「魔王が指定して来た明日の夜は、数百年に一度と言われる皆既月食が見られるんですよ」
心踊りそうな内容だが、アバンは深刻な顔で言った。
「それをゆっくり見れないから深刻な顔してんのか?」
ロカが問う。
「いいえ、その数百年に一度の皆既月食を利用して魔王を”封印”しようという作戦です。”凍れる時間の秘法”という呪法です」
「凍れる時間の秘法?」
なおもアバンは続ける。
「時が凍る…すなわち、相手の時間そのものを停止させ、永続的に動けなくしてしまう呪法です。
凍らされた相手はアストロンをかけられた時のように身動きが取れなくなり、いかなる衝撃も受けつけなくなります。
アストロンと違うのは、相手の生命活動そのものを停止してしまう点です」
淡々と説明するアバンに、レイラが問う。
「その呪法で魔王を倒そうというのですか?」
「倒すと言っても殺すことは出来ません。それでも魔王は封じ込められるのですから、地上の平和は戻ります」
ここで、アテナはつい聞いてしまった。
「アバンも凍る…なんて事はないよね?」
全員がハッとなる。
「それは自信がありませんね」
アバンはきっぱりと答える。そして続ける。
「そこでなんですが、ロカ、レイラ、あなた方は連れていけません。このパーティは一時解散です」
「なんだとぉ?」
怒りだしたのはロカだった。
「気合入れてるところに何言い出しやがる!!1人だけカッコ付ける気か!?」
「まぁまぁ、平和を勝ち取っても、それを味わう者がいなければ意味がありません。」
「何言ってんだよ!!今まで通りおれたち全員で力を合わせて戦えば良いじゃねえか!!何言ってやがる!!」
胸ぐらを掴みかかられたアバンが呆れたような顔をしながら冷静に言い放つ。
「それが出来ないんですよ…ロカ」
「だから、なんでだよ!?」
ロカはなおも掴みかかる。
「自分の愛する女性の事くらい気付いてあげなくてはいけませんよ」
そう言われてロカとレイラは顔を見合わせ、ロカは急に慌てる。レイラは顔が真っ赤だ。
「しっ知ってたのか、おれたちの事…」
急に指先をこねくり回し始めるロカ。相当パニクっているようだ。
「違うんだっ!こんなやつ、本気で好きになったわけじゃ…」
「”こんな”?」
「ああ!!」
言ってしまった言葉の意味にハッとして、ロカは更に慌てる。
「いや、いや!そうじゃなくて…」
「ふうん、じゃあ遊びだったんですか?」
アバンが呆れた顔でつっこむ。
「そっ、それはだなぁ…」
ロカはなおも言い訳を繰り返す。
そこにアバンがピシャリとクギをさす。
「いけませんねえ。責任取らなきゃ。…パパになるんだし」
「え?えっえっ?」
更にパニックになるロカ。
「まあ、しばらくパニックしていて下さい。もうひとつ話があります。」
アバンはアテナに向き直る。
「アテナ、あなたもお城に戻ったほうが良いんじゃないですか?」
アバンの言葉にロカが振り返る。
「城?どこの城だ?」
「ロカ、彼女にどこで会ったか、まだ思い出せないんですか?パプニカ城ですよ。彼女はお姫様なんですから」
「あーーーっっ!そうだ、パプニカの姫さま…。髪が短くなってたんで気付かなかった…」
ロカは、顔が蒼白になっていった。
そして、まったく普通の子供の扱いを受けていたアテナは驚いて言う。
「え?…いつから気付いてたの?」
「最初からですよ。あなたの剣に刻まれている刻印をレイラが見たんです。私も確認しました」
「…み〜た〜な〜?」
アテナが睨んで見せるとアバンは少々慌てたような、困ったような顔をした。
「パプニカの王様が大怪我をされたと言う噂はあなたも聞いていますよね?」
「うん…」
アテナはうつむく。
「体が悪い時に家族がいるといないとじゃ、大違いです。帰ってあげて下さい」
前世から培われた優柔不断な性格が災いして、どっちとも決められない自分が憎い。
「分かった。帰るよ。でも、最後の特訓くらいするでしょう?そのお手伝いだけでもさせて」
「わかりました。ちゃんと帰るんですよ?」
「じゃあ、おれも特訓には付き合うぜ」
最後の特訓と聞いて、ロカが意気揚々と声をあげる。
「残念ながら、剣の訓練はしません。私は呪法の総ざらいをしますから」
アバンにあっさりフラレたロカは、意気消沈していた。
誤字報告頂きましたので修正致しました。ありがとうございます。