旅の御伴は虎猫がいい   作:小竜

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未知なる弟との遭遇

 

 受験生の参加受付が終了するベルの音が鳴り、一人の試験官があらわれた。物腰が丁寧で、お嬢様とかの背後で常に控える、一流の執事みたいな風格が漂っている。

 

「二次試験会場まで私についてくること。これが一次試験です」

 

 意義を唱える者もがいるわけもなく、受験生らは列をなして走り始めた。

 走るのは汗をかくのであんまり好きじゃないけど、大人しくついていくことにする。

 

 未だに寝ているマイコーを頭に乗せると、器用にキャスケット帽にしがみついてきた。ちょっと頭が重いが、雪月花のケースも担いでいることだし、手は空けたほうが走りやすい。

 ヒソカはいつの間にか姿が見えなかった。どこかで他の受験生に当たり屋でもやっているのだろうか。まあそのうちひょっこり姿を見せるだろう。

 

 さてと、ゴンはどこかな?

 

 ボサボサっとしたトンガリヘアーは、すんなり見つかった。隣には少年が並んで走っている。金色の猫毛みたいな髪が特徴的だ。見た感じではゴンと同年代ぐらいだろうか。

 

 私はゴンから後ろへと5m離れたところへ、ゆるゆると位置を変えた。

 ジロリと彼の背中を睨めつけてみる。

 

 こいつが私の弟。私がジンを独り占めするのに邪魔な奴。

 

 人混みに紛れて、うまーく背中からざっくりと殺れないかな。倒れればこの群衆に埋もれ、踏みつけられ、遥か後方へと置き去りに出来る。

 

 おお、これは完全犯罪じゃなかろうか!

 

「さっきから何見てんだよ、オバサン」

 

 オバサン? 誰に向かって喋ってるんだ?

 

「あんただよ。その耳の遠さだと、オバサンってよりババアって感じか?」

 猫毛の少年が走りながら後ろを振り向き、毒のこもった言葉を吐き捨ててきた。

「ちょっとやめなよ、キルア」

「だってよー。こいつ俺らのことを見てくんだぜ? ウザいじゃんか」

 いかんいかん、いつのまにか視線を悟られていたようだ。

 

「ああ、ごめんね。私と同じくらいの子がいるんだなあって思って眺めてたんだけど、というかピチピチの14歳をつかまえて誰がババアなんじゃワレしばくぞコラぁぁぁ!?」

「なんだよ。俺よりも2歳もババアだったか」

「ババアなんて言っちゃだめだよ。お姉さん、本当にごめんなさいっ」

 

 心の底から申し訳なさそうな声で、ゴンが謝ってくる。

 ゴンが悪いわけではないのだが。さすがジンの息子。とっても優しい子である。

 ……って、いやいや和んでいる場合じゃないだろう。

 

「謝る必要なんてないって。こいつヒソカとかいうヤバイのと一緒にいた奴だぜ。ロクでもねえ奴だって」

 

 悪びれもなくシレっと言う少年……、キルアとかいったか? ゴンよりも先にこいつから殺してくれようか。

 私は少し走るスピードを速めて、キルアに顔を近づけて獰猛な視線を叩きつけた。

 

「このクソガキ、死にたいの? 五回ぐらい地獄みせてあげようか?」

「あんだよババア。今すぐ殺してやろうか?」

 視線がぶつかり火花が散る。

「ああもう、二人共っ! ダメだよっ!」

 

 キルアと私の間に、ゴンは身体をすべり込ませてきた。

 

「もうハンター試験は始まってるんだし、喧嘩してる場合じゃないよっ」

 

 ゴンの言うことはもっともだった。とりあえず今は放っておいて、いつか地獄に叩き落とそう。

 内心で舌打ちをして、キルアも私も弾けるように視線を逸らした。そんな二人をみて、安堵の表情をゴンは見せる。

 

「お姉さん、さっきも会ったよね」

 さっきというと、ティッシュをくれた時か。

「名前、聞いてもいいかな?」

 

 ゴンの問いかけを、無視しようかと考えた。

 だけど、さっきティッシュを貰った恩もあるのに、仇で返すのはいかがなものか?

