地球防衛軍 〜地球の守護戦士達〜   作:きぬたにすけ

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半年経ちました(ゲンナリ
やっとこさ返り咲いた。
サイト自体開いていない期間もありましたが、このサイトに相対する時間はやっぱり楽しいですね。

昨今の外出自粛で、改めてモチベと机に向かう時間が増えましたし、このシリーズ以外にもアクティブに取り組みたいものです。


28話 急襲

【砂津谷市上津川区】

 

 天堂は、砂津谷市上津川区の数kmに渡る大通りを歩く。

 道路に跨る路面電車の線路を横断し、歩道に踏み入ると目線を下に落とし立ち止まり、大きな木の板を足で退けた。

 顔を上げて目に飛び込んできたのは、無残に倒壊した一軒家。

 さらにあたりを見回すと、同じように全壊した建物が数ブロック先まで並んでいた。まるで街中の獣道だ。

 足の踏み場がなく、ガラスの破片を踏むたびに鳴るパキパキという音に不快感を覚えながら、生存者の捜索にあたっていた。

 レスキュー隊があちこちで作業を続ける中、背面の黄色い『POLICE』の文字、そして水色の活動服に身を包んだ砂津谷警察署警備課も混ざって声掛けを行っている。

 

 天堂は「廻田(かいだ)さん」と、後方で木の板を退けながら指揮をする先輩隊員を呼んだ。

天堂「被災者対応班によると、その家のご家族が行方不明だそうで。奥様は保護されたそうですが……」

廻田「望み薄だが……はぁ。天堂、除けるから手を貸してくれ。よし、行くぞ!」

 

 重なる木の板を除け、床と思われるズタズタの畳が現れる。破壊された生活の様子が見られただけであった。

 遺体すら見つけられていない現状に、天堂以外の警察官達も肩を落とす。

 それに対し廻田は、「もう少しこの辺りを捜索してみよう」と捜索続行を伝えた。

 数ブロック先では、「(LS-RR03*1に)反応あり! ここです!」「ドンピシャリだ。いたぞ!」と声が上がる。別の行方不明者であった。肩を貸し、励まされながら担架へ運ばれていく。

 

廻田「こちら警護6。西追谷二丁目大通り、レスキュー隊によってさらに一名の救出を確認。我々も大通り沿いを重点的に巡回する。どうぞ」

辰木《了解。大通りから深く入った住宅街には、警護5を向かわせる》

 

廻田「しかし……いまいち馴染まんな……」

天堂「廻田さんって、機動隊から引き抜かれたとか。EDF製の武器ですよ」

 

 天堂がグリップを握る手を何度か開閉させる廻田に笑いかける。

 気さくな後輩に頼もしさのようなものを感じ、笑みがこぼれた。

 

廻田「ああ、やっと俺たちの出番だ。後退するばかりではなくなった。ここから数キロ先では戦闘中。特殊救助隊(S R T)と違って、ある意味最前線で救出救助を遂行できる強みを持った組織が誕生したってわけだ」

天堂「これから忙しくなりますね。この力で、奴らを蹴散らしてやりましょう!」

廻田「あほ。人と正義を守るのが我々の仕事だ。若いのは良いが、本質を見失うな」

天堂「分かってますよ。士気を上げるためですって」

 

 そう言いながら、スリングをたぐり寄せて銃を背負う。

 

 警視庁での運用を経て、新たに都道府県警察での運用を開始した、

 救出救助班護衛と場合によって敵性勢力の鎮圧を担う部隊、

『特殊侵略対策隊 / Special Countermeasures Team』。

略してS.C.T。

 EDF製のアサルトライフルで、制式採用されたM1レイヴン*2を構える天堂と、同じくEDF製のショットガン、G1へリング*3を背中に括り付けて残骸を退ける廻田。

 巨大生物の気配は無く、2人は砂津谷警察署警備課との救助活動に勤しんでいた。

 

 

 警備課に勤める筒井は、中腰から立ち上がると頬を垂れた汗を腕で拭う。手を止めて目の前の惨状を眺めていると、ぼーっと眺める姿を見かねた米田が「筒井?」と声をかけた。

 

筒井「これだけの被害が、たった1機のシールドベアラー(ロボット野郎)とたった5機のガンシップによるものだとは……いまだに信じられん」

米田「シールドベアラー。攻撃能力を持たないがあらゆる攻撃を遮断するバリアを展開できる機械兵器で、傍若無人に家屋を踏み荒らしていたと。そして、被災者対応班の1課連中から証言を聞いたろう。ガンシップの方は、赤色だったとも。EDFのデータベースには飛行ドローン? の強化型って説明があったやつだ。当時は数分で、辺り一面火の海と化したらしい……そんな化け物だ」

