るようにして炎を撒く。
一誠は即座に炎の壁を突破しようと動くがその前に炎の中を白音が突っ切ってきた。
「このっ!?」
女の子に手を挙げるのは気が引けたが反射的に手が出て白音の身体に拳を当てた。
すると、ボンッという音と共に白音の身体が煙のように消えてしまった。
「偽物っ!?」
驚いていると突き出した一誠の拳にワイヤーが巻き付き、先端に付いた苦無が地面へと刺さった。
しかもそれは目にも止まらぬ早業で数を増やしていき、体全体に巻き付くと白音が一誠の後ろに着地した。
「終わりです」
そう言うとワイヤーに巻き付いた札――――30枚ほどの起爆符が一斉に爆発した。
1つ1つの爆破自体は大した事はないために鎧が破壊されることはなかったが、その衝撃までは相殺し切れない。
爆発が止んだ時にはよろけていた一誠に一樹が目の前に立っていた。その矛先に膨大な力を宿した槍を構えて。
「焼き斬れ――――
槍を全力で振り下ろし、一誠を斬り飛ばした。
横に立った白音が再度問う。
「殺った?」
「殺るか!?こんな模擬戦で殺しなんてやる訳ねぇだろ!」
一樹が答えると白音があからさまに舌打ちする。
それにヤレヤレと苦笑していると一誠が肩で息をして現れた。
「このまま、敗けてたまっかぁあああああっ!?」
それは、意地か負けん気か。吠えた一誠から翼の中に収納されていたキャノンが前面に展開される。
マズイ、と判断して同時に一樹が槍を投げる構えを取った。
倍加により膨大な魔力が両肩のキャノンに凝縮される。
2人が力を放ったのはほぼ同時だった。
「クリムゾン・ブラスタァアアアアアアアアアアッ!!」
「
紅の砲撃と炎の槍が衝突し、爆発を起こす。
「嘘だろ!?アレが押し敗けるなんて!?」
自身の必殺技が敗けたことに驚きながらも態勢を整え、一樹の方を見ると彼は一誠の上を指さしていた。
「頭上注意だ。悪く思え」
そこで気付く。なにかの振動音が響いていることに。
上を向くと白音が螺旋状の玉に刃の形をしたエネルギーの塊を手にしている姿が見えた。
「風遁――――螺旋手裏剣っ!!」
その技を叩きつけられて一誠は全身に激痛を貰って意識を閉ざした。
新しい螺旋丸を放って吹き飛ばされた一誠に勝負は決した。
「アレが未完成とか言ってた新しい螺旋丸か?完成してたんだな」
「まだ5、6割ってところ。アレだと大きすぎるし本当なら投げられるはずだから」
「白音ちゃん。手を診せてください。治しちゃいますね」
「ありがとうございます、アーシア先輩」
「うわぁ。手が酷い怪我じゃない。あの技完成するまで使わないほうが良いんじゃない?」
そんな会話をしている後ろでは。
「キャァアアアアアッ!?イッセーさんの全身がズタズタになってますぅ!?」
「アーシア!治療急いで!!このままではイッセーが死んでしまうわ!!」
「イッセーくん!しっかりしてください!!イッセー!?」
「レイヴェル!!フェニックスの涙を至急持ってきて!早く!!」
「は、はい!?」
全身から血を流してピクピクとしか動かない一誠に仲間たちが動いている。それにアザゼルが溜息を吐きながら近づいて来た。
「やり過ぎじゃないか?」
「頼んできたのはそっちでしょう?こういうこともありますよ」
吐き捨てるように言い放つ白音を向こうの女性陣が睨んでくるが涼しい顔で無視を決め込むことにした。
「それで、勝因は?」
「俺たちがある程度兵藤の戦い方をしっていたけど向こうはほぼ情報なしだったことと早いうちに2対1に持ち込めたこと、ですかね。タイマンだったらヤバかった」
一樹が疲れたように答えていると一誠の治療が終わってこの世界のアーシアが泣きながら安堵している。
それに白音が残念そうにしながら一誠の下まで印を結びながら歩いて行った。
警戒したリアスが白音を止めようとしたが無視して近づくと一呼吸と共に掌底を一誠の腹に決める。
小さく呻く声が一誠から洩れて白音は距離を取った。
「なにをしますの!?」
朱乃が喰ってかかるが白音はただ冷めた眼で一誠を見下ろしながら起きれば分かる、とだけ答えた。
「なぁ!何とかしてくれよ!!」
その晩。こちらの世界の祐斗と一樹が話していると目が覚めた一誠が涙ながらにお願いしてきた。
「どうしたんだい?イッセーくん」
「実は――――」
目が覚めて起き上がると感激したアーシアが抱きついて来た。
その際にアーシアの柔らかい感触を楽しんでいたら体が痛み出したのだ。
それ自体微々たるものでまだ痛みが引いてないのだと思っていたが、朱乃などが一誠を安心させるために胸を触らせてきた。
それを喜んでいると急に激痛が走り出した。
