まず探しだして会いに行ったのは、マトリフのところであった。
決戦の結果がどうなったのか、ロカとレイラはどこでどうしているか、それを確かめるにはマトリフに会うのが手っ取り早かった。
だが、マトリフの居場所はなかなか分からなかった。
町や村を視察しつつ、あちこちを訪ねまわって情報を集め、4ヶ月かかってようやく突き止めた居場所はバルジ島の近くにある洞窟だった。
「マトリフ、見つけた」
「よお、アテナじゃねえか。っと、なんだ、コブ付きか?どうせ親父さんにどやされたんだろ?全くお転婆な姫さんだぜ」
そう言ったマトリフが広げていたのは、沢山の魔道書だった。
「アバンがどうなったか知っている?」
アテナの問に、マトリフは疲れたようなため息を吐いてから答えた。
「アバンの奴、ハドラーと一緒に凍っちまった。あの封印されたハドラーの方だけでも吹き飛ばせる方法がねぇか、考えてるんだが…そう簡単にはな…」
「そう…」
しばしの沈黙があった後、もうひとつ聞きたい事を率直に聞いた。
「ロカとレイラがどこにいるか、知っている?ブロキーナはどこに行ったの?」
マトリフは、今度は手を休めてアテナの方に向き直って言った。
「ブロキーナはロモスの山奥に帰っていった。ロカとレイラは…ロモスの南にある、ネイル村って村に住んでる。まだ赤ん坊は産まれてないみたいだぜ」
「そう…」
「まあ、ブロキーナはあんまり人に会いたくねぇみたいだから、放っとくのが一番だと思うが…。もし行けるんなら、ロカとレイラには会いに行ってやれ」
「行けるよ。しばらく外遊しろって、父のお達しだしね」
マトリフが驚いた顔をする。
「へぇ?こんな小せえガキが女官1人だけ供に連れて外遊ねぇ」
「…」
”ガキ”と言われて良い気分はしないが、マトリフからすれば10歳にも満たない子供は”ガキ”であろう事位は重々承知している。なので、敢えて反論はしない。
ダマラはムッとした顔をしたが、アテナが何も言わないので敢えて口には出さなかった。
市井に混じって生活する事で学ばせる道を、父王が選んだ事、多少の資金は持たされた事。
だから、とりあえず縁のある人物を訪ねてまわろうと思っている事。
一通り話すと、マトリフはまた、大きなため息を吐いた。
「そうか、王族ってのも苦労すんだな」
「それはしょうがないよ。国背負ってんだから…」
そこまで言って、アテナの目から大粒の涙がこぼれた。
今になって、祖父を亡くした悲しみ、大切な者を守れなかった、という罪の意識に潰されそうになる胸の内に気付いてしまったのだ。
「あ、アテナさま?どうされたのですか?」
オロオロしながらアテナを抱きしめるダマラ。それを一瞥して、マトリフが言った。
「泣きたいだけ泣け。おめぇはまだ子供だ。泣きたい時は泣いとかねぇと、先に進めねぇぞ」
その言葉に感極まって、アテナはしばらく泣いた。
マトリフは、特にうるさいと嘆くわけでもなく、広げた魔道書に目を通しながら、泣き止むまで待ってくれていた。
泣き止んだアテナに、マトリフは、コップに入った水とともに、魔導書を1冊差し出した。
「まあ、水飲んで落ち着け。気を逸らす事も大事だぜ。気になる呪文があれば、契約していけ」
そう言って、また広げた魔道書を睨んだ。
「ありがとう」
アテナは、マトリフの言葉に甘える事にした。
ピオラ、ピオリム、ボミエ、ボミオス、マヌーサ、メダパニ、モシャス
7つの呪文を契約して、一休みしたあとで、マトリフの所に戻った。
「お昼ごはん、どうするの?」
「昼飯?ああ、そんな時間か。材料は適当に用意してあるんだが…作るの面倒くせぇなぁ…」
「何でも良ければ作ろうか?」
「おめぇ、姫さんのくせに料理作れんのかよ?」
「作れるよ?城で作った事はないけど」
「なんだよそれ、怖え事言いやがる。…しょうがねえ、作ってみろ」
「よしきた」
その会話を聞いて、ダマラが慌てる。
「アテナさま、お料理なんて、私がやりますよ!?」
「良いの良いの、腕がなるわ」
ダマラの困惑をよそに、アテナは材料を適当に見繕って、パンを焼き、魚(鮎?)の塩焼きと野菜のスープ、デザートにプリンを作った。
「へぇ〜、旨そうじゃねえか」
そう言って、マトリフは料理を平らげた。ダマラも感嘆していた。
アテナはと言えば、料理の腕を振るったのは前世以来なので、腕が落ちているかも知れないという事が気になったが、まあ食べられない味ではなかった。
「旨かったぞ。片付けも頼むな」
そう言ってマトリフは、今度は魔導書を持って外に出て行った。
アテナはささっと片付けて、マトリフの様子を見に行った。
そこには、大きな地面の凹みが出来上がっていた。
「なんか出来たの?」
「ああ、これは大地の精霊に力を借りる呪文で、敵を地面に潰すんだ。その名もベタンと言う。おめぇもやってみるか?」
「いいの?」
「ああ、いいぜ。だが、結構魔法力使うから、乱発は考えない方がいいぜ」
「ありがとう。どうすればいい?」
「とりあえず、魔法陣の上に立ってみろ」
マトリフに促されて魔法陣の上に立つ。
「これを覚えてそのまま唱えろ」
1枚の紙を手渡される。充分に読んだ後、深呼吸して心落ち着かせ、唱えた。
「大地に眠る力強き精霊たちよ…我に力を与え給え…ベタン!」
魔法陣がカーッと光り、契約は完了する。
マトリフの許しを得て、その場で唱えてみる。
「ベタン!」
見事に大地は凹んだ。
「おめぇ、やっぱりセンスあるな。また呪文の契約や特訓したくなったら来て良いぜ」
「ありがとう、マトリフ」
その晩はマトリフとともに明かした。
内心、マトリフを胡散臭いと思ったダマラは、眠れぬ夜を過ごした。