 

 通常機の散弾のレーザーではなく、強化型である赤色機は照射型のレーザーを装備している。レーザ痕は道路を縦に切断し、歩道へ一直線に伸び、街灯を切断。さらに脇に停められた車まで到達したところで終わっている。車は無残にも爆散していた。

 人間を追っていたらしい。

 爆発の影響をもろに受けたという店に掛かったブルーシートを顔一人分開くと、まだ黒い煙が蔓延する店内で赤く染まった水に窓ガラスの破片が浮いているのが確認できた。本体は見当たらなかった。というよりも、爆発四散して跡形もなく惨い状態のようだ。また、寝かされた店員と思しき遺体とその上に敷かれたブルーシートがある。肉がべろんと剥がれた骨が覗いていた。

 吐き気がこみあげ、すぐに店を後にした。

 

米田「シールドベアラーへの情報不足と、飛行ドローンの思わぬ飛来。そして嵐のように去った数分間。好き勝手やられたもんだ……」

 

 持ち場に戻ると、廻田が新たな家屋に着手しようとしていた。2人と目が合う。

 

廻田「おい! 2人来てくれ。次はそこの瓦礫を退かすぞ」

筒井&米田「「はい!」」

 

 数km先ではEDF JAPANが戦闘を行っているためその煽りを受けるのではないかという懸念もあり、早く現場を去りたい気持ちと職務を全うする正義感が拮抗しながらも捜索を行う天堂たち。

 その時だった。警護6の1人が、青空を指差す。

 

逢坂「見てください! あれは……」

守永「ありゃ、フォーリナーの輸送船じゃないか!?」

 

 廻田と天堂は突然の襲来に手を止めて隊員たちの目線の先を見た。白銀の装甲に紅の光が通っている。

 雲をかき分けて現れたのは、まごう事なき、フォーリナーの輸送船であった。

 しかも、単艦ではなく5隻の編隊を組んでいた。

 

廻田「なんだと!?」

天堂「輸送船……くそっ最悪だ!」

 

 咄嗟に天堂はM1レイヴンを構え、銃口を輸送船に向ける。

 輸送船の飛来は、周囲の現場隊員たちも気づいていたようで、突然の飛来に悲鳴が上がる。

 しかし、「狼狽えるな!」とレスキュー隊の現場指揮官が一喝。

 続けざまに、SCTの指揮車から無線が入る。向こうも騒々しくなっており、辰木警部補が声を張り上げていた。

 

 廻田「おいおい、上空を通過するのはもう少し後のはずだぞ! どうなってる!」

 

辰木《こちら指揮車、突然速度を上げたみたいだ……総員に通達、フォーリナーの輸送船が接近中。全ユニットは警戒態勢に移れ。輸送船から目を離すな》

 

 辰木は髪をかき上げ、焦っていた。

 

辰木「くそっ!」

 

 目の前のレーダーが表示されているディスプレイを力いっぱい叩く。

 輸送船は、航行中に巨大生物を垂れ流して行く姿も確認されているため、侵攻ルートは全て戦闘になる可能性がある。しかしSCTは、フォーリナーの輸送船に対する有効打を有していない。対地上戦を専門にした装備品と自組織の活動方針、器物や公共・民間施設に対する被害を危惧してのロケットランチャーなど爆発物の運用の是非、そして予算を取り巻く確執が、飛行戦力に関する辰木の提案を棄却させたのである。下部ハッチがいつ開くかわからない不気味さに苛まれながら、現場指揮に追われる辰木の苦労は絶えない。

 

廻田「こちら警護6。了解!」

 

 指揮車に返答し、輸送船団を睨む。

 天堂は輸送船に銃を向けながら、横目で廻田に指示を仰ごうとしていた。

 

天堂「廻田さん! 奴らまさか――」

廻田「ああ! そのまさかのようだッ」

 

 廻田はイヤホンを片手で押さえながら、天堂と顔を見合わせる。

 輸送船団は急激に減速し、ついに市中上空に停止した。

 

筒井「廻田さん……想定しうる限り最悪の状況です」

 

 ――どうされますか?と目で問いかけていた。いつの間にか筒井たちが廻田の周りに集まっている。

 皆の口元が若干引きつり、緊張汗が首を伝った。不安を隠せないでいる。廻田は一瞬で理解した。

 続いて周囲を見る。

 まだ丘の如く積み上げられた瓦礫が散見している。指揮車で確認した限りでは、まだこの場所付近で救助された人数と想定要救助者数が合っていない。

 廻田は目を閉じ沈思する。

 

