旅の御伴は虎猫がいい 作:小竜
ジンと共に山の中を走り回り、動物をハントすることがあった。
急ぎながらも気配と足音は極限までに押さえ込み、しかし速度は落とさない。
その経験が、今は最大限に活かされている。
私は霧の中を駆け抜ける。
赤髪女が消えたあとに聞こえたゴンの声。
それを頼りに定めた方向は、幸いなことに正解だったようだ。
声が徐々に大きくなっていく。
「きゃははははっ! 何この子すごーいっ」
「おい、リズっ! なに遊んでやがるっ」
「だって、こんなに動けるオモチャなのよっ。簡単に壊すなんてもったいなくてっ」
「ちっ、相変わらず趣味が悪い野郎だぜ」
「うわあっ! あっ……、ぐっ……」
私は聴くことに集中する。
誰かのうめき声。
甘ったるくて虫歯になりそうな声。
荒削りな岩を思わせる粗雑な口調。
濃霧で姿が見えずとも、位置関係を大まかに補足する。
左前方へ20mいったところに一人、右前方30mいったところに一人。その間に挟まれる形で、おそらくゴンがいる。
三姉妹だったはずなのだが、もう一人は声が聞こえないので捉えられない。
人を飲みこんだら離さない霧が、湿原全域を覆っているかと私は思っていた。
予想に反して徐々に霧が薄れていく。この先は霧が薄まる空間があると、視界が物語っていた。
ゴンへと注意が向いている隙を利用して、霧に乗じて一人でも仕留めるべきだ。
迷う時間はない、相談する時間もない。
リンはマイコーと目配せ一つして、うなずいた。狙うは左前方の敵。
7m先に敵の背が薄らと見える。赤髪のレノンだった。敵まで3m。私は速攻には向かない
もうっ、私の間合いだっ!
しなやかな跳躍。
体重と勢いを乗せた飛び蹴り。
レノンと目があう。
彼女の脇腹へと、私は右足を突きだす。
だが、赤髪女は半歩下がって軌道上から逸れる、と同時に私の右足首を両手で掴んできた。
レノンは歯をむきだし、笑みを浮かべる。
次いで地面へと視線を滑らせる。
ああ、これは力任せに叩きつけるつもりか。力自慢のようだなこの女は。じゃあ、しっかりと持っているといい。
掴まれた右足を支点にして、私は左足を強引に彼女の顔へと振り抜く。
素早い抵抗に、彼女の身体は仰け反り、手から力が抜ける。
私が着地の態勢に入る瞬間、肩から凶暴なものが跳ねた。
マイコーが旋風となって、レノンの顎に蹴りを放つ。脳を揺らされたレノンに生まれる大きな隙を、私は見逃さない。
「くらえっ!」
着地と同時に私は身を捻り、その回転の勢いを乗せたまま、レノンの腹部を薙ぎ払った。
レノンの身体は爆発に巻き込まれたように吹っ飛び、地面を転げていった。導線上にいたリズは受け止めずに、ひらりと避けてしまう。
「マイコー、ゴンをここへ連れてきて」
「おうよっ」
私は周囲への警戒を怠らない。
レノンは地べたに伏したまま動かない。
願わくばそのままでいて欲しい。
リズはナイフを持っている。
あれが彼女の武器なのだろうか?
その形状は前にジンが教えてくれた、ベンズナイフに近い気がする。
サクラの姿がない。
どこかに潜んでいるのか。
少し離れたところで倒れていたゴンを、マイコーがにゃっこらせと担ぐ。
サイズが小さいからゴンの足とかは引きずっちゃうけど、運んできてくれた。
「あ、リン?」
疲弊しきったゴンの身体に触れる。浅い傷はあるが、致命傷をもらうのだけは、避けていた様子だ。
「来てくれたの?」
「た、たまたまよっ。二次試験会場に行く途中で、たまたま着いたのよっ」
「たぶん、オイラ達が来た道は、試験会場に行くのと真逆な気がするぞ」
「黙れマイコー潰すわよ……」
私はマイコーを睨みつけておいた。
「マジでいってぇぇぇじゃねえかぁぁぁ! クソアマがぁぁぁ!」
溶岩のごとき怒りが、レノンから溢れ出していた。
「レノンちゃんったら、弱いんだ~」
「うるっせえ!」
「きゃははははっ、いくよ~」
レノンとリズが一直線に突っ込んでくる。
レノンの動きはわずかに鈍くなっているようだった。攻撃を繰り返すことで、ダメージは与えられるかもしれない。
だが、先ほどと違うのは、レノンの影へと隠れるようにして、小柄なリズがついてきていること。
私はゴンをマイコーに任せて応戦する。
動きも拳も愚直なまでに真っすぐな軌道である。
そんなレノンの拳を払い流し、私は一撃を叩き込もうと狙いを定めた。
しかし、反射的に身をかがめる。
殺意をまとった風が頭上を通り抜けた。
リズがナイフを持つ手を振るったのだ。
私が回避した直後を狙い、レノンの足による追撃が待っている。
「くたばりやがれっ!」
レノンの怒声が、私の耳をつんざく。
下段から胴を薙ぐように放たれた蹴りを、バックステップして距離を取る。だが、レノンは躊躇なく身体ごと飛び込んできた。
レノンは振り下ろし気味の右拳を突きだす。
「ぶっ飛べクソアマがぁぁぁぁぁ!」
レノンがシャウトする。声だけで鼓膜が痛いほどだ。
両腕を交差させ、私はガードを試みる。だが、受けてはならないと身体の内で警笛が鳴った。気づけば私は不格好ながらも、後方へ跳んでいた。
レノンの右拳は大地へと吸い込まれ――。
大地が爆ぜた。土が、小石が、周囲に撒き散らされる。
半径2mほどの小さなクレーターが出来上がっていた。
もしも直撃をもらっていたら……。
そう思うと身体が冷たくなった。
レノンをまじまじと見つめる。
さっきまでと気配が違っていた。
なんだろう、レノンの両手が強い力で覆われている気がする。
あれはまともに受けてはいけない。
レノンの勝手な突出があり、降り注ぐ石の雨を嫌ったリズがいて、二人の距離はわずかにあいていた。
レノンの隙をリズが埋めるならば、防御役から潰せばいい。
私はリズへと間合いを詰める。
その時に、ふと不思議な香りが鼻を掠めた気がした。
気を抜いていたら見逃してしまうだろう、微弱な甘い香り。
これはリズから流れてきているのか?
