「し、死ぬかと思ったぜ……」
「だ、大丈夫ですか?」
見事海辺まで泳ぎきったカイル。背中には巨大な槍を担いでおり、よくここまで来れたと感嘆してしまう。
「なんだ、沈まなかったのか」
紐で回収した黒の剣を担ぐように持ちながら、カイルを見下ろすアキト。そしてそのまま剣の切先をカイルに向けた。
「ま、待て!俺は敵じゃない」
「そんなことはどうだっていい───選べ。刺突斬。好きなものを選ばせてやる」
自分にはそんな酷い選択肢はなかったが、キャトラは似たようなことをされていたなと思い出すアイリス。
そう言うアキトを見上げながらカイルは堪らず呟いた。
「少しは殺気を隠して話をしろ───なんでそんなこと残虐なことが出来るんだお前は」
仕方のない話だ。島の外を知らないアキトは社交性というものが皆無に等しい。そのため、異様なほど余所者に対してキツく当たる傾向がある。月に一度訪れるという行商人の船を飛ぶ斬撃で切り刻んでいたのは記憶に新しい。
しかし、ここでカイルが死んでしまうのは原作的にもよくない。アイリスは傍観をやめて、アキトの肩に手を置いた。
「……アキト」
「なんだ」
「話くらい聞いてあげよう?」
流石に可哀想だ。そう言わんばかりの目線をアキトに向けると、数秒ほど目を閉じたのち、アキトはわかったと呟く。
「アイリスに感謝しろ。お前の一縷の望みを聞いてやる」
「なら俺の話を聞いてくれ」
「断る」
わかったと言う言葉を辞書で引いて来て欲しいものである。この男は何もわかっていなかった。アイリスはアキトの後ろで思わず頭を抱えた。
「なんで俺の話を聞かないんだよ?」
「この島を征服するつもりだろ?」
「そんなことするつもりはないが?」
「嘘だな」
思わずアイリスが転生する前、地元で流行っていたやけに人を疑う病気のことを思い出してしまう。あれは苦い記憶だ。
「俺は冒険家なんだ」
「誰が信じるかそんなこと」
「古代人や飛行島のことについて調べてたんだよ」
「嘘だな」
間発入れずに一瞬で返答する姿は強者故に持つものなのだろう。こうであると言う、絶対的な自信ゆえに。しかし、その疑心暗鬼は如何なものだろう。
「ねえ疑心暗鬼」
「アキトだ」
「この人に言ってることは嘘じゃないと思うよ?」
「……なぜそう言い切れる?」
眼球運動のみでアイリスを見やるアキト。その透き通った瞳孔の細い青い瞳は一瞬、恐怖心を奮い立たせるも、すぐにその恐怖を拭って構える。
「なんとなく、かな」
「そのなんとなくで背後を狙われたらどうするんだ」
いくら自分に『知識』があるとはいえ、アキトにはそれがない。それを伝えたところでアキトが不信感を抱いて終わるだけだろう。
仕方ない、とアイリスは首を振るって答えた。
「その時はアキトと私で容赦なく燃やして切り刻んで野菜たちの肥料にしましょう?」
「わかった」
それでいいんですか。思わず喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
アキトはもう一度カイルの方に視線を戻してから口を開いた。
「よかったな、お前の命は少し伸びた」
「少しなのか!?」
「お前が後ろから俺たちを狙いさえしなければ」
「しないから安心してくれ……」
事実、カイルはそのような行動を行う人間ではない。そことのところは安心してもいいだろう。
ふと、ここでキャトラがいないことに気づく。普段ならこう言う人との出会いは自ら突っ込んでいくと言うのに、キャトラは一向に姿を見せなかった。
「ふふふ、このパイなかなかいけるじゃないの……」
アイリスから後方十数メートル。そこでご飯として取っておいたヘレナのパイに貪りついていたキャトラがそこにいた。
アキトもそのことに気づいたのだろう。パイに夢中になっているキャトラの足元に剣を突き刺した。
「ギニャァァァ!!」
「俺たちの飯を奪ってまで食う飯は美味いか?今日という今日は許さん」
「アイリスー!!アイリスー!!」
キャトラにそう助けを求められるも、キャトラの身から出た錆だ。アイリスはキャトラを無視してカイルに回復魔法をかけるのであった。
ちなみに転生アイリスの髪型はゼロクロニクル時のアイリス(転生前もそうだったから)