その日は家族がそろっていた。
王も王妃も王子もその妃も、食事以外では滅多に集まりに参加しなくなった王太后(曾祖母)と、アテナの世話役に任命された女官も。
パーティーこそ開かないものの、ご馳走が用意され、1歳になったばかりの私は動きやすいミニドレスを着せられた。
生まれた時からはめている(抜けない)左手薬指の指輪は、指に食い込んで来る事がない。私の成長に合わせて大きくなっていっているようだった。
その事には、両親も祖父母も気付いていたようで、食事中にも話題にのぼっていた。
アテナは、食事を終えるとその日与えられた積み木に夢中になっていた。
千夏と一緒に積み木遊びをするのは好きだった。だから、つい興奮して、手指を動かす事に没頭していた。
積み木を高く積み上げる。
最初は座って積んでいたのだが、次の積み木を積むには自分の高さが足りなくなった。
もっと高く積みたかったアテナは、1歳になったし、そろそろ立てないかな…と考えた。
近くにある台に掴まって立ち上がる。そして、手を離してみる。
立てることは立てる。
だが、足がプルプルして立っているのがやっとだった。
思い切って、恐る恐る1歩踏み出してみる。
1歩は出たが、それはよちよち歩きですらなく、転んでしまった。
そして、積み上げた積み木を倒してしまった。
(思ったより…痛い)
アテナと積み木が倒れる音に、すっかり盛り上がっていた大人たちが振り向いた。
「何があったか誰か見てたか?」
「俺は見てなかった」
結局誰も見ていなかったという結論に至った。
アテナは、前世の記憶や知識を思えば、努力によってもっと色々出来るんじゃないか、なんて事も考えていたが、何かに遮られているかのように、上手くいかなかった。
まぁ、”前世の記憶”やら”遮二無二努力する赤ん坊の姿”など持ち出したら、どんな奇しい目で見られるか判ったものではない。急成長は諦めるしかなかった。
それでも、喋れないだけで疎外感が否めなかったので、寂しい気持ちにもなっていた。
ただ、生まれ変わってから、鬱病の症状と思われるような事象はなかった。
やはり脳の病気なのだ、と妙に納得していた。
アテナは起き上がり、「あー、あー」などと言いながら家族を呼ぶ。
すると母に抱きかかえられた。
「泣かなかったわね、偉い偉い」
ニッコリ笑顔に、ニッコリ笑顔で答える。
そして、一緒に遊んでくれとばかりに、積み木に手を伸ばしながら声を出す。
母は、ニコニコしながら降ろしてくれた。
そして一緒に積み木を積み始める。
それを家族は微笑ましく見つめる。
高くなってきたら、やはりもっと積みたくなる…。
台のある所まで這って行く。そしてつかまり立ち。手を離す。
そこで、暫くバランスを取ってみる事にしようと考えた。
そして手を離した途端…
「アテナ、すごいじゃないか!」
父が、勢い良く抱き上げた。
あまりにブンブン振り回されて、揺さぶりっこ症候群にでもなりそうな勢いだった。
思わず叫んだ。
「イヤーーーーーーーーーッ!!!」
誰もがその動きを止めた。
そして、次の瞬間、歓喜の声が上がった。
「アテナが喋った!」
そこにいる全ての大人が喜びの声を上げ、父の手は更に速度を増す。
(マズイ!非常にマズイ!揺さぶられすぎてどうにかなりそうだ!)
「イヤ!イヤ!イヤ!イヤ!」
力の限り叫んだ。
母がハッとしてとっさに叫ぶ。
「あなた!アテナを降ろして!」
悲鳴にも似たその声に、父の手が止まり、そして降ろされた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
あまりの事に息が切れ、呼吸が整うまでに時間がかかった。
「ロイ!子供を強く揺さぶるなんて、いけません!」
「面目ない」
王妃…祖母の厳しい声が父を諌め、父は素直に謝る。
素直で真っ直ぐなのは良いことなのだけれど…この父は豪快過ぎるのが玉にキズ。
結局、母に抱きかかえられたアテナは体を預けて目眩が治まるのを待つしかなく、それを見た祖母の判断で、祝の席はここでお開きとなった。
この祝いの席の終了とともに、母は公務に戻る事になった。
かわって、女官のダマラがアテナの世話役を正式に任命された。
ダマラはきちんと世話をし、遊びにもとことん付き合ってくれたが、アテナには目立って早い成長もなく、日々が過ぎていった。