意味不明な叫び声を出してのたうち回る一誠に周りが心配した。
後で解ったことだが。白音が使った術は呪いの類で一誠が性欲を高めるとそれだけ体の痛みに変換される術らしい。
すぐに白音に問い詰めて解呪するように頼んだが返答はこうだった。
「じゃあ去勢してください」
とり合う気はないらしく何を言ってもこの返答以外で返って来ないらしい。
「このままじゃ俺いつまでもエッチできないよ!子供だって作れないだろ!!」
叫ぶ一誠に一樹は”お前の子供を産むなんていう罰ゲームを誰かに味あわせずに済んで良かったんじゃないか?”と返そうとしたが止めて違う返答をした。
「人工授精技術って冥界にないのか?」
「おいやめろ。俺がいつまでも童貞のままでいいみたいな流れを作ろうとするな!!」
半泣きで何とか白音を説得してくれと叫ぶ一誠に一樹は面倒そうに拒否した。
「断る。なんであんな辱めを自分の女にされて俺がお前の肩持たなきゃならねぇんだよ。あの乳翻訳だっけ?あんなの一種のレ〇プじゃねぇか」
「レ、レ〇プってそんな大げさな……」
「白音はそう受け取らなかったってことだろ。先ず謝るのがさきなんじゃねぇのか?」
「謝ったよ!土下座して!そしたら――――」
『貴方の土下座にどれ程の価値があるんですか?気持ち悪いので視界に入って来ないでください』
「って凄い軽蔑した眼で言われたんだよ!今リアスたちが説得してしてくれてるけど全然……だから彼氏のお前の言葉なら聞いてくれるかもって」
「ふーん。まぁ断るけど。自分のしでかしたことなんだから責任もって自分で何とかしろな」
「くそぉ。そっちの小猫ちゃんはこっちの小猫ちゃんよりもエッチに対して厳しいぜ……」
項垂れる一誠に特にとり合わず、一樹は漫画雑誌をパラパラと捲っていた。
「一誠のしたことは主である私からも謝るわ。だからあの術を解いてくれないかしら?」
「イヤです。自分たちでどうにかすればいいのでは?」
ベッドの上で後ろからアーシアに抱きつかれて頭を撫でられながら置いてあった料理雑誌を読みながら頭を下げるリアスたちの謝罪を一蹴する。
白音の中でこの世界の兵藤一誠に対する感情はマイナス10の所をぶっちぎって30近くまで下がっていた。
むしろこの程度で済ませているのに何故これ以上恩赦を与えなければならないのか。
ちなみに元の世界の一誠の評価はマイナス2か3といったところだ。
黒歌はアザゼルとロスヴァイセなどと一緒に飲みに行っている。明日の朝まで帰って来ないらしい。
リアスが白音を抱きしめているアーシアに視線を向けるがこっちも微妙な笑みで首を横に振るった。
さてどうしたものか考えているとこちらの世界のアーシアが突然声を上げた。
「あ、あの!こね……白音ちゃんはあの日ノ宮さんという方のどういったところがお好きなんですか?」
話題を変えるアーシアに全員が目を見開いたが確かにこのまま話し合っても平行線だ。話題を変えて関係を緩和させる方がいいかもしれない。アーシア自身がそれを自覚しているかは微妙なところだが。
それにリアスたちも乗ることにした。
「そうね。確かにそれも気になるわ!」
「はいは~い!どっちから告白したの!」
何故か異様に活き活きとしたイリナが詰め寄って顔を近づけながら訊いてくることに押される形で白音は答えた。
「いっくんからですけど……」
「そっかぁ!やっぱり男の人から告白されるって羨ましいわ!」
「そ、それじゃあデートなんかも」
「それは、まぁ……」
そのイリナの質問を皮切りに女性陣からの質問攻めが始まった。
白音もなんとなしに勢いに呑まれてか質問に答えている。
「そちらのアーシアちゃんはあの日ノ宮くんをどう思ってますの?」
朱乃の問いにアーシアは私ですか?と言って少し考えた後に結論を出す。
「そうですね。お友達っていう感覚もしっくりきますけど兄のような人ってイメージもあります。困っていたら何気なく手を貸してくれたり。戦う時は戦う力の乏しい私とかを守れる位置に着いてくれてたり。それに白音ちゃん一筋で他の方に告白とかされた時もきっぱりと断ったり。そういうところが素敵だと思います。だから、2人が結ばれて、本当に嬉しかったです!」
白音よりも熱の籠った解答をするアーシア。
それがどれだけ2人の関係を喜ばしく思っているのかが伝わってくる。
そんな中で小猫がポツリと呟いた。
「……ズルい」
その呟きに皆が注目した。
見ると、僅かに眉間に皺を寄せた小猫が不満を吐き出してくる。
「……姉さまが傍に居て。好きな人と結ばれて。あれだけ強い力を手にして。貴女だけそんな上手な人生を送ってるなんてズルい」
