僕にヒーローマカデミア   作:Athlon

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3話

形無しに日本まで連行されて早数か月。俺は今日も今日とてすることがなくだらけていた。

 

いや、だって日本に来たのが5月の末あたりのことだったんだもん。来年試験を受けるとしても、6,7か月は暇ができてしまうということになる。

 

なら勉強しろよという話になるかもしれないが、俺は一度覚えたものは中々忘れない。覚えるまでに少し時間はかかるが、覚えたらあとはすんなり思い出せる体質なのだ。形無しに知識という知識を叩き込まれたあの4か月のことは鮮明に覚えているのでしばらくは勉強しなくてもいいだろう。

 

この街の地形把握、住人の情報や近くのヒーローの情報、ヴィランの過去の出現状況や日本の電波の周波数、ジャック可能かの確認、下水道や路地裏などの裏道の把握なんかも、ここに来て2、3週間で終わってしまった。

 

何が言いたいかというと、つまり暇なのである。

 

「・・・」

 

よし、外に出よう。

 

そう思い至ったのは割とすぐのことだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「がはっ…も、もう許してくれ…」

 

街に出てコンビニやら本屋なんかで時間をつぶしていると、いかにも悪い事してそうな男達がカツアゲしようとしてきたんで丁寧に断ったのだが、何故か憤慨して襲ってきたんで返り討ちにした所、某ドラゴンでクエストな泥の腕のモンスターみたいな感じで仲間を呼び出しやがってそれからずるずると芋づる式でバッタバッタと薙ぎ払っていき早数時間。

 

俺の足元は死屍累々が広がっていた。まあ全員厳つい顔付きだし、軽犯罪くらいやってるだろうから少しぐらいボロボロにしたって罰は当たらんだろ。

 

「くっ…お前、いや、貴女様は一体…」

「…んー?」

 

一体って…何者でもないが。今は始末屋でも学生でもないし。言うなれば…自宅警備員…?

 

あれ、そうじゃね?今の俺って職無し、つまりニートじゃね?

 

うわぁ…そう考えるとうわぁ…どうしよう、仕事が無いと自覚してしまうと、謎の焦燥感が…。

 

しかし、そういえばよく考えれば暇で何もない時間って今世で生まれて初めて過ごすんだよな。

 

生まれて、始末屋として生きてきて、仕事減らしたと思ったら寝る間も惜しんで丸一日中勉強勉強勉強。そう考えると、俺って碌に休息を取ってない…?むしろ一回も休んだことが無い気が。

 

やだ…俺って働きすぎ…?俺、まだ15歳だよ?普通の女の子っていや小学校とか中学校行って友達と一緒に遊んだり甘酸っぱい恋してみたり、とにかくそういう青春するもんじゃない…?

 

き、気づかなきゃよかった…こんな事実…!

 

「」(´;ω;`)ブワッ

「!?」

 

い、いかんいかん。男は大切な時しかないちゃいけないって、前世のおかんが言ってた気がする。いや、今の俺女だけど。

 

「…君、は…?」

 

涙をぬぐって目を開けると、死屍累々の景色の中に巨体の男が突っ立っていた。

 

「…!?」

 

その時、俺は直感で理解した。その男の強さに。

 

フロストエッジや形無しレベルじゃない、まさしく格が違う。こんなレベルの敵、今までで数回しか出会ったことが無い。しかもその数回の内ではこいつがダントツでレベルが違う。

 

驚いたぜ。ただのチンピラの集まりと思って油断していたが、こんな隠し玉を持っていたとは思ってもみなかった。

 

「いや、待つんだ、私は敵じゃ無いぞ!?」

 

構えて一気に距離詰めてとりあえず様子見で血流でも変換しようと思っていたら、声がかかって俺は動きを止めた。

 

「…?」

「もう大丈夫、私が来た!って言いたいところだったんだがね…これは、君が?」

 

巨体の男が手で指示したのは、地面に広がる死屍累々の数々だった。

 

俺は一瞬思考して、そしてその巨漢がヒーローであるという事に気が付いた。

 

いや、ヒーローっていうか、ヒーローナンバーワンっていうか。今の発言で気づいたのはいささか愚鈍過ぎた。

 

その辺の男達とはまず絵柄から違って見える、正義の象徴。オールマイトその人がそこにはいた。

 

まあ、その辺の俺の衝撃はぐっと飲み込んで、まず俺はまず伝えるべきことを伝える事にした。形無しが言うには気持ち悪いらしいからあんまり使いたくなかったけどしゃあなしだ。

 

『個性は攻撃に使用していません。全て自分の身体能力のみで片を付けました』

「む!?いや、そういう事ではないし、っていうか今君口閉じたまま喋らなかった!?」

『個性による発声です』

 

「あ、そうなんだ…」って残念そうな顔を浮かべるオールマイt…いや、なんで残念そうなんすか?

