旅の御伴は虎猫がいい 作:小竜
「オマエは相変わらず、アホウだなあ……。この状況でよくもまあ、ろくでもない妄想ができるもんだ」
このボックス席に私以外の人間は誰もいない。
私の膝上から、呆れを通り越して、むしろ褒めているかのような声が投げかけられる。
見下ろせば、そこにいる一人……、
もとい一匹と視線がぶつかった。
虎柄の猫のような、しっぽ付きの二足歩行の生物が、私の膝上で仁王立ちしている。
キリっとした表情だが、さわればモコモコフワフワで、ギュッと抱きしめたくなる感触だ。
「なによ、マイコー。私が何を想像してたか知らないくせに、勝手にケチをつけないでよ」
「どうせまた、ゴンを殺すだとか、ジンに頭を撫でられるだとか考えてたんだろ」
「な、なんでわかるのよ」
「顔が百面相してたぞ。デレデレだったり、眉間にシワを寄せてたり。せっかく綺麗な顔してるのに、台無しだっての」
「う、うっさいなあ。別に私がどんな顔しようが勝手でしょっ!」
「ほんと、残念美人だよな」
にゃふー、と独特なため息をつく1匹である。
「人の妄想ぶち壊しておいて、その態度……。マイコー、あんたゴンと一緒に3回ぐらい殺してあげようか?」
「つーか、殺そうとするなっての。『ゴンを頼むなっ!』ってジンに言われてるんだろー」
「う……」
数日前、ハンター試験に出発する際にジンが「リン姉ちゃん、弟をよろしく頼むな」と言ってきたのだ。
普段、姉ちゃんなんて呼ばないのに、こんな時ばっかり……。
ジンにそう言われては、断るなんて出来るわけがない。
そうやってまたジンに大切にされて……、憎たらしく思う。私のことは心配してくれないし。
「まあその話は置いといて、だ。あれをどうにかした方がいいんじゃないのか?」
虎猫のマイコーは顎で、あっちを見ろと促してくる。
電車の通路の先。
隣の車両に向かう連結部には、アサルトライフルを構えた男がいる。
周囲を見回せば、他の乗客は一様に皆が顔を青白くして、
「これからどうなるの?」「静かにするのよっ、騒いで撃たれたら大変なんだから」「まだ、死にたくないよ」「俺たち、どうなるんだ……」
小さなざわめきと絶望があちこちで生まれていた。
銃ってやっぱり怖いんだなあ、と再認識しする。そんな時、ふと目が合う男がいた。
2つほど離れたボックス席、その通路側に座った男である。
私はまず目を疑った。
トランプのマークの入ったデザインの服に、頬に刺青なのかシールなのか、星と雫のようなマークがある男。
総じてハイセンスすぎるコーディネートだ。
視線がぶつかって目をそらすかと思えば、口角をニンマリと持ち上げる。
なんだあれは。気色悪い。
あそこまで堂々と見つめてくるなんて、もしかしたら知り合いだっけか?
だが、あんな奇術師みたいな奴は一度あったら忘れないだろう。
つまりただの危ない奴ということだ。目を合わせないに限る。
奇術師を思考の外に追いやるために、アサルトライフルをもつ男を眺めて、三十分前のことを思い出してみた。
車内は皆の楽しそうな喧騒に満ち溢れてたのに、前触れもなく電車が急停車した。
最初は故障か、と思ったが違うのだった。
客席から急に立ち上がった男の手に、アサルトライフルがあったものだから、大混乱が生まれた。
そして一発の銃声によって静寂が訪れたのである。
他の車両からも悲鳴が聞こえてきたので、この車両というより電車そのものが襲われたのだろう。
直後の車内アナウンスでは、「ハンター協会と交渉するまでの人質」「大人しくしていれば、危害は加えない」「仲間の釈放を確認すれば解放する」とかなんとか。
つまりはテロリストが、囚われの仲間のために起こした感動秘話といったところか。
「早く終わらせてくれないかなあ」
私は口を尖らせて抗議する。
「ハンター協会に交渉するって言うけど、何もしないで待ってるだけじゃダメよね。全然、相手にされないもの」
協会からブラックリストハンターでも送りまれてきて、鎮圧されるまで電車は動かないんじゃないだろうか。
テロリストの皆さんは本気で仲間を取り返す気があるのかと、小一時間ぐらい説教したい。
大事な人のために全力を尽くす。その熱さが足りないっ!
