太陽の種と白猫の誓い   作:赤いUFO

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10話:入部

「なにやってるのよ!偉そうなこと言って逃げられちゃったじゃない!!」

 

 額に青筋を立てた黒歌に白い鎧━━━━【白龍皇】は溜め息を吐いた。

 

「すまないな。俺の落ち度だ。文句は後で聞くさ。それより残ったバルパーとフリードの回収が先だ」

 

 辺りを見渡す白龍皇は顔が潰れて痙攣しているバルパーと斬られて意識を失っているフリードを腕に抱えて翼を広げた。

 

『無視か、白いの?』

 

『起きていたのか、赤いの』

 

『お前の力に充てられて、な。此度の相棒はどうにも才能が乏しく意識を表に出すのも苦労してしまった』

 

 白龍皇に話しかけたのは兵藤一誠━━━━の神器である赤龍帝の籠手だった。

 その声を聴いて一誠がうわっしゃべった、と驚きの声を上げると同時に才能が乏しいという辛辣な一言にヘコむ。

 

『お互い、戦おうにもこの状況ではな』

 

『なに。こういうこともある。いずれ戦うことには変わりない』

 

『そうだな。お互いその時まで今の主の下で楽しませてもらおう』

 

『それもまた一興か。また会おう、アルビオン』

 

『ああ。ではなドライグ』

 

 ふたつの神器が話を終えたのだろう。点滅を繰り返していた互いの宝玉は沈黙した。

 そして次に声を上げたのは赤龍帝の主である一誠だった。

 

 

「な、なんなんだよお前!いきなりやって来てコカビエルをあっさり退けて!必死に戦ってた俺らバカみたいじゃん!」

 

 そんな風に喚く一誠に白龍皇は呆れたような、又は失望したような声で一誠を鎧越しに見下ろす。

 

「全てを理解するには力が必要だ。精々強くなれよ、俺の宿敵くん」

 

 それだけ言って今度こそ白龍皇は飛び立って行った。

 

 皆の緊張が僅かに緩んだが、校舎内では笑顔を浮かべた黒歌に一樹と白音は詰め寄られていた。

 

「これはどういうことなのか、説明してもらいましょうか?どうしてこんな戦場にいるの?」

 

 普段は黒歌がバカをやってそれを一樹と白音がツッコミや叱責をするが今回は完全に立場が逆転していた。

 2人は顔に大量の汗を流しながら黒歌の青筋を立てた笑顔を見てから顔を反らして質問に答える。

 

「気に入らないジジイをぶちのめすため?」

 

「……なりゆき」

 

「ふぅん……」

 

 パンッ!と頬を叩かれる音が二度した。

 

「一樹。この件が尋常じゃないってあなたも気づいてたでしょ?自分から危険に飛び込むなんてなに考えてるの?一樹になにかあったら泣く人がいるんだってちゃんと分かってた?私は、こんなところで死なせるために一樹を引き取ったわけじゃないんだよ?」

 

 次に視線を妹に向ける。

 

「白音なら一樹とここを離れるくらいできた筈だよね?どうしてそうしなかったの?まさか、私が助けに来るからそれまで時間を稼げばいいなんて楽観視してたわけじゃないよね?あなたの判断ミスで今度もまた失うところだったのよ」

 

 黒歌の言葉に白音は一瞬何か反論しようとしたが、結局何も言わなかった。言えなかっただけかもしれないが。

 一樹と白音はそれぞれ親に怒られた子供のようにうつむいている。

 そんなふたりを抱きしめ、黒歌は安堵したように呟く。

 

「本当に死ぬとこだったんだよ?白音は顔をこんなにして━━━━2人が無事でよかった……」

 

「あ……」

 

 言われて一樹は自分がどういう場所にいたのか本当に理解し、震えが来た。

 

 人間1人を校舎三階まで投げ飛ばす。そんな相手に自分が立ち向かえるなどと本気で錯覚していたことに恐怖して一樹は手が震えた。本当に殺されるところだったのだと今更ながら思い至ったのだ。

 

「ごめん、姉さん……」

 

「ごめんなさい、姉さま……」

 

