灯りの無く、遮光カーテンに包まれた暗い部屋。関東方面基地『ベース1』内にある会議室では、田中 克人本部長が会議室正面のホワイトスクリーンに会議机を介して向いていた。
田中はプロジェクター上部に増設されたタブレットに手を伸ばす。そこには『2017 ~ 2018』というタイトルや『2024 大地震』などのタブ。EDFが残した活動の映像記録が眠っていた。
それぞれのタブを開くと、動画ファイルが表示される。後者のサムネイルには瓦礫を持ち上げるフェンサーの姿が写されていた。
田中はその中から『2017 ~ 2018』をタップした。さらに画面右上に検索欄が表示され、その為のキーボードが現れる。『四足歩行要塞』と打ち込み、『検索』をタップすると、素早く検索結果が表示され、レスポンスによる機械音と共に
“EDF JAPANレジストリ ニ ヨンケン デス”
とアナウンスされる。
田中は表示された4件の中から一番上、『要塞』をタップする。
10秒ほどのロードを経て、ホワイトスクリーンに若干画質の荒い映像が流れ始めた。
雑音混じりで聞き間違えてしまいそうな音質の中、画面外から人の声が入る。
【要塞】
映像は多少の横揺れはあるものの、垂直に動く。ドローンカメラの映像のようだった。
「信じられない大きさだ...」
誰かがそう呟く。
夕焼けの海岸に佇むは先の作戦で撃破に成功した四足歩行要塞。それがカメラには収められていた。EDFと四足歩行要塞、8年前の初遭遇時の映像である。
それからまもなく、四足歩行要塞は歩き始め、レーザー砲台が眼球のように動く。そこから発射されるレーザーはEDFの隊員達を次々と穿っていった。
次々と倒れゆく隊員達。怒号と悲鳴が飛び交う映像を前に、田中は握りこぶしを作り力を込めていた。
映像が終わり暗転、先程の選択画面に戻る。
次にひとつ下の『侵攻阻止作戦』をタップした。
【侵攻阻止作戦】
「隊長に続け!」
「うおおおおお!」
今度は住宅地の屋根に乗っているのか、隊員達を見おろす映像だった。
部隊の隊長らしき赤いヘルメットの男性がインカムを押さえつけて喋り出す。カメラには肉声で記録されていた。
「こちらストーム3、敵が大きすぎる。我々だけで食い止めるのは無理だ。」
と、目の前の『何か』を指して言う。カメラの向きが変わり横をうつすと、四足歩行要塞がストーム3の元に直進していた。
「了解!」
「何だって?」
「レンジャーチームが数チーム向かっているらしい!それまで持ちこたえるぞ!」
「歩兵部隊がいくら集まったって破壊できるものか!」
「戦略兵器でもなきゃやつは...!」
「いや、俺に考えがある!やつの腹部のハッチが開いたのを見たと聞いた。」
隊長はそう言うと、そばに控える黒いヘルメットの隊員に目を向ける。
「やつの下に潜り込むことが出来れば!」
「輸送船と同じ要領で破壊が可能だと?」
「ああ」
「隊長!あれを!」
隊員が指さす方向では、四足歩行要塞のハッチが開き、ヘクトルが投下されていた。
「くそっ!一筋縄にはいかないかっ!まずはやつの投下する敵の掃除だ!」
「撃ってきまぁす!」
ストーム3に向いていた巨大な銃口から、直に見ることが出来ないほどにけたたましく光る光弾が発射され、流れ弾が住宅に着弾。家屋の倒壊にドローンは巻き込まれていき、映像はそこで途絶えた。
しばらくして映像が切り替わる。画面右下には、『cam-02』と記載されていた。
切り替わった映像には、どんな風景だったのかも判別出来ない焼け野原と、砕かれたコンクリート。そして、真っ赤な血が赤を基調とした戦闘服を重ね塗りする。息絶えているEDFの隊員で埋め尽くされていた。
田中はさらに次の映像ファイルを再生した。
動悸が激しくなるが、表情にはまだ平静さが感じられていた。
【要塞急襲作戦】
次の映像は、遠巻きに隊員達の会話が聞こえる。
「まだ撃つな。指示を待て!」
「補給中ってことは、つまり格好の的ってわけだ!」
隊員達の向かう先には四足歩行要塞がいる。足を止めて動力を落としているようだった。
「空軍の力があれば...」
「飛べるのはほんの数機らしい。仕留めきれないだろうな。もし攻撃が叶っても損傷を与えられるのか...」
「空軍が出来ないのなら俺達がやるまでだ!さあ、集中するぞ!」
今回の映像は様々な角度に揺れていた。おそらく人の手で撮影されたものなのだろう。その裏付けに、画面右下には「scout_4 Cam」と表示されている。偵察部隊『スカウト4』が撮影したものだった。
