方舟は深海の底へと沈んでいく。
このまま行けば、何事もなく普通の生活に戻れることだろう。
ネモは瞑目し、小さく息を吐いてから艦長席に座る。
「……出航準備だ。各員、配置につけ」
ネモがクルーたち言い放ったその時だった。
アイリスがネモの前に立つと、ネモの頬を思いっきり叩いた。
「あ、アイリスッ!?」
珍しく狼狽するアキトだったが、そんなアキトに構わずネモに詰め寄るアイリス。
「これで、いいのですか!?」
「……何を言っている。あいつは行った。これ以上、俺にどうしろと? あの島で助けた時、ノアは致命傷を負っていた。だが数日で完治した。<方舟>と無関係なはずはな───」
言葉を紡ぐ前に再びアイリスの手が閃いた。
「本当に、いいのですか!?」
「……分かっていた。こんな、終わり方になることくらい───」
「あっていいはずがないでしょう」
アイリスの瞳が
「絶対的な力で全てを奪い去る、それが侵略者ネモ!違う!?違うなら、違うなら言ってみなさいッ!!」
「……侵略者?」
ネモがアイリスの言葉を反芻する。
───ごめんなさい、私のせいで───
かつてノアが言った言葉を思い出す。
───ネモの左眼と左腕はもう二度と戻ってくることは───
嗚呼、そういえばそうだった。あのノアという少女は、自分の身ではなく誰かのことを第一に心配していた。
───私は、あなたを守るのです。私を守る、あなたを守るのです───
ネモは歯が砕けんばかりに噛み締める。
「……退け」
ネモは立ち上がると、アイリスを真横に突き飛ばした。
アイリスはネモを睨めつけるも、ネモは非常に冷めた表情でアイリスを見つめた。
「……俺が戻り次第すぐ出発だ。準備をしておけ」
「ネモさんッ!」
アイリスが飛び出そうとした時、アキトはアイリスの腕を掴んだ。
「アキト!どうして───」
アキトの方を振り返り、困惑の表情をうかべるアイリス。アキトは悟ったような表情で、ネモを見つめた。
「死ぬなよ。お前との決着はまだ着いてないからな」
「ああ。俺も白黒ハッキリさせたいからな。そう簡単には死なん」
言うと、ネモは艦長席から飛び出していった。
「起動しろ、ブラズニル」
『お久しぶりです。マスター』
「……悪いが感傷に浸ってる暇はなくてな。訳あってお前の力を借りたい」
『我が身は、マスターと共にあるので』
鋼色の機龍が倉庫から飛び出すと、ネモの篭手に纏わり、巨大な戦斧となる。
『ブラズニル零式』。小型の機龍であり、篭手と合体して自我を持った戦斧になる人工知能搭載型の兵器。
アルゴノートⅡより前に生み出された機龍の一つであり、破損していたところをネモが修復したのだが、制御が効かず長い間、眠らされていたのだ。
だが、今のネモには使いこなせる自信と覚悟があった。ネモは小さく息を吐いてからアルゴノートに跨り、呼吸のルーンを身に纏う。
「行くぞ……ッ!」
そのまま潜水艦から飛び出したネモは、凄まじいスピードで深海に進んでいく。
呼吸のルーンのお陰で水中でも呼吸は可能だが、深海の水圧は凄まじくネモの身体と機龍を蝕んでいく。
魔物がネモを阻むものの、ネモの侵略は止まらない。ブラズニルを振るい、魔物の群れを薙ぎ払っていく。
数分が経過して、ようやく方舟に到着。ネモはそのまま方舟の中に突入した。
「……これ、は」
全ての命を取り込む方舟は、ネモの体を優しく受け止めた。
心が安らいでいくようだった。憎しみも、悲しみも。すべて洗い流されていくようなそんな感覚。
だが、奥で膝を抱えていたノアを目に捉えるなり、そんな感覚は全て吹き飛んだ。
「ノアッ!」
「……! ネモッ!?」
ここまでやってくると思ってもいなかったであろう、真っ赤に腫らした目でネモを見た。
「来いッ!」
「で、でも……」
「これがお前の意思なのか!」
「ちがうのです! でも、私がいなくちゃ方舟は……」
「ならそんな法則は、俺が破壊してやるッ!」
ネモはブラズニルを頭上に掲げると、引き金を弾いた。翡翠色の眩い光が海に風穴を開けた。