 奮える手を抑え込む様に一樹は黒歌の腕に触れた。

 生きている。今はただ、その事実に無性の安堵を覚えて。

 数分かけて震えを抑え込んで一樹はさっきから気になっていたことを聞いた。

 

「それよりな、姉さんに白音。その耳と尻尾はなに?」

 

 一樹の言葉に白音はハッと自らの頭部に在る耳を押さえた。

 バレることは覚悟していたが、やはりいざとなるとどう言えば良いのか言葉に詰まる。

 

「それは後でね。今はあちらさんと話すのが先でしょう?」

 

 黒歌が指差したのは校庭でこちらを見上げているリアスと結界内に入ってきたソーナだった。

 彼女らというより、校庭にいる全員がこちらを見ていた。

 

「私は先に話をしてるから2人は階段からゆっくり降りてきなさい」

 

 言うや否や黒歌は壊れた窓ガラスから飛び降りた。

 三階から飛び降りて平然としている黒歌に何とも言えない表情をする一樹。

 

「真似しちゃだめだよ?行こう、いっくん」

 

「……しねえよ。つかな。あの黒羽人間攻撃してから体に力が入らねぇ。姉さんが来てから少し楽になったけど。立つならまだしも歩くのはちょっときついな。先に行っていいぞ、白音」

 

「ダメ。一緒に行く」

 

 ひょいっと一樹を抱える白音。お姫様抱っこで。

 お姫様抱っこで!!

 

「あの白音さん?これめっちゃ恥ずかしいんですが……」

 

「私は気にしないよ」

 

「俺が気にするんですけどっ!?」

 

 少し前にやったやり取りを再びして一樹の言い分を無視して白音は歩き出した。

 

 

 

 

 先に降りた黒歌はこの町の管理者たる少女2人と対面していた。

 

 

「初めまして。白音の姉の猫上黒歌よ」

 

「ええ、初めまして。この地区の管理を魔王様より命じられている、リアス・グレモリーよ」

 

「この学園の管理を行っているソーナ・シトリーです」

 

 黒歌の自己紹介にリアスとソーナも簡単な自己紹介をする。しかしそこに親しみという感情はなく得体のしれない相手への警戒心だった。

 彼女たちの眷属もそれぞれ警戒心を緩めない。

 強いて言うなら兵藤一誠だけが黒歌に見惚れて鼻を伸ばしているくらいだ。

 そんな彼女たちに黒歌は肩を竦めた。

 

「警戒するのは勝手だけど、こっちはそっちに何かする気なんてないわよ?むしろ私の家族の面倒を見てくれて感謝してるくらいだしね」

 

「━━━━━なら訊きますが、貴女はなんの目的でここに?まさか猫上さんの危機を察してというわけではないでしょう?」

 

「白音がここにいたのは私にとっても意外だったわ。それに一樹もね。2人とも私の大事な家族だから」

 

 一樹が両親を亡くして親の知人と名乗る猫上黒歌に引き取られたとは調べたが、生前の一樹の父と黒歌がどのような関係だったかまでは出てこなかった。それが、若干気にかかっていた。それを聞く前に黒歌が質問の続きを答える。

 

「ここに来たのはコカビエルの暴走を止めるようにある人から仕事を受けたからよ。白龍皇とは仕事の関係で組むこともあるだけ。ちなみにこの町の各所に設置されていた術式はもう解除してあるから心配しないでいいわ。私もここに住んでるから他人事じゃないし」

 

 何気なく言われた事実にリアスたちは驚く。コカビエルを倒せば町の術式が解除されると言っていたがそれが本当かは判断出来ないからだ。もちろん黒歌が言ってることも本当かは直ぐに確認する必要はあるが。

 だから町の術式の方は疲弊の激しいリアスたちではなく、ソーナの眷属から何人か指示を出して確認させている。

 ひとつ確認材料が出て僅かに安堵した。

 

「それで、あなたに依頼した人物というのは?」

 

「今は言えないわね。私の信用に関わるし。ちょっと勘弁してほしいかな。今回は一応私たちのおかげで助かったってことでひとつ」

 