 指揮車方面に行けば、途中で小学校や公園に着く。同行する筒井巡査長たちの安全や、そこに避難する被災者を離れた町への輸送する時間も稼げるだろう。

 しかし、今だ救助を待ち、あまつさえこの騒ぎを聞いて不安を煽られた要救助者を見捨てることになる。

 避難所で待つ家族もだ。

 

 目を開いた廻田の両眼には、火がともっていた。

 倒壊した家屋を指さし、正義に溢れた真っすぐな声で、言い放つ。

 

廻田「我々は巨大生物に対抗できる。人数的にも守れると約束する。だから頼む! 救助を続行させてくれ!」

 

 現地警官である筒井たちに対し頭を下げる廻田。続けて天堂も「お願いします!」と頭を下げた。

 天堂がふと筒井たちのこぶしを見遣る。

 固く、決意を決めたように握りしめられていた。

 そして脱力し、ため息を吐いて笑った。

 

筒井「頼りにしてますよ。廻田巡査部長殿」

守永「さて、仕事は変わりませんな!」

 

 レスキュー隊員も同じ気持ちだったのか、上空を警戒しながらも発見した生存者の救出を行っている。現場指揮官も職務を全うする意思を尊重し、続行しようとする隊員の元へ駆け寄ると手を貸していた。

 また、救出に成功した隊員は、主に背負うなどで指揮所目指し歩き出した。

 

 廻田達も一か所を崩す傍ら、留まって作業を続ける年長のレスキュー隊員に駆け寄った。瓦礫の合間から腕が見えている。意識があるらしく問答を経て、黒く焼けた木材に手をかけたその時。

 ビーッビーッビーッ!とけたたましいブザー音がした。無線機の子機からだ。警護6の面々、レスキュー隊員が咄嗟に耳を傾ける。

 このブザー音が示す意味を、警護6の面々は知っている。

 

 ――巨大生物出現の合図だ。

 

廻田「こちら警護6。道中で要救助者、レスキュー隊員と合流。同行させます。どうぞ」

 

辰木《指揮車了解、退避中のレスキュー隊には警護1~4が付いている。警護5と君たちが最後尾だ》

 

廻田「急げ!」

筒井「はい!」

米田「退けたぞ!」

守永「足、抜けますか? よし!」

逢坂「手伝います」

 

 颯爽と逢坂が肩を貸し、回した腕がレスキュー隊員の腕と交差する。2人は互いに顔を見ると、しっかりと頷き合う。強い絆が結ばれた瞬間であった。

 

辰木《こちら指揮車、地上を目指す反応あり。 真っすぐ地上に向かっている。全ユニットは速やかに離脱せよ! 繰り返す! 全ユニットは速やかに離脱せよ! 急げ! SCTは迎撃準備! 推定7分ほどで地上に到達する!》

 

 辰木はディスプレイに手をつき、前のめりになって点滅する赤点を監視する。徐々に地表へ迫っていた。

 

 天堂たちは徐々に大きくなる地鳴りに翻弄され、銃口を向けながらしきりに見回す。

 それでもレスキュー隊員が生存者を背負ったことを確認し、歩幅を合わせて警戒する。

 

辰木《こちら指揮車。巨大生物の出現位置を特定した。警護5、6の進行方向、6体! 警護6は護衛に注力せよ。警護5は臨戦態勢》

 

寅林《警護5、了解》

廻田「警護6、了解」

 

筒井「廻田さん。そこの商店街に一度避難しましょう」

廻田「そうだな」

 

 無残に倒壊した『追谷さっちゃん通り』*4の看板を避け、商店街に入る。そして無事な建物の中に避難しようとしたその時、後ろで「先輩!」と若いレスキュー隊員二人が声をかけてきた。

道路から商店街のペデストリアンモール*5へ走ると同時に、一同をひときわ大きな揺れが襲った。

 

寅林《こちら警護5! 振動が足元を過ぎた。商店街に向かっているものと思われる!》

 先ほど通過した後方。そして、今若いレスキュー隊員が立っていたアスファルトが少し盛り上がる。若い隊員は、転倒してしまった。

 

天堂「それどころか、もうここにいる!」

廻田「急げ! 建物に入っていろ! ふたりとも、こっちだ!」

 

 さらに地面が隆起すると、粉砕されたアスファルトの破片が転がり落ち、粉塵と共に八足の巨大な生物が5匹、四方へ跳躍した。ハエトリグモに酷似した蜘蛛型巨大生物である。そのうちの2匹の進行方向はこちらだ。

 転倒した若い隊員に手を貸そうと前に出るが、両者を隔てるように蜘蛛型巨大生物は着地した。

 道をふさがれ、その巨体に二人の姿が遮られる。

 すかさず廻田が射撃。脱臼せんばかりのEDF製ライフルの反動が肩に押し寄せる。

 