 ジンを連想させる苗字を伝えて、必要以上に興味を持たれるのは嫌だった。まあ伝えるなら名前だけだろう。

 

「私はリンよ。さっきはありがとうね」

「オレはゴン、よろしくっ! こっちはキルア」

「あ、おい、ゴンっ! 勝手に名前教えんなよ」

 

 キルアがぶつぶつと文句を言っている。

 

「あんたたち、知り合いなの?」

「うん、さっき友達になったんだっ」

 

 ニコニコと笑いながら教えてくれる。

 

「友達……ねえ」私は眉根を寄せた。「ハンター試験って遊びじゃないでしょ。馴れ合ってて大丈夫なのかしらね?」

 

 それは素直な忠告だった。ハンター試験は過酷なものと聞く。状況によっては、知り合いでも戦わざるを得ない状況があるかもしれない。

 随分と甘い性格をしているのね、と私は鼻で笑う。

 案外、私が手をくださなくても、ゴンは試験中に死ぬかもしれない。そんな気がした。

 まあ、それならばとっても楽なのだが……。

 

「さてと、私は先に行くから。ゴンは、『御友達』とゆっくり後から来るのね」

「あ、リンお姉さん……」

 

 ゴンが何か言いかけてたが、構わず私はスピードを速めた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 およそ80kmぐらいを過ぎたところで、ようやく見飽きた景色に変化が見られる。

 

「いやはや、これはまたかったるそうだわねえ」

 

 平地が終わりを告げたら、今度は終わりの見えない階段が口を開けて私らを待ち構えていた。

 平地で脱落したのは、たぶん一人か二人ぐらいか。だが、この階段でかなりが振るいにかけられそうである。ここまでくると、なりふり構ってられない輩も多い。

 

「フリチンになっても俺は走るぜぇ! 他人のふりをするなら今のうちだぞ!」

 

 そんなことを叫んでいる男もいる。いやまあ、女性もいるんだからフリチンはやめようね?

 

 限界を迎えて座り込んだ男を避け、気持ち悪いと四つ這いで吐く男を横目で眺める。

 ここでリタイアしたら帰りはどうするんだろうか? そんな疑問を思いながら、私は2段飛ばしで階段を昇っていく。

 

「うにゃあ、リンってばまだ走ってるのか?」

 

 目を覚ましたマイコーが、寝ぼけた発言をする。

 

「あんたね、人の頭で楽してたくせに、随分な言いようね?」

「すふぁんすふぁん」

 

 私の右手で顔をむぎゅうと潰されたマイコーが、身振りですまんすまんと謝ってくる。

 

「まったくもう……。ああ、これが終わったらシャワー浴びたいわ」

「オイラもなんだか埃っぽいや」

「ちゃんとあとで私が洗ってあげるからね」

「おう、頼むぞ」

 

 マイコーは私の頭から、右肩へひょいと移動する。

 私がマイコーをじっと眺めていると、不思議そうに小首をかしげた。

 言うべきか逡巡していると、

 

「話したいことありゃ、喋ったほうが楽になるかもな?」

 

 マイコーが優しく背中を押してくれる。

 

「ゴンと話したのよ」

「そうなのか? それでどうだったんだ?」

「なんだかねえ」私は眉間にシワを寄せる。「雰囲気がジンに似てた」

「へえ~、それはいいことじゃないのか?」

「良かないわよっ! ジンの雰囲気はジンだけが持ってればいいんだからっ」

 

 純粋なところとか、優しい目の感じとか、髪質の感じとか。ゴンを見ていると、ジンの姿が重なる。違うところを見つける方が難しい。

 

 見れば見るほど、ゴンは本当にジンの息子なのだ。

 

 私が物心ついた時は、弟の存在なんて知らなかった。どういう経緯で私はジンの側にいて、ゴンは離れ離れになったのか、私は知らない。

 

 ジンに息子が居る、私に弟が居る。

 

 初めてそう教えてもらった時の、言いようのない感覚を思い出す。

 

 私に弟がいるというワクワク感。

 

 その一方で、弟と同じように、いつか私が取り残されるかもしれない。彼の側にいられる権利を、ゴンに奪われてしまうんじゃないか。

 そんな不安が鎌首をもたげることがある。

 ジンと離れ離れになる。想像しただけで悲しくなる。

 気づけば私の目尻に涙が浮かんでいた。

 

「大丈夫だ」マイコーが肉球で、涙をそっと拭き取ってくれた。「ジンはオマエを誰より大切に思ってるぞ」

 

「ジンじゃないくせに、なんでわかるのよ」

「ジンとリンを見てりゃあ、なんとなくなあ」

 

 にゃははっと笑うマイコーがいて、私の心にあった暗いものが少し薄れた。

 私は小さな声で「ありがとう」と呟いた。

 

 それからしばらくは階段を淡々と登る作業が続いたが、ついに誰かが「出口だ」と歓声をあげた。

 自然の光で溢れた世界に、私は身を投げ出した。

 息の詰まる空間からの脱出。さぞ開放的な気分になるかと思いきや。

 

 高台からの景色は、木々と湿地帯が部分的に見えている。それ以外のところはモヤのようなもので覆われていた。

 身体にまとわりつく湿気が不快だった。

 

 執事みたいな試験管が、食後の紅茶を手際よく用意するみたいに、さらっと話し始める。

 

