旅の御伴は虎猫がいい 作:小竜
タイマーの液晶が71:19:10と数字を刻んでいる。時間経過とともに数が減っていくところを見ると、これが三次試験のリミットなのだろう。
液晶画面の下には『○』『×』というボタンもある。これも試験に関係あるのかな。
私は部屋の中を見回した。
小部屋にいるのは私を含めて5人と1匹。マイコー、キルアとゴンと、その他の2人である。
マイコーは私のかぶるキャスケット帽の上で、ぐーすかにゃーすか寝ていた。完全徹夜をしたので、しばらくは目を覚まさないだろう。
ヒソカに担がれてた男――自己紹介でレオリオと名乗った――はタイマーを眺め、ボタンを押して反応をみている。金髪の美少年はクラピカというらしい。彼は部屋の壁を丹念に触って調べていた。
ゴンはといえば、隠し扉でここに降りる前に、さすがに起こさざるを得なかった。隠し扉の先が、罠かもしれないし。扉は一人しか通れないし。方法が他になかったのだ。
「リン、寝ちゃってごめんね。運んでくれて、ありがとうっ」
ゴンもそこそこは元気になったようだ。
「リンが疲れたら、今度はオレがおぶるから言ってね」
気遣いもバッチリなゴンの言葉に、思わず顔がほころんでしまう。
姉と名乗れないことに後ろめたさはあるが、キルアのおかげで気持ちの整理がついたみたい。とりあえず普通にゴンと話せてホッとする。
ゴンがタイマーを装着する。全員がタイマーをつけたせいか、壁の一部がせり上がって扉が現れた。
「ほら、行くぞ。クラピカとレオリオが待ってるぜ」
キルアがゴンと私の背中を、軽く叩いてくる。
私は黒いケースを背負い直して、キルアの後に続いた。
☆ ☆ ☆
扉の開閉、左右どちらの道を行く。そんな些細な内容でも質問を投げかけられ、『○』『 ×』で多数決をとって進む方向を決めるのは本当に面倒だった。
でも、試験の内容だから従うしかないわけで。
幸いだったのは私を除く四人が、すでに顔見知りだったということ。しかも、割と仲が良さそうである。これだったら、私はついていくだけで大丈夫かな?
そんな風に思っていた時期もあったんだけど。
「レオリオのスケベ……、変質者……」
ちょっとした出来事があって、私らは小部屋で50時間の滞在を強いられている最中だ。
私は壊れたソファーに腰をかけ、頬杖をついて淡々と言葉を並べていく。キルアもソファーに座っているが、私の呟きに文句を言う様子はない。
ゴンはここぞとばかりに睡眠の続きをとっていた。クラピカは壁に背をあずけている。
レオリオは壁向きに身体を床に横たえていた。規則的な呼吸を演出して、狸寝入りを決め込んでいた。
私は目を細めて、レオリオへと蔑んだ視線を送り続ける。
「歩く性犯罪者……、エロリオ……」
「だあぁ~、うっせえよ!」
耐え切れなくなったレオリオが、立ち上がって表情を険しくした。
「さっきから悪口ばっかり並べやがって……、だいたいエロリオってなんじゃそりゃ!」
「あ・ん・た・の・自業自得でしょうっ! 女の身体に目がくらんで50時間も差し出したスケベに、ふさわしい名前じゃないのっ、エ・ロ・リ・オっ!」
私の剣幕に押されて、レオリオが後ずさる。
「おい、キルアっ! こいつお前の知り合いなんだろ? いい加減とめてくれっ」
レオリオは助けを求めるが、
「んなこと言ったて、ありゃエロリオが悪いだろ? クラピカもそう思うよな?」
「絶対的にエ……、レオリオが悪い」
キルアが馬鹿にしたように言い、クラピカも憮然とした声で答えた。
「ちっくしょー! 仲間を見捨てるなんざ、お前ら男じゃねえっ!」
「ある意味で、あんたが一番男らしいわ……」
「そうだろっ? 俺ってば男らしいだろ?」
「いや、褒めてはいないからね」
「世間知らずな嬢ちゃんに1つ教えといてやらあ。男はいくつになったって、夢を持つ生き物なんだぞ! 誰よりも強くなりたいって、考えたり――」
ここに誰よりも性欲の強い男がいる。
「伝説の秘宝を追い求めたり、未開の地を探検したいと思ったり、いやし系より、いやらし系の姉ちゃんと一夜のアバンチュールを願ってみたりなっ」
「裸のお姉さん追い求めて、一生さまよってるといいわ……」
握りこぶしを掲げて熱弁をするエロリオがいる。
「キルア……、こいつなんなの? 頭の中がピンク色なんだけど」
「桃色の血でも流れてるんじゃね?」
答えるキルアも呆れているようだった。
「あー、どいつもこいつもっ男のロマンがわかってねえなっ。マジでやってらんねー! 寝るっ!」
拗ねたレオリオが、再び身体を横にして目を閉じた。
まあ、そろそろ責めるのは勘弁しといてあげよう。
全ては少し前の5対5の戦いに遡る。お互いが代表を決めて戦い、先に3勝すれば通れるという試験課題があった。