 それを言われるとぐうの音も出ない。

 コカビエル相手に自分たちでは太刀打ちできなかった。教会のデュランダル使いと猫上白音という協力者がいてもまともに傷を負わせることすら叶わなかったのだ。

 だからと言ってこのままなんの情報を引き出せずに帰らせるわけにも━━━━━。

 

 結果的に自分たちを助けてくれた恩義と管理者としての義務の間で揺れているリアスとソーナはどうするか考えている間に三階にいた2人が下りてきた。

 その姿を見て全員が目を点にした。

 なにせ小学生女子程の体躯の白音に一樹がお姫様抱っこされているのだから。

 そのシュールな光景に黒歌は笑いを堪えていて一樹本人はバツが悪そうに顔をしかめている。

 祐斗はそんな友人に近づく。その顔にはいつもの笑みがあった。

 

「なんて言うか……とても印象に残る格好だね」

 

「うっせぇよ、見るんじゃねぇ……。というか白音さんももう降ろしてください。歩けるから」

 

「ダメ。まだ体力が回復してない。今動けてもすぐにバテる」

 

 案の定、一樹の案は却下され、恥辱を味わうハメになった。

 

「なんならお姉ちゃんが抱っこしてあげようか?ヘイカモン!」

 

「ダメです。いっくんは私が運びます」

 

「もう好きにしてくれ……」

 

 一樹はもう自棄になって考えることを止めた。それに体力が減り、危機も去ったことで段々と眠くなって思考が鈍化していっている。

 

 そんな中で黒歌は自分の家族を見て閃いたようにそうだ、と手を合わせた。

 

「ねぇ、リアス・グレモリー。ちょっとお願いがあるんだけど」

 

「……なにかしら?」

 

 突然名前を呼ばれてリアスは困惑する。

 

「貴女が部長をやってるオカルト研究部だっけ?それにこの2人を入部させてくれない?」

 

「ハァッ!!?」

 

「イッテェッ!?」

 

 最初に驚きの声を上げたのは白音だった。抱えていた一樹を落とすくらい衝撃的な提案だった。

 その表情は普段の無表情とはかけ離れて姉を睨んでいる。

 

「大丈夫かい、一樹くん?」

 

「尻と腰を思いっきり打った……」

 

 打った腰を擦りながらよろよろと立ち上がる。足取りはかなり危ういがどうにかして、といった感じだ。

 

「姉さま、どういうつもりですか!?」

 

「どうって言われてもねぇ。今回、ここまで関わっちゃったから、これからなにか問題が起きたときに知らんぷりっていうのは難しそうじゃない?だったら、一番情報が入りやすそうな場所にいたほうが良いかなって」

 

「私は……っ!?」

 

「悪魔が嫌いだって言うんでしょ?知ってるわよ。でも、今回の件で少しは見直せる部分もあったんじゃない?それにこれからの事を考えると悪魔側とパイプを作っておくのも悪い話じゃないわ。幸い、グレモリーとシトリーって言えば悪魔社会でも真っ当な方だし。ね、お願い」

 

 半分辺りから白音にだけ聞こえるように耳元で説得する。

 白音はただ歯を食いしばって黒歌から視線を外すだけで下を向いた。次いで一樹の方に話を振る。

 

「一樹はどう?オカルト研究部に入るのは?」

 

「は?別にいいんじゃないかな。グレモリー先輩が良ければ……」

 

「いっくん!?」

 

「一緒に行動してたのになんで嫌がってんだよ?さすがに訳わかんねぇぞ」

 

「~~~~~~っ!!」

 

 なにか反論しようとするも言葉が浮かばずにいる白音に黒歌がとてもいい笑顔を浮かべて再度問う。白音は若干イラっと来た。

 

「で、どうする?白音?」

 

「……わかりました」

 

「ん?別に無理しなくてもいいんだよ?お姉ちゃんも強要したくないしね」

 

「いいえ。入らせていただきます……」

 

「うん。じゃあ頑張ってね」

 

 今晩の夕食は姉さまの嫌いな物だけ作ろう、と心に誓って溜め息交じりに了承した。

 

「と、いうわけでうちの子たちをよろしくね!」

 

「は、はぁ……」

 

