実は、アテナは、インパスが使えるようになったら調べて見たいものがあった。
それは、生まれたときからつけていて、外れることのない、左手薬指の指輪。
見た目は明らかに紘一郎とお揃いであつらえた結婚指輪だが、なぜ生まれたときからはまっていて、なぜ外れないのか、何か特殊な力が備わっているのかどうか…
それが気になって仕方なかった。
たまたま1人きりになった時、試してみることにした。
指輪に右手をかざして唱える。
「インパス」
青い光とともに、情報が流れ込んでくる。
”守りの指輪
前世の記憶のある程度の保持、ステータス異常をはねのける(毒・麻痺・瘴気・眠り・幻惑・混乱・即死)、魔力と闘気を増幅する、と言う力を持っている。また、祈りが直接神に届く、契の証でもある。
リングの裏側に群青色の小さな宝玉がひとつはまっている。”
(え…なにこれ、超チートなアイテムじゃん)
アテナは混乱したが、リングの裏側にはまっている群青色の石には覚えがあった。
それは、まさしく結婚指輪の裏側にはまっていた、9月の誕生石、サファイアだった。
紘一郎と自分の誕生日が、ともに9月だったのでサファイアにしたのだ。
実は、希望に沿う結婚指輪を探していた時に、結婚したら常につけるという事を前提に、石のついていない指輪を探していた。
男性の指輪には石がついていなくても、女性用には(お揃いでも)何かしら石(たいていはダイヤモンド)が表側についていて、破損することを恐れていたため、石のついていないものを探すのは苦労した。
たまたま町田のマルイにある指輪の店を見ていた時に見つけたもので、石は要らなかったのだが、裏側に無償で付けますよ、と店の人が言うので、ほぼ渋々付けたのが、そのサファイアだった。
結婚式の翌朝に指輪が外れていて、ベッドの上をひたすら探しまくった事などを思い出しながら、暖かい気持ちになりつつ、祈った。
(紘一郎と千夏が、幸せに暮らしていますように…。主よ、あわれみ給え)
その瞬間、50を目前にした頃らしい男性と、小学校高学年頃らしい女の子の姿が心の中に映し出された。
男性は、少し老けているが、間違いなく紘一郎だった。
(…じゃあ、あの女の子は…)
見ると、2人は杉並木の参道を仲良く歩いている。
「お父さん、待ってー!」
「千夏、大丈夫か?少し休もうか。ほら、お茶でも飲みなさい」
「ありがと」
その様子を見ていたアテナは、涙がこぼれ落ちるのもそのままに、あたりを見回した。
(この参道は…戸隠神社の奥社…?)
まだ千夏が小さい頃、参道の奥が険しいことを考慮して、千夏を保育園に預けて夫婦でよく参拝していた。
千夏は疲れるとすぐ抱っこをせがむ子だったので、連れて行くことは体力的に無理だった。
10歳くらいになったら連れて来たいね、なんて話していた事はよく覚えている。
(ああ、2人は私のことを覚えてくれている…)
そう思っただけで心が暖かくなるのを感じた。
2人には自分の姿など見えていないのを承知で、2人の後をついて行った。
登りきった時、空に彩雲が見えた。
初めて登った時に見た彩雲と同じで、眩しくて目を開いて居られなくなった。
思わず目を閉じた。
その瞬間、急に暗くなったと思ったら、女性の声が聞こえてきた。
「アテナさま、アテナさま…」
目を開くと、そこは自室のベッドの上だった。
「アテナさま、そろそろ夕食の時間ですよ」
アテナはボーッとしていた。
(夢…だったのか…)
やけにリアルな感覚が残っていた。
あの彩雲の、目に滲みるほどの眩しさ…
まだ目がチカチカしていた。
「アテナさま、大丈夫ですか?」
ハッとして女性の方を向くと、心配そうにダマラが覗き込んでいた。
「大丈夫。夢見てたみたい…」
アテナは起き上がり、サイドボードに置いてあった水を1杯、ゆっくり飲んだ。
「夕食に行きましょうか」
笑顔でそう言ってベッドから下りた。
紘一郎と千夏は元気でいる…。
そう思うだけで、心から安心した。
きっと大丈夫…。そんな、根拠のない幸福感に満たされていた。