こちらの一番手はキルア。スキンヘッドなマッチョマンと闘い、心臓をあっさりと抜き取って圧勝した。さすが暗殺一家の出身である。
問題は2番手だ。
向こうが提示した勝負内容は、お互いの時間をチップがわりに賭けをするというもの。こちらはレオリオが代表で、相手はくせっ毛のある髪を左右で束ねている女性だった。ナイスなバディーで、バストからヒップのラインが美しく、魅力的な容姿だった。
交互に賭け内容を決めていき、チップが増減していく。途中までは、まあいい勝負だった。しかし、ある一つの賭けをしてから、一気に運は相手に傾き始める。
「あたしが女かどうか、賭けてもらうわ」
その真偽を確かめるのに、好きなまで身体を調べていいという条件付きで。その結果、50時間をこの小部屋で過ごすことになり、エロリオという有様である。そうして流れが一気に持って行かれ、レオリオの敗北というわけだ。
戻ってきた時点で、私はレオリオの股間を盛大に蹴り上げた。その行為を、他の男性陣は決して責めなかった。
3番手は細身の男で、ロウソクの炎が先に消えたほうが負け、という内容だった。こちらはゴンである。ロウソクに細工がされており、ゴンのロウソクは早く燃え尽きようとしていた。だが、容易には消えない利点を制し、一気に近づいて相手のロウソクを息で消すという戦法をとった。さすがゴンというべきか、惚れ惚れするようなバネだった。
4番手は幻影旅団メンバーを語る男だった。これはクラピカが瞬殺した。
この時は、さすがの私も驚いた。出会って間もないが、氷のように冷たいイメージをクラピカに持っていた。だが、瞳を緋色に染め上げて全力で殴る彼は、炎そのものだった。
そういえば、あの瞳はなんだったのだろうか? 本当に燃えるような色の瞳だったけども。
私はクラピカを横目で盗み見た。彼は心がここにない抜け殻みたいに、ぼんやりと虚空を眺めている。
私はタイマーを見る。まだまだ時間が長いわねえと嘆息。まだ49時間ぐらいあることだし、黙ってるのも退屈なので話しかけてみようかな。
私はマイコーをソファに残して、立ち上がった。彼の前に立ち、「クラピカ」と名前を呼んでみる。彼は私を見つめてきた。
「大丈夫なの? さっき目が真っ赤になってたけど」
クラピカがなにか言い返してくるのを待つが、なかなか言葉が出てこない。彼はどことなく落ち込んだ表情のままだ。
もしかしたら、興味本位で踏み込んじゃいけない領域だったかな?
「ああ、ごめんね。さっき知り合ったばかりじゃ、話しにくいこともあるわよね」
「いや、構わない。さっきは取り乱してすまなかった」クラピカは申し訳なさそうに言う。「クモをみると、どうにも理性の抑えがきかなくてな」
「え……、そんなにクモが嫌いなの? 逆上するくらいに?」
それってかなりヤバイ奴じゃなかろうか。クモをみるたびにキレてたら、身が持たない気がするが。
「そんなにクモ嫌いなら、とりあえずクラピカにクモは見せないようにするわ、うん」
私はクラピカの隣に腰を下ろした。
「正しくは普通のクモが嫌い、というわけではない。幻影旅団という名を知ってるか?」
「さっきの男がそうなんだっけ?」
「いや、先程の男は幻影旅団を語る偽物だ。本物は殺した人数なんか、いちいち数えない。唯一あっているのは、クモの刺青をしていることだけだ」
幻影旅団。世界の様々な宝を盗むためならば、手段を選ばない盗賊だったか。そんな噂を聞いたことがある。
「幻影旅団は私の大切なものを壊し、盗んでいった。その時から私は決めている。どんな手段を使っても幻影旅団は、私の手で必ず捕えて見せると。だが、その思いが強すぎるためだろうか。クモをみると感情が高ぶって我を見失ってしまうんだ。まったくもって不甲斐ない」
クラピカの声音には、自分を責める色がにじみでていた。
怒りで我を見失うというのは、それほど悪いことだろうか? 大切なものに対する思いが、今でも色褪せない証明なんじゃないだろうか? ある意味でとても人間らしいんじゃないかなあと思ったり。
「でもまあ、私もあるよ。怒りでわけがわかんなくなることがね」
「キミもあるのか?」
「あるある。思い返せばあれこれやらかしてるけど……」私はこくこくと頷いた。「一番はね、子供の泣き声を聞いたとき」
「子供の泣き声?」
「いや、子供の泣き声がうるさーいとか、そういうことじゃなくて。子供が誰かに泣かされてると、泣かしてる奴が心の底から許せなくなるの」
私は目を閉じて思い出してみる。電車の中の時も、気づいたらぶん殴ってたしなあ。
そうじゃなくても、泣いている子供がいると放っておけなくなる。子供もいないのに母性にでも目覚めてるだろうか?