 フルオートの散弾は顔面を穿ち、蜘蛛型巨大生物は、紫色の体液を辺りに飛び散らせて絶命した。しかし、もう1匹がレスキュー隊員を襲うのには十分な時間だった。

 穴から新たに出現した1匹を加えた巨大なハエトリグモ2匹が、腰が抜けたレスキュー隊員2名に飛び掛かり組み付いた。

 「う、うわあああああ」「ひぃぃ!?」

 人間を間近に捉え、牙を打ち鳴らす。早速餌を見つけたことに喜んでいるようだった。

 いくらでもレスキュー隊員を避けて命中させられる巨体ながら、暴れるレスキュー隊員に散弾が命中しかねない状況。さらに、いざ巨大生物を前にした恐怖にたじろぐ廻田。指に力が入らずトリガーを引ききれずにいると、蜘蛛型巨大生物は無理やり穴へ連れ込もうとする。

 

天堂「放せ!」

 

 狼狽える廻田の横で天堂が発砲。数発が巨大生物の皮膚や眼球をえぐるが、痛みで凶暴性を増し、強引に穴へ引きずり込んでいった。

 そしてなすすべなく連れていかれる光景に、「ま、待て! おぃ……」廻田は絶句する。

 暗闇に消えるレスキュー隊員の悲鳴がぱたりと止んだ。

 

天堂「うおおおおおおおおおおおおおッ」

 

 たまらず穴に駆け出し、地中に向けて、流し込むように乱れ撃ちする。発砲炎が明滅するが、すでに巨大生物とレスキュー隊員の姿は見えない。

 

天堂「くそ! 逃がしたかッ」

廻田「動けな……かった……はぁ……はぁ」

 

 廻田の手はいまだ震えていた。

 

寅林「射撃開始ィ!」

正田「寅さん! 横っス!」

 

 他の場所へ散った個体と接敵したのだろう。寅林の叫びにも似た合図の後、連射音とともに、紫色の体液が霧状となって高く舞い上がる。辺りの建物より高く上がった血しぶきを確認し、廻田と天堂は蜘蛛型巨大生物を追った。

 2ブロック進んだところで蜘蛛型巨大生物が2匹、獲物が見つからないのかたむろしていた。

 二人は石塀に隠れ、覚悟を決める。

 

廻田「天堂! いくぞ!」

天堂「はい!」

 

 通りへ飛び出ると、銃口を蜘蛛型巨大生物に向ける。

 が、同時に1ブロック先の小道から断続的な発砲音。

 真っすぐ進む銃弾は、蜘蛛型巨大生物の眼球を抉り、柔らかい外皮を引き裂く。

 反撃する間もなく銃弾の勢いに押されてその巨体は吹き飛ばされていった。

 さらに歩道に倒れこんでいた街灯やガードレールを巻き込んで、死骸は青空へ舞い上がる。

 

 蜘蛛型巨大生物の死骸、そして街灯とガードレールが宙を舞うその威力を目の当たりにし、思わず「おお」と声が出た。そんな二人の元に、駆けてくる6人の影。警護5の寅林と正田、その部下たちだ。

 

正田「大丈夫っスか!? 蜘蛛型巨大生物は掃討したっスよ!」

寅林「おい! 廻田さん、無事ですかい!?」

廻田「ああ、ああ俺たちはな……」

寅林「……廻田さんも、さすがにグロッキーですな」

 

 意気消沈の廻田に訳を聞く寅林。

 機動隊に異動して以降、震災や殉職者を出した凶悪事件を経験している廻田。その過去を知る寅林は、膝をつく彼を見て同情を寄せた。

 商店街へ戻る途中、蜘蛛型巨大生物が出現した穴を悔しそうに見つめる。自責の念に駆られているのだと容易に想像できた。

 「廻田さ――」天堂がフォローしようと、名前を呼びかけたとき。

 無線が入った。

 

辰木《こちら指揮車。殲滅を確認。よくやった、被害状況は? どうぞ》

 

寅林「両警護班、及び要救助者は無事です……しかし、レスキュー隊員2名が、行方不明。巨大生物が出現した穴に連れ去られました」

 

 廻田が残された穴をライトで照らす。

 先ほどまでレスキュー隊員の身体を巡っていただろう血痕が、致死量レベルだと判別できるほどべったりと血だまりを作っていた。そして、肌色の五本の棒がスポットライトに入り込む。必死にもがこうとしたのか、深い縦穴の土壁を掴んだまま硬直している。肘から先は無い。

 

廻田「……いえ、遺体を見つけました」

寅林「だそうです。どうぞ」

 

辰木《そうか……身元は確認できるか?》

 