「お前が必要なんだッ! ノア!!」
「……」
「俺と共に来いッ!」
「……ネモ。あなたはいつも、強引なのですよ……」
ノアは泣きながら、だが口元には笑みを浮かべながらネモの伸ばした手を掴んだ。そのままネモはノアの手を掴むと、浮上し始めた。
「しっかり捕まれよ、ノアッ!」
凄まじい速度で浮上するネモ。だんだんと遠ざかっていく方舟を見つめながら、ノアは小さく呟いた。
「……さようなら、なのです」
方舟はゆっくりと沈んでいく。誰の手にも届かぬ、海の底へと。
陸に上がったネモは、アキトたちになんのルーンが必要なのかを訊ね、その答えを聞いた瞬間、目じりを抑えながら小さくため息を吐いた。
少し待ってろ、と言ってから数分後、ネモはアキトにルーンを投げてよこした。
「……これは」
「発酵のルーン、だよね」
身近なところにあったことに驚きを隠せないアキトとアイリス。
ネモは小さな声でこんなくだらんものを探していたのか、とボヤく。
アキトはネモの篭手を見やり、先程まではなかった龍の意匠があることに気づく。
俺と戦え。そう言いたかったが、ここは弁えるところだろう。と、アキトは喉まで出かかった言葉を飲み込み、タコクルーと遊んでいたキャトラの首根っこを掴みあげた。
「お前ら、これからも侵略を続けるのか?」
アキトの問いに、ノアは首肯する。
「続けていくのです。なぜなら」
ネモは一冊のファイルを見せた。どうやら、施設から奪い取ったものらしい。
「ターゲットには、事欠かないからな」
ネモの表情はどこか晴れ晴れとしていた。
アキトは小さく笑みを浮かべてから、言う。
「そのうち飛行島にも来い。お前との決着、白黒つけたいんでな」
「ああ。お前に、敗北という言葉を教えてやるよ」
「吠え面かいて待ってやがれ、侵略者」
「精々腕を磨いておけよ、野良猫」
一触即発、という雰囲気であったが、ネモとアキトがその場で争うことはなかった。
「ネモ、これからどこにいくのです?」
ノアの問いに、ネモは瞑目しながら答える。
「終わったと、伝えにいこう……あの島に」
まだすべてが終わった訳では無い。だが、復讐の鎖は僅かに砕けた。
ネモは目をゆっくり開けると、手を上げて言い放った。
「錨を上げろッ! アルゴノート号、発進!!」
ついに絶海の侵略者終わりました。長かったですね。
そして、次回なのですがワールドエンドはそのうち更新するとして本編でも書こうかなと思っています。
リクエストがあれば、他のキャラクターのストーリー書くつもりですが。
セイヤ×ティナカップリングの方、申し訳ありません。茶熊の方を結構進めないといけないので、もしかしたら時間かかるかもです。私も書きたいので早く進めたいところ(何十話先になるんだろう)
ちなみに、感想とおきにいりと評価が増えると、筆がとても早くなりますよ。この作者に感想送りづらいなと思ったそこのあなた、なんでも送ってみるのです。
私は100%返しますから安心してください。
お付き合い頂き、誠にありがとうございました。
『後日談』
アイリス「アキト×ネモ……これは今年のコミケ、来ますね!」
ノア「私のネモに何させるつもりですか」
アイリス「ノアさん!?」
ノア「アキト×ネモって……アイリス、まさかBL好きだったなんて」
アイリス「私はBL以外もいけますが!まあ、TLはだけは苦手というか大嫌いですけどね」
ノア「アイリス……あなたはノアを敵に回したのです。もう容赦しないのです。心血注いで書いた作者さんの代わりにノアがアイリスをあの世に送るのです」
アイリス「なるほど……ノアさんは私の敵なのですね。いいでしょう、戦争です。始祖のルーンの力であの世に送って差し上げます」
アキト「……何してんだあいつら」
ネモ「どうせ碌でもない事だ、放っておけ」
アキト「碌でもない事って……」
ネモ「お前は女の部屋から訳分からない本が出てきたらどうする?」
アキト「……あいつも、そういう残念な奴なのか」
ネモ「……まあそう言ってやるな。俺達にはわからない世界だ」