 黒歌の押しに戸惑いながら返事をするリアス。

 それじゃあまたねとウインクして白音と一樹を掴むと転移でその場を去って行った。

 

「なんて、デタラメ……っ!?」

 

 転移の速度があまりに速すぎる。白龍皇の力も規格外だったがあの女性も同等だと認識した。

 厄介なことになったなと途方に暮れる。今はまだ敵ではないがとりあえずでしかなく、その身内を2人も抱えなければいけなくなった。

 そんなリアスにソーナは声をかけた。

 

「リアス、とりあえずはこの場を解散しましょう。私たちは学校の修復などで残りますが、貴女とその眷属は戦闘で消耗しているでしょう?ここは私たちに任せて休んで。匙も今日は帰って休みなさい。お疲れさまでした」

 

「ありがとう、ソーナ。そうさせてもらうわ」

 

「会長……」

 

 リアスはソーナの気遣いに感謝し、匙は笑顔を浮かべて労わってくれる主に感激して若干涙を流している。

 逃げたコカビエルやこれからの教会の関係。考えることはたくさんあるがそれは明日にしよう。今はみんなクタクタだ。

 とにかく今日を生き延びた。今はそれだけでいい。

 リアスは自分が愛する眷属たちに笑顔を向けた。

 

「さ、戦いは終わりよ。今日はゆっくり休みましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 コカビエルの襲撃から翌日一樹は体調不良を起こして学校を休んだ。

 黒歌によると突然目覚めた()の使い過ぎで慣れない身体に負荷がかかったのだろうということだ。

 2日程休み、その間に黒歌と白音から色々な裏の話を聞いた

 

 現在の堕天使、天使、悪魔勢により三竦みの現状やら様々な神話の存在が実在していること。

 神器(セイクリッド・ギア)と呼ばれる聖書の神が残した人間だけに発現する特殊能力のこと。

 そして、家族だと思っている2人が人間ではないこと。

 2人は妖怪で猫又の上位種に当たる猫魈と呼ばれる存在であること。

 色々聞いて、一樹の反応はと言えばそっか、と実に簡素なものだった。

 

「いやいやいや!?もっとなんか言う事あるでしょ!なにか訊きたいこととかないの!」

 

「別にないよ。今回はその三勢力のゴタゴタで、姉さんたちは人間じゃない。俺からすればそれだけ聞ければ充分だ。あぁ、たださ。地下にあった実験室の人たちがどうなったか姉さん知らない?」

 

「……バルパーの実験で死亡した教会関係者の遺体ならすぐに人が派遣されて秘密裏に引き取られるはずよ。その人たちを故郷の土に還すためにね」

 

「そっか。良かった」

 

 死した後、彼らは故郷に還ることが出来るのだ。きっと身元不明で処理されてしまうより、ずっといい。

 安堵を覚えながら一樹は息を吐いた。

 ホッとしている一樹に黒歌は言葉を重ねる。

 

「本当に訊くことはないの?もしかしたら、私たちは一樹をなにかに利用しようとしているかもしれなし、隠し事だってあるかもしれないんだよ?」

 

「姉さま!?」

 

「白音、これはちゃんと聞いておくことよ。わかるでしょ?」

 

 今まで黙っていた白音が声を上げるが、黒歌が黙らせる。

 一樹はその問いに少し考える素振りを見せるが答えは変わらなかった。

 

「やっぱりないよ。うん」

 

「ホントに?もし私たちが人間じゃないことで一緒にいたくないっていうなら他の道も―――――」

 

「だからないってば。姉さんと白音がなんだろうと気にしないし、何かに利用してるって言うんなら、それはそれでいいよ。姉さんと白音になら利用されてもかまわない。うん、そう思う」

 

 助けられたのは一樹自身。2人が人間じゃないという話も、家族のことが知れて嬉しい程度のものだ。

 自分でも考えなしだなと思うが、それが日ノ宮一樹の本心だった。

 

「何か隠し事をしてても、姉さんたちが今は話せない思ってるならそれでいい。いつか話してもいいって思える時が来たら話してくれればいい。それまで俺が待てばいいだけの話だろ?」

