旅の御伴は虎猫がいい 作:小竜
<マイコー side>
どうして、こんなことにっ!
リンを失うという恐れが、オイラの身を焦がしていく。
相手が念能力者だと、途中からわかっていた。本来ならば、助けにいくのにゴンを護るために動けなかった。
おそらくオーラから生み出される一撃を、リンはまともに食らったのである。無事で済むはずがなかった。
考えが甘かったのだ。
リンは確かに強い。そこいらの達人と戦っても、五分に渡り合えるぐらいには鍛えられている。
個人としての身体スペックの優劣はリンかもしれない。
だが、この3姉妹は、連携することでリンを上回る攻防力がある。
そして念能力を3姉妹は使えるのだ。
オイラとリンが2人で掛かっても、3姉妹に勝てないんじゃないか?
それほどの実力差があるように思える。
オイラが倒れているリンへと駆け寄る最中、レノンが動くのが見えた。
「クソ猫ぉぉぉ! さっきはよくも蹴りやがったなぁぁぁ!」
レノンのみが猪突猛進してくる。他の2人はレノンの暴走を前にして、今度は傍観を決め込んでいる。
怒りを漲らせて攻めてくるレノンには、オイラしか目に入っていなかった。
こいつの攻撃力は、あきらかに一般の人間のそれとは異なる。まともに受けちゃいけない。
だけどレノン1人なら、3対1よりは可能性があるか?
オイラは迎え撃つ構えをとった。
「レノン! ちょっと待ってー! ほら、あれっ!」
「なんだよ、リズ! 今、からいいところ……、おっと、マジかよ?」
何かに気づいたレノンが意外そうに足を止めた。
「サクラっ、手を抜いていたぶろうとするなんざ、リズに毒されてるんじゃねえかっ?」
レノンの視線の先には、ゆっくりと立ち上がるリンがいた。
☆ ☆ ☆
「サクラっ、手を抜いていたぶろうとするなんざ、リズに毒されてるんじゃねえかっ?」
誰かが大声を出すも、私はとびかけた意識をどうにか掴まえるので精一杯だった。
なにを……、されたんだ?
私は膝に手を付き、おぼつかない足腰を叱咤した。かろうじて立ち上がることが出来た。
「きゃははっ、お姉さまったら、いたぶるために手を抜くなんて、お優しいのね!」
小さな女が、愉快そうな笑い声をあげる。あれは確か、リズ……だったか。
霞ががった思考がクリアになっていく。
そうか、私は攻撃を受けて吹き飛ばされたのだ。
サクラへと焦点があった。
彼女は姿を見せたまま、自らの手をぼんやりと眺めていた。
なにか違和感を覚えるような表情をしている。
「サクラ姉さまっ。そういうことなら、私に任せておいでっ。いいこと思いついちゃったっ!」
わずかな逡巡があって、
「……いいでしょう。好きになさい」
サクラは冷たく言い放った。
私とリズの目があう。
「ふふふっ、あなた、死にたくないわよねー? だったら、生きるチャンスをあげる」
リズは何を思ったか、口元に指を当てて禍々しく口角をあげた。
「私たちは、あなたたち2人を殺しに来たのよ。でもね、あなたがゴンを殺してくれたら、あなただけは助けてあげてもいーわよ」
「おい、てめえっ! 何勝手なこと言ってんだ?」
「だってー、そういうのも楽しいじゃない?」
レノンの文句に意を介さず、リズはニタリと悪意の笑みを浮かべていた。
ゴンを殺せば、私だけは助かるかもしれない。
私はゴンを眺めた。
弱りきっている彼ならば、わずかに手を加えるだけで、あっさりと殺せるだろう。
そういえば、私だってゴンを殺しに来たんじゃなかったっけ?
「さあ、3秒だけ待ってあげるわよ。3……」
悪魔的な誘惑だなと思った。
「2……」
誰かを犠牲にして、自分は助かる。そんなことは世界にたくさん溢れているわけで。
「1……」
私はゴンを見た。身体は弱っているけれど、どこまでも真っ直ぐな瞳に、ジンと同じ光を見た。
――弟をよろしく頼むな。
ああ、そうだった。
ゴンは私の弟なんだ。
私の答えは1つじゃないか。
「ごちゃごちゃうっさいのよ……」
私は軋む身体に鞭を打ち、気力を滾らせて構える。
「あんたらがっ、地獄に落ちなさいっ!」
言ってやった、言ってしまった。あとはもう前に進しかなかった。
「はぁぁぁぁ!? あなた、自分の立場がわかっているのっ!?」
リズが眼を剥いて不快な甘い声を出す。
「ははははっ、バーカっ! 断られてんじゃねえか」
「つまらないオモチャね。もういいわ。今すぐ殺す」
爆笑するレノンを無視して、リズはベンズナイフを構えた。
三姉妹は少し離れたところで、縦に並んでいく。レノンを前にして、リズが影に潜み、そしてサクラがさらに背後へ……、そしてサクラが消えた。
いや、実際にはいる……か? そこにいるのに極限までに気配が薄くなったといおうか。
霧と姉妹の二人が邪魔をして、存在が確認できない。
レノンの攻撃。
リズの防御。
サクラの不可解な一撃。
3人が繰り出す、熟練された連携攻撃を崩す手立てがあるのか?