「リンだったらどうするんだ?」
マイコーが腕を組んだまま、首を可愛らしく傾ける。
もしも私なら。
自分の大切な人、ジンを助けるためだったら。
「私ならさっさと解放してくれるまで、一分に一人ずつ殺しちゃうかな」
「ちょ、オマエはどうしたら一分一殺の境地にいたるのさ。不殺の信念はないのかっ!」
顔を引きつらせているマイコーのことが、私は不思議でしょうがない。
人質がいるのに利用しないなんて、むしろ交渉の足枷以外の何者でもない。
「助けたい人がいて、相手を交渉の土俵にあげるのには効果的でしょ」
「殺される奴らの立場になってみなさいな!」
「うーん、でも囚われのジンを助けるためなら、犠牲もいとわないし」
ジンを助けてその感謝の証として、たくさん撫でてもらえるならば、犠牲も仕方ない。
「ものすっっっごい、話がすり変わってるんだがっ!? オマエはマジで人としての思いやりのネジが五本ぐらい足んないと思うよっ!?」
人外に人道を説かれるとはこれ如何に。
☆ ☆ ☆
「それで、どうするんだよ?」
「どうするって?」
「このままでいいのか? オイラたちは行く所があるだろ?」
「うーん、そうよねえ……」
私らはハンター試験を受けに行く途中だ。
試験会場は自分で見つけろという、いかにもハンターらしいやり口だ。
通知書には試験開始の日時と大雑把な場所しか書いてない。
きっとこれも試験の一環なのだろう。
試験会場はザバン市のどこからしい。
だから私らはまず、その手前にあるドーレ港を目指している。
「面倒事は嫌だし……、まだ時間もあるからほっときましょ」
「それでハンター試験に遅刻したら笑えるなあ」
やれやれといった様子で、マイコーはため息をつく。
なんとなく気分が乗らないので、一眠りぐらいしようか。
その間に誰かが解決してくれると嬉しい。そんなことをぼんやり考えていると、
「おかあさん、おしっこ」
通路を挟んだボックス席、そこにいた女の子が立ち上がった。
5歳ぐらいだろうか?
恐怖の涙をこぼしながらも、トイレも我慢できないといった様子である。
母親がなだめているが、女の子が落ち着く様子はない。やがて耳をつんざく泣き声を発した。
「なにしてやがるっ! さっさと黙らせろっ!」
銃を抱えた男が前から近づいてくる。女の子のそばに立つと怒声を浴びせ始めた。
母親が女の子をかばうように抱えて、少しでも泣き声を抑えようとするが、逆効果だった。
濁流のように泣き続けた。
銃を持った男は母親から、女の子を引き剥がした。
男が右手を高々と振り上げて――。
瞬間、私の身体は考えるより早く、動いていた。
「な、なにすんだ――いてててててっ!」
私は男の右手首を掴んで捻り上げ、
「小さい子を泣かすんじゃないわよっ、3回死んどけっ!」
思いっきり足を払って、派手に転倒させてやった。
さらに後頭部を思いっきり踏んづけるオマケ付きだ。
驚きのあまり女の子は目を丸くして、泣くのを忘れてしまったようだった。
「おい、結局、メンドーごとに首突っ込んでるじゃないか……」
マイコーの呆れた声が聞こえる。
そんなこと言われても、どうにも小さい子供の泣き声を聞くと黙ってられないのだ。
泣かしてる奴がいると殴りたくなる。
「うっさいわよ。気づいたらやってたんだから、仕方ないじゃないっ! こうなったら……、逃げるわよっ!」
「荷物棚のあれ、忘れんなよ」
「はあっ? 忘れるわけないでしょ」
マイコーに言われ、 1.3mサイズの縦長の黒いケースを右肩にかけ、マイコーを左腕で抱える。
だが、気絶してなかった男が立ち上がり、憤怒あらわにした。引き金へと掛けられた指が、わずかに力むのを私は見逃さない。
