不幸のせいで幻想郷へ 作:スピノ
『バナナの皮で滑ってこける』、『親が離婚する』、『かっ飛ばしたボールで窓が割れる』、『冤罪を駆けられる』、『一日でタンスの角に小指を三十回ぶつける』、『イラついてボールを蹴り飛ばしたら校長先生の顔面にジャストミートする』……。
この世には今上げたような不幸の他にも数多の不幸が存在し、人々を苦しめている。不幸は人々に平等に襲いかかり、これから起こる幸福を引き立たせているのだろう。
つまりは、不幸さんは言うほど悪い奴じゃないのだ。
だが、俺は言いたい。
なんで僕に襲いかかる不幸だけ全力で僕を殺しに来ているんですか、と。
冒頭に挙げた例など言うまでも無く、俺はこの世に存在する全ての不幸をこの身に受けた自信がある。
買った高級品は全て故障していて返品不可。麻薬取引に巻き込まれギャングに追われ、生コンクリートごと海に沈められたこともある。
こんなにも酷い目にあってよく生きているな、と自分の体を褒めてやりたい。
しかし、俺は今までの人生の中で学んだのだ。不幸ははらうことが出来る、と。
『厄払い』、というものをご存じだろうか。簡単に言えば、『あなたにつく悪いことやものを追い払ってあげますよー』という儀式のようなものだ。
正直胡散臭いものだが、驚いたことに効果が表れた。
厄払いをして不幸が実際に亡くなった時、俺は調子に乗って商店街の真ん中で踊りまくったものだ。何時間踊り続けても怪しいおじさんが路地裏から出てこないのも、俺のテンションをさらに上昇させた。
が、そんな幸せは長く続かない。
厄払いをして一週間後。今まで溜めに溜めた一週間分の不幸が一気に襲いかかってきたのだ。マジなんなんですかこの世界。
ちなみにその時の不幸はバスジャックと銀行強盗と交通事故でした。俺よく生きてたな、としみじみ思う。
まあ、そんなことを繰り返して早15年。今年は受験を控えているが絶対に落ちるだろう。何故なら、俺の後ろには常に不幸さんがスタンバっておられるのだから。
そして、その不幸さんは今日、必ず俺を殺しに来る。
なぜならば、今日は厄払いをしてから丁度一週間の日なのだ。
さあ、溜めに溜めた我が不幸。俺の生命力を下して見せよ。
「って言っても、襲いかかる不幸は予測済みなんですけどねー」
俺は現在バスに乗っている。この場合、身に起こりそうな不幸は大体予想できるのだ。
まず比較的よく起きるのがバスジャック。北海道まで連れて行かれるのが典型的なパターンだな。
次に交通事故。この場合、大体バスが宙を舞う。
これらの不幸にはもう慣れたもので、比較的対処がしやすい。ということで、俺はバスに乗って不幸を迎え撃たんとしているわけだが……。
「え、時間止まっちゃったよ」
いつもの日常の風景が、突如として灰色かがった空間に塗り替えられてしまった。これはバスジャック犯の仕業でも新手の交通事故でもない。
まさかの宇宙人登場だろうか。冗談よしてくれマジで。
「まあ、ここで俺は取り乱したりしないんだけどね。時が止まるとかはまだ大丈夫。不幸のエキスパートたる俺なら、こんな状況パターン別にして予知できちゃうから」
そうやって余裕をぶっこいていると、俺の前の空間が突然開き、無数の目に見詰められる。これが尊敬の眼差しや美少女の上目使いなら大喜びだが、残念ながらこの目は俺をそんな目で見ていないらしい。
不気味なまでに感情の読み取れない視線の数々。俺は久しぶりに、目の前の不幸に対して畏怖した。
「御機嫌よう。これから貴方を、忘却者の楽園に招待しますわ」
耳元で艶のある声が響き、俺は咄嗟に振り返る。が、振り返ったと同時に胸の真ん中を押され、俺は成すすべなく開いた空間に吸い込まれた。
視界が一瞬にして闇に包まれ、無数の視線に体を射られる。
「あ、はいはいはい。これはあれだね、エターナルフォースブリザードパターンだね。俺は死ぬ」
ここまで来ればもう笑うしかない。これは不幸というより祟りではないか。なんて理不尽な呪いなんだろう。