「ここはヌメーレ湿原です。ここにいるあらゆる生物は、獲物を欺き捕食しようとします。騙されると死にますよ」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 湿原に入ると同時に、濃い霧に身体が包まれていく。

 受験生が慌てるのを楽しむがごとく、わずかな先も見えない濃さだ。視界の悪い空間では、右でも左でも悲鳴が飛び交い始める。さすがに私でも、迷子になれば二次試験会場へたどり着けないかもしれない。

 

「あ、リンお姉さん」

 

 聞き覚えのある声に振り向き、私は顔をしかめた。

 霧の中で気付かなかったが、いつのまにかゴンが並走していたらしい。近くにあの生意気なクソガキもいるかと思えば、姿は見当たらず。

 

「キルアなら今はいないよ。霧の中ではぐれちゃったんだ」

 

 視線の動きで言いたいことを悟ったらしいゴンが教えてくれる。

 

「ふーん、大事な御友達なんでしょ? この霧の中で騙されてないといいわね」

「心配だけど、キルアはきっと大丈夫な気がするんだ」

 

 御友達あたりを強調したのだが、皮肉は通じず。

 

「せいぜいキルアの悲鳴が聞こえないように祈ってるわ」

「さっきキルアはあんなに酷いこと言ったのに、リンお姉さんは優しいね。ありがとう」

「ふ、ふんっ」

 

 むむむっ、なんだか調子が狂うなあ。そんな純粋な瞳で、そう返されると、私自身の腹黒さが目立って仕方ない。

 そんな気持ちを知ってか、マイコーが忍び笑いを漏らしていた。

 

 あっちでキルアの悲鳴が聞こえなかった? と騙せばすぐにでも飛んで行っちゃいそうだけど……。ゴンの無邪気さに毒気が抜かれてしまい、言う気にはなれなかった。

 

「ねえねえ、さっきから気になってたんだけど、その動物はリンお姉さんの友達なの?」

 

 ゴンの興味深そうな視線が、マイコーに注がれる。

 

「オイラはマイコーだ。よろしくなー」

「えええ! 喋ったっ!? そういえばここに来るときに、凶狸狐っていう魔獣にあったけど、キミも魔獣なの?」

「まあ、そんな感じの生き物だな」

 

 マイコーはのほほんと自己紹介をしている。

 

「リン……でいいわよ」

「えっ?」

 

 物珍しいものを前にしてきょとんとしたワンコみたいな瞳で、ゴンは聞き返してくる。

 

「姉さんってつけたら、長いでしょ? 私もゴンって呼ぶから」

「うん、わかった! リン、よろしくね」

 

 ああ、笑顔が眩しすぎて、陽光で干からびる吸血鬼の気分だ。

 ゴンから離れてもいいんだけど、この霧の中で迂闊に動くのは危険かな。まあ、とりあえずこのままでいいか。

 そんな思考を吹き飛ばす、霧の中から底冷えのする殺意が近づいてきた。

 

「なんかが、こっちに来るっ!?」

 

 身体の警戒域が最大まで引き上げられる。

 

「よっしゃあ、見つけたぜっ」

 

 霧を割く突風となり、赤々と燃える髪の少女が現れた。

 

「何だおまえら、一緒にいたのか? まあいいや、一人ずつ、な」

「え……、うわぁぁぁ!」

 

 咄嗟のできごとに反応の遅れたゴン。彼の襟筋を掴み、赤髪の少女は大地を蹴る。

 

 ゴンが霧の海に引きずり込まれていく。

 

 赤髪の少女がいなくなった。ゴンもいなくなった。

 一人ずつとは、なんのことだ?

 一緒にいたのかという表現からするに、赤髪の少女は私らを探していた、ということか。

 彼女の言動を思い返すと、胸の奥底で虫が這いずり回るみたいに嫌な感じがした。

 

 

 おそらく、ゴンのことを殺すつもりで連れて行った。

 

 

 だが、ちょうど良いのかもしれない。

 だって、私はゴンに死んで欲しかったのだから。これでジンのことをゴンに取られる心配もなくなる。手間が省けたじゃないか。

 だから放っておけばいい。

 そのはずなのに。

 

「うわぁぁぁ!」

 

 ゴンの悲鳴を手がかりに、私の足は霧の奥深くへと動いていた。

 私はどうしてゴンの元へ向かうのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでくれている方々、ありがとうございます。

ゴンと出会い、リンは何を思い関わっていくのか。
二人の関係がどうなるか、あたたかく見守っていただければと思います。


次回予告「トリニティ3姉妹」
ぼちぼち念能力使い始めます(主に敵が)


またお会いできたら嬉しく思います。
それでは(^^)/

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