旅の御伴は虎猫がいい   作:小竜

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雪月花

 「これでどんな絵も描けるようになればすげえな」とジンから雪月花(せつげっか)を貰ってから五年が経つか。

 

 当時、 9歳の小娘である。50kgなど持てるはずもなく、それでも無理をしたら、雪月花に潰されかけたのも1度や2度ではない。近くにジンがいてくれなかったら、人生終了のお知らせだったろう。

 重くて持てない。だが、「雪月花を使いこなせればすごい」というジンがいる。

 

 答えはシンプルだ。

 ならば持てるようになるために、身体を鍛えればいい。

 

 時には食事をするのを忘れるくらい没頭した。キツくないのか? 答えは NOである。

 身体を鍛えるのは楽しかった。少しずつ雪月花を持てるようになる自分がいたから。

 だが、ようやく雪月花を持てるようになっても、持てることと絵を描けることは別である。

 

 雪月花で絵を描こうとすると、絵にすらならなかった。

 

 描くということは、時に穂先を繊細に扱い、時に穂全体を力強く大胆に扱うことだ。

 50kgの雪月花をそのように扱うには、ただの持ち上げる以上の腕力と精密な操作性が必要なのである。

 身体を鍛えつつも、絵を描き続ける。時には1日、2日、3日……と休むことも忘れ、狂気に近い時間を楽しんで、力尽きて泥の様に眠る。それの繰り返しだ。

 確か夢の中でも描き続けていたように思う。

 絵が上手くなるたびにジンが褒めてくれた。

 いつ思い出しても、褒められた瞬間は言いようのない喜びに満たされていく。

 

 そんな日々を過ごし、いつしか雪月花をどちらの片手でも描けるようになっていた。

 ただし、様々な色の塗料を使用して、紙の上に描くという条件付きで。

 私は思う。なぜ紙がなければ描けないのか。塗料がなければ描けないのか。

 ジンは不思議な力を持っている。それは念というらしいが……。

 たぶん、念という力があれば、どこにでも絵が描けるようになるはずだった。

 だけどジンは念を教えてくれなかった。

 それじゃあ仕方ないや、どこにでも絵を描くのはあきらめよう……、なんて思うはずがない。

 

 私は描きたいっ!

 ジンが喜んでくれる絵をいつでもどこでも描きたいっ!

 描きたい描きたい描きたい描きたい描きたい描きたい描きたい描きたい描きたいっ!

 

 私は塗料を何もつけず、ただひたすらに地面に雪月花を走らせ続ける。

 思い続けるのは穂先から色が生まれてくるイメージ。

 ジンはそんな私のことを見て、止めもしなければ、助言もくれなかった。

 そして私が初めて雪月花から様々な色を生み出せるようになった時。

 あのジンが珍しくきょとんとしてから、「マジか! 予想以上なところまでいきやがったなっ」と腹を抱えて笑った。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ヒソカを止めて、森の平和を取り戻す。

 そんな強制イベントに巻き込まれたが、こうなっては全力を尽くすしかない。

 

 ヒソカの強さと変態性、実戦経験については疑うところもなく、私よりは上だ。これが断言できる情報。格上の相手で、他者を殺すことに慣れすぎている。

 興味を持った相手に対しては、即殺すこともないようだが、興味を持たれた私だから安全という考えは捨てなければならない。

 

 甘えは瞬時の反応を鈍らせる。

 

 よって最悪を想定して動くならば、命のやり取りを想定すべきだ。

 正直、殺し合いなら勝ち目は薄いが……、こちらの勝利条件は殺すことではない。

 もちろんあの変態ピエロをこの世から抹殺できれば、平穏になるのは間違いないが……。

 

 勝利条件は、再びヒソカに私は生かす価値があると思わせること。

 

 そのためにはこの前、一撃を叩き込んだ以上のインパクトを与えなければならない。

 幸いなことに今回は雪月花を使用することができるし、あれこれと仕掛けを作る時間もある。

 あの変態ピエロを罠にはめて、一泡吹かせてやるのだ。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 <ヒソカ side>

 

 月は雲に隠れ、空は黒幕が張ったかのように暗く、星屑のかけらもない。

 

 血の匂いは好きだけど、やっぱり獣相手じゃイマイチ興奮しないなあ。達成感がないから、ボクのあれも全然勃たないし、そろそろ飽きてきたなあ。そんなことを思って、トランプに付いた血を舌で舐めていた時である。

 

 挑発的な殺気が背後で生まれた。身体を捻ると同時に、迫る物体を確認。暴力を凝縮した勢いで迫るのは拳大の石。ボクはひょいと右に首を傾けて躱す。木に石がめり込む鈍重な音が響いた。

 直撃していれば顔面を粉砕されたかもしれない威力音。

 

「やあ、リンじゃないか ♥」

 30m離れたところに少女がいた。

 

