白猫あうあう物語   作:天野菊乃

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【2023年12月8日改訂】


アストラ島篇
アイリス、原作突入する。


 アイリスがこの世界に転生してから1週間が経過した。ふと浜辺に視線を向けると、今日もアキトは自己鍛錬を怠っていなかった。

 こうも見向きもされないと流石に堪える。中身は19歳の女子大生なのだ、声くらいかけてくれてもいいだろう。幼女体型だったため、女子大生と言っても信じてもらえないことが多々あったが。

 

「……」

 

 そこでふと考える。本来ならば、アイリスとアキトはカイルが島に上陸してから出会う筈だった。それだというのに、いくら待てど彼はやって来ない。一向に来る気配がない。そして海の方から浜辺でイメージトレーニングを一人で行うアキトの姿をもう一度見やる。

 

「……それにしても」

 

 アキトの剣術は荒々しいが、洗練されていた。

 握っているのは模擬戦闘用の木剣だが、目前に置かれた大木には傷がゆっくりと刻まれていく。ソウルを用いた剣技ではなく、ただの剣戟。数分して剣を一文字に振うと、大木は音を立てながら横に倒れた。

 彼が人間かどうかを疑いながらアイリスは小さく拍手をして呟いた。

 

「……すごいなぁ」

「慣れればアイリスでも出来るんじゃないの?」

 

 確かに転生前は剣道やってたが、それも護身程度だ。アイリスの剣術では喰らいつくことすらできないだろう。

 

「ううん、私じゃ無理よ。私は魔術師だからね」

 

 それでもやれることはある。こうしてアキトの訓練風景を見ている間にも魔力の訓練をしている。身体の中にある魔力をコントロールしながらゆっくりと外に放出していく。それが魔術師の基礎訓練らしい。

 

「ふーん」

「だから私はこれでいいの」

 

 そう言いながら、再び魔力を高めていく訓練。

 一先ずはバーンナップを安定させるところからだろう。以前発動しようとして半径50mを焼け野原になったのは記憶に新しい。その時のアキトの引き攣ったような顔は鮮明に思い出すことができる。

 

「……ふぅ」

 

 どうやらアキトの訓練がひと段落ついたらしい。タオルを手に取り、アキトの方に歩み寄る。

 

「お疲れ様」

「……アイリスか」

 

 アイリスから受け取ったタオルで汗を拭うアキト。その様子を見つめていると、アキトは罰の悪そうな顔をしてこちらを見つめてきた。慌てて目と話題を逸らす。

 

「それにしても今日も随分とやったのね」

「……最近よく木が生えるからな……ちょくちょくこうやってやっていかないとここら一帯ジャングルみたいになっちまう」

「嫌なの?」

 

 そう言うと、アキトは眼球運動のみで森を見つめた。

 

「───グラマスクイーンともう一度会いたいか?」

「是非ジャングルにはしないで」

 

 アイリスがそう言うと、アキトは薄く笑う。なにが面白かったのかはわからない。

 

「……あ、そうだ」

「なに?」

 

 そして、アキトは思い出したかのように木剣をアイリスに渡してきた。

 

「……え?」

 

 あまりにも突然の出来事にアイリスは目を白黒とさせる。その間にアキトは自分の持ってきた荷物の中からもう1本の木剣を出した。

 何かとても嫌な予感がした。

 

「……えっと?」

「手合わせしてくれないか、アイリス」

「いや、私魔術師なのだけれど」

「杖を偶に剣と同じ動作していたぞ」

 

 確かに剣道有段者で全国大会にも出たことはある。しかし、それは過去の栄光であるし、未だにこの身体を使おうとすると、体格差が変わった弊害があるのだろう。少し反応が遅れてしまうのだ。そのうち慣れるだろうが、それでも今撃ち合うのは些か分が悪い。

 

「どうしてもやらなきゃダメ?」

 

 上目遣いでそう訊ねるも、アキトにそれが通用するわけもなく。

 

「駄目だ」

 

 即座に断られてしまう。

 

「……私、魔術師だよ?」

「問題ない」

「問題大ありだよ」

「いくぞ」

「話聞いてよ!?」

 

 アキトは構えのない状態でアイリスに渾身の突きを放つ。咄嗟に剣先を軽く払い、軌道が大きくずれ、アキトの突きは空を切ります。

 

「……へぇ」

 

 アキトの目が僅かに細まる。

 そこから先は語りたくもないが、防戦一方であった。

 アキトが振り下ろした剣を避け。アキトが薙ぎ払った剣を避け。アキトが突き出した剣を避け。たまに払い除けるなどしてなんとか避けていた。

 数十分ほど経ってようやくアキトは満足したのか、肩で息をするアイリスから奪い取った。

 

「……お、終わったの?」

「ああ。剣士としてのセンスはある」

 

 いい練習相手を見つけたと言わんばかりに口角を上げるアキトの顔を見ながらアイリスは小さくため息を吐いた。そんなアイリスの様子を知らず、アキトは親指で荷物の方を指す。

 

「さ、ヘレナの飯食べようぜ。冷めてるが味は保証できる」

「う、うん」

 

 時折見せる優しさがとても居心地が悪い。時には魔力コントロールを。時には島の案内を。男は何かと下心を持つものだ。きっとなにか企んでいるに違いない。

 それだというのに、彼の横にいるのはとても心地がいいのだ。過去の出来事すら払拭してしまう勢いで───。

 首を横に振って考えを消す。考えても仕方がない。今はヘレナのご飯を食べるとしよう。

 なぜか朝はパイしか作らないが、そのパイがなかなか絶品なのだ。お店に出しても普通に売れそうだというのにヘレナさんは「嫌よ、これは貴女とアキトのためだけに作っているの」と言っていうことを聞かない。本人がそれでいいのならいいのだが。

 パイを咀嚼しながらアイリスとアキトの間に沈黙が流れる。

 

「……天気がいいな」

 

 アキトはパイを食べながら呆然と呟く。

 

「天気がいいと嫌なの?」

「いや、天気がいいに越したことはないよ。だけどここ数日ずっと天気がいいから……なにかが起きそうなんだよな。おいキャトラ、俺の飯を取ろうとしてんじゃない」

 

 アキトは木剣をキャトラの足元へ突き刺す。キャトラは後方に飛んでそれを避ける。

 

「ギニャァァァ!!危ないじゃないのよー!」

「だったら俺の飯を横取りしようとするな」

 

 もうこのやり取りにも慣れた。

 

「ほら、カニカマ上げるから」

 

 ランチバッグからカニカマを出してキャトラに渡す。キャトラは喜んでそれに飛びつく。

 

「でも……確かになにか起きそうよね 」

 

 そう呟くと、水平線の向こう側からなにか小さなものが見えた。

 それは一見漂流した木材かと思うが、上に人が乗っている。どうやら、一足遅れてカイルがやってきたようだ。

 

「……あれは」

 

 アキトも何か気づいたようだ。これでようやく原作が進むと思ったその時だった。

 

「なにしてるの!?」

「攻めてくる前に落とす」

「駄目だよ!?」

 

 黒の剣の柄に紐を括り付けて投げようとしているアキト。

 

「外したらどうするの!?」

「外したことはないから大丈夫だ」

「じゃあどうやって回収するの!?」

「紐に括りつけてある。引っ張れば戻る」

 

 アイリスはあいた口が塞がらなくなってしまう。アキトは何も言われないことをいいことに槍投げの要領で駆け出す。

 

「とりあえず撃ち落とす。敵だったら面倒だ」

「ちょ、ちょっと」

 

 黒の剣の一閃は小舟に向かって掃射され───小舟に激突したのであった。


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