 寅林が廻田に目で問う。廻田は首を横に振った。

 その時、後ろから「廻田さん!」とこちらへ歩く足音が聞こえた。振り向くと、商店街に避難させていた年長のレスキュー隊員と要救助者に肩を回す警護6の面々がいた。年長のレスキュー隊員が穴のすぐそばで立ち止まると、「彼らは、うちのホープだった二人だ……」と穴を見下ろした。

 その旨を辰木に伝える。

 

辰木《レスキュー隊の隊長が居る。あっちでも隊員の安否確認を行っている最中だ。ちょっと待ってろ》

 

 そういって切れる。少しして、再度無線が入った。

 

辰木《隊員の身元が割れたぞ。……どちらも若かすぎるな》

 

 谷尾たちの目の前で、二十代という耐えがたい若さで、将来を担う若い人材の命が奪われたのである。

 

 

【砂津谷市追谷区、指揮所】

 

 指揮所に戻った廻田と天堂は、椅子に腰かけ、紙コップにコーヒーを淹れていた。

 そして、廻田はひたすらに自身の判断を悔やむ。

廻田「あの時躊躇せず撃っていれば……」

天堂「廻田さん……さっきは全ての状況が悪かったんです。あの位置からではレスキュー隊員に誤射もありえました。人として、良心が働いてしまった以上仕方がなかったんです」

廻田「だが――」

辰木「天堂の言う通りさ、廻田よ」

 

 その時、突然声をかけられると共に、テーブルに3つ目の紙コップが置かれる。紙コップに2人の視線が集まると、少し歳のいったかたい手が紙コップを掴んでいた。

 仮説テントのテーブルに肘をつき俯く廻田の真向かいに、どかりと座り込んだのは辰木警部補だった。

 

廻田・天堂「「辰木さん!?」」

 

 湯気の立つコーヒーを淹れた紙コップを片手に、息休めだと言う辰木を前にハッと姿勢を正す廻田と、むせて思わず紙コップを取り落としそうになる天堂。

 

辰木「まあ楽にせい……廻田、俺もお前も、本職は人間の犯人との駆け引きだ。銃の要らない解決を模索することだってできる。躊躇なく撃つような冷酷な人間になれとは言えん」

廻田「しかし……」

 

辰木は分かっていると言うように頷き、話を続ける。

 

辰木「今我々が相対しているものは人知を超えた宇宙の存在だ。人情など存在せんし、人の命なんざ簡単に散らされる。完全に被害を抑えるなど不可能だ。これからもこの惨劇が各地で増えることになる中で、我々の存在意義とは、歯止めがかからない現場で一人でも多くの生存者を救出することさ」

 

廻田「その力を持っていたとしても、扱えなければ意味が……彼らは救えた命のはずなのに……」

 

辰木「トロッコ問題……俺はあの手の倫理観を問うものは嫌いだが、現場では常に問われるものだ。トロッコのレバーを降ろさず、俺は無関係なんだと背を向けることは、決して許されん。今回の場合は、レスキュー隊員2名の死によって守るべき市民と多数の隊員たちが生き残ることが出来た。ただ、前途ある若者の希望を奪ってしまったと捉えると慙愧(ざんき)の念に堪えん」

 

天堂「……」

 

辰木「だが、悔やんでいる暇はないんだ。今回のことも、この宇宙戦争の一片でしかないのだからな。間違いなく、お前は大多数の命を救ったさ」

 

 辰木は廻田と天堂を交互に見ると、立ち上がり、「自分を追い込みすぎるなよ」と言い残して去っていった。廻田は目から鱗が落ちたように辰木の背中を見つめていた。

 

 それと入れ替わるように、車の走行音が近づいてきた。

 音の方向を見ると、一台のハンヴィーが止まり、そこからはスタイリッシュな戦闘服に身を包んだ集団が降り立つ。アーマー前面の左胸辺りには、「E.D.F」と象った刻印が入っていた。

 

廻田「EDF……?」

天堂「EDF……ですね」

 

 降り立った集団の中で一人の隊長と思しき男と目が合うと、男は廻田たちに近づいてきた。

男は葉山と名乗り、所属を明らかにする。

 

葉山「すみません、こちらに展開中の救助隊の指揮官はどちらに?」

廻田「辰木警部補のことでしたら、あちらの指揮車に入られましたが……」

葉山「ありがとうございます。では」

廻田「あの! 我々も同行してよろしいでしょうか。ご案内します」

葉山「分かりました。よろしくお願いします」

 

 

【砂津谷市追谷区、指揮所、SCT指揮車】

 

 現場の指揮所として運用すべくカスタマイズされた特型警備車に通された葉山は、一人乗り込み、辰木と相対する。結城以下部下たちは、ドアの脇で姿勢を崩していた。

 廻田と天堂も一緒になって車内を見守っていた。

 

