不幸のせいで幻想郷へ 作:スピノ
夏休みじゃなくてインディペンデンスデイです。SEKAINOOWARIです。
この地獄のような日々に誰か救済の手を。
「あなたは食べてもいい人類?」
背後から聞こえるその声は、少女が発したかのように透き通っていた。
しかし、発せられた言葉が言葉だから声の主は俺に友好的な奴ではないことがわかる。
俺の不幸様も本気を出してきたか。
「目の前にいたカマキリなら食べてもいいぞ!」
早口で言い終えて、全力で地面を蹴る。ここに居ては間違いなく死ぬ。こうなれば逃げるが勝ちだ。
プライドなんて命に代わるものじゃない。
俺が駆けだしたと同時、肉がつぶれたかのような生々しい音が響いた。暗闇で何も見えないが、おそらくあのカマキリがやられたのだろう。
一撃でやつを仕留めるとか北斗神拳でも習ってるのか。
「待ってよ。私お腹空いてるんだけど」
突如として視界を覆っていた闇が一点に集中し、俺の目の前で一本の鋭い槍を形成する。俺は慌てて急ブレーキをかけ、砂ぼこりを立てて静止した。
闇属性とか完全にラスボスの特権である。俺には不幸しかないっていうのに。世の中理不尽だ。
「で、あなたは食べてもいい人類?」
振り返ると、頭にリボンを付けた金髪の少女が立っていた。深淵のようなワンピースは闇の尾を引いており、この子がただの人間でないことを暗示している。
コイツはヤバそうですな。
「性的ならウェルカムだけど、物理的は嫌です。てか食べちゃダメです」
「博麗の巫女って知ってる?」
一瞬考え込む動作をした後、少女は小首を傾げた。俺はその少女の問いに問いで返答する。が、それが大きな間違いだった。
「なにそれ?」
「食べてもいいんだ!」
瞬間、少女が笑うと同時に槍が放たれる。槍は深淵を引きながら目まぐるしいスピードで俺の前に迫り、肩を掠めて背後の木に激突した。背後では鈍い音が響き、木が何本も倒される。
何だろう、このドラゴンボールなみの演出は。こんな光景を見ても全然『オラ、わぁくわくすっぞ!』って思わない。てか思えない。
カカロットは偉大である。
「こ、ここは話し合いでなんとかしよう! ね?」
「あなたはご飯に『いただきます』以外の言葉をかけたことがある?」
お嬢さん、この場合『いただきます』じゃなくて『体バラすぞ☆』と言っているようなもんですよ。ジャイアンでもこんなことはしませんよ。
「じゃ、じゃあここは具象化しりとりで―――――――――」
「いただきます」
少女が両手を広げ、十字架のようなポーズをとる。すると虚空に闇がいくつも現れ、ガトリングガンのように放たれた。
俺は真横に転がることでこの攻撃を回避。地面が盛大に抉り取られる音にびびりながら、全力で駆けだした。
ここで戦うなんて自殺行為は俺には出来ない。命は大事なのだ。
「いッだァ!?」
右足に鋭い痛みが走り、俺は体制を崩して地面を転がる。そして目の前にあった木に正面から衝突した。口の中で土と血の味が交じり合う。気分は最悪だ。
「……俺はてっきり、美少女とはもっと平和な勝負が出来ると思ってたよ。ディスボードはどこだっての……」
「珍しいね。私を見て取り乱さない人はいないのに」
「そりゃそんなダイナミックな『こんにちは』したら取り乱すだろうよ。あいさつ代わりにガトリングガンとか、面接官が聞いたら引きこもるぞ」
ニヤリと笑い、足に力を込める。血が滲んで残念な見た目となっているが、別に美脚を目指しているわけでもないので気にしない。
何度も言うが、戦ってしまったら終わりだ。相手は人間じゃないものと思った方がいい。
目指すは森の奥深く。できるだけ人の気配があるところからは離れねばなるまい。
こんな物騒な女の子を一般人の前にだしたら大変な騒ぎだ。もうでちゃってるけどね、俺の前に。
「逃げようとしてるでしょ? 残念」
「――――――ッ!?」
俺の背後にある木から、気がつけば闇で形成された棘が生えていた。それは俺の腕を貫通し、杭の役割を果たす。