ゴンも戦う気なのか、ふらつきながら立ち上がり、武器である釣竿を構える。マイコーはゆるりと息を吐き精神統一をはかる。
露骨に不機嫌になったリズが、敵意のみなぎった視線を向けてきた。レノンは関節を小気味よく鳴らす。
一触即発の状況。一人が動けば、どちらかが全滅するまで戦い続けるだろう。
「おやあ ♥」
そんな世界は、一人の来訪者によって凍りつく。
「……ヒソカ」
私は思わず呟いた。霧の中から浮かび上がってきたのは、ヒソカだった。彼は誰かを右肩に担いでいる。
「ずいぶんと楽そうな気配がするから、来てみれば ♣ リンってばずるいなあ、ボクも誘ってよ ♠」
くっくっくと笑うヒソカは、右肩に担いだ男を放り捨てた。あれはどこかでみたサングラスの男。なぜか頬を腫らしているが、殴られでもしたのか?
「どれも美味しそうだけど……、特にその岩影に隠れているキミが一番かな ♦」
「さすがヒソカさん、と申しておきましょうか」
いつの間に移動していたのか、岩陰から着物姿のサクラが、静々と姿を見せる。
「キミらは使えるみたいだね ♥ いやあ、使えないコたちばっかりだから、手応えなくてねえ。せっかくだからボクと殺らないかい?」
「なんだてめえ? ぶっ殺されてえのか?」
「邪魔するな、キモいピエロっ」
「レノン、リズ、おやめなさい」
サクラの一言に、レノンとリズが食って掛かる。
「お姉さま、あの者も一緒に殺せばいいじゃないっ!」
「あんな変な野郎、どうってことねえだろ?」
「レノン……、リズ……。もう一度だけ言います。おやめなさい」
サクラの柔和な微笑みを前にして、二人はビクリと身体を震わせる。
「申し訳ありませんが、あなたと戦うつもりはありません。二人とも、行きますよ」
レノンとリズは渋々と頷き、
「ゴン、リン、あとクソ猫。てめえら今度は逃がさねえ。首洗って待ってろよ」
レノンの言葉を残し、霧の中へと三姉妹は消えていった。気配も遠ざかっていく。
……とりあえず、助かったのかな?
緊張が氷解していき、私は思わず後ろへ倒れ込みそうになる。
「おっと、大丈夫かい? ん~、リンってば随分と手酷くやられたみたいだね ♥」
いつの間にか側に来ていたヒソカが、後ろから支えてくれた。
「あんがとね。正直なとこ、助かったわよ」
「おや、キミ……」
わずかに首を傾げたヒソカが、何かを確認するように身体をペタペタと触ってくるので、
「気安く触るんじゃないわよっ! ぶっ飛べっ!」
ヒソカのボディへ、アッパーカットをお見舞いしておく。
「いいパンチだね ♥ 嬉しくて臓物が踊っちゃうよ♣」
「怪我は大丈夫だから、触んないでよねっ!」
「んー、そっちじゃないんだけど…… ♠ なんかオーラの流れが少し綺麗になったような……、まあいいや。とりあえず身体は大事にするんだよ ♥ キミを壊すのはボクなんだからさ ♠ 」
ヒソカがにこにこと笑いながら物騒な発言をする。
「優しいと一瞬でも思った私が馬鹿だったわ……」
私はゆっくりとその場に座り込んだ。マイコーが膝の上に乗ってきて、私の服へとしがみついてきた。
「ホントに怪我はないのか?」
「ちょっと身体の芯に響く攻撃だったけど」私は身体を捻ったり、アバラに触れてみる。「ホントのホントに大丈夫よ」
「そ、そうか」
にゃふーと、マイコーが安堵のため息をもらす。
「心配してくれてありがとね」
私はマイコーの頭をもふもふと撫でた。
マイコーがこれほど取り乱すとは、よほど酷い吹っ飛ばされ方をしたのだろう。
だが、どういうことだ?
死なずとも立てないほどのダメージになると、私も思ったのだが。
もしかすると反射的に後ろに跳んで、打撃を軽減できていたのだろうか? そんな余裕あったっけ?
「……って、ヒソカ!?」
見ればヒソカがゴンと息のかかるほど近くに寄っていた。まじか、チューでもするつもりか?