 

 一樹の言葉に黒歌は一瞬だけ目を大きく見開き、笑みを浮かべた。

 そして自分の額を一樹の額にくっ付けると。

 

「ありがとね、一樹……」

 

 その時の笑顔は見惚れるほど綺麗だと思った。

 

 

 

 

 

 体調も良くなり、いつも通り登校して教室に着くと木場祐斗が驚いたようにこっちを見て近づいてきた。

 

「一樹くん、体調が戻ったんだね!」

 

「おう。あの後に熱が出て休んだけど、今は元通りだ」

 

「……良かった」

 

 安堵の息を溢す祐斗。

 考えてみれば一般人だったはずの一樹が僅かとはいえ、コカビエルに火傷を負わせたのだ。その負荷がどれほどのものか。

 それでここ2日心配だったため、顔が見れて安心したのだ。

 

「そういえば、今日から俺もそっちの部に世話になるから案内よろしくな。俺、部室の場所知らねぇんだわ」

 

「もちろん、任せてよ!」

 

 そうして笑い合っている2人を見て周りの女子の反応は――――――。

 

『見て見て!日ノ宮くんと木場くんが笑ってるわ!』

 

『やっぱり日ノ宮くん×木場くんよ!最近木場くんが兵藤(変態)と一緒にいることが多くなったけどこの組み合わせこそ至上なのよ!』

 

『ハァハァハァ!鼻血出てきた……』

 

 という不穏な会話を耳にして一樹は本気で頭が痛くなってきた。そんな一樹を見て祐斗が大丈夫かい一樹くん!?と熱がぶり返したと勘違いしてペタペタ体に触ってくる。そしてまた声を上げる女子勢という悪循環。

 大きく息を吐いて一樹は事態が収まるのを待った。

 

 

 

 放課後、兵藤一誠とアーシア・アルジェントと合流して白音を迎えに行った。

 その際に兵藤一誠が「学園のマスコットの白音ちゃん来たぁ!」と声を上げてたので一樹は周りに見えないように指からライター程の火を出す。

 

「もし、白音にふざけたことしたら問答無用で燃やすからな?」

 

 兵藤一誠を含めた変態3人組の噂は学園の生徒であれば誰もが耳にする。

 もし兵藤一誠が一樹の家族に手を出すなら、全力で叩き潰すことも辞さない覚悟だった。幸い一樹の炎は悪魔に天敵らしいというのも強気な態度の一角を担っている。

 それに兵藤は「お、おう!」とだけ答えた。

 

 

 

 

 

「旧校舎っつーから埃っぽいイメージがあったけど、思った以上に清潔なんだな」

 

「一応、こまめに掃除してるからね」

 

 初めて入った旧校舎は外装の古臭さとは真逆に内装は手入れが行き届いていて綺麗なものだった。

 部室の扉を開くとそこには3年生のリアス・グレモリーと姫島朱乃。そしてコカビエル戦で協力した聖剣使いのゼノヴィアが駒王の制服を着て座っていた。

 

「やぁ、赤龍帝」

 

「な、なんでお前が部室(ここ)に居るんだよ!」

 

 ゼノヴィアの存在に一番初めに反応したのは兵藤一誠だった。

 一樹はゼノヴィアとリアスたちの関係を知らず、一緒に戦っていたことから仲間だと思っていたのでむしろ驚いている兵藤一誠に驚いている。口には出さないが。

 疑問に答えるようにゼノヴィアはその背に大きな黒い翼を展開した。

 それを見て一樹と白音以外の3人がさらに驚愕する。

 

「実は神の不在を知って以前ほど真面目に信仰を保てなくなってしまってね。その時、リアス・グレモリーに声を掛けられて眷属になることを了承し、戦車(ルーク)の駒を頂いたわけだ。私としては騎士(ナイト)の駒が欲しかったのだが……」

 

「ゼノヴィアはどう見てもスピードよりパワータイプでしょ?私には今まで戦車がいなかったし、彼女なら短所を補うより長所を伸ばした方が良いって思ったの。戦車の耐久性なら多少の無茶は利くし、近づけばデュランダルの一撃がある。そう思っての判断よ。デュランダル使いだから駒二つ消費することも覚悟していたけど、幸いひとつで済んだしね」