だが、今は匂いなどに気を取られている場合ではない。
右の正拳を突きだした。リズの腹部を見事に捉える。
捉えた、……はずだった。
私の拳はリズに触れる直前で、止まっていた。
認められない現実に、連続で突きを繰り出すも、リズは
やはりどの拳も、触れる直前で強制的に止まってしまう。
リズがナイフで突いてきた。私は半身をずらして避け、伸びきった腕を絡め取る。
掴むことはできた。
打撃が当たらないならば、投げはどうだっ!
相手の懐に潜り込み、背負い投げで攻撃しようとして――。
なぜか、私の意思に反して、リズの手を離してしまった。
不可解の連続だ。何がどうなっているのか。
リズが私の無防備な背中を蹴っ飛ばしてきた。
私は前につんのめりそうになるのを、くるりと一回転して綺麗に着地。
ナイフを突き出せば致命傷を与えられただろうに、この女は獲物をなぶるために、それをしなかった。
なんという傲慢。なんというムカつく女だ。
体勢を立て直したレノンが鬼気として追ってくる。
リズがそれについてくる。
暴風のような2人の攻めだ。
レノンは殺気をのせた拳を連続で放ってくる。
私は避けながら隙をつこうとするも、その機会はことごとくリズの攻撃に潰される。
磨き上げられた宝石のように美しい連携に、私は内心で舌打ちをした。
その直後、左背後で殺気が生まれる。
サクラが来たのかっ!?
私は咄嗟に振り向いた。
だが、なぜだろうか? そこには誰の姿もない。
「おい、リンっ! 何やってるんだ、右だっ!」
マイコーが叫び、ゴンを置いて疾走してくる。
油断はなかった。
右側に気配なんて微塵もなかった。
だが、サクラは確かにそこにいた。
姿を見せた今もなお気配がない。
私は脊髄を氷に突っ込まれたみたいに総毛立った。
避けなければっ!
決して速くはない。
勢いもない。
優雅な蝶のように、サクラが私の腹部に手を添える。
「美しく散りなさい」
血なまぐさい空間に似つかわしくない、暖かい日差しを思わせるサクラの優しい声だった。
直感でわかる。
この攻撃は受けてはいけない。
私を破壊しつくすエネルギーが、サクラの掌にある。
受けちゃいけない、
受けちゃいけない、
受けちゃいけない。
それでも避けることができない。
どうすれば致命傷を負わずにすむ……。
直後、身体で爆発物が暴れたかのような激しい感触が残る。
身体は容易く宙を舞い、受身も取れず地面に打ち付けられた。
「リーーーンっ!」
遠くからマイコーの焦燥に満ちた声が聴こえた。
読んでくれた皆様、今日もありがとうございます。
今回はまるまる戦闘場面でしたが、なかなか書くのが難しいですね……
スピード感やら臨場感やら、少しでも表現出来てればいいのですが。
さてトリニティ3姉妹の念能力がリンに襲いかかりますが、いいようにやられてますねー。作者としても苛めすぎかな?という気がしないでもありません。
次回「トリニティ3姉妹(後編)」
ピンチ脱出……予定?
それではまた次回、お会いできたら嬉しく思います。
ちなみに、ですが。
お時間のある方は、どんな能力か予想してみてくださいませ。能力名だけのせておきます。まあなんとなく予想はつきそうですが。
見なくていいよーという人は引き返してくださいませ。
能力名は下の方にあります。
名前 サクラ
能力名
系統 ???
内容 ???
名前 レノン
能力名
系統 ???
内容 ???
名前 リズ
能力名
系統 ???
内容 ???