 

「取り合えず、怪我は…っていうか、見るまでも無く無傷だね、うん!暴漢共に女の子が連れていかれたって聞いて文字通り飛んできたんだけど、なんだか無駄足な気がしなくもないね!」

「!?」

 

何だって?暴漢が女の子を!?それはいけない、イケないぞ!

 

『その女の子はどこに?早く助けないと大変なことに!』

「嫌、君の事だから!」

「!?」

 

…え!?俺の事!?

 

「oh…まさかの無自覚…!?」

 

深刻そうな表情で頭を抱えるオールマイト。そういえば俺女の子でしたね。いや、元男だし、始末屋として形無しと隠れながら生きてたしであんまりそういう認識できないのよね。

 

この後、流石にこの状況で俺を逃すつもりは無かったらしく、警察が来るまで監視される事となってしまった。

 

「では、本当に個性は使っていない…んです…ね?」

 

訪れた警察に親指を立てつつ、今日のところはお開きとなった。不良たちの『個性すら使われずにあしらわれた…悔しい、でも目覚めちゃう…』って相次いだ発言と、その不良たちが日ごろから悪い事ばかりしている有名グループだったらしいのが裏打ちした形である。その発言にかなり鳥肌立ったが、まあ少年たちが健全な道を歩んでくれることを信じて警察に連れられて行く背中を見送るのみである。

 

もうカツアゲなんてするんじゃないぞ。

 

「個性を使わずに、なんてにわかには信じられないのですが…」

「…」

「いえ、サムズアップされても…」

 

ちなみにオールマイトは「それじゃ、急いでるから!」と言ってどこかへと去ってしまった。

 

今日はなんだか濃ゆい一日だった。流石に疲れたな。明日はゆったり家で過ごそう。

 

警察から解放された俺は、とぼとぼと家まで帰るのだった。

 

 

 

それから数日後。街へ出向く度に街の不良たちに敬礼されて出迎えられて非常に迷惑したのはまた別の話である。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

その日。私はきっと、あの時の衝撃を忘れることはないだろう。

 

あれはそう、一般市民から、『女の子が暴漢に路地裏へと連れ込まれている』と報告を受けた日の事だった。

 

現場に到着し、すぐに助けに入ろうとした…その次の瞬間、私はあまりにもすさまじい光景を見たのだ。

 

少女が、それこそ小学生程の体躯の少女が、一人で大人数の不良たちをあしらい、撃退していた。

 

それも、数多の敵と戦ってきた私だからこそ分かる。彼女は一切の個性を使ってはいなかった。足運び、カウンター、攻撃を避け、的確な位置への誘導、攻撃。その全てが洗練された、個性を一切使わない戦い方。あんな動きが出来るようになるのに、どれほどの時間がかかるだろうか。

 

それをあんな幼気な少女が、さも当然の如く行使し、一対数十と言う数の不利を前に無傷で勝ち進んでいるという現状。何の冗談だと思った。

 

また、その少女の容姿も目を引いた。

 

美しい白髪に、まるで燃える宝石のような真っ赤な目。そして陶磁器の様に真っ白な肌。彼女はまるで、雪の様に真っ白だった。

 

すると、最後の一人であろう少年が、動きの反動を利用されて空に投げ出された。「げごぉ…」とカエルのような情けない断末魔を上げ、その少年はそのまま静止した。

 

「…なんと、いう…」

 

抜群の戦闘センス、また、抜群の戦闘技術。一体彼女は何者なのか、と考えてしまったのは、当然の事だった。

 

「くっ…お前…いや、貴女様は…一体…?」

 

少年の一人が顔だけ上げて、そう問いかけた。その目が少し危ない感じで、更に頬が少し上気していたのはさておき、その質問は私もしたい所だった。

 

「…んー」

 

少女はその声に眉を顰め、そしてしばらく沈黙を続けた。

 

そして。

 

「…」

「…な…!?」

 

その少女は、静かに涙を流した。

 

少年たちが息を飲むのが分かった。かくいう私も、当事者ではないというのに、その光景に目を見開いていた。

 

「君…は…?」

 

そして、完全に無意識のまま、私は足を一つ踏み出していた。

 

「…!?」

 

その子が私に気づき、一瞬にして臨戦態勢に入ったのを見て、私は慌てて手をかざした。

 

Shit!私としたことが、あまりに気遣いが欠けた!暴漢に襲われそうになったのだ、それを撃退できる力がある力があるからと言って、私がいきなり姿を現せば警戒するのは当然の事!