 

 リアスは上機嫌で説明する。

 自分の眷属に強力な聖剣使いが入ったことが嬉しいのだろう。そしてゼノヴィアと言えば。

 

「そう、悪魔だ。いくら神の不在を知って信仰が揺らいだからといっていきなり神の敵になるのは思いっきり過ぎないか?これで良かったのか?確かにもう教会に戻れないとはいえ――――――」

 

 やはり元の職場にそれなりに思い入れがあるのかぶつぶつと独り言を始める。その言葉の中で気になることがあったのかアーシアがおずおずと手を上げて質問した。

 

「あ、あの……もう教会に戻れないって……」

 

「ん?あぁ。実はあの後すぐに神の不在について上層部に問い合わせてね。そうしたら即異分子扱いされたよ。教会は異分子や異端を極端に嫌う。もう教会に私の居場所は無くなってしまったんだ」

 

 今まで身を粉にして尽くしてきた組織に捨てられて何も感じないわけがない。自嘲気味な笑顔がどれだけ彼女がショックを受けているのか感じさせる。もちろん安易に分かるなどとだれも口にしないが。

 

「アーシア・アルジェント。君も教会を追われたとき、こんな気持ちだったのかと思ったよ。前に不躾に罵倒してすまなかった。謝罪する」

 

 頭を下げるゼノヴィアにアーシアは驚いて慌てふためく。

 

「あ、頭を上げてください!それはもう終わったことですし。今の私は優しい、大切な人たちに囲まれて本当に幸せなんです!」

 

 神の不在を知って一時精神の均衡が崩れかけたアーシアだが、一誠を始めとする仲間の支えもあって精神面が安定していた。

 そんなアーシアを見てゼノヴィアはどこか敬うように笑みを浮かべる。

 

「そうか、強いんだね、君は」

 

「いえ、私は強くないです。ただ、私は独りじゃありませんから」

 

 辛いのなら泣いていいと言ってくれる家族がいる。

 また立ち上がれるように手を差し伸ばしてくれる人がいる。

 たったそれだけで人は絶望から立ち上がれるのだと。アーシアはこの件で身に染みて理解した。

 

 ふたりの雰囲気が穏やかなものに変わっていくなか、一誠が気になったことを訊いた。

 

「そういえば、イリナはどうしたんだ。それから壊した聖剣も」

 

「聖剣は本体部分を回収してイリナに託した。私の破壊の聖剣と共にね。私のデュランダルは使い手が繕えないから持っていても問題ないが、エクスカリバーはマズイ。あれは他に使い手が探せるから返却しておかないと」

 

 一口カップの紅茶を飲んだ後、どこか寂しそうに笑う。

 

「イリナとは最後ケンカ別れのようになってしまった。しかし悪魔に転生した理由が神の不在などと言うわけにもいかない。異端視されるのは私だけでいい。ハハ!次会ったら敵かもしれないけどね」

 

 空元気なのだろう。ゼノヴィアからしたら戦友であるイリナと離れるのは仕方がないと分かっていてもショックなのだろう。

 そしてリアスが一樹と白音に視線を向けた。

 

「それで、あなたたちも本当にいいのかしら?」

 

「その前に訊きたいのですが、もし私といっくんが入部したら私たちはどんな扱いになります」

 

「そうね。2人は悪魔ではないから悪魔業をする必要はないけど、ただここに来るだけというのもアレでしょ?だから、2人にはヘルパーというかお手伝いの形を取ってもらおうと思うわ」

 

「お手伝い?」

 

「えぇ。もし誰かが派遣されてその子だけじゃ手に余ると判断されたときに2人には手伝ってもらうの。今はこの部に新人の悪魔が3人いるしね。もちろん報酬は払うわよ。あまり高額ではないけど。なんなら、2人とも私の眷属になってくれてもいいしね」

 

「ありえません」

 

 リアスの冗談交じりの問いに間髪入れずに白音は拒否を即答した。

 