確かに男でも女でもいけそうな変態ピエロだけども。
ゴンは後退りをしながらも、ヒソカから目を離さない。
「ん~、キミも素敵な眼をしてるね ♥ 良いハンターになりなよ ♣」
「あんた、ホントに何やってんのよ……」
「試験官ごっこだね ♠ 美味しく実りそうな果実を選別しているところさ ♦」
「あんたはどこの果樹園農家なのよ……。っていうか、ヒソカ! くさいわよっ」
今更ながら気づいたのだが、ヒソカはかなりの人数を殺してきたようだ。
血の匂いがプンプンと臭う。
機械音が鳴って、ヒソカがポケットから何か取り出した。通信機だろうか。そこから聞こえる声に「わかったよ ♦」とだけ返していた。
「さて、ボクは2次試験会場に行くけど ♥ 歩けないなら、せっかくだから担いであげようか?」
「あんた、クサイじゃない。死んでもイヤよ」
「残念 ♦」
私は鼻をつまんで拒絶した。ヒソカは「また後でね ♥」と言い残して、サングラスの男を担ぎ霧の中へと姿を消した。
この霧の中を適当に歩くのは自殺行為だけど。
ヒソカはどうやら2次試験会場がどこか分かるのだろう。
ならば血の臭いを追えばよさそうだ。
私は立ち上がってから屈伸運動を数回した。うん、かなりダメージが抜けてきたから、これならある程度動けそうだ。
「ゴン、そろそろ行ける?」
「あ、うん……」
うなずいてから、しかしゴンは膝をついた。ゴンの身体を触って状態を確認してみる。あの姉妹らは、おそらくゴンをいたぶっていたのだろう。大怪我はないようで、少し休めば身体はある程度動かせるようになるはずだ。
だが、それを待ってたら1次試験が終わってしまうかもしれない。
やれやれ世話のかかる弟だと内心で思いながら、
「しゃーないから、おぶったげるわよ」
☆ ☆ ☆
うっすらと血の匂いが続く森の中を、私はゴンを背負い、頭にマイコーを乗っけて進んでいく。むき出した木の幹をひょいと乗り越え、雑草の生えた傾斜を駆け上る。
さて、この先はどっちかな?
臭いをたどると、どうやら少し右斜めの方向か。
「血の匂いが道しるべになってるわね」
マイコーに話しかけたつもりなのだが、返事がなかった。
「ちょっと、マイコー。聞いてるの?」
「……」
「マイコーっ!」
「ん、ああ……。呼んだか?」
随分とすっとぼけたことを言う。
「ヒソカを狙ってやられた生物とか、ヒソカに殺された奴とか、これだけゴロゴロ転がってれば道にも迷わないわよねえ」
もしかして私たちに道を教えるために、やってくれたのか? いやいや、あいつがそんな気の利いたことするわけないか。
それにしても、ゴンは随分と大人しいな。
私は背後をちらりと盗み見る。息はしているようだし、寝ている様子でもない。
そこでふと気づく。
ゴンの手はわずかに震えていた。
「ゴン、大丈夫なの? どっか傷んだりする?」
「大丈夫……」
全然、大丈夫そうじゃないんですけど?
でも無理に聞き出してもしかたないかなーと思うわけで。
しばらくの沈黙。どこかで鳥が羽ばたき、枝葉を揺らす音が聞こえた。
「リン……」
「どーしたのよ」
「オレ、あの女の人に連れてかれてさ、一生懸命に戦ったんだけど……。ぶっとばされて……、やり返すこともできなくて……、リンが戦っている時も見ていることしか出来なくて……。ごめん……」
ゴンの声は少し震えているようだった。
「そんな自分自身が、すごく悔しくてさ……」
私の背後で鼻をすする音が、小さいけど確かに聞こえた。
ああ、この子も泣くんだな。
漠然とそんなことを思った。
ゴンだって12歳の子供なのだ。そう考えれば、泣くのも自然なことなのだろう。
何か言葉をかけてあげたいと、そんな思いが心の奥底で生まれる。
「あんたはさ、なんでハンターになりたいの?」
「オレが……、ハンターになりたい理由……」
「なんとなくで、ハンターなんか目指さないでしょ」
「オレの親父がハンターやってるんだ。親父みたいなハンターになるのが、オレの夢なんだ」
ジンについて知っている話を、ゴンは話し始める。
三ツ星ハンターになれるほどの実績をもつのに、申請せずに活動を続けるジン。それを聞いて改めて思い出す。ジンは名声など欲しがらずに自分の好きなことだから、色んな活動をしているのだ。
私もそんなジンに憧れている。
「すごい親父さんなのね。でも、その人だって悔しい思いをしないで、そこにたどり着いたと思う?」
ゴンは首を横に振った。
「あんたは負けて悔しい。でも、次は勝てるように努力する。それが親父さんに近づく……、ハンターになるってことじゃない?」
「そう、だね」
ゴンの瞳の中に力強い光が帯び始める。
「あんなやつら、私とゴンで一緒にぶっ飛ばしてやるのよっ!」
「うんっ!」
私は腕を高々と掲げて、ゴンもそれに倣ってマネをする。
そんな素直なゴンを見て、私はちょっとだけ……、ほんとーにちょっとだけ、可愛いなあと思ってしまうのだった。
読んでくれた皆様、今日もありがとうございます。
ようやくゴンとリンが、姉弟っぽく書ける日がやってきました。まだまだぎこちない二人ですが、あたたかく見守っていただければと思います。
次回「おじいちゃん登場」
伝説のおじいちゃんがやってきます。
また次回、お会いできたら嬉しく思います。
それでは(^^)/