辰木「EDFの方ですか。まさか……」

 

 辰木はそこで言葉を切り、今なお空中に浮かぶ輸送船団に目を向けた。

 葉山はこくりと頷く。

 

葉山「ええ、あの輸送船団を撃墜します」

 

 辰木は待ってくれと手を伸ばす。

 

辰木「……待ってください。実は、まだ区内に生存者がいる可能性を捨てきれていないのです。地下からの襲撃は切り抜けたものの、あの輸送船団が上空に居座ったおかげで活動を再開できず。指揮支援チームと共にレスキュー隊と確認中ですが、今も瓦礫の下敷きになっている人が、おるやもしれん……少しの間だけ踏みとどまってはいただけませんか……撃墜できる力を持たない我々が口をはさむべきではないと思いますが」

 

辰木(2020年の設立以降、楽観的な上層部に散々な言われようだったSCTだが……フォーリナーが再来した今、警察組織の中で唯一真っ向から対抗できる組織だ……なのだが、奴ら(輸送船団)の前でこうも非力とは……くそっ! 「度を越している」だと!? 上は狷介な連中しかいないのかッ)

 

 腹立たしさを内に収め、ため息をつく。

 

葉山「ごもっともです。……我々にポイントを教えてください」

辰木「はい? 今なんと」

葉山「我々が救助に向かいます。ここからは我々の仕事だ」

 

 突然のことに思わず目をしばたたかせる辰木。しかし葉山の鋭い目つきに気圧され、信用に値する人物だと判断した。

 

辰木「……分かりました」

葉山「ありがとうございます」

 

 礼を述べると無線の相手になにやら報告をしているようだった。

 緊張を解いたようにふうっと息を吐く。

 

葉山「今、桐山司令に繋ぎます」

 

 そういうと指揮車から顔をのぞかせ、「皆、準備だ」部下たちに合図を送る。

 傍らで輸送船団を睨みつけていた、部下の一人が口を開いた。

 

結城「葉山さん。……奴ら、傷を負って間もないながらも、希望を捨てない町の上空で我が物顔とは、癪に障りますね」

 

 ここに来る途中、避難所を通過した結城たち。手を取り合って励まし合う人々の温かみを、車窓に肘を乗せながら眺めていた。

 

葉山「ああ。彼らのような希望を摘み取ろうと徹底的にねじ伏せるつもりのようだ」

 

 葉山が地面に降り立つのと同時に、寄りかかっていた結城は、F-17アサルトライフルのハンドガードを掴み「さて……」と再度話を切り出した。

 

結城「隊長。突如敵輸送船団が移動し、この区域に停止した理由ですが……やはり海岸で戦闘中の部隊を挟み撃ちにするということで間違いないようです」

葉山「うん……そのようだな」

 

 二人の会話に、「そういえば」と里見が割って入る。

 

里見「海岸に展開中と言うと、本部が指揮する部隊でしたか」

結城「ああ。確かストームチームが参加してるはずだ。だが、いくら彼らでも、あの量が押し寄せれば……」

大黒「ストームチームといえば、聞きました? 今回の作戦より本部付になったそうですよ」

結城「ん? ああ、そうらしいな」

 

 高城は手を頭の後ろで組んで指揮車に寄り掛かったまま、「ストームチーム」を反芻する。

 そしてはっと思い出し、会話に参加してきた。

 

高城「そういえば、基地ですれ違った時に水鉄砲みたいな長物担いでましたがなんだったんですかね」

葉山&結城「ん?」「は?」

新庄「水鉄砲? Nerfの弾を兵器に転用するならまだしも、水鉄砲ごとき暴徒鎮圧にも使えんぞ」

結城「いやそこ!? そこじゃないだろ……」

高城「大それたことでも形にするうちの兵器開発部ですよ。侮れませんって。おおかた、開発部のモルモットにでもされてるんでしょうね。あれも新兵器か」

新庄「確かに。んで、件のストームチームは今頃、砂浜で追いかけっこか。ガハハ」

結城「お前ら……無駄話は切り上げて行くぞ」

 

葉山「とりあえず、フェンサーに連絡する。エアレイダーにも、こちらへ向かうよう……おっと」

エアレイダー「必要ありませんよー。既にレーザー誘導装置の整備は万全です」

間宮「葉山ー。過去に消防で研修を受けた事のある部下2名、車に待機させてあるぞ」

 

 手を振りながら、親しい雰囲気の若男とフェンサーのパワーフレームを着込んだ間宮が近づいてくる。

 葉山は避難所を通った際、ポスト1司令部に向けて保険として、要救助者が今だ町に残されている可能性を伝えていた。

 

葉山「良かった。今度、結城のAF-17の整備もお願いできますか?」

結城「ちょ、隊長まで」

葉山「いい加減大雑把な性格は直せ、結城」

 