「貴女はそうでしょうね。なら日ノ宮くんは?あなたが望むなら祐斗たち同様、私の眷属にしても――――――」

 

「ふざけたこと言わないでください」

 

 一樹が答える前に白音が低い声でバッサリ切る。

 

「あら。私は日ノ宮くんに訊いているのよ?それとも彼のことを決める権利が貴女にあるのかしら?」

 

 やや挑発気味に問うリアスに白音は唇を嚙む。

 

「あ~。俺にそんな価値があるとは思えませんが……」

 

「そんなことはないわよ。あなたの力は眷属として有力だわ」

 

 白音が止めてください!と声を上げる前に一樹が手で制して回答する。

 

「やっぱりいいですよ。俺は人間のままで。それに悪魔の駒、でしたっけ?話は姉さんから聞きましたけど、もし俺が死んでも生き返らせなくて結構ですから」

 

「どうしてかしら?貴方にとってデメリットはないはずだけど?」

 

「別に長命に興味はないですから。それに生き物って1回死んだら終わりなのが当たり前でしょ?俺はそれでいいと思ってます。人間として産まれたら人間として死ぬ。あぁ、別にその駒を使って誰かを生き返らせることを非難したいんじゃないですよ?ただ、俺には必要ない。ただそれだけです」

 

 真っ直ぐ見つめて断言する一樹にリアスは降参とばかりに笑みを溢した。

 

「わかったわ。貴方の意志を尊重する。ま、気が変わったらいつでも言いなさい。それとこの部に所属することに当たって私のことは部長と呼ぶこと。私もふたりを一樹と白音と呼ぶわ。いいわね?」

 

「わかりました」

 

「お世話になります、部長」

 

 よろしいと笑い、話題を変える。

 

「さて。これから我がオカルト研究部は来たるべき球技大会に向けて練習を開始するわ!コカビエルの件でただでさえ練習不足なんだから、気合入れるわよ!」

 

 球技大会と聞いてその場にいたほとんどの人間が思い出したかのような顔をする。

 

「そういえば、ここ最近忙しくて忘れてたね」

 

「俺はむしろその後の中間テストのことで頭がいっぱいだったけどな」

 

「そうだよ!テストもあんじゃん!やっべぇ!どっちも忘れてたぁ!?」

 

「球技大会とはなんだ?」

 

「えっと。ボールを使うスポーツを何種目かに分けて行うクラスや部活で勝ち負けの総合を競うんです。私も初めてだから楽しみです」

 

「それでは部長。遅まきながら、我が部の参加種目をどうぞ」

 

「私たちオカルト研究部が参加する種目は――――――」

 

 

 

 

 

 

 

「ドッチボールとはな。まぁ、面倒なルールがなくてむしろ助かるけど」

 

 軽く屈伸をしながら一樹は呟いた。

 ドッチボールなら誰でもできるし、ルール説明に時間を取られることもない。

 ちなみに一樹は野球もサッカーも細かいルールは知らない。

 せいぜい野球はバットでボールを打って走るスポーツ。サッカーはボールを蹴ってゴールに叩き込むくらいの認識だ。

 それに転校したばかりのゼノヴィアも細かいルールのある球技より、こういうわかりやすいゲームの方が楽しめるだろう。

 ちなみに当然だが、試合で悪魔の力を使うことは禁止されている。一樹の気や白音の妖怪としての力も同様である。

 そうして無視してたがそろそろツッコムかとアーシアに話かけた。

 

「なんでアーシアはブルマ履いてんだ?クラス戦の時は普通にハーフパンツだったよな?」

 

 駒王学園ではハーフパンツかブルマか選択できる。大抵はハーフパンツを選択するが。偶にブルマを選択する猛者はいるがやはり少数派である。ちなみに白音はハーフパンツである。

 

「え?桐生さんがドッチボールの正装はブルマだって」

 

「…………そうかあのバカか。後でしっかり制裁しとかないとな」

 

 これが終わったら桐生の頭をグリグリしようと心に決めてコートに入った。

 

「一樹くん、頑張ろうね!」

 

「おうよ。部長にどやされたくないし、負けるのも好きじゃないからな。出来る限りの力にはなるぜ!」

 