まずい。このままじゃ逃げれら―――――――
「さようなら」
空気が弾かれたような音が響き、少女の手から黒い球体が射出される。それは俺の首元に一瞬で到達し、俺の脳内に『死』の文字を深々と刻み込んだ。
今までの不幸で数々の死の予感を感じてきた俺だが、ここまで無慈悲で、理不尽で、具体的な死を感じたことはない。走馬灯なんか流れない。あるのはただ、実感だけだ。
抵抗する力も、沸いてこない。
あるのはただ、絶望のみである。
『強く生きなさい……生を諦めることは許さない。本当にどうにもならない時は、運命が嫌でも殺してくれるわ』
……なんでこんな時に限って、この言葉がでてくるのだろう。
こんな無茶なことを言う母親も、いつまで経ってもこの言葉を忘れない俺どうかしている。
「―――――やっぱ死にたくなかったあああああああああああ!!」
弱者は弱者なりに潔く。全力で心の内を叫ぶ。
駄々でもハッタリでもなんでもいい。とにかく生き抜いて見せる。
どんな理不尽も、全てを壁にしてぶっ壊してやる。
「―――――ッ!?」
突然、ギイン!と何かが弾かれたような音が響き、黒い球体の軌道が首へ直撃コースから紙一重で外れた。
球体は背後の木々を抉りとり、森の中へ消えていく。
元気玉かよ。
「結界? ああ、能力が発現したんだ」
「妙に中二くさいこと言いやがって!」
鋭い痛みに耐えながら、血濡れの棘から腕を強引に引き抜く。鮮血が地に落ちるが、そんなことは気にしていられない。もうそろそろ意識も限界だ。
一刻も早く逃げなければ。
「逃がさな――――――――」
ぶれる視界の中、体の奥底で何かが動くのを感じた。それはあまりに荒々しく、吐き気を催すほどの衝撃。
俺はそれを反射的に片腕に集め、願った。
もはやこの行動に理屈や思考はない。本能が言っている。
『――――――夢想しろ』
「水だ。あの闇っ子を足止めできるだけの大量の水がほしい」
瞬間、ここら一体に大量の水が具現化する。少女は目を見開いて濁流に呑まれ、周りの木々は鈍い音を響かせて流された。
プールをそのままひっくり返したかのような衝撃と濁流に、俺だけが呑まれないなんて都合のいい話があるわけもなく。
俺はなすすべなく自らが生み出した水に飲まれて意識を失った。
◆◆◆
昼下がりの博麗神社にて、一人の巫女が茶を啜っていた。
彼女の名は博麗霊夢。幻想郷の結界を維持する役割を担う巫女である。
「れーいむー!」
「騒がしいのが来たわね……」
霊夢は親友の声を聞き、大きくため息を吐く。異変を余計にややこしくする天才・トラブルメーカーの霧雨魔理沙の登場である。
「人を見るなりため息とはなんだ。さすがに扱いが雑なんじゃないか?」
「だって、魔理沙はいつも面倒事を持ち込むじゃない。ほら……今日も」
霊夢の視線の先には、全身がびしょ濡れの青年が箒にぶら下がっていた。大方、魔理沙が拾ってきた外来人だろう。
その証拠に妖力で付けられたと思わしき傷が腕と脚、そして肩に見られる。
妖怪にでも襲われたのか。
「拾いものだぜ? 多分外来人だ。辺り一面酷い有様だった。洪水でも起きたみたいにな」
「はあ……異変じゃないでしょうねぇ」
「それはコイツに聞けばいいさ」
魔理沙は青年を担ぎ、縁側から母屋に入っていく。青年を寝かせておく気だろうか。
「しばらく縁側で寝かせておきなさいよ。服が濡れたままだと床が濡れちゃうでしょ」
幸い今は夏だ。この灼熱の地獄なら、風邪もひくことはないだろう。
「冷たい奴だなぁ。そんなんだから彼氏が出来ないんだz―――――――いだっ」
「それはあんたもでしょ。あんまり余計なことを言うと夢想封食らわすわよ?」
「そ、それは勘弁」
霊夢の手に握られたスペルカードを見るなり、魔理沙の顔が引きつる。霊夢はその様を見て鼻を鳴らし、ため息を吐きながら台所に向かった。
お茶を用意してくれるのだろう。こうやってさりげなく優しくしてくれるのが霊夢のいいところだ。
「お茶代はらいなさいよ」
「金取るのかよ!?」
訂正。優しくなかった。