叩き込まれた反射的な防衛反応は、
思考速度を軽く凌駕する。
音もなく跳ね上がった左足。
その爪先は風を切り裂きながら、眼前の敵の右頬を打ち抜いた。
頚椎が捻じ曲がる感触が足に残る。
男の身体はぐるりと一回転し、不器用なダンスを踊った。
直後、天井に向けての発砲。
一瞬の間に繰り返される銃声と共に、
電車の天井に無数の穴が開いていく。
私は銃身を掴みとり、男の身体を思いっきり蹴飛ばした。
死体が連結口へと吹っ飛んでく。
私は銃を無造作に放り捨てる。
失敗しちゃったと、私は小さく舌打ちをする。
確かに男は死んだ。
しかし、死の際に起こった筋収縮が引き金を引かせてしまったのだ。
こういうところは、まだまだ実戦不足だなあと反省。
「にゃんだよ。ここにテロリストたちを集めたいのか?」
「そんなわけあるかっ!」
隣の車両に目を向ければ、案の定、銃をもった輩がこちらの車両に向かって来る。
「リン、あっちからも来るぞ」
逆方向の車両扉が開き、数人の男がなだれ込んで来た。ご丁寧に銃でコーディネートしている輩ばかりである。
「ああもう、そんな格好じゃ異性にモテないんだからねっ」
突入してきた男らとは距離がある。
しかも左右に避けるには狭すぎる電車内。
他の車両からも増援が来そうな始末だ。
さて、ちょっとばかり面倒な展開。
とりあえず、足元の死体を思いっきり投げつけて足並みを乱すか――。
ふいに身体の芯を凍りつかせる、
おぞましい何かがまとわりついてきた。
呼吸することすら許されず、自身の身体から意識が引っこ抜かれたように動けなくなる。
男らと私の間にいた奇術師が、席から立ち上がった。
「リンっ!」マイコーの叫びで我に帰る。
奇術師は軽やかに腕を振るう。
一振りにみせかけて……、腕を三回は振るったか。
ただのトランプのはずなのに、テロリスト三人は見事に切り裂かれて、床へと崩れた。
あれはまずい、ただのトランプではない。
凄絶な殺意が込められ、触れるもの全てを容易く切り裂く刃そのものだ。
「いやあ、キミの動きが面白かったから、ついつい見ちゃってたんだけどね ♠」
奇術師はトランプを両手で弄び、静かに笑みを浮かべている。
「なんかねえ、ボクも楽しくなってきて……、我慢できなくなっちゃった ♦」
「リン、たぶんだが……、あれを投げてくるぞ」
私は縦長のケースを床へ下ろした。
マイコーを右手に持つ。
「ちょっと、リンさん? お尻を持たれたら動けないんですけど」
「やるわよ、あわせなさい」
「にゃんですとー!? 絶対、逃げるのに専念した方がいいと思うぞっ」
回避に専念するのが正しいと理解はしている。
だが、感情は抑えられない。
あいつは私に何をしようとしている?
上から目線で、値踏みして、殺そうとしている?
なんでも思い通りになると考えている輩。
世界の全てを支配しているかのような勘違い野郎。
私はそういうのが大嫌いなのだ。
そういう相手は、1に殴って、2に殴って、3・4も殴って、5も殴る!
奇術師はスペードの4を見せつけ、下段に構えて。
私はマイコーを持つ右手を大きく振りかぶって、地面を蹴破る程の力で左足を踏み込む。
その刹那。
疾っ、奇術師の腕は目に止まらぬ速度で振るわれた。
トランプが死の気配をたずさえて迫ってくる。
かろうじて目で追えるトランプ。
その軌道を予測。狙いはどうやら顔。
私の下半身は大地に根の貼った巨木のごとく揺るがず、上半身は柳のごとく左へとしならせる。
投擲の流れは美しいままに。
トランプが私の頬を浅く切り裂くのとほぼ同時。
私は腕の勢いを殺さず、奇術師の顔面めがけ……。
発射っ!
