旅の御伴は虎猫がいい 作:小竜
緋の眼と私の狂奏曲
私の右手には、身長と近いサイズの大筆がある。
私は念能力――
何も無い空中へ向かって、大筆を踊らせていく。
具現化するのは、大切なあの人が使っていた銃を模したもの。
リボルバー式の銃。
目を閉じれば瞼の裏に浮かぶあの人の銃。描くのに要する時間は、1秒すら長すぎる。私は一気に描きあげた。
空中の絵から、それは浮かび上がる。
左手には念銃を、右手には大筆を。
月の映えた夜空が見守る中、私は緋の目の男へと身を躍らせた。相手もまた動き始める。
距離にして30mを保ったまま、円を描くように左右に凄まじい勢いで駆け始める。足元から細かな土煙がふわっと舞い上がった。
初めに仕掛けてきたのは緋の目の男だった。中指だけを突き立てて腕を振るってくる。
一見、その手には何も見えない。だが、私は凝を決して怠らない。故に見えている。
それは捕らえられれば即詰みとなる一撃。
――
私は咄嗟にその場を飛び退いた。半瞬前に私が居た場所を、鎖が抉り砂埃を上げていく。
回避と同時に私は仕掛けた。
念銃のトリガーを連続で引く。乾いた炸裂音が3発立て続けに鳴り響いた。
弾丸は大気を切り裂く流星となって、緋の目の男へと飛翔する。
ただの念弾ではない。一発一発にオーラを凝縮してあり、制約と契約により硬をまとった拳に匹敵する威力がある。当たれば堅での防御といえどダメージは通るし、おそらく緋の目の男の
一方的な回避を強制されるはず。
だが、さすが緋の目の男だ。避けながらも身体は前へ、前へ、前へっ!
薄皮一枚の回避をしながら、攻撃のために間合いを詰めてきたのである。
私は連続して残りの念弾3発を撃った。大気を震わせる炸裂音。だが緋の目の男にはあたらず、念弾は背後の大地へと吸い込まれていく。
念銃の装弾数は6発。オートリロードにはたった5秒、されど5秒が掛かる。緋の目の男との戦闘で、5秒はとてつもなく長い。
緋の目の男が間合いを詰めてくる。その距離はあと10mか。
私は大筆を振るう。
戦闘中において、筆を振るって描くなど命を捨てる無駄な振る舞いかもしれない。だが、それは一般的な話である。
私はずっとずっと、大好きな絵を描き続けてきた。ゆえに筆で描くという所作のみ、たやすく秒針を置き去りにする。
私がまず描くのは大きな石板。
具現化して私の姿を緋の目の男から隠すと、さらに私自身を2人描く。
私のコピーらは、私に向かって力強くうなづいた。私は念銃をコピーの一人に託す。
その場に一人のコピーを残して、石板を緋の目の男へと蹴っ飛ばしてもらい、私らは緋の目の男へと姿をさらす。
左から私が、右から念銃をもったコピーが、緋の目の男へ突っ込んだ。
☆ ☆ ☆
――なんで、私らが戦わなきゃいけないのか。
緋の目の男と私は、お互いが弾け飛ぶように後方へと距離をとった。
私の左腕は折れ、奥歯は砕け、身体は自分のものじゃないみたいに重い。大筆を支えにして、私はかろうじて立っている。
緋の目の男――クラピカも同様に満身創痍だった。
お互いに肩で息をしている。喋るだけで喉が裂けて、血が出そうなほどに乾いていた。それでも私は言わずにいられなかった。
「ねえ」私の言葉にクラピカの身体がこわばった。「どうして、こうなるのよ……」
私は搾り出すように言った。
「私はゴンと会えて良かった。
キルアとレオリオと喧嘩できて面白かった。
クラピカが少しずつ心を開いてくれるのがわかって、嬉しかった」
クラピカが私を見つめてくる。そこにあるのは憎悪だけなのだろうか?
少しだけ悲しみが帯びているように見えるのは、私のただの願望だろうか?
「ハンター試験の後にさ、あの娘を護るために、短い間だったけど5人で過ごしたじゃない? あの時は大変なこともあったけど、本当に楽しかったわ」
それを楽しい思い出として、夢に見れなくなったのは……。
「世界にはたくさん人がいてさ……」
歯車が狂い始めたのはいつからなのか。
「私に絶望を与える人がいた。生きるのが苦しくて、死んでもいいやって思った時があった。でも、手を差し伸べてくれる人も確かにいた」
決して善人じゃなかったけど、仲間想いの素敵な人だった。
「私はあの人の生き方から、血の繋りだけが絆じゃないって、教えてもらったわ」
私があの人の手をとった時から、こうなる運命だったというのか?
私の右手の甲に彫られたクモの刺青を見つめる。「9」という文字が、滲んで見えた。
気づけば私の身体は微かに震え、冷たい涙が溢れ出していた。
「パクノダさんを、あなたは殺した」
涙を拭ってから、クラピカへと視線をぶつける。
この世で一番、殺したい相手。憎くて仕方ない相手。パクノダを殺したクラピカを、私は絶対に許してはいけない。
そのために受け継いだ「9」の数字。
でも同時に思い出すのは、クラピカとの思い出だ。
共に闘い、共に笑い、共にご飯を食べた日々だった。
「私は仇をとる……、あなたを殺さなきゃいけない」
「私にもキミにも、果たさねばならない誓いがある……。私は幻影旅団を全員狩らねばならない」
クラピカが右手を構え直し、淡々と言葉を紡いでいく。
「それがリンであろうと、立ちふさがるならば排除するのみ、だ」
やはり戦って相手を排除する以外に、己の正義を貫く方法はないのだ。
いつから、
歯車は、
狂ってたんだろう。
私がパクノダさんと出会った時?
私が天空闘技場で真実を知った時?
私がゴンたちと5人で生活していた時?
私がハンター試験を受けようと決めた時?
それとも……。