ある夜…
アテナが夕食を済ませて部屋に戻ると、ダマラが口を開いた。
「明日は朝早いですからね、今日は早く寝てくださいね」
「3歳のお祝いの”儀式”をする日だよね!」
「お祝いだけではありません。健康に育つように、祈る儀式でもあります。これが明日の儀式で身につける衣装です」
その衣装はパーティーなどで着るような華やかなものとは違う、落ち着いた色の薄手のローブだった。
「今日も練習しましたけど、お父様と手を繋いで神前に立つ事になります」
まるでヴァージンロードだな、と思った事は秘密だ。
3歳のお祝いと健康を祈る…なんて、七五三みたいだな、と思いながら一息ついた。
そして寝支度を整えると、ベッドに潜り込んだ。
「おやすみなさーい」
「はい、アテナさま、おやすみなさい」
次の朝は本当に早かった。
アテナは、朝から風呂で頭の先から足の先まで磨き上げられ、儀式用のローブを着せられた。
大神殿までの道のりは、野次馬の民でいっぱいだった。
皆、めったに見られない幼い姫君をひと目見ようと朝早くから集まっていたのだった。
「姫君は落ち着いているなぁ」
「うちの子も3歳だけど、こんな”儀式”なんてとても出来るような子じゃないわ」
「やっぱり姫君というのは特別なんだな」
噂する声が聞こえてくる。
アテナの場合は姫君だからとか言うのとは違うのだが、そんな事を話せるような相手はいない。
両親もダマラも兵士たちも優しいが、アテナは…前世の事をぶちまけられない以上、自分は孤独なのだ、と思った。
だから、他の皆とは違うことを祈ろうと、気持ちを新たにした。
この孤独な気持ちを抱えながら、強く生きていけますように…
「大丈夫だよ…」
不意に紘一郎の声が聞こえた気がした。
驚いて、ついキョロキョロしてしまった。
「アテナ」
父の声がして現実に引き戻される。
「どうした?心配ないぞ。父さんがついている」
そういって父は豪快にニカッと笑った。
気を取り直して大神殿を進むと、神官が祈りの言葉を読み上げた。
そしてひざまずいた私に聖水を振りまく。
アテナは祈る。
”主よあわれみ給え”
すると、床に光の魔法陣が現れた。
少々驚いたが、その光はとても気持ちの良いものだった。
とてもあたたかく、心が安らぐのがわかった。
そして、どこからともなく声が聞こえてきた。
「私の名はルビス…。あなたが生まれた時に加護を与えた者です…。賢者とバトルマスターの素質、強靭な肉体、強い光の闘気と膨大な魔法力をあなたに授けました…それらの力は…いずれ起こる大きな闘いの役に立つでしょう…自らの力を鍛え…蓄えて下さい…神のご加護が…あなたに与えられんことを祈ります…強く生きて下さい…」
光がスーッと引いていった。
「何だ、今の光は?」
父が動揺した声を上げる。
「賢者の洗礼は7歳の儀式の時に行うものの筈だ。神官、どうなっているのか説明してくれ」
神官も動揺していた。
「わ、私にもサッパリ…。今回は魔法陣を用意していませんでしたので…」
「な、なんだと?」
「それよりも、儀式は終わったのですからお城にお戻り下さい」
神官に言われて一瞬凍りついた父であったが、落ち着きを取り戻し、神殿を後にした。
(あれは儀式とは関係ない光だったのか…
それにしても、ルビスか…
精霊ルビスはダイの大冒険には出てこなかったけど…
ん…でも精霊は出てきたか。
確かヴェルザーを封印するのに精霊が手を貸すはず…
賢者とバトルマスターの素質って…どういうことだろう?)
アテナが考え込んでいるうちに城に着いた。
「アテナ、大神殿でお前のまわりがピカーッと光っただろう、何があった?」
父母に詰め寄られるアテナ。
別の席で見ていた祖父母も駆け込んできた。
「光った時、何かあった?」
「えーと…」
あまりの剣幕に萎縮する。
「なんか声聞こえた…女の人の声みたいだった…なんか難しい事言っていなくなっちゃった…。なんだったのかなぁ?」
それを聞いて皆、顔を合わせる。
「女性の声か…」
「何て言っていたのか、言える?」
大人たちはまた詰め寄る。しかし現状、アテナはあの言葉の意味が今一歩理解出来ていない。それに、全てぶちまけてしまったら、迫害されかねない。そんな恐怖から、話すことは出来なかった。
だから、「わからない」という他なかった。
ひとしきり議論した後、3歳のお祝いにと父が部屋において行ったのは、山のような数の絵本だった。
「ダマラに読んでもらいなさい」
そう言うと父母も祖父母も自室に戻っていった。
その日はつい色々考えて、アテナはボーッとしていた。普段なら自分でやる事も、全てダマラ任せだった。
誕生日祝いのパーティーも開かれたが、心ここに有らず…だった。
「強く生きて下さい…」
その言葉が、こだまするように心に響いていた。
その日から、今まで成長の努力を妨げていた力が消えたように、アテナは急に体が軽くなり、遠目が聞き、耳も良くなった。アテナはかなりおてんばになった。
登れるところはどこでも登る。走るのも速くなり、4歳になる頃には、ダマラ一人では面倒見切れない程であった。
そこで城仕えであった兵士も一人、警護役を兼ねて世話役に任命された。
「新たに世話役に任命されました、バダックでございます。」
「バダック、よろしくね」
しっかりと手を握り、笑顔で互いを見つめ合った。
そして、その日から、バダックがアテナの遊び相手を務める事となった。
が…。バダックは小さな姫の遊び相手に四苦八苦していた。
なぜならその姫は…目を盗んでは脱走して木登りなどをしていたからである。
「姫〜!下りてきてくだされ〜」
「バダックも登っておいでよ〜」
バダックの心労をよそに、アテナは生きることを楽しむようになっていた。