 普段一樹はこういう行事でやる気を出すタイプではない。

 だが、入ったばかりとはいえ仲間と一致団結するのは思いのほか心地良いと感じた。

 コートに入ると周りから声が聞こえた。

 

『あれ?日ノ宮くんってオカルト研究部だったっけ?』

 

『それに猫上さんもだよね?それにあれはこの間転入してきたクァルタさん!』

 

 などと普段見慣れないメンバーに注目が集まる。

 

 そんな中で試合開始の合図とともに狙われたのは一誠だった。

 兵藤死すべしと言わんばかりに相手チームは一誠にボールを集中させる。

 これには明確な理由がある。

 まず、二大お姉さまと知られるリアスと朱乃に当てるとか論外。

 祐斗と一樹は女子に人気があり後が怖いから狙えない。

 2年の癒し系と1年のマスコット扱いをされているアーシアと白音は可哀想だから当てられない。

 ゼノヴィアも若干狙われているが、軽々とボールを受け止められて反撃された。

 という訳で一番狙いやすい一誠にボールが集中するのだ。

 しかもボールを投げる時に一誠に対する不満や殺意を大声に出している。

 観客からも死ね!死ね!コール付きだ。

 

「日頃からどれだけ恨まれてんだよアイツ……」

 

 一誠の回避を眺めながら、若干蚊帳の外に立っている気分だった。

 そんな中で相手チームが一樹に狙いを定める。

 

「しねぇええええええええっ!!ロリコンは俺1人だけでいいんだよぉおおおおおおおっ!」

 

「やべっ!」

 

 突如標的を変更されて狙われた一樹は僅かに反応が遅れた。

 ボールが当たりそうになった時に別の手が間に入ってボールをキャッチする。

 

「一樹くん、油断大敵だよ!」

 

「お、おう!わりぃ!」

 

 そんな2人を見て女子からの歓声が沸く。

 

『きゃぁあああああああ!木場くんと日ノ宮くんのタッグよ!』

 

『写真!写真!シャシィイイイイイイイイイイン!!?』

 

 女子からの歓声に顔を引きつらせながら試合に集中した。

 

 結果的に言えば試合自体はオカルト研究部の圧勝だった。

 ほぼ兵藤しか狙わない敵陣営に必死に避ける本人。運動神経の高い祐斗、ゼノヴィア、白音を中心に相手を撃破していく。

 ちなみに一樹も1人だけボールを当てた。

 こっちの被害は相手がボールコントロールをミスって偶々当たったアーシアくらいだ。

 当てた相手は物凄く居た堪れない表情をしていたが。

 

 

 聖剣の件でどんよりとしていた祐斗の表情はとても晴れやかなもので、転入生のゼノヴィアも純粋に球技を楽しんでいた。

 誰もが目の前の行事を心の底から楽しんでいた。

 ここに、当たり前の学生の姿があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 山の中で独りのコカビエルが歩いていた。

 全身黒ずくめのその男は背負った10枚の黒い翼を隠そうともせず、夜の山を進む。

 

「クク!まさか白龍皇の小僧があそこまでの力を蓄えていたとはなぁ!もう少し離脱するのが遅ければやられていたところだ!」

 

 自力ではまだ負けないという自負がある。しかし白龍皇の能力は厄介すぎる。あれなら大抵の力量差はあっけなく覆るだろう。

 しかしそれが卑怯だとはコカビエルは思わない。

 どう言い訳してもあの敗北は自分の力不足だとコカビエルは認識していた。

 あんな100も生きていない小僧にあしらわれた屈辱で腸が煮えくり返りそうだが、むしろあの程度の能力に屈して撤退した自分にこそ怒りが湧いた。

 

「だが、存外にまだまだ楽しめる」

 

 相手が自分の力を半減するならば、それすら問題にならぬほど力を付ければいい。

 

「そうだ!二天龍も!アザゼルも!他の神話体系も!そしていずれは無限と夢幻すらも俺は超越して見せる!存外にまだまだ退屈しなさそうではないか!!」

 

 哄笑をいつまでも響かせてコカビエルは夜の闇に消えて行った。

 

 

 

 


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