 天堂は結城の跳ねた髪がしなびたのを見逃さなかった。

 

エアレイダー「訓練生以来なうえ、AFシリーズの新型は自分らにゃ未知の領域ですよ。それで、話はまとまり――」

葉山「ええ。作戦の前段として要救助者の救出へ向かいます。作戦自体に変更はありません」

 

 一瞬でやつれ気味な顔になった結城という隊員に同情する廻田と天堂。

 

葉山「間宮も、すまんな」

間宮「いやいいさ。むしろお前の観察眼、恐れ入る。今度飲み会開けだとさ」

葉山「今度は脱がないようきつく言っといてくれよ」

間宮「善処するよ」

大黒「あ、あれは悪夢だ……」

 

 先輩隊員に揉まれるいつもの光景がフラッシュバックし、大黒は頭を抱える。

 そんな彼らを眺めていると、辰木が指揮車からヌッと顔を出す。

 

辰木「すまんが廻田、天堂。席を外してくれんか」

廻田「はい。さて、戻るか」

天堂「ええ」

 

 廻田はその足で指揮車の横に設けられたコーヒーメーカーに向かう。

 コーヒーを淹れて、先に座っていた天堂の向かいに座った。

 二人の目線の先には、フォーリナーの輸送船団があった。

 

天堂「僕が交番勤務だった時の事……話しましたよね」

 

 紙コップに口をつけながらつぶやく。

 

廻田「ああ」

 

天堂「僕も警察官として、人々の暮らしを守っていきたい……と、漠然と抱いていました。ですがあの時、あの瞬間から、僕にも明確な正義が生まれた」

 

 そして、と天堂が続ける。

 

天堂「廻田さんの下について再確認しました」

廻田「ん、つまり?」

天堂「我々は、正義の味方ってことです」

 

  天堂は頭を掻いた。

 

天堂「いつ起こるともわからない、どこでも起こりうるこの災厄から平和を守る、正義を守る。それを現実にできる仕事だって……」

 

 EDFの隊員達を目で追う天堂をぼんやりと眺めながら、天堂との初対面を思い出す。

 

 初めて向かい合った時の印象は、若すぎると思った。だがそれは見込み違いで、少し前まで交番勤務をしていた新任警官に毛が生えた程度だった彼は構わず持ち場を離れ、効果の薄い拳銃で巨大生物に立ち向かおうとした命知らずで、どんな強大な敵だろうと関係なく戦わんとする信念と誇りを持っている、理想を夢見る若手だった。

 この先、彼は凄惨な現場に身を置いて幾度も感謝を。そして挫折を経験するだろう。投げ出したくなる日も来るかもしれない。

 だが、それまで見守ってやろう。そして、支えてやろう。そう決心した廻田であったが、杞憂だったようだ。

 

廻田「俺は……動けなかったんだぞ。見殺しにしてしまったんだ……だが、おまえなら――」

 

廻田「なれるさ、お前なら。」

天堂「はい! 廻田さんも一緒ですよ!」

 

 そこに足音が近づく。

 

正田「お疲れ様っス。おふたりとも」

天堂「正田さん、お疲れ様です。寅林さんも」

廻田「ああ、お疲れ。援護感謝する」

寅林「おう。いいってことよ。んで、さっきの方々は……」

正田「EDFっスね」

廻田「そうだ。実は……」

 

 廻田の話をお茶菓子に、寅林と正田は、コーヒーを啜りながら輸送船団を眺めていた。

 

正田「そりゃ、思い切ったことで」

寅林「まあ、ここからはEDFさんの仕事だ。俺たちは市民の安全に注力できる」

 

 それぞれ感想を残す。寅林に同意すると、廻田は「さて」と話を切り上げ立ち上がった。

 そして、仕事モードに切り替えて言った。

 

廻田「さて、我々の仕事も残ってるぞ。先行した筒井たちに悪いからな、避難所へ急ごう」

 

 「はい!」「ういっス」「行くか!」三人それぞれのセリフが重なった。

 

 

 

 

【追谷小学校校庭】

 

 追谷小学校の校庭では、数キロ離れた指定避難所に送迎するバスが絶え間なく出入りし、途方に暮れた市民がつかの間の休息を噛みしめていた。筒井たちが歩み寄って笑顔が着々と増えている。

 その中で廻田たちも警護につく最後の便であるバスへ乗り込もうとしていた。

 

 廻田が段差に足をかけた瞬間。バスの中がどよめく。

 彼らの目線の先を見ると、輸送船の下部ハッチが開こうとしていたのだった。

 ハッチが開ききると、わしゃわしゃと動く塊が続々と投下されていった。

 