マイコーは私の腕の振り抜きにあわせ、体勢を整えて全身全霊をもって跳躍する。
奇術師の間合いにマイコーが入っていた。
入る寸前には、奇術師はもう動いていた。
右片手でのガード。
こんな小さな生物、受け止めれば良いという気の緩み。
「わおっ ♥」
弾丸のごとく特攻させられたマイコーの一撃は、奇術師の右手を容易く押し込み、頬への痛烈な一撃を与える。
油断に突き刺さる会心の一撃。
だが、しかし。
マイコーは着地と同時に後方へステップし、私の腕の中へと戻ってくる。
「やるじゃないか ♣」
「あんた……もね」
私とマイコーの連携技。
鉄をひしゃげる程度の威力はあるはずだ。
顎が砕けて喋れなくなっても、おかしくないというのに。
奇術師は少しよろめくも膝は屈せず、唇の端から流れる鮮血を拭っただけだった。
「でも、まだまだ青い ♠ もっと成長しないとね ♣」
「随分とおしゃべり好きなのね」
私は揺らいだ心を押さえ込み、構え直す。
こんなところで立ち止まっている場合じゃない。
ジンは世界でも最高のハンターだ。
そんなジンに私はあちこちに連れて行ってもらった。
遺跡の修復や未開の地の探索、海の財宝の発掘。どれもがワクワクの連続だった。
憧れのジンに少しでも近づきたい。
そのためにもハンターになるのだ。こんな変人に負けてられない。
私は構えを崩さず、奇術師の一挙一動に目を向ける。
隙あらば、マイコーとの連携でもう一発叩き込む。
しかし奇術師は、口元に手を沿え何かを考える素振りをするのみ。
「少し話そうか ♠ とりあえず煩いのを排除してからね ♦」
☆ ☆ ☆
電車内のテロリストたちが排除されるまでは、あっという間だった。
仲間思いのテロリストたちは、本当にご愁傷様である。
ちなみに私は何もしていない。
奇術師が別の車両に行ったかと思うと、悲鳴が数回こだました。
しばらく静寂が続いた後、笑顔の奇術師が戻ってきたのである。
結局、電車は降りて、線路沿いの道をなぜか二人と一匹は並んで歩いている。
あのまま電車に乗っていたら、周りの人間に視線を向けられる続けることになる。
そんな居心地の悪い空間は嫌だ。
しかし、この奇術師は何を考えているのか。
「キミ、名前は?」
「リン=フリークス」
「素直に教えてくれるなんてね ♦ くくく、キミは可愛いなあ。いいのかい? 知らない人間に簡単に名前を教えちゃって ♥」
「そうだぞ。世の中には悪い奴がたくさんいるんだ。簡単になんでも答えちゃダメだって」
奇術師とマイコーにたしなめられる。
「う、うるさいわねえ、二人とも地獄をみたいの? ……それよりあんたはなんて名前なのよ」
「ボクはヒソカ=モロウだ ♣」
あんなことを言っておいて随分と素直に教えてくれるものだ。
いや、もしかしたら偽名なのかもしれないが。
「それにしてもキミは魔獣を飼っているんだね ♣ 面白いじゃないか♥」
ヒソカはマイコーを舐めるように見つめる。
「魔獣? マイコー、あんた魔獣なの?」
「魔獣じゃないのかい?」
「うーん、オイラはオイラじゃないか?」
「それもそうね」
マイコーが魔獣なのかは、よく知らないが、私にとっては昔から一緒にいる相棒だ。
誰よりもすごく頼りになる。
「なんだか面白いコンビだね ♣」
クックックとヒソカが笑う。
「それで、ヒソカ? 話ってなによ?」
「たぶんだけど、キミもハンター試験受けに行くんだろ?」
げげげっと内心で悲鳴を上げる。
まさかヒソカもハンターになろうとしてるの?
「ハンター試験会場まで一緒に行こうよ ♥」
「はんたー試験ってなによ? 美味しいの?」
「くくく、キミは嘘が下手だなあ ♣」ヒソカは意地の悪い笑みを浮かべ「というわけで、ボクはキミについていくことにしたよ ♦ キミと……、いや、キミらといると面白そうだ ♥」
足元のマイコーを一瞥し、「キミも美味しそうだ」とか呟いている。
ついてくるなと言ったら今すぐ殺すよ、とヒソカの瞳が語っている気がする。
にゃふーというため息が、私の気持ちを代弁していた。
何話か書き溜めしつつ、マイペースに投稿させていただきます。
週1回ペースで更新できたらいいなあ。