旅の御伴は虎猫がいい 作:小竜
旅の始まり
ゴンを殺せば、ジンはもっと私のことをみてくれるかなあ。
電車内から伺える景色。
水平線まで続く大海原が、太陽の輝きできらめいていた。
少々問題が起きて、ドーレ駅まであと少しというところで電車は停車している。
もしも電車が動いており、規則正しい揺れがあったら、心地よい温かさのおかげでぐっすりと眠れたかもしれない。
電車の座席は4人掛けのボックス席となっており、私は窓際に陣取っていた。
わずかに開いた窓から入ってくる風は、爽やかさをもって私の頬を撫でていった。
肩にかかるぐらいの長さの黒髪。
少しばかりくせっ毛のある髪が、ゆらゆらと風に揺れた。
飛ばされないとはわかりつつ、グレーのキャスケット帽を手で押さえる。
それはジンから貰った大切なプレゼントだ。
私は長袖の白い Tシャツに、ジーンズをあわせ、袖なしのロングジャケットを羽織っている。
そんなすっきりとしたスタイルにも、キャスケット帽はちょっとだけ可愛さを加えてくれる。
リン=フリークスは車窓越しに景色をぼんやりと眺めながら、ジンと一緒だったらなあと想像してみた。
素敵な景色だねえと話せば、なんと返してくれるだろうか。
世界をまたにかけて、あれこれ好きなことをしてる彼のことだ。
こんな景色は見飽きてるだろう。
それでもちょっと意地悪に笑って「いい景色だな」と返してくれる。そんな気がした。
ついでに頭をポンポンと撫でてくれる。
何回も想像もとい、妄想してみる。
……ふわっ、こりゃたまらないっ!
ほとんどの人から、適当に生きてると思われているジン。
そんな彼が、私には優しくしてくれる。
そんな光景は、妄想するだけで身体が芯から熱くなる。
そう。ジンの娘である私と、世間の彼に対する評価には、天地ほどに差がある。
ジンは実のところ家族思いなのだ。
放置しているようで、ゴンの動向だってよく知っている。
ジンの元へは定期的にゴンに関する手紙が送られてきて、それをみて嬉しそうにするジンは、なんとも可愛らしい。
私の記憶に一番残っているエピソードとしては、三年前のキツネグマ事件のことだろう。
私はいつもみたいにジンの膝上にちょこんと収まり、一緒に手紙を読んでいた。
内容は、何も知らないゴンがヘビブナの群生地に入り、キツネグマに襲われたというものだった。
カイトという人に助けられたが、キツネグマの親は死に子供だけが残ってしまった。
キツネグマは人に懐かない。
だが、そのキツネグマの子供はゴンに心を許したという。
「さすが俺の息子だろ?」
そう言いながら、二カッと笑うジンの顔が、私は昨日のことのように忘れられない。
他にもゴンに関するたくさんの手紙を、ジンと見てきたけど、手紙を見ている時はいつも子を思う親の顔だった。
ハンター試験をゴンが受けるという手紙が来た時も「ゴン、やっぱり来るか」と嬉しそうに呟いていた。
嬉しそうなジンの顔は私にとって喜ばしくあり、
……同時に悲しくもあった。
だってそうだろう。
ジンを笑顔にしているのは私じゃない。
ゴンに関する手紙を読んで、ゴンを想って笑っている。
私じゃ……ないのだ……。
ダメだダメだ!
ジンの側にいて、ジンを笑わせるのは、私じゃないといけない。
もっとジンには私だけを見て欲しいのに。
ゴンを殺せば、ジンはもっと私のことをみてくれるかなあ。