「四足、未だ沈黙...」
遠巻きではなくはっきりと肉声が聞こえる。
「こちらスカウト4。四足歩行要塞は敵に守られています。すごい数です。」
おそらくカメラの持ち主の報告が音声にのる。
それからしばらくして、歩兵部隊が善戦をしていた頃。
突然四足歩行要塞に赤い光が灯り、歩き始めた。
「まずい...まずいぞ!本部!応答願います!こちらスカウト4。四足が動き始めました!」
映像の下に再生時間を表すバーが表示される。残り数秒のその映像には、四足歩行要塞が再び動き出し、歩兵部隊に猛威を振るう姿が映されており、映像はそこで幕を閉じた。
田中は持ってきていたコーヒーを一飲み干し心を落ち着かせる。1回の深呼吸のあと、最後の動画ファイルをタップした。
【要塞攻略作戦】
今度はドローンカメラの映像だ。EDFの隊員達を見上げるように撮影している。
「いいかぁ!この作戦で片をつける。行くぞ!」
「「Yes sir!」」
「こちらレンジャー8-1!四足に接近中!」
様々な方向から音声が聞こえる。ドローンは、現場の隊員達の心情をはっきりと記録していた。
「巨大生物だ!四足から巨大生物が!」
「こちらレンジャー4-2。デカブツの足下へ到着!」
今度は『レンジャー4-2』のカメラへとチェンジした。
四足歩行要塞の腹部が映し出される。ふと、ガトリング砲のような見た目の砲台が回転を始めた。それを発見し隊員達がザワつく。
「おい!あれを!砲台が動き出した!?」
「ぐああああああああ」
「ぎゃあ!」
「痛ってえぇ!」
カメラを装着していた隊員がやられたのか、画面がぐるりと回転し、鈍い音と共に地面に激突した。だがカメラは回ったままだ。
起動した砲台の攻撃になす術なく焼き殺される隊員達。死を免れた者も、灼熱の痛みに悶えている。
「上から銃撃の雨だ!」
それを見かねた遠巻きの隊員が、
「本部!応答願います!敵の下部砲台から激しい銃撃!足下に展開するのは危険です!」
声色から恐れと焦りが彼を満たしているのが分かる。
カメラの近くに居る四足歩行要塞からの砲撃を免れた突撃隊の隊員は、
「この作戦は失敗だ!」
と嘆き、絶叫を全開無線で響かせる。四足の追撃を受けたのだ。
カメラにも、その隊員の隠れ場所へ砲撃が集中する映像が記録されていた。
そして次にドローンカメラも標的となり、空中に飛んでいるドローンを四足歩行要塞は狙い撃ちし、カメラ中央がピカっと光ったかと思うと映像が暗転。音声も途切れた。
再度、ドローンカメラの映像に切り替わったとき、戦場では熾烈な戦いが続いていた。
遠巻きに、隊員達の声が聞こえる。
「こちらレンジャー4-1!現地に到着しました。戦闘を開始します!」
「本部!本部!現地に到着した!仲間の援護に向かう!」
「本部!応答願います。こちらレンジャー1-2。現地に到着しました。戦闘中のストームチームを援護します!」
多すぎる程の援軍に士気が微小上がるも、一時のことであった。
次々と援軍も部隊も散らされていく。
「レンジャー4-1は壊滅状態だ!」
「葉山!何人動ける!」
「3人だ!くそ!部下を先に逝かせてしまうとは...」
レンジャー1-2の隊長で葉山と呼ばれた男は膝をつきアスファルトを拳で叩く。
その模様もドローンカメラは捉えていた。
「おい!?四足歩行要塞から黒煙が上がってるぞ!」
「誰かが戦闘を継続していまぁす!」
「ストームチーム!ストームチームだ!」
「おい!ストームチームが見当たらない!」
「ストームチームは単独でデカブツに突撃を敢行している!俺達も行くぞ!少しでもいい!四足に集中できるよう、ストームチームを援護するんだ!」
「「了解!」」
「「進めーーっ!」」
それからは火事場の馬鹿力という言葉の通り、投下される飛行ドローンを殲滅し隙の出来た四足歩行要塞にストームチームが攻撃を加える。被弾時に四足歩行要塞から発せられる咆哮が、さらに隊員達を激昴させる。
そして遂に、四足歩行要塞は爆炎に包まれた。
力なく倒れる。
「いやったぁー!四足が倒れるぞ!」
生き残った若い隊員が叫ぶ。だがそれは歓喜の声だ。
「イヤッホー!」
「EDF!」
「EDFの力を見たかぁ!」
カメラには四足歩行要塞が黒煙を上げながら倒れている姿と、勝利の歓声を上げるEDFの勇士達の姿が映されているのだった。
これが、8年前EDFが体験した、戦闘の軌跡である。