 美しい、とボクは思った。その美しさは宝石なんていう煌きとは違う。

 少女は女性としてのしなやかさと膨らみを持ち合わせ、肌は清流のような美しさを持っていた。かといって決して印象は脆弱ではない。美の内側には、野生のような力強さを秘める肢体がある。感情が透けて見える素直な瞳には、強い意思を秘めており陽光のような輝きが宿っていて、どこまでも真っ直ぐに、ボクのことを射抜いてきた。

 

「そんな目で見つめるなよ ♠ 興奮しちゃうじゃないか ♥」

 

 ボクは舌なめずりをした。

 あれは最近手に入れた青い果実だ。大事にしなきゃならない、壊したい、大事にしなきゃ、壊したい……。ああ、ボクはどうすればいいんだっ!

 リンの姿がすっと木に隠れていく。木々に乗じてくるつもりかと思えば、気配は離れていく。だが、戦闘の意思は保ったままに。

 

 誘っている? ああ、そうか。

 リンもボクとやりたいんだねっ!

 

 そうして始まった楽しい鬼ごっこ。

 木々の合間を縫うように駆け、時に枝の反動を利用し身体を宙へ跳ね上げ、木の上に登る。

 すぐさまに枝の上を、跳躍、跳躍、跳躍。

 今度は地面へと飛び降りる。

 着地の勢いすらバネとして、弾けるように駆ける。

 地面から枝へ、枝から地面へ。

 リンは勢いを削ぐことなく、迷いもなく闇夜の森を疾駆する。

 

 ああ、とってもいいよ、リンっ。こんな慣れない状況下で、そんな動きを見せてくれるなんて。ボクの目に狂いはなかったっ! さあ、まだまだ楽しませてくれるんだろう?

 感情がどこまでも高まって、体内で幸福を感じさせる物質が広がっていく。

 ボクはひたすらにリンだけを思い、彼女が通った足場を全てトレースしていく。

 追いついてリンを殺りたいっ!

 気づけば芽生えた殺意がすくすくと成長していた。

 リンとの距離が2mまで縮まり――。

 

 刹那、リンがわずかに身体を沈み込ませ、長い跳躍の体勢に入る。瞬時にその理由を、前方にある大きな穴のせいだと把握。

 ボクも跳躍体制に入る。

 このままの勢いならジャンプしたところで、ちょうどリンに追いつけるなあ。そのまま抱きついてトランプで頚動脈を切る。

 ああ、それは素敵なアイデアだ。

 短い間だったけど、楽しかったよリン。そしてさよならだね。

 ボクは秘めた殺意と共に、宙へと跳ねた。

 だが、しかし。

 リンがいないっ!?

 いや、正確には予測していた空中にいなかった。リンは地上に居る。

 

 ぽっかりと空いた穴の上に立っていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ボクが跳躍した分だけ彼女との距離が生まれていく。

 なぜ彼女は穴の上に立っていられる? そんな疑問にわずかな時間をとられる。

 リンは顔に意地の悪い笑みを貼り付けた。ボクの全身が総毛立つ。

 彼女はいつのまにか右手に拳大の石を持っていて、宙にいるボクへ照準を合わせ――。

 

 力任せに石を投げつけてきた。

 木にめり込むほどの一投。さすがのボクもあれをまともに食らうのはゴメンだった。

 

 ボクは左足を鋭く振り抜く。

 足の勢いに身体が連動し、空中で身体を半回転させる。石が胴を掠めていった。

 向き直った方向で、視界には肉薄した影が映った。

「うぐっ!」

 魔性の速さで腹部へと突きが繰り出される。辛うじて腕でガードをするも、身体の芯まで衝撃が貫く。

 視認したものが小さな虎柄の生物――マイコーと認識した頃には、身体が自由落下し始めていた。

 下で待ち受けるのは、相変わらずぽっかりとした穴で立ち続けるリンだ。

 

 ボクの落下を待つリンは、拳を強く握り締め、そこから解き放たれるのは。

 銃よりも凶悪な破壊の拳だ。

 リンの拳はボクの横っ面を殴打する。

 身体が弾け飛ぶように投げ出された。追撃を試みるリンとマイコーが視界の隅にうつる。

 ボクは思わず回避行動に移っていた。

 

 伸縮自在の愛(バンジーガム)発動。

 ゴムとした念能力を木へと飛ばして、即座にボクの身体を引き寄せる!