 

「いや、待つんだ!私は敵ではないぞ!?」

「…?」

 

首を傾げる彼女に、私は知らない人がいないと心の中で自負しているいつものセリフを言った。

 

「もう大丈夫、私が来た!って言いたいところだったんだがね…これは、君が?」

 

彼女は当たり前の様にうなずいて、そして答えた。

 

『個性は攻撃に使用していません。全て自分の身体能力のみで片を付けました』

 

その声は、容姿と相まってとても可愛らしく美しい声だった…が、その時声を発した彼女の口が、一切動いていない事に私はすぐに気付いた。

 

「む!?いや、そういう事ではないし、っていうか今君口閉じたまま喋らなかった!?」

『個性による発声です』

「あ、そうなんだ…」

 

って、いや、そういう事でもあるわけだけどな!?

 

日本だけでなく、世界各地で個性の資格の無い戦闘への利用はほとんどの地域で禁止されている。個人が生まれつき持った武力。個性が発現し始めた当初は、それはもう酷い有様だったと聞く。

 

しかし、その点に関しても怖がらせてしまったか。いや、彼女が個性を使わずに少年たちを撃退したというのは見ていたから分かるが…。

 

しかし、あまりの出来事と言え見ていた…か。目の前に襲われている少女がいたというのに、あまりに不甲斐ない…という気持ちが今更心の中を軋ませた。

 

ついこの間あの少年に教わったばかりだというのに、私はまだ成長できていなかったらしい。

 

しかし、落ち込んでいるばかりではいられない。こんな事で揺らいで何が平和の象徴か。

 

「取り合えず、怪我は…っていうか、見るまでも無く無傷だね、うん!暴漢共に女の子が連れていかれたって聞いて文字通り飛んできたんだけど、なんだか無駄足な気がしなくもないね!」

「!?」

 

少女は私の言葉に酷い動揺を見せた。

 

『その女の子はどこに?早く助けないと大変なことに!』

「嫌、君の事だから!」

「!?」

「oh…まさかの無自覚…!?」

 

い、一体この子はどのような教育をされてきたんだ…!?

 

 

 

その後、警察に説明をして、そして雄英に呼び出しを食らっていた事を思い出してそちらに急ぐ旨を伝えて任せることにした。

 

彼女はなぜか説明する際、一言もしゃべらず身振り手振りで警察に説明していた。腕をぶんぶん振り回したりぴょんぴょん飛んだりして、事情聴取をしていた若そうな警察青年がとても微笑ましいものを見るような目でそれを見守っているのが見えた。絵面的に元気そうな印象がとても心に残った。一言もしゃべらなかったが。

 

「ふむ…」

 

見た目的に、まだ小学生か中学生か…どちらにせよ、あそこまでまっすぐに無垢な目を持っていながら、あそこまでの戦闘センスを見せるあの少女。

 

何故だろうか、彼女とは割とすぐの未来で再会できるような気がしたのだった。

 

 

 

雄英での用事を済ませて、私はいつもの海岸へと足を運んでいた。

 

「オールマイト!」

「来たな!緑谷少年!今日は遅くなって済まない!急に用事が出来たもんでね!」

「いえ、そんな、僕こそいつも感謝ているっていうか…あのオールマイトに直々にトレーニングを受けさせてもらえるなんて光栄っていうかなんて言うか…」

「HAHAHA!相変わらずぼそぼそとしゃべるね緑谷少年!さあ、今日も今日とてトレーニングだ!まずは準備運動からいくぞ!」

「っは、はい!」

 

ま、今日は色々とあったけど、それよりもまずは緑谷少年だ。

 

どれだけ辛い課題を課しても悲鳴一つ…いや、悲鳴は上げているかもだが、絶対にあきらめずについてきてくれる、未来のヒーローの卵。

 

彼女の姿も相まって、私は、将来必ず来る世界を照らす新しい光に、胸を躍らせたのだった。

 

(…だが…)

 

たった一つだけ、あの少女の涙をかすかに脳裏に浮かべた。

 


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