 同時に、銃声がこだまとなって押し寄せる。

 

 廻田はバスの段差にかけた足を地面に戻し、取ってを掴む手でハンドグリップを固く握り、高まる緊張の中輸送船を眺めていた。不安を口にする子供の手を握り締めて笑いかけていた天堂も、そんな様子の廻田が気になりバスを降りた。筒井たちも駆け寄ってくる。

 すると、ブロロロロと走行音がどこからか近くなってきた。一台のハンヴィーを校門前に乗り付けると、先ほどの大黒、新庄というEDF隊員が重傷者の足となり、結城が軽症者に問答しながら背中を押してこちらに歩む。

 逢坂と守永が重傷者を受け継ぎ、大黒と新庄は向き直って銃を構える。

 頼む、と米田に軽症者を引き渡し、結城も警護に加わった。

 追跡なし! と新庄が叫ぶ。

 

 すぐにバスに乗せ、座席に座るのを確認していると、車から葉山が下りてこちらに駆け寄ってきた。

 

葉山「これで全員だ! あとは頼みます!」

廻田「感謝します。よし、出発だ! 作戦の成功を祈ります」

 

 ええ! と短く返事し、後ろを向く。ふと立ち止まると、無線機を口に近づけた。

 要救助者を無事送り届けた! よろしく頼む!と無線機に向け声を張り上げる。

 了解、レーザー誘導装――と若い男の声が返る。

 言い終えると同時に葉山が空を見上げると、つられて廻田と天堂も目線の先、輸送船を見た。

 

 相変わらず青空にゆらゆらと浮かぶ輸送船団。その呑気も束の間、神々しく光った星屑が一つ。

 垂直に落ち、輸送船に接触した瞬間、青空は爆炎に包まれた。

 よぉし! と結城がガッツポーズする。

 こいつぁすげぇぞ! あの新型貫通弾! 新庄が興奮する。

 市中にゆったりと落下する輸送船。すでに紅い禍々しい光は無く、黒煙をあげていた。

 

 遅れてきた轟音と風圧が砂塵を巻き上げる。手も足も出なかったフォーリナーの輸送船がいとも簡単に撃墜された光景に度肝を抜いていた。

 地上部隊、前進して巨大生物を殲滅せよ! と向こうの指揮官らしき男性の声が響いた。

 

葉山「了解ポスト1。レンジャー1-2、攻撃隊に合流する」

 

葉山「先行した部隊の援護に向かうぞ!」

 

 了解! と結城。

 すぐさま車に乗り込み、輸送船の方向に車を飛ばしていった。

 

 車を目で追い、輸送船にふと目線を移した時、また一隻が流れ星に撃たれ爆発。

 その時、イヤッホオオオオオオオオ!と昂った声が響いた気がして空を仰ぎ見るが、

 廻田が早く乗れ! と一喝し、気のせいかとバスに乗り込んだ。

 

廻田「よし。出してくれ!」

 

 廻田たち警護6、市民を乗せたバスが発進。車窓から、次々と撃墜されていく輸送船団を目撃しながら、ほっと安堵の胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

*1
電磁波人命探査装置。電磁波を利用して土砂、雪崩、崩落した建物内に閉じ込められた人体の動きや呼吸を検知し、対象までの距離をタブレットに表示する人命探査装置のこと。

*2
AF-14アサルトライフルの改良型で、威力を抑えた代わりに連射性能に優れている。精度も犠牲しているが、短時間で多数の弾丸を撃ち込めるため、足止めに有効。さしずめサブマシンガンのような使用感。

*3
スパローショットガンのSCT制式採用型、フルオートマチック・ショットガン。連射性能を抑えることで、アシストスーツの補助が要らないスペックに収まっているが、反動による負荷は相変わらず大きい。しかし、使用者を選ばず、近距離戦闘の優位性を得ることが出来る攻撃力を持つ。

*4
砂津谷市内屈指の観光名所で、帯状に点在する商店街『さっちゃん通り』。スタンプラリー企画を活発的に行っており、それぞれ商店街に並ぶ店にちなんだスタンプが置かれている。コンプリートすると、産地直送ギフトや旅館のチケット等の応募券を受け取ることが出来る。ちなみに現在は、まるで巨大生物の酸を浴びたかのように疲れが溶けだす至極の湯を売りとする『津川浦/しあわせ温泉旅館』のペア宿泊券が当たるキャンペーンを開催中! そこで働く女性従業員3名がアイドル活動を行っていることでも有名。また、彼女たちが出演するタレントゲームとして、アパートを舞台にしたゲームが発売されている。※SANDLOTの別ゲーム、「しあわせ荘の管理人さん」の二次創作ネタです。

*5
車両の進入を禁じた歩行者専用道路


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