「ちょ、ちょっと小猫さん!」
隣に居たレイヴェルが諫めるが止まらずに内心を吐き出す。
「……私は、そうじゃなかった。姉さまは私を置いてどこかに消えて。ずっと弱い自分を克服できなくて。好きな人だって全然――――」
それは嫉妬による八つ当たりだった。
姉が傍に居て仲良く暮らす別の自分に対する。自分では及びもつかない力を手に入れた別の自分に。
同じはずなのにどうしてこんなにも違ったのかとという不平不満だった。
そんな小猫を白音は駄々をこねる子供に呆れるような視線を向ける。
「本当に?」
「?」
「こっちの姉さまに置いて行かれたというけど、本当にそれは姉さまだけが原因だった?」
「……なにを」
白音の方も小猫に対して苛立ちを覚えている。
まるで自分が何の苦労も悩みもなく今の自分があるような言い方をされて怒りを覚えない訳はない。
運が良かったと言うなら否定はしない。しかし白音とて何の痛みもなしに今日まで生きてきたわけではないのだから。
「姉さまに守られるだけの価値を貴女はちゃんと示せていた?自分には何の落ち度もなかったと断言できるの?それに、どっちが上だとか下だとか。そういう風に幸福や不幸の優劣を決めて、うれ――――」
パシンと白音の頬が叩かれて言葉が途中で止まる。
その後に小猫のあ、と息をするのが聞こえた。
「小猫!?」
突然の自身の眷属が起こした暴力にリアスが諫めるがその声が届いていないようだった。
自分の手を数秒見つめた後に小猫は顔を歪めて部屋から出て行った。
「……ごめんなさいね。あの子も、色々とあって」
「別にどうでも。まぁ、私も、昔はただ姉さまに守られてるだけでなにも出来なくて。それをいつの間にそれを当たり前だと思うようになってた。私も全然人のこと言えない」
自嘲の笑みを浮かべて白音は落とした料理雑誌を拾った。
部屋を出た小猫は早歩きで移動していた。
「……違う。姉さまが私を裏切って――――」
まるで全て居なくなった姉が悪いというように口の中で繰り返す呟く。
しかし頭の片隅で思う。
姉はずっと守ってくれたが自分はいったいどれだけのことがしてあげられていただろうと。
居なくなった原因が自分になかったかと本当に断言できるのか?
そうして歩いていると当然通っていた部屋の扉が開き、それが顔に当たった。
「あ?なにか当たって―――――おわっ!?」
部屋の中から出て来た一樹が小猫を見てびっくりする。
「しろ――――塔城か!悪い、外に誰かいるとは思わなくてな!」
「……べつに」
当たった額を押さえて不機嫌そうにしている小猫に一樹が疑問を口にする。
「あー。もしかして、白音になんか言われたか?」
「……どうして、そう思うんですか?」
「なんとなくな。やっぱり別の自分なんて煩わしく思うもんだろうし。喧嘩くらいするだろうってな」
「……」
一樹の言葉に答えずそっぽ向く小猫。
しかし代わりに質問した
「……どこが、良かったんですか。そっちの私の」
目の前の男が別の自分のどこに惚れたのか。それが気になって訊いていた。
それに一樹はキョトンとした表情を一瞬した後に苦笑しながら答えた。
「そうだな。結局俺のために色々としてくれたことかな。飯とか洗濯物を畳んでくれたりとか。そういう何気ないことの積み重ねでいつの間に好きになってたって感じだな」
「……」
「そういうの、やっぱり嬉しいだろ。だから俺もあいつに何かしてやりたくて。貰ってばかりじゃカッコ悪くて。一緒にいると1番安心するんだ。色々と理屈は付けられるけど。結局は好きだって思ったらもう駄目なんだよ、きっと」
この短い会話の中でなにを思ったのか。小猫はそうですか。とだけ呟いて踵を返した。
その前に一言だけ呟く。
「……貴方みたいな人に、私ももっと早く会ってみたかったです」
「ん、そうか?まぁ、ありがと?」
曖昧な答えを返してその場は別れた。
翌日、元の世界に帰還した一樹たちだがこちらの世界の時間がほとんど動いていないことに驚いていた。
向こうのオカ研メンバーからは一誠の術を解除するように頼まれたが白音が首を縦に振らず、同じ存在である小猫に一任する形で決着が着いた。
そして翌日。
「なぁ、日ノ宮。なんか白音ちゃんがいつも以上に俺を避けてる気がするんだけど。なんかおれやったっけ?」
「兵藤。お前は俺や白音が居るからまだマシな状態なんだぞ。ちょっとは感謝しろな」
「なんでだよ!?訳わかんねぇこと言うな」
次回からはたぶんオリジナル章。劇場版みたいな話を書きたい。
まぁ、しばらくは別作品に集中するつもりですけど。