マトリフの洞窟を去ったアテナは、ネイル村に向かっていた。
パプニカの城下町で土産物を色々買った後、まずはルーラでロモスまで飛んだ。
魔の森の道はわからないので、トベルーラで南へ向かった。
森のすぐ側に村が1つあったので、降り立ってみた。
すると、十代半ばかと思われる、1人の少年に声をかけられた。
「なんだお前ら、空なんて飛んで来やがって。…一応人間みたいだな」
少年は少々怯えているようだった。
「…レイラという人を探しているのだけど」
アテナがそう言うと、少年は驚いたように言った。
「まさか、殺しに来たんじゃないだろうな?」
「女2人しか居ないのに、そんなわけないでしょ!お子さんが生まれると聞いているから、お祝いを持ってきたの!」
「証拠あるのかよ!?」
少年とアテナの声は、小さな村に響き渡っていた。
ロカがすっ飛んできた。
「アテナ!アテナじゃないか!」
「ロカ!お土産持ってきたよ!」
「そうか、どれどれ…なんだ、赤ん坊の服まで入ってるじゃねえか、ありがてぇ」
盛り上がるロカとアテナを見て、少年が声を荒げてロカに問う。
「戦士さま、知り合いかよ?」
「まあな」
ロカはニカッと笑って答える。
「アテナ、女官連れてどうしたよ?まあ良いや、レイラにも会っていくだろう?」
「もちろん!」
「こっちだ。荷物、持つよ」
「ありがとう」
案内された先には、真新しい家があった。
「レイラ、アテナが来てくれたぜ」
「アテナ?まぁまぁ、いらっしゃい。今回はお供の方もご一緒ね。よく来てくれたわね。ゆっくりしていってちょうだいな」
随分お腹の大きくなったレイラが、笑顔で出迎えてくれた。
「おなか、大きくなったねぇ」
「そうなのよ。けっこうよく動くわよ。触ってみる?」
「いいの?触ってみたい!」
お言葉に甘えて触ってみる。
うにっ、ポコッと動くのがわかる。
「赤ちゃんも元気そうだね!」
ロカもレイラも、そしてお腹の赤ん坊も元気そうなのをみて、アテナは一安心する。
ダイニングに案内され、お茶とお菓子を振る舞われる。
「そうそうレイラ、アテナが土産を持ってきてくれたぜ」
「お土産?アテナ、ありがとう。開けてみて良い?」
アテナが頷くと、レイラは土産を見て大喜びしていた。
「あら、音が鳴るおもちゃに、服まで!それに、日持ちしそうな食べ物も入ってるわ!」
「しばらく困らないぜ。どうやって調達したんだよ?」
「ああ、ある程度の資金は父から貰ってるから…」
ロカとレイラは顔を見合わせる。
「それ、パプニカ王家の資金じゃねえか!使っちまって大丈夫なのかよ?」
「そうよ、私たちへの差し入れなんかに使っちゃって大丈夫?」
夫婦揃って慌てふためいている様子は滑稽である。(失礼)
「大丈夫、その資金は私の生活費から工面してるから。資金は持たせるから、ちょっと外遊して来いって、父のお達しなの」
マトリフに話したのと同じ説明をここでもした。
レイラは驚いたような顔をしつつも、良ければしばらくここにいても良いとまで言ってくれた。
お言葉に甘えて、しばらく身を寄せる事にした。
その代わり、薪割りから料理、掃除まで、出来ることは何でも手伝った。
進んで手伝うアテナを放って置くわけにも行かないダマラも、家の中の事を中心に手伝った。
そうして2ヶ月程経ったある日の午後、レイラが突然座り込んだ。
「お腹…痛い」
「なに?」
「午前中から、時々痛いような気はしてたんだけど…もう痛くて立てないわ」
「なっ!?なんで早く言わねぇんだよ!?っ…シスター呼んでくる!」
ロカが慌ててシスターを呼びに行く。
アテナはレイラをベッドに寝かせる。ダマラは大きな鍋でお湯を沸かし始める。
「レイラ、大丈夫、ロカがシスター呼んで、すぐ帰ってくるから!」
冷たいタオルでレイラの額を拭っていると、ロカがシスターを連れて駆け込んできた。
「シスター、妻を、おねがいします!」
「わかりました。男性は部屋から出ていて下さい。ダマラさん、でしたわね、お湯を沸かしていただけますか?」
「そろそろ沸きますよ」
「ありがとうございます。では、アテナさんは、こちらに来て、レイラさんの腰をマッサージしてあげて下さい」
「わかりました」
出産の準備は急ピッチで進む。
そして、その夜…
「ふぎゃー」
元気な女の子が産まれた。
アテナはそっと抱き、ダマラに手伝われながら、産湯につけて服を着せる。
その間に、レイラとシスターは後産を進める。
落ち着いた頃、ロカが部屋に入って来た。
「あなた…女の子よ…」
「かわいいなぁ」
親子3人のふれあいの時間をたっぷり設けた後、アテナは声をかけた。
「食事、出来ているから、持ってくるね。食べて、ゆっくり休んでね。」
「アテナ、本当にありがとな」
「アテナたちも一緒に食べましょうよ」
「え〜?水入らずなのに悪いじゃん。今日はシスターの所に泊まるから。朝になったら来るから、洗い物は台所に置いておいてね」
そう言って、アテナは食事を持ってくると、あっという間に支度をして、ダマラを連れて出て行った。
「ありがとう、アテナ…」
シスターの家に行くと、シスターが迎えてくれた。
「あら、いらっしゃい。今日はお疲れさま。助かりましたよ」
「食事は取ってきました。今夜はそちらに泊めて頂けませんか?親子水入らずの所に居座るのも申し訳ないので…」
「どうぞ」
シスターは、清潔なベッドを用意してくれた。
しばらく同じベッドで眠っていたので、久しぶりの違うベッドは何となく落ち着かなかったが、それでも赤ん坊が無事に生まれた事の喜びで、心はあたたかかった。
翌日は村中がお祭り騒ぎだった。
生まれた女の子は”マァム”と名付けられた。
村の女達が代わる代わるマァムの世話をし、料理を運び、男たちは酒を飲んで盛り上がった。
「目元が僧侶さまそっくりだ」
「こりゃあ美人に育つわい」
お祭り騒ぎを嗅ぎつけたらしく、ブロキーナまで酒を飲みにやって来ていた。
「マァムとは良い名前じゃの」
「ブロキーナ!」
「老師さま!」
ブロキーナ老師の登場で、その場はさらに盛り上がった。
調子に乗ってアテナがマトリフを連れてきたことで、特に男たちと年寄りが大盛り上がりを見せた。
料理が無くなった頃、盛り上がっていた男たちはすっかり酔いつぶれていて、引きずられるように各々の家へ帰っていった。
祝宴が終わると、マトリフはさっさと帰って行ったが、ブロキーナはマァムをかわいがってしばらく居座ったので、アテナは暇を見つけては半ば強引に 稽古をつけてもらった。
レイラの出産から2か月経った頃、アテナは再び旅立つ事に決めた。
産後の肥立ちも良く、床上げの時期を過ぎ、ブロキーナによる特訓も成果を得たので、そろそろ大丈夫だと判断した。
ロカとレイラからは嫌と言うほどお礼を述べられ、村中の人々からは作物を無理矢理たんまり持たされた。
その足でパプニカ城に帰る事にした。