「あなたがこれから招待される場所は幻想郷。ここで、あなたにはやってもらいたいことが――――――あるかもしれませんわ」
「これは拉致って言うんですよお嬢さん」
「あらやだお嬢さんだなんて。ゆかりん嬉し泣き」
「泣きたいのはこっちだああああああああ!!」
急速に落下する俺の横に現れた女は、マイペースすぎる口調と行動で俺を困惑させていく。コヤツ、なかなかできる。
「そんなに悲しまなくてもいいんじゃなくて? もしかしたら感動のラストが貴方を待っているかもしれないわよ? 君の心臓を食べたい!」
「それただの殺人! ヤンデレ通り越して少年バラバラ殺人犯になっちゃうから!」
俺の必死の訴えも虚しく、目の前の女性は小さく笑うと俺に手を振った。
……おいおい何する気だ。
「―――――――ようこそ、幻想郷へ」
瞬間、その楽園は俺の前に展開された。
◆◆◆
涼しげな風が頬を撫で、俺は意識を覚醒させた。目の前にあるのは木々の葉で覆われた空。どうやら森の中らしい。
「ちくしょう……今世紀最大の不幸がとうとう俺の前に姿を現しやがった。これはさすがに予想できないよなぁ……」
大きく伸びをして、俺は耳を澄ました。自分が知らないところに強制的に送還された場合、まずその土地の情報を得ることが生死を分けることは経験済みだ。
聞こえてくるのは木々が揺れる音に鳥のさえずり。そして……おそらくにぎやかな市場かなんかの物音だ。
とりあえず、その市場に行ってここがどこだか人に尋ねてみるのがいいだろう。
ここが種子島や白神山地くらいなら徒歩で帰れるはずだ。
まあ、そんな簡単に解決しそうもないが。
しかし、くよくよしていても始まらない。勇敢で不幸な強い僕は、こんな時でもまっすぐ前を向けるのだ。
ということで、歩き続けて15分ほど。市場の音が近くなってきたところで、さらなる不幸が俺に牙をむいた。
「キィィイイイイイイイッ!!」
「日本語喋ってくださ――――――おわっ!?」
俺は現在、よくわからない生命体に追いかけれている。別に自分から攻撃を仕掛けてわけじゃない。上空を飛行していた奇妙な動物が俺を見るなり襲いかかってきたのだ。
この無礼な生命体に十の盟約を教えてやりたい。
「みんな仲良くプレイしましょ――――――ッう!!」
勢いよく降下し、俺に向かって爪を突きだしたコウモリ型生物に渾身の後ろ回し蹴りをお見舞いする。蹴りは顔面にクリーンヒットし、コウモリ君は金切り声をあげて吹っ飛んだ。
十の盟約? そんなのは知らん。俺が従うのはマイルール。心の友はジャイアンだけである。
「ざまあみやが―――――――」
吹っ飛ばしたコウモリ君に嫌味の一つでも言ってやろうと振り返った瞬間、コウモリ君の体が二回りも大きくなり、巨大なカマキリに変貌を遂げた。
これはさすがに逃げる気が失せる。おそらくだが、でかい図体のわりに素早いはずだ。
「これがホントのファイナルファンタジーってか……俺の命までファイナルすんのは勘弁なんだけどなぁ……」
大きく息を吐き、俺は苦笑した。背中は冷や汗で濡れ、目の前には不幸がもたらした絶望が俺を睨めつけている。
相手が人間ならまだしも、こんな生命体がでてきたらさすがにお手上げだ。
勝率は極めて低い。いや、もはや皆無である。
「だけど……」
亡き母の教えに、こんなものがある。
『強く生きなさい……生を諦めることは許さない。本当にどうにもならない時は、運命が嫌でも殺してくれるわ』
どこまでもお節介で迷惑な母親だ。でも、感謝している。
「生きてやるよちくしょう……!」
拳を強く握り、前を見る。
俺は運命に抗う覚悟を決め、全力で拳を敵に突きだした。 が、その拳は届くことはなかった。
拳が敵の届く直前。
視界が、世界が、一瞬にして闇に塗り替えられる。
困惑が心を埋め尽くす中、感覚すらも消え失せそうなその空間の中でその声は響いた。
「――――――あなたは食べてもいい人類?」
かけらものこさずおいしいなでございます。