泣き声を聞くたびに、ふと脳裏によぎるのは、泣いている子供の姿だった。誰が泣いているかは、顔がぼやけてわからない。
「あはは、ごめんね。変な話しちゃったわ。会って間もないのに、馴れ馴れしかったわね」
私は何やってんだか、と肩をすくめる。
「いや、貴重な意見をありがとう」クラピカは穏やかな口調で言った。「少し気が楽になった」
☆ ☆ ☆
扉を通り抜けると、そこには他の受験生たちがいた。私ら5人と1匹は、部屋の中央へと進んだ。雰囲気からすると、無事にゴール出来たようである。
「こうして5人で無事にゴールで来て良かったな」
やれやれと溜息を吐きながら、レオリオが言う。
電流クイズ、地雷付き双六、エロリオ事件。色んな事があったが、それもまあ良い思い出ということにしておこう。
私がタイマーを見ると残りは3時間程度となっていた。私らの後にも、別のルートでたどり着いた受験生が続々と現れる。トリニティ3姉妹も、あと残り1時間というところで現れた。
「タイムアップっ!」
試験官より3次試験終了が告げられる。最終的な合格者はどうやら25人。
「諸君、タワー脱出おめでとう。残る試験は 4次試験と最終試験のみ。 4次試験はゼビル島で行われる」
リッポーというパイナップルみたいな髪型の試験官に連れられて、タワーの外へと出る。
視界に広がるのは穏やかな海だった。少し離れたところにいくつかの孤島が見える。ゼビル島というのは、あのどれかなのだろうか?
「いやあ、ついに 4次試験だなあ」のんきな様子のマイコーが、私の頭の上で言った。「ここまで随分と長かったなあ」
「なーに、やりきった感だしてんのよ。あんた3次試験の半分ぐらい寝てなかったっけ?」
「う……、それを言われると辛い。すまんかった」
「まあ、そのぶん 4次試験では手伝いなさいよ」
しょんぼりマイコーの頭をぽふぽふと撫でておいた。
さて、と私は気を取り直す。周囲を見回して身体が引き締まるのを感じた。受験生の人数も減ってきて、見知った顔もちらほらある。
ヒソカと視線がぶつかった。手をひらひらと振ってくる。私は舌を、んべーと出して拒絶しておいた。
トリニティ3姉妹もいる。3人はいつも通り揃っており、レノンが殺気を向けてくるので場所がわかりやすい。リズとサクラもこちらへと視線を送ってくる。こちらは表情こそ穏やかだが、蛇が絡みつくような嫌らしい視線だ。
狐のお面を被った人物も、勝ち残っていた。こいつはなんとなく気になる存在だ。見た目の問題だろうか?
「これからクジを引いてもらう。狩るものと狩られるものを決めるためにね。じゃあ、タワーを脱出した順にお願いしようか」
続々と受験生たちがクジを引いていく。そしてやがて私の番になり、箱の中へ手を突っ込む。手に触れた紙を、さっと手に取った。
紙には199の数字があった。
「それぞれのカードに示された番号の受験生が、それぞれの獲物だ」
それはサクラ=トリニティの数字だった。
読んでくれた皆様、今日もありがとうございます。
レオリオさんとリンのやりとりが書いていて楽しかったです。まあ男子なら、行かねばならぬときもある、ということもあるでしょう。チームに女子がいても、きっとレオリオさんなら、漢を見せてくれると信じています(笑)
ちなみに今後、レオリオさんをただのスケベ要因にするつもりはありません。普段はスケベでも、いざというときには頼りになるお兄さんになってもらいます(予定は未定)
ついにクラピカさんとも出会うことができました。ここからどんな関係に作り上げて、プロローグ場面に向かうのか。自分でも楽しんでいきたいと思います。
次回「誰がために戦うか(前編)」
ここからはトリニティ姉妹戦で、3話ぐらいにわかれる予定です。
また次回、お会いできたら嬉しく思います。
それでは(^^)/