地球防衛軍 〜地球の守護戦士達〜   作:きぬたにすけ

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当話は物語の1つの重要なファクターである、彼の人生について迫ります。


26.5話 英雄

 マザーシップ撃墜作戦失敗から一日経ち、正午の外には打って変わって穏やかに雲が流れている。

 連合地球軍津川軍事病院の一室では、張り詰めた空気が満ちており、その室内に居た誰もが彼の言葉を待っていた。

 陽の光を遮らんと窓へ歩いていき、青空を眺める。自身の軌跡を懐旧(かいきゅう)する彼は、一度深呼吸をした後、語り始めた。

「八年前、マザーシップを撃墜したのは、俺だ」

 ストームチームの面々は確信していたが、実際に目の前で出たセリフに息を呑む。田中本部長は廊下側の壁に背を預け、瞑目していた。

「2018年の……1月14日だったか。降雪が予想される曇天の中、俺たち攻撃部隊はマザーシップ撃墜作戦を敢行。……俺はストーム1として作戦に参加し、マザーシップにトドメをさした。そして作戦は人類側が勝利し、この宇宙戦争は幕を閉じた」

隼人「ええ。存じております。そして貴方が、貴方こそが、かの英雄……」

 隼人が口にした"英雄"という単語に不愉快そうな雰囲気を醸し出す後ろ姿。そして彼は問う。

「英雄……か」

「鷲崎、英雄とはどんな存在なんだ?」

隼人「……英雄の定義……ということですか?」

 反問すると、後ろ姿の彼が静かに頷いた。

隼人「……人類を勝利に導いた、伝説の兵士です。人類の、希望で、俺たちの憧れで……」

 何故か言葉に自信が乗らない。目の前の男から出される気迫に気圧され、口に出すのを(はばか)られていたのだ。

 

 そんな隼人に構わず、さらに追い打ちをかける言葉を彼は言い放った。

「英雄というのはな……虚勢だ」

隼人「……」

 そのセリフを反芻(はんすう)するが、まったく真意にたどり着けない。やがてオーバーフローを引き起こし、怪訝(けげん)な表情で固まった間抜けな顔を晒す。

 その表情を一瞬後目(しりめ)に見た彼は、後ろ姿のまま俯き窓枠に手を添える。開かれた窓からは心地よい風が吹いている。若干声が風に掠れるが、彼は気にせず台詞の真意を明かした。

「驚いただろ? しかし、それが真実だ」

「崇高な存在? 憧れの存在? とんでもない。仲間の死をいくつも目の当たりにし、大事な人さえ生贄に捧げ、数多の屍を超えて、そして人々の希望や怨念まがいのものさえも背負わされた。そしてその呪縛は一生、たとえ名前を捨てたとしてもまとわりついてくる。暗に(まみ)れた存在。……それが、君らの思い描いた英雄の正体さ……」

八木「そんな…って、名前を捨てた?」

 今まで沈黙していた八木が、気になるワードを口に出し、話に割って入る。

 話の腰を折られたが、むしろ良い息継ぎになった。

 「窓を閉めていいか?」と目線で問い、窓を閉めると八木たちに向き直った。そして、話を再開する。

「ああ……本当はマザーシップを道連れに死ぬつもりでいた。だが不幸にも生き残り、終戦しても俺の心は空虚なまま。いっそどんな呆気ない最期だとしても死にたかった。しかしそれも叶わない……が、ある日から俺は死んだ。死ぬことに執心していた俺が唯一、死ぬことが出来たんだ。"英雄の噂"によって。そしてこいつを説得して偽装した死亡届に失踪宣告もな」

田中本部長「貴様……あの時引き下がらない輩を納得させるのにどれだけの労力を要したか……」

 憎悪の籠った視線を向ける田中に眉を上げて応え、悪びれもなくあしらう彼に、隼人、八木、早紀、宮藤は苦笑いを浮かべた。

「"英雄の噂"に関しては、勝手に俺を上辺だけの言葉で神棚に上げる噂の範疇を出ることなく、『英雄的な戦死』が必ず締めで付いてくる。人伝が俺を死なせてくれた……しかしな、実際はそれでも虚ろなままだったんだ。そして俺は悟った。隣に居るはずの誰か。人肌が恋しかったのか。見かけ上死んでも会いに行けない、生き返らせることもできない。何をしても満たされない原因はそれだった」

 その言葉の真意に心当たりがあった宮藤は気まずさと同情混じりに俯く。

「俺は見事にその術中にはまった、哀れな男だ。まかり間違っても、憧れなんて抱くんじゃない。君たちにこの十字架を背負うだけの覚悟があるのか? 大事な人はいないのか? いや、その人を犠牲にする覚悟は? その一人の命と大勢の未来ある者たち。どちらを優先する?」

 ストームチームの面々にそれぞれ、思い当たる人物が脳内に現れる。その人物が死に直結する所まで想像しかけ、咄嗟に早紀は拒絶した。

早紀「やめてッ!」

 

「…すまない、俺はなぁ……全てを失ったんだ。しかし、それでも生贄は足りない。戦いが続く限り、俺のもとには無念の心が集い、俺をその復讐に誘う。いくら逃れようとも、運命は俺に付きまとうんだ。俺はいわば死神に弄ばれた"道化"だな……」

 自嘲する彼はそのトーンを徐々に低くし、同情も嘲笑も受け入れるかの如く窓際に置かれたパイプ椅子に腰掛けた。

 凄惨な過去を打ち明けた自身の隊長にかける言葉は決まっている。これから自分は彼の剣や盾となり支える部下として、天涯孤独な彼に新たな影響を与える存在になる。仕える覚悟は出来た。

 

宮藤「ですが……貴方は希望をくれた! その背中を夢見て、追いかけて自分はここ居るんです! 命を賭して奴らの魔の手から人々を守る……その覚悟は、配属される前から持っている……」

隼人「我々も、ストームチームの一員です。こき使って頂いて構わない。どんなことがあっても貴方について行く所存です」

早紀「私も……奴らに復讐する機会を得たばかりか、生かされた意味はここにあると確信しました。私もひと役買わせてもらいます」

八木「自分は……皆さんよりも経験が浅い人間です……ですが力の及ぶ限り、加担させていただきます!」

 四人はそれぞれの言葉でそれを伝えた。

 

 彼は覚悟を灯した四人の目に圧倒された様子だった。一度死んだ彼が再び生を受けたかの如く、心臓が暖かな鼓動を奏でる。

「克人……彼らは勇ましいな。彼らこそ、人類の未来を担う光だ」

田中本部長「ああ……そうだな」

 居心地が悪いのか、田中本部長は壁から背を離し襟を正すと廊下への扉の取っ手に手をかけた。と、同時に台詞を思い出したように振り返ると、その内容をストームチームに告げる。

田中本部長「君達に、休暇をやろう。その間に英気を養え。再び戦場に立つ時は奴に(ほだ)された馬車馬の如く戦って貰おうじゃないか」

 高圧的な台詞に顔をしかめる一同であった。




もう少し後に持って行っても良かったのですが、明かすならここが頃合いだと思いました。(単純に『彼が誰なのか不明状態』をこれ以上引きずるのもどうかと考えると、悩みどころだったので、今回の判断に至りました……とさ。)

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