 

「なあっ!」

 信じられないという表情で、動きを止めるリンがいる。

 

 ボクの身体は彼女から離れる方向へ瞬時に移動し、そして伸縮自在の愛(バンジーガム)を解除した。

 地面へと着地をして、思わず膝をついてしまう。どうやら想像以上にダメージとして残っているらしい。

 

「ちょっと、どうなってるのよっ! 吹っ飛びながらあんな動きができるなんて、あいつ人間じゃないわよ?」

「あれは、たぶん念能力ってやつだ。それよりもヒソカ、まだやるか?」

 

 リンの前に舞い降りたマイコーが、腕を組みながら尋ねてくる。

「はっきり言おう。どうにか罠にはめたから、ここまでやれたが、リンにこれ以上の隠し玉はない。オマエを楽しませることは出来ない。今は、まだな。だが、リンはこれから伸び代がある。オマエなら、わかるだろう?」

「くっくっく、それはおあずけってことかな? あと、その言い方だと、キミにはまだ何かあるってことじゃないかな?」

「……かいかぶるな、オイラはただの虎猫だ」

「ただの虎猫……ねえ ♦ なかなか素敵な一撃だったよ ♥」

 ヒソカは膝についた砂埃を払い除ける。

 楽しい追いかけっこに予想外の連続。今日は十分満足できたから、もういいかな。

 

☆ ☆ ☆

 

「なんだいこれ、面白いじゃないか ♥ まんまと騙されたよ♣」

 ヒソカが穴の上――正確には穴に見せかけた場所――までやってきた。

 

 私が描いたのは、だまし絵というものである。

 だまし絵、トリックアート、様々な表現がある。

 たとえ平面でも、そこに本物の穴があるかのような構図で描写をする事で、

 

 本物の穴があるように錯覚(・・・・・・・・・・・・)を起こさせたのだ。

 

 人間の眼というのはしっかりしているようで、意外に騙されやすい。もちろん修練や技法を学ぶ必要はあるが、一流の絵かきならば実際に物があるように絵を描くことは可能だ。

 もっともヒソカ並みの実力者を騙すには、条件が重なる必要はある。

 

 暗闇で見えにくかったこと。だまし絵を描く技術を私が持っており、雪月花でどこにでも描写ができること。事前に描きやすい場所を探し、描く時間があったこと。最大限に穴と誤認させやすい角度から、近づくようにすること。

 これらの優位な積み重ねをへて、どうにかヒソカを騙したのである。

 

「ちなみに穴の直前で追いつかれそうになったのは?」

「あれが一番難しかったわよ」私は思い出しながら冷や汗をかく。「離れすぎちゃダメだから少しずつ速度落としたら、あんたがさらに速度上げてきたんだもの」

「いやあ、それにしてもすごいね ♣」

 

 ヒソカは興味深そうに描かれた絵を指でなぞっている。

 だが、ヒソカには手の内を知られてしまった。私が雪月花でどこにでも絵を描けることがバレた以上、今後は絵だけで思考を乱すことは難しいかもしれない。

 似たような手では、大きな隙は生まれないだろう。

 

「それにしても、キミ、念能力が使えたんだね ♠」

 

 関心がうつろいやすいヒソカが、笑みを浮かべながら話しかけてくる。

「電車の中であった時、微量なオーラが垂れ流しになっていたし、纏も練も凝も全然使ってないから、知らないんだなあって思ったんだけど ♦」

「う、それは……」

「あの状況で実力も隠しきるなんて、なかなかの策士じゃないか ♠」

 ヒソカが珍しく褒めてくれる。だが、私は素直に喜べなくて……。

 

「あー、その件についてはだな」マイコーがこほんと咳払いを一つ。「リンは発しか使えないんだ」

 

「……は?」

 やはりというべきか、私の成長の仕方はかなりいびつらしい。

「普通は四大行を学ぶ中でたどり着くはずなんだけどよー」

 絵をどこにでも描きたいと願った過程で得てしまった能力。

 基礎ってなんですか? といった感じの念能力の状態である。

 

 四大行なんて知らない私が使える念能力は、どんな壁にも物にも自由自在に雪月花で描写できるという虹色芸術(ナナイロ・アート)だ。テンもゼツもレンも知ったこっちゃない。

 

「っていうか、マイコー! あんただって念のこと知らないでしょ?」

「いや、リンがあれこれすっとばして発を使えるようになったあとに、オイラだけでも知っておいた方がいいって、ジンから知識だけは教えてもらったんだ」

「ジンに? 教えてもらった?」

 ジンから教えてもらえるなんて、随分といい思いをしてるじゃない?

 マイコーを殺せば、ジンは私に念能力についての知識を教えてくれるかな?

 ごごごごご、と嫉妬と怒りが沸き上がってくる。

 私は雪月花を強く握り締めて、

「あ、あれ? リンってばどうしたんだよ? にゃー! ちょ、やめてっー。雪月花が当たったら身体潰れちゃうからっ! そんな物騒なもの振り回しちゃダメっー!」

 

 




今回は早めの更新です。

展開がゆっくりなので、読んでいる方からは退屈かなと思ったり。
申し訳ないです。
次回はようやくゴンが出てきます。

それではまた次回